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十一章 鬼や悪魔は人の心に住むもの? 人の心をオブラードに包んだものだろ? 一


 青白い光の膜が爆発的に広がる。

 中心部に近かった二匹の巨大蜂人は勢いよく打ち上げられ、残る四匹も木の葉のように吹き飛ばされる。

 巨大シダがたわみ、小さな甲虫や鳥が矢のように飛び広がる。

 光の障壁は広がるにつれて減速したけど、数十メートル離れたボクたちの位置でも、まだ荒波のような勢いがある。


「陽光脚!」

 リフィヌはメセムスに背を支えられながら、ボクたちを包む大きな光の盾を作り出し、光の洪水の波よけとなる。

 数秒と待たず、青白い壁は中心部へ引き返していく。

 草木は不自然にしなって残り、巨大蜂人の群れは木や地面に体を打ちつけた位置でヨロヨロもがいていた。



「制御が少し難しい。あとは加勢してもらえるか?」

 清之助くんは振り返ってそう言ったけど、障壁は周囲数メートルに維持していた。

 重度のさびしがり屋である『霜の聖騎士』すら、単独行動でなければ使えない『孤独感』のはずなのに。


 ここまで守られ続けたメセムス、日頃から真顔で親友と呼ぶボク、それに仲間のみんなと一緒にいるのに、本当は誰にも心を開いてないのか?

 目を合わせて助けを求めた今も?

 いや……『孤立の襟巻き』を使いこなすために、自己暗示をかけているだけか?

 感謝の気持ちが必要な『へつらいの鉢巻』はボクたちにも発動していたし……いやいや、それは初対面の大型蜂人にも発動してしまった。『片思いのお釜』までも。


「植物は影響が少なく、微生物が動いた様子はない。対象となる『生物』の定義も使用者の主観のようだな。孤独感を与えうる範囲ということか?」

 清之助くんにとって、みんなへの感謝や、ボクへの友情って、なんなんだ?

 今も振り回している『片思いの重み』みたいに、感謝や恋愛感情を持ちながら、手際よく殴りつぶせる相手は、大型蜂人だけなのか?

 もしかしたら、ボクやメセムスでも?


 いや、さすがにそこまでの人でなしってことはないと思う……けど、この密林の蒸し暑さの中、ボクの背中は変に冷えていた。

 平石清之助の心の中で『感謝』と『片思い』と『孤独』はどんな風にからみ合っているのか。

 考えるだけでたちの悪い迷宮をのぞき見た思いがした。



 みんなで虫人たちにとどめをさし終える。

「四天王か……第一区間のスタートで、そんな噂も出たんだろ?」

 ザンナが小さくつぶやく。


 鉢巻の無敵防御、鉄釜の超重量攻撃、さらにはマフラーの攻防一体障壁という二段かまえ……たしかにもう、三魔将に近い脅威かもしれない。

 ボクには使いこなせなかった魔法道具は、清之助くんが持っただけで反則じみた高性能装備に変わった。

 ボクでも少しは使えそうだった『孤立の襟巻』も含め、本来の持ち主を上回る性能で使いこなしてしまった。


「体力の限界も考えると、そこまでの戦闘力はない。単純なカロリー換算ではなく、触媒のように働いているようだが……発動に必要な意志も似ている。マフラーで顕著だが、維持や範囲といった複雑な制御には、知性や理性の影響が大きい。同じ消耗で威力に差が出るのも、効率化という制御が働いているためだ」

 それらしい解説をしているけど、清之助くんは事務的なポーカーフェイスの裏で別のことを考えているように見えた。


「この鉄釜の発動条件である恋愛感情……つまり『性衝動に伴う執着と興奮』の強さも、そのままエネルギーに変換されるわけではない。麻薬などの向精神薬を使ったとしても、実際に増強される威力は限られる。ラノベの最強設定でありがちなイヤボーンの法則はごく限定的にしか再現できない。依然として人間という体格や体質によるハンデは大きいな」

 本人がどう言っても、結果は新たな突出戦力の誕生を示している。



「イヤボーンの法則とはなんだ?! すぐに司書へ検索させろ! リフィヌはなぜ同行している?! ほかにセイノスケ様との接触者は?!」

 いつの間にか紫色のコウモリが集まり、モニターのひとつではやせヒゲ神官長ファイグ様が青筋を浮かせて興奮していた。


 別のモニターには大魔獣ティマコラ上の放送席が映され、そこには清之助くんの勇姿が顔アップ、全身、遠景で並べられている。

 ズボンをはかせておいてよかった……というか上半身裸にガクランとマフラーの珍装でも、ズボンをはくだけでそれなりに見えてしまう顔体がまた反則だった。


 また別のモニターは広場前の大歓声を伝え、赤髪ネズミ娘のヤラブカさんが忙しそうにマイクを向けてまわる。

「やつならやると思ったぜ! この俺が見込んで道を譲ってやったんだ!」

 豚鬼たちの中心で、特に大柄なモヒカン豚が得意げに腕を振り上げている。

「彼のインテリジェンスの表現はとても激しく……セクシーだと思います」

 褐色肌の長身長耳の女性が顔を赤らめる。

「アレッサ様を守って! でも手を出すのはだめええ!」

 その後ろから、おさげの給仕さんがヤカンを振りかざしてわりこむ。


「あのウェイトレス、たびたび映っているけどアレッサの知り合いか?」

 ザンナはあわてて身なりを整えていた。

「私が駐在していた村の娘だが、元気にしているようだな。直接に助けた経緯もあって、いつも私をかばってくれていた。……村は結局、騎士団のせいで滅びたというのに」



 放送席の巨人将軍ゴルダシスは寝そべって頬杖をつきながらぼんやりと見ていた。

 よく見れば吸血将軍パミラが豪勢なベッドごと運びこまれている。

「ねえ? 映しておいて正解だったでしょう?」

 すけたネグリジェでクッションに寄りかかり、久しぶりに優雅さがもどっている。

 近くにはバスタブと仕切り、それに美形獣人の世話係三人も控えていた。


 放送席周辺のモニターに観客リポートが増え、人間も魔物も清之助くんを評して『四天王』『勇者』さらには『魔王危機』『勇者勝利』『覇者交代』のコメントまで混じって盛り上がっている。


「ぶー。みんなたった二十年でシュタルガちゃんのこわさを忘れちゃったの?」

 ゴルダシスの口調はのんびりしているけど、表情は笑ってない。

「それよりは次の区間の心配をなされては? ここでドルドナさんがはりきりすぎては、盛り上げようにもお迎えできる選手がいなくなってしまいますから」

 パミラが意味深に微笑む……容態は峠を越えたらしい。



 ダイカたちと待ち合わせている『灼熱洞』という次の名所へ出発する。

 コウモリは散開するけど、二匹は残って追跡していた。


 三人寄れば姦しいと言われる女子三人が二組。六人は意外に和気あいあいと雑談を楽しんでいる。

 メセムスは寡黙で無表情だけど、ザンナは格上幹部様ということで最初から機嫌とりをしているし、人見知りで気位の高いジュエビーもメセムスには気を許しているらしい。

 そしてやはりというか、リフィヌは清之助くんの連れていた三人ともすぐに打ち解け、ぴょんぴょんはしゃいでいる……『陽光の神官』は反魔王急進組織の最強刺客のはずだけど。

 遠足みたいにのどかな雰囲気は、地獄娘シュタルガの代理戦争迷宮の真ん中にも小さな天国を作り出していた。



「このまま魔物も神官も聖騎士もごちゃまぜに仲良し化を進めて、殺し合い大会からうやむやに水着大会へなだれこめたら最高の完勝だね。ユキタン同盟の密かな裏目標に設定しておく?」

 ボクの小声に、清之助くんの反応は無かった。


「お、すまん。水着大会だったな?」 

「いや、考えごとをしているならいいよ……激しく下らない雑談だし」

「それが最重要というものだ。ラノベにおける最強クラス人物の共通点を知っているか?」

「異世界に来てまでラノベの話をしてどうするのさ。でだしから典型展開からはずれて、最強系なんて対極みたいな地味珍妙系で迷走しっぱなしなのに。この上ラノベの定石なんかで攻略したら、バッドエンド直行じゃない?」


「おうおう、セイノスケちゃん、ようやく元気になったねい? やっぱ愛しのユキタンが一番きくようじゃのう」

 ラウネラトラがメセムスの背からわりこんできて、清之助くんの首筋をくすぐる。

「落ちこんでいたの? そういえば、追いかけていたスライム娘には逃げられた?」

 たしか『妖魔グライム』と呼ばれていた透明触手の巨大怪物。


 清之助くんは再び黙ってしまう。

「いんや、つかまえてから急にテンションだだ下がりになりよって、わっちの期待するハレンチな見世物にはならんかった」

 残念そうに言う君が残念だ。


「別にたいした問題はない。どうにかなるから気にするな」

 言葉と裏腹に、いつもの不敵な笑顔を今日はほとんど見ていない。

 高らかに笑いながら同じことを言ったら、間違いなく深刻な問題がある時だから、急いで自白させる必要があるのだけど。


「清之助くんたちの手に入れた魔法道具はあの布団だけ?」

 布団はいつの間にか、メセムスが丸めて縛ってかついでいた。

「名称とは裏腹に、入った者へ貼りつくだけの効果だ。実際に使って確かめたところ、ツル草で自在に縛れるラウネラトラがいれば、その効果すら必要ないことがわかった。ドルドナに勝つ役には立たんな」

「え。おい、勝つって?!」

 ザンナと一緒に、ジュエビーとリフィヌも顔色を変える。



「無理は言ってない。ドルドナの体格で撃てる魔竜砲の回数、全力で暴れられる時間には限りがある。持久戦にする上での防御や回避が焦点だったが……」

「いや、ちょっと待った。それ以上は言うな」

 ザンナが小声になり、コウモリが離れていることを確認する。


「ユキタの知識でもわかることだ。隠す必要もない。それにシュタルガやドルドナは下級幹部の挑戦くらい、気にも止めないだろう?」

「そうじゃなくてよ……セイノスケが言うなら本当に可能性があるのかもしれないけど、それとは関係ない。いやもちろん、怖いのもあるけど」

 ザンナはほうきを握って縮こまる。


「むしろ、それなりの傷をつけかねないからだ。アタシはシュタルガ様を尊敬している。そんでドルドナさんはあれでも、シュタルガ様の一番の理解者なんだよ。だましだましボーナスアイテムだけかすめ盗るとかいう話じゃなくて、まともにやり合うつもりなら、アタシは降りる」


「わかった。みんな気にせず、好きなタイミングで抜けろ」

 清之助くんは即答するけど、ザンナはボクに視線を向けたので、苦笑いでうなずく。

 あのどエス魔王と暴走爆撃バカを慕う気持ちはわからないけど、ザンナの気まずい顔はボクたちが今まで仲間だった証拠に思えて、少し嬉しかった。



 天井は形が見えるくらいに低くなってきて、ぼやけた光も狭く薄くなり、設置されているたいまつの数も増えてくる。

 気温は『暖かい』からはっきりと『暑い』にかわり、植物もまばらになってくる。

 天井がさらに低く、巨人回廊と同じ巨大ショッピングモールくらいになったあたりで、道がたくさん分岐していた。


 行く先の遠くで爆裂音が響く。

 大きさもまばらな分岐路のひとつから聖騎士の三人が現われ、こちらを見ていたけど、すぐにまた姿を消す。

 天井近くの穴から人間に近い体型の飛竜が飛び出し、それは片方の翼がボロボロに焦げて欠けていた。

 フラフラと落下し、地面に激突して動かなくなる。


「ドルドナか……?」

 アレッサは急に増えてきた選手の気配に、落ち着きなく周囲を見回す。

 鉄鎧を着た獅子の獣人や、武者姿の大鬼、さっき見た蜥蜴人の大男などが走っていた。

 ボクたちの近くを通った一団は重武装のサイ獣人とカバ獣人、そしてやや軽装だけど倍近く大きい、角を持つ象のような獣人。


「爆発はどのあたりだ?」 

 清之助くんが顔見知りのように平然と尋ねる。

 二匹の巨漢獣人は顔を見合わせてボソボソなにか言い合う。

 その後ろで、二人を合わせたくらいに大きい象の戦士はモゴモゴうめきながら両手で長い鼻をこすってうろたえる。

「あの穴より、たぶん二つか三つ内側」 

 サイが鉤爪のついた手甲で自分たちが出てきたあたりを指して、横にクイクイと曲げる。


「突然にすまんな。助かる」

 どちらも距離をとったまま、すれ違う……やっぱり初対面だったか。

 騎士団による停戦の呼びかけや、アレッサやメセムスの知名度もあるかもしれないけど、清之助くんのばらまき作戦もたぶん役に立っている。

 戦場の初対面でも協力してもらえたり、戦闘を回避できる可能性が高くなっている……投資に見合うわけだ。



「爆発地点に直行するのか? ダイカは? 打ち合わせは? ……ん? ザンナとジュエビーどのは?」

 アレッサの振り向いた先に、二人はいなくなっていた。

「さっき、爆発があった時に二人とも……気がついた時に、これをお渡しするようにと」

 リフィヌからカボチャのランプ……『鬼火の提灯』を受け取る。

 返さなくてもよかったのに。


「む……残念だが仕方あるまい。リフィヌどのは一緒に行かなくてよかったのですか?」

「持ち物を預かった手前、抜けづらくなっちゃいまして」

 のん気に笑う最強神官様も、ザンナが気づかった置き土産か?


「勝ち目があって、いつでも抜けていいならば……魔竜将軍を相手の勝利は大手柄です。拙者は第二区間で堂々と棄権して、特別手当もふんだくれます」

 リフィヌはテレビゲームのコントローラーを握る程度の気迫で拳を見せる。

「……して、作戦はいかように?」


「ダイカと合流してからだな。あの爆発はドルドナではないわりに強力だから、待ち合わせついでに見学しておこう」

 清之助くんがなにくわぬ顔で説明不足の断定も交えて答える。

「ドルドナじゃない? あの傭兵たちが『こけおどしの大砲』を使っているのか?」

 アレッサが首をひねるように、ドルドナの近くで偽者を演じる危険をおかすか?

 でもセイノスケくんは『強力』と言ったし、崩れるような音も聞こえた気がする。


「するとザンナは早とちりか。離れる前になにか言ってくれたら、もう少し一緒にいられたものを」

 アレッサがすねて残念がる。



 爆発があったらしい分岐路に入りかけた時、その上に開いた通路から細い体が飛び出してきた。

 山吹色の短い髪と、同じ色のレオタードに似たドレス。

「アリュービー?!」

 蜂娘は振り向かないで壁を飛び跳ね、岩の凹凸に身を隠す。

 背中の羽根はグライダーほどの大きさもなく、ハチというよりはバッタのように跳躍をのばす補助に使っていた。


「アナタ、ユキタンに家は近づく?」

 声だけが聞こえてきた。

「君の家を荒らす気はないよ。立ち寄る時間もないし……苗床にされるのも困る」

「ユキタンは……アリュービーの母親を母親にしない」

 アリュービーは姿を見せない。

 ザンナには悪いけど、居合わせないでよかった。


「アナタのたくさんの友達……アリュービーの家族の『苦しいにおい』がたくさん!」

 バリバリと岩をひっかく音が鳴り、岩陰から少しだけ見えた山吹色の髪が落ち着きなく小刻みに振られる。


 アレッサが腕輪をかまえた。

「同族の血のにおいに気づかれたか……ユキタン、戦いを避けて逃げるなら今の内だ。『案内人』は打たれ弱いが身軽で、爪や牙も鋭い。攻撃に関しては獣人と同じに考えたほうがいい」

 あと舌が細長くのびるのだけど、戦闘とは無関係な攻撃力ですね。



 ボクもコピー茶わんと精密動作のはしをかまえる。

「ボクの友達は、ボクを守ってくれたんだ。ボクはアリュービーの家族とも、家族になりたいけど……それだと、ボクがボクでいられなくなる。ボクの友達と、友達でいられない……」

 言葉の途中で不意に立ち上がったアリュービーは口を大きく開き、二本だけ異様に長く伸びた黒い犬歯を見せていた。

 怒っているのか、無表情に見下ろしている。


「よくわからない。言ってるユキタン」

 君に言われたくない。

 落ち着きなく胴をカクカク動かして監視しているけど、姿を見せているってことは、戦うつもりはないのか?

 白く柔らかそうな肌に似合わない、鋭く黒光りする牙も半分くらいまで引っこんできた。


 ボクはみんなにそっと前進をうながす。

 やはり説得まではできそうもない。

 かといって襲ってくる様子もないのに、依然として童顔のかわいい女の子であるアリュービーを殺すことはもっとできそうにない。

 このまま戦いを避けられるなら、それはそれでマシなのかもしれない。

 ほかの誰かに殺されたとしても、最悪だけは避けたと自分にいいわけできる……のか?



「停戦、できるのですね?」

 リフィヌは通路を進んでアリュービーが見えなくなったところで、小さく驚きの声を出す。

 人間の姿を利用する『案内人』だと、戦力差くらいは考えるのかな?


 アレッサが振り向き、数メートル背後の気配に腕をかまえる。

 通路入口の壁に、山吹色の髪先だけが見えていた。

「アナタ、蜜いるユキタン?」


 健全な高校生男子たるボクは、アリュービーの『蜜いる?』に口中をくすぐり回った心地よい舌の感触を思い出してしまう。

 あの時の舌先から流れでたサラサラした甘い液体を思い出すと、暑い中を歩いてきた渇きもあり、喉がグビと鳴る。


 君の姿が人間の女の子から奪ったものでなければ、ボクはアレッサやリフィヌの視線も忘れてフラフラ近づけていたのになあ。

 もう君といちゃつけないなら、ボクは誰かとディープキスをするたびに舌の太さ短さに違和感をおぼえ、舌先から甘い蜜が流れてこないことを残念がるはめになるのか?


「ボクはだいじょうぶ」

 数年しかない寿命で運んでいる栄養源を分けてくれるの?

 世界中の強豪が集まって殺し合っているこの戦場で?

 君の家族を殺しまくった侵入者集団の一人と知ったあとなのに?

 ……アリュービーのどこが、ボクの友だちじゃないっていうんだ?


「そう」

 ヒントの少ない返答だけで、虫娘は気配を消してしまう。




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