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十章 騎士のくせに馬に乗らない奴が多すぎだろ? 馬さえ乗れば騎士だと思う奴が多すぎだろ? 三


 けなげとは別方向で心配な妹および姉だった。

 美少女聖騎士姉妹という萌え要素の濃厚な肩書きをもっと大事にしようよ。

「そういや、隊行動に向かない魔法道具って、ガイムの『雨だれの長ナタ』もそうなのか?」

 ザンナすら気づかって話題を流しにきた。


「それとは別に『投げやりの傘』という投擲槍も使う。好き勝手に飛び回って撹乱する、味方にも迷惑な効果だった。しかし迷いの森で持っていたようには見えなかったな? 長ナタの鞘に仕込んでいたか、あるいは誰かに渡していたのかもしれないが」

 ガイム氏との昔話には移行しなかった。

「ホージャックもレイミッサも持っている様子はなかった……レイミッサは『風鳴りの腕輪』を使うわけではないのだから、もう少し肌を隠してスカート丈も長くしたほうが……」

 しかも再び妹の話に移行した。



「それと報奨金稼ぎって、なんでアレッサがそんなことやる必要あったんだ? 貴族のお嬢様だろ?」

 さらに話題を変えようとする、けなげなザンナくん。

「母は後妻で、父には先に四人の子がいた。冷遇されたわけではないが、肩身の狭さはいつも感じていた。ただでさえ大きくない領地は戦災で荒れていた上、くり返し供出も受けていた。聖騎士だった母が早くに亡くなると、騎士団の手当ても減って破産寸前に……しかし貴族には変わりない。聖騎士以外の審査はいくらか有利な立場で通っていたと思う」

 アレッサは明るく語ったけど、奇妙な間が流れた。

 リフィヌもザンナも、漠然とにこやかな表情で黙っている。


 ザンナは孤児院の出身で、リフィヌは孤児院にいりびたりだから、自分の家族については聞かれたくない事情があるのかもしれない。

 でも聞きたいような、聞いておいたほうがいいような……ボクが『不死王の未亡人』メイライについて知っていることは少ない。

 もう調べる機会があるかどうかも怪しいし、本人から聞かないと意味がないこともありそう……ボクも自分のことを、もっとメイライに話しておけばよかった。

 ボクの中学生のころの初恋も、かなり年上の女性だった。 



「ボクは逆に、新しい母さんが来て一緒に暮らしたんだけど、小さいころに家を出た実の母さんの記憶があまりなくて。葬式も血のつながってない母さんの時のほうが悲しかったな。優しくて美人だったと思う」

 ザンナはからかう様子もなく、少しうつむいて考える。

「んー、アタシは家族には恵まれているかな? 生まれた家の父さん母さんは面白い人だったし、事故で独りにはなったけど、ひろってくれたティディリーズも優しいし、クリンパたちみたいないい兄弟まで増えた」

 つば広帽をとって髪をあおぎながら、少し照れたように笑う。


 ザンナは実の両親を父さん母さんと呼び、ティディリーズのことは母上と呼んでいた。

 実の親と義理の親、それぞれを大事に思っているのだろう。

 クリンパたちに姉御と慕われるだけあって、意外な面倒見の良さがなくもない。


「小生の親はダメダメですよう。大好きでしたけどね。仕事で失敗してから生活が荒れちゃって、そろって早死にです。私はどうにか自力で稼げる年になっていましたけど、少しくらい娘の働きを見てからにしてほしかったものです」

 リフィヌは他人の世間話のように軽く笑う。


「でもそのダメ親から高位神官様が生まれたんだろ? ダメ高位神官とも言えそうだけど……給料いいんだから、やっぱ勝ち組だよなあ?」

「ですねえ。あとはうまく、この競技祭から生きてずらかりたいところです」

 なぜか話が合う魔女と神官少女。



 何度目かの分かれ道で、両側に部屋の並んだ通路に出る。

 ツルハシや台車などの道具置き場や、木材などが積まれている倉庫。

 奥の広い部屋で壁際に積まれた薪の裏へまわると、小さな扉が隠れていた。


「無用心ね? 通ったらちゃんとふさいでおかないと……」

 ドメリちゃんがあたりに散らばった薪の束を集める。

「あの、ありがとうございました。この先は罠が守ってくれるから、オレたちだけでだいじょうぶです。ここは自分たちでふさぐ仕掛けを作っていくので」

 カノアンくんが小さく頭を下げる。


「私こそ、先ほどは勇敢なカノアンどのに助けていただき、感謝しております」

 アレッサは小人の子供にも恭しく礼をとる。

 カノアンくんは照れて赤くなり、肩をすくめてもう一度小さく頭を下げる。


 念のため、はしなどの軽い魔法道具を持たせようとしたけど、丁重に断られてしまった。

「ダイカさんは義理がたいから、第二区間でゴールしたらズガパッグ王の助命を願うと思うから、ダイカさんのために使ってください」



 樹形の分岐を道なりに引き返し、レイミッサと出会った縦穴へ向かう。

「カノアンどのは、すてきな紳士に成長しそうですねえ」

 リフィヌがニコニコ言い、アレッサはさびしそうにうなずく。

「ドメリどのは別れ際、ずっとリフィヌどのにしがみついていたな……」

 それをずっとうらやましそうに見ていた風の聖騎士。


「小生は子供とばかり遊んでいますから。教典など大人を丸めこむ役にしか立ちませんし……あ、いえ、拙僧に教典を役立たせる器量が足りないという意味でして」

 リフィヌ様が教祖の新興宗教ができたら入信したい。

 きっと教典はひらがなで数行だろう。



 見えてきた縦穴への出口に、ぼとりと人間大のアリみたいな影が落ち、粗末な槍を投げようとする動作。

 ボクは両手に茶わんと鉄棒をかまえる。

「烈風斬!」

 アレッサが一撃で、槍を持つ腕を斬り飛ばした。


 しかし虫人はひるむだけで走りよってくる。

 頭には巨大なアゴがつき、残る三本の腕にも鋭い鉤爪がついている。

 よく見ると羽もあるので、これも蜂人か?


「おこぼれ烈風斬!」

 ボクの飛ばした斬撃は虫人の細く黒光りする脛に当たったはずだけど、ダメージを与えた気配がない。


「烈風斬!」

 アレッサは二撃目で首をはねる。

 凡人の動体視力でギリギリわかったことは、師匠様は関節の継ぎ目を正確に狙って斬り飛ばしていた……さすがに経験も技量も違う。



「アレッサ、甘くなってないか? なんで一撃目で首をやらないんだよ? 虫人が見かけより怪力でしぶといってことくらい知っているだろ?」

 なにもしなかったダメ魔女のダメだし。


「たしかに、よくない対処だった。無意識に回避や話し合いを望んでいたようだ……まず自分が生き残っていなければ、その試みもできないというのに」

 アレッサはバカ正直にうつむく。


「でも虫人だって、話が通じる相手はいるだろ? 今も二撃目を待てる余裕があったから、腕で済ませたわけだし」

 この世界では虫より話の通じない人間をたくさん見ている気がするし。


「わかってねえなあ。虫人は鳥人や蛇人とは根本的に考え方が違うんだよ。やつらは自分の命も含め、すべてを繁殖の損得勘定だけでわりきる。学のあるやつもいるが、どうやっても同種族以外の関係では長続きしない。千年以上前からの常識だ」

 いつもウンチクを披露する時には得意げなザンナが、真顔でいらだっていた。


「ザンナの言うとおりだ。ユキタンが知り合いになった蜂人も、競技コース内ではどこで会ってもおかしくない。今朝の、その……」

 ディープキス強奪事件でしょうか。

「……仲の良い様子は私も見ていたが、あれはあくまで擬態。葉の色で森へ溶けこむように、蜂人の中でも人間に近づく性質がある者は、人間らしい表情や行動を使う」

 それほど楽なつきあいでもなかったけど。


「なんだ、蜂人の『案内人』に会っていたのか……」

 ザンナが吐き捨てるように言ってにらんできた。

 先に出発していたザンナは今朝のボクと虫人娘のスクープ映像を見てないらしい。

「お前ら異世界人のゲテモノ趣味は勝手だがな。虫人、ましてこの蜂人は見るなり殺せ。特に『案内人』は死体を焼くか刻むかしてやれ」

 ザンナはやけに感情的に、蜂人の生首を踏みつける。


「巣に連れ帰るのはエサか幼虫の苗床だけっていうのはアレッサに聞いたよ。でも簡単な交渉は……食べ物の交換はできたから、停戦くらいは……」

「そうかい。それはよかったな。ついでに『ホッペにチュー』でもされたか? ゴミブタとは思っていたが、さらわれて食い殺された女の顔にまで発情するとはな」

 …………苗床って……。


 アレッサが気まずそうにうなずく。

「なんだ……そこまでは話してなかったのかよ」

 ザンナが目をそらす。

「人間の体内で孵化した蜂人の幼虫は、体を食いつぶしながらその外見を真似ていくんだ。擬態した『案内人』の体はせいぜい数年しかもたないから、寄生に向く子供は毎年のようにどこかでさらわれている」


「アタシが孤児院を出て家なしのガキを仕切っていたころ、手下がたびたび敵対していたチンピラにさらわれて、虫人に売り飛ばされた……手下の一人と再会したら自分の弟たちを縛って馬車に詰めこもうとしていて、アタシにまで『トモダチになろう』って笑いかけてきたから、喉に闇針を通してやったよ」

 小さな銀髪の女の子が暗く笑う。

「だから『案内人』を見たら、殺してやってくれ。それがアタシの知り合いじゃなくても、礼はする」



 ボクは竹刀サイズの鉄棒をなんとなく振るい、足元に転がる虫人の死体をつっつく。

「蜂人の外骨格は鎧みたいなんだね。アレッサは簡単そうに斬り飛ばしていたけど、ボクじゃ鉄棒でも烈風斬でも厳しいな……なにかほかの魔法道具で……」

 ザンナの話がすべて本当なら、ボクがアリュービーに振る『片思いのお釜』は強烈な威力になりそうだ。

「人間の姿の『案内人』は強度も見かけに近いが……今朝の娘との戦闘を避けられない状況になったら、私が斬る。ユキタンは無理をせず、手出しだけこらえてくれ」


 ボクは『不死王の未亡人』メイライを成仏させたあとで、『ボクでよかった』とも感じた。

 助けられたほうがもっとよかったけど、あのままシュタルガやほかの誰かに殺されるよりは、ボク自身で、考えうる限り最高の方法で送れたことだけは、納得できている。

 アリュービーの正体を知ったあとでも、ボクにとってはかわいい女の子という実感が残っている。

 残酷な真実を知ったからこそ、ボク自身で決着をつけたい気もする。


 とはいえ、そんな機会があるかはわからないし、平和ボケ日本のヘタレ一般人は結局なにもできないかもしれないので、とりあえず黙ってアレッサにうなずいておく。



 噂をすればなんとやらで、縦穴の壁ぞい螺旋階段を昇りはじめて間もなく、上からキイキイガサガサと這い寄る音。

 横穴から次々と現われた三匹の虫人は、さっきと同じ直立歩行の蜂型。


「足場が悪い。その横穴へ!」

 アレッサの指示で避難……リフィヌがなぜか、一人で螺旋階段に残っていた。

「陽光脚!」

 踵落としのように、ほとんど真上に振り上げた足先の輪が眩しく輝く。

 縦穴は底に近いほど狭く、直径およそ十数メートル。

 光の半球はその半分近くをふさぐまでに広がり、飛び降りながら近づいていた虫人たちをまとめて数メートル上まではじき上げる。


「だいじょうぶです。拙者、何度か討伐に参加したことがありますので」

 巨大陽光脚が消え、ほがらかな笑顔で『陽光の神官』が振り向き、入口の角へ鋭い回し蹴りを放つ。

「陽光脚!」

 当たる瞬間、足先からリフィヌを包む広さの光る半球が現われ、反動で小柄な細身をはじき飛ばす。


「陽光脚!」

 横飛び蹴りの足先から再び巨大な半球が現われ、落下してきた三匹の虫人をまとめて壁へたたきつける。

「狭い通路で私が烈風斬を当てるほうが楽だろうに……」

 アレッサはつぶやきながらも、攻撃用途で使われる『陽光の足輪』の威力に目を見張る。


「陽光脚!」

 さらに階段を駆け上がりながらくり出した回し蹴りは、半球と共に突き出されたまま維持され、虫人を壁に押しつけ続ける。

 ぐにゃぐにゃとした『孤立のえりまき』の圧迫とは違う。

 少し曲げられていたひざをわずかずつのばすと、光の半球は虫人のりんかくと持っていた槍をまとめてきしませ、ゆがめていく。


 不意に陽光脚が消え、虫人たちはガクリとひざをつく。

 ヨロヨロと立ち上がり、ヨロヨロとリフィヌに近づき、ヨロヨロと槍をかまえる。

 その様子を黙って見ていたリフィヌは、困ったような笑顔で振り向く。

「もうしわけありません。やはりとどめはお願いしてもよろしいでしょうか?」



 アレッサは呆れ顔で前に出て、剣をかまえて腕輪へ蒼い光をためる。

 烈風斬の叫びは響かない。

 細い刃が横薙ぎに一閃され、虫人の頭部は斜めにわずかに浮いたあと、縦穴へ落下する。

 まだ槍をかまえようとしていた首なしの体を刃の腹でそっと押し、縦穴へ落とす。


 あとの二匹もまったく同じ要領で、人形を相手にした模範演技のように、頭、胴、頭、胴の順に次々と縦穴へ落とす。

 やや横から見たのでわかったけど、アレッサは虫人の首の継ぎ目の数センチ手前へ刃を走らせ、最小の烈風斬で、体液が刀身に触れないように斬っていた。

 静かな早足を一度も止めてない。

 アレッサは射撃の専門家みたいなイメージがあったけど、聖騎士ってことは一流の剣士なんだっけ。



「リフィヌどのが弱らせていたから楽だったものの、なぜ途中で手……というか足を止めたのです?」

 アレッサは刀身に返り血がないことを確かめてから鞘におさめる。

「殺生しないで済むなら試してみようかと思いまして。でもダメでしたねえ」

 リフィヌが苦笑して頭を下げると、ザンナは途端に険悪な顔になって詰め寄る。

「話を聞いてなかったのかよ? 虫人なんかと……」

「ユキタンさんが虫人さんと交渉できたと聞いて驚きまして。拙者、何度か参加した虫人の討伐で、一度も話が通じたことなんてありませんでしたから」

 リフィヌは明るく笑う。


「だから、つぶすしかねえと言って……いくらえらい坊さんでも、害虫や病原菌まで『尊い命』とかほざいて守っていたら、下手な魔女よりはた迷惑だろ?」

 今度は怒るというより、あせって説得するような口調で、内容にも一理ある。

「そんなもんと馴れ合うのは、色狂い邪教信者の自称勇者だけでいいじゃねえか」


「ごもっともです。拙者もつぶそうとはしたのですが、そうしたあとでの感触やら飛び散るものやらを想像しちゃいまして~」

 最強神官様は一般主婦の害虫退治みたいなノリでイヤイヤと首を振る。




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