十章 騎士のくせに馬に乗らない奴が多すぎだろ? 馬さえ乗れば騎士だと思う奴が多すぎだろ? 二
トロッコの発着場はおよそ三十メートル四方。
ザンナがドメリちゃんを抱えて飛ばされ、入口の近くで背中をうつ。
リフィヌはカノアンくんを押し倒して片足を振り上げ、『陽光脚』の光る盾でマフラーの光る波を防ぐ。
ボクとアレッサは奥の壁まで飛ばされる。
光の波は水流のような感触で、壁に当った時のほうが痛かった。
そのまま青白い光に全身を押さえつけられ、見えない布団でもあるかのように、壁から離れられない。
のたくた寝返りのように反転すると、少年聖騎士が細長い剣を抜いてふりかぶっていた。
リフィヌはカノアンくんを抱えて転がり、青白い光の外へ逃れていた。
ヌンチャクを投げつけていたけど、銀髪少年は振り向きざまに剣ではじき上げる。
「この魔法は生物しか押せません!」
分析の早い神官様に言われてみると、トロッコは横倒しになっただけで、位置はほとんど変わらない。
ヌンチャクで稼げた時間は一瞬。
カノアン君も金づちを投げて間をつなぐ。
少年騎士はまたも正確な一振りでたたき落とすけど、投げた小人を見て、驚いたような顔になる。
そして青白い膜の範囲がしぼみ、ボクとアレッサが腕を動かす隙間ができる。
「烈風……」
「子供がこんな所でなにを……?」
少年騎士のとまどう声で、わずかに遅れるアレッサの声と手。
「斬!」
やや下へ修正された刃の軌道。
銀髪少年は小さく跳びのき、脛の鉄甲に鋭い音を鳴らせるだけでしのぐ。
「子供までボクのことを!」
美形少年の悲しげな叫びと共に、青白い光の膜は再び一気に広がり、ボクたちを壁にはりつける。
ヘタレ一般人ユキタンは烈風斬をコピーしていた茶わんを落としてしまう。
「陽光脚!」
リフィヌはマフラー魔法の範囲外から光の半球をまとった足を高く振り上げ、トロッコをサッカーボールのように蹴り飛ばす。
防御だけでなく、蹴りの強化にも使えるのか。
そしてドシロウトの出番はないまま終わる……のか?
「レイミッサは元気だよ」
「ええっ!?」
銀髪少年はトロッコミサイルも軽やかにかわしたのに、ボクの出まかせには意外なほどうろたえ、青白い光は体のまわり数十センチまで急速にしぼむ。
凡人のさもしいあがきが効果をあげたらしい。
「そして君のことを笑顔で……」
マフラー魔法の発動条件が少しわかってきて、調子づく。
「え、なにか言って……?」
「烈風斬!」
スキを見せる銀髪少年。容赦なくつけこむ風の聖騎士様。
「うわっあ?!」
少年騎士は悲鳴を上げながらも、一瞬で剣を突き出す。
アレッサの体勢が悪かったとはいえ、目の前で撃たれた烈風斬の軌道へ刀身をわりこませてはじき、革手袋の親指を傷つけられるだけでしのいだ。
少し年下に見えるけど、聖騎士なら腕利きか……ボクは茶わんをひろい、一対多数で立ち回り続ける少年の実力に畏敬の念を寄せる。
青白い光が茶わんにたまってくる。
「だましたのか?! 恥知らずのユキタン!」
銀髪の強豪エリートが悲しげに叫び、オールラウンド平均未満の恥知らずも叫ぶ。
「天才美少年に活躍されたらボクは終わりだああ!!」
より悲痛な主張と共に、ボクの周囲からも青白い光が発生。
光の波がぶつかり合って、ボクも少年騎士もはじき飛ばされる。
またも壁にたたきつけられ、さっきよりガッツリ痛いよ肩と頬骨。
こらえて起き上がると、ボクのコピー魔法は消えていた。
でも少年騎士も転んでいた。
アレッサは数歩の距離をとっていた。
リフィヌとザンナは投げやすい小石や角材をひろい上げていた。
わずかなスキが勝敗を決していた。
「う……う!」
少年騎士が苦々しい顔をする。
烈風斬使いに間合いをとられ、援護射撃もあっては勝ち目が薄い。
……ざまあ! さあ、不様に泣いて逃げるか、無駄な抵抗で重傷を負って脱落退場しろ! エリート美形野郎おおお!!
「レイミッサには会ってない!」
アレッサが腕輪をかまえたまま叫ぶ。
「え……そうなんですか?」
青白い光は消えないけど、またも一気にしぼむ。
少年騎士の妙に下がったテンションにあてられ、ボクも冷静になってくる。
「すみません。レイミッサが元気とか笑顔でどうこうは嘘ですが、返せと言われるおぼえもありません」
やはり嘘はよくない……むしろボクは口先しかないからこそ、せっかく清之助くんがでっちあげてくれた信用だけは大事にしないと、致命的になるかもしれない。
今さら正直になるのも卑怯な気もするけど、一般人が戦場でプライドもクソもない。
「というかアレッサの妹の友だちなら、ボクとも友だち同然です。停戦しませんか?」
冷静になっても『仲良く同行しましょう』とは言えない。
たいした容姿も能力もない男の生殖本能がはばむ。
「あの……あ……すみません。ボクの負け、です」
銀髪少年はごわついた長いマフラーをはずし、近くに転がったトロッコにのせる。
そんな。あまりに潔い……最初に『レイミッサあああああ!』って襲って来たテンションはどこにいった?
「聖騎士六番隊『霜の聖騎士』ホージャック、です」
「手の傷、だいじょうぶですか?」
烈風斬が刻んだ親指から血がたれていた。
「あ……けっこう、深いですね」
女みたいな顔で、照れたように笑う。
なんだか気味が悪い……そしてなんとなく、今朝の選手村襲撃を思い出す。
「どこかで鞭に打たれている?」
「え……え? ボクはそういうのはちょっと……」
なぜ顔を赤らめる……そしてなんとなく、今朝の新聞紙面を思い出す。
「そういう意味じゃなくて、どこか打たれたみたいに痛むところは?」
「あ……森を歩いていた時、頭に枝かなにかが勢いよく当たったみたいで、ずっと痛んでいました」
ホージャックは革手袋を外し、ひろがっていた血をぬぐう。
自分で傷口を縛るのは大変そうだったので、ボクが手を貸すと嬉しそうに微笑む……男のクセに無駄にかわいいとは思うけど、君はもう別分野で敵だからね。
「この傷の深さ……この痛みで魔法が解除されていたみたいだね」
「その聖騎士、魔法の影響があったのか? それなら、目がさめた今は自分の行動になにか矛盾とか思い当たらないか?」
いつの間にか近づいていたザンナがマフラーをひろい上げる。
ホージャックくんはきょとんとしていたけど、しばらくするとアレッサのほうを見る。
「あの……アレッサさんがレイミッサさんのことを『~だった』みたいに過去のことのように話していたので、もしかして討たれたのかと思ったら、斬ることで頭がいっぱいに……」
どういうドジっ子だよ?! ……いや、鞭の効果か?
「その『孤立の襟巻き』は孤独感で発動し、生物を遠ざける魔法効果なんです」
なるほど……ボクの自虐的な叫びがほどほど的を射ていたのは助かったけど、この場における凡人の孤立感を認められて少し切ない。
「ですからボクは六番隊と言っても常に単独行動で、というか六番隊は隊行動に向かない魔法道具と性格の集まりで……でもガイム隊長もレイミッサさんも出発前はボクに優しくしてくれて……出発と同時にバラバラになるんですけど……う……っ」
泣きはじめた?!
「なんなんだよオマエ、そのエリート戦闘部隊にあるまじき弱いメンタルは……」
小心魔女にまでドンびきでつっこまれる聖騎士少年。
「それも適性なのかな? 剣の腕とは別に、驚異的な『さびしがり屋』だから『孤立の障壁』の範囲を驚異的に保っていたとか?」
ボクの『孤立の障壁』がすぐに消えたのも、活躍で孤独感が消えたのかもしれない。
美男子への尊敬が薄くてコピーが弱かっただけかもしれないけど。
ホージャックくんは嗚咽でのどをつまらせながらうなずく。
「まさか隊長が第一区間で脱落するとは思わなくて。第二区間で遠巻きにでもボクを気にかけてくれるのはレイミッサさんだけになって。迷宮地獄競技祭とはいえ、同僚だったガイムさんを惨殺できるなら妹のレイミッサさんでも危ないかと思って。レイミッサさんは口には出さないけど、アレッサさんをとても尊敬していたから、無抵抗に……」
「ま、待って! ガイムさんは生きているよ!? これは本当に! 大ケガはしたけど、迷いの森にあるザンナの家にかくまってもらって、命はとりとめたんだ」
ザンナもうなずき、アレッサは大きく何度もうなずく。
「惨殺というのは誰に聞いたんだ? まさか私にガイムをけしかけた『藪の聖騎士』キチュードや、私をうとんじている総隊長のシャルラではあるまいな?」
「……まさにその二人です」
ホージャックはガイムの生存に実感がでてきたのか、徐々に笑顔になり、次にとまどう。
「ご、ごめんなさい。アレッサさん。ガイム隊長やレイミッサさんからどういう人かはいろいろ聞いていたのに……」
「どちらが本当のことを言っているかはわかるのだな?」
アレッサも微笑んでため息をつく。
「は、はい。それにユキタンさんも、友だちと言ってくれたとおりに、ボクに優しくしてくれますし……」
治療の終わった手をあわてて放す。
どれだけさびしがり屋だコイツ……かなり実戦的に危険なレベルのさびしがり屋ということか?
「ボ、ボク、こんな顔だから、今まで友だちは女の子ばかりで……」
自慢かコノヤロー?! なついた目で見るな!!
男のくせにボクとか言ってんじゃねええ!!
「ちなみにガイムとレイミッサは、私のことをなんと言っていたのだ?」
「二人とも言い方は独特でしたが、総合すると最強の聖騎士にふさわしい高潔な方だという敬意がとてもよく伝わって……」
「そ、そうか。なんだ気恥ずかしいな」
アレッサはあわてて顔をそらす。
でも総合でなく部分的にだと、あの暗いニヤニヤ笑いのガイム氏がなにを吹きこんでいたのか、少し気になる所ではある。
同じことに気がついてしまったのか、アレッサの顔に腑に落ちないような表情が混じった。
「ともかくも。軽率に奇襲をかける者とは思えない。勘違いの素地があるとはいえ、魔法の影響はあったのだろう。よければ一緒に行かないか? レイミッサに合流できる所まででも。仲間には指を治療できる魔法の使い手もいる」
やばい……ボクの存在意義が本格的にやばい……実力がある上に美形なら、少し女々しいくらいは手頃なスパイスにすぎない。
『実は本当に女でした』みたいなドンデン返しでもない限り……いや現実的に、人としての良識も保って考えるなら、戦力には引き入れた上で、早めに清之助くんの魔手に落とす方法を考えるべきか?
「せっかくですがシャルラさんに……その、シャルラ総隊長は厳しい面もありますが、本当は優しい人で、評定の水増しや不祥事のもみ消しをもちかけてくれて……ボクは名門出身ではないので、家族も聖騎士の待遇を頼りにしていますし……」
ボクの存在意義、地味な危機回避ルート発生。
「おっと、すまない。自分の信義を守ってくれ。私やガイムは組織に向かない変わり者だとも聞いているだろう?」
「総隊長がうるさいなら、それこそ仲間にした既成事実を作ってひきこんじまえばよくね? 単独行動で採用されるって、聖騎士の中でも腕が立つほうだろ?」
ザンナは自分に巻いて試していたマフラーをホージャックに差し出す。
なんでそんな似合わない親切を……君もやっぱり美形には甘いのか?!
ところが美少年は小さく首を振って受け取らない。
「それはボクが聖騎士と認められた大事な証ですが……ボクは孤立すると極端に不安になる性格で、だからこその適性なのですが、自分を追いこみ続けての戦闘にはもう耐えられそうもありません。手を離してみたら、なんだかほっとしているんです」
どこかで聞いたようなセリフだ。
「襟巻きも指の傷も敗北の代償であり、証拠です。団長や総隊長には互いに堂々と戦って負けたと伝えたいので、どうかこのまま行かせてください」
えらい。ほめてあげるから早く消えて。
「そうか……では、ほかの聖騎士に会ったら、私もそのように伝えておこう」
アレッサは残念そうに言ったあと、少し意味深に微笑む。
「妹に会ったら、ホージャックはレイミッサのために奮戦したと伝えておこうか?」
「あの、ボクとレイミッサさんは、そういう関係じゃないですよ? ボクはレイミッサさんを姉のように尊敬しています。レイミッサさんもボクのことを妹のように……あ、いえ、たぶんボクがこんな顔をしているせいなんですが」
意外に反応が薄く、アレッサはまた別の残念そうな顔になる。
「そしてガイムさんのことは、兄のように思っています……」
そこで顔を赤らめてうつむくな。アレッサが無駄に喜ぶだろ。
「ガ、ガイムさんてどんな男性なんです?!」
リフィヌが小声で興奮気味に聞いてくる……困った戦力が増えていた。
線路にトロッコを乗せなおした『霜の聖騎士』が下り坂に発進する。
「よかったなユキタン。アイツが一緒に来ていたら、オマエの居場所なんか根こそぎなくなっていただろ?」
ボクは『闇の魔女』を全力で無視してカノアンくんに案内をうながす。
トロッコ発着場の奥の通路を抜けると、深い縦穴にシダ植物が茂る奇妙な空間にでる。
壁に刻まれた螺旋状の階段がはるか上までのび、あちこちに横穴が開いていた。
「下から五番目の穴だと、地下森林の中央あたりにでられる。そこからまっすぐで灼熱洞」
カノアンくんが指し示した上階の横穴を見て、アレッサは無言で腕輪をかまえ、ドメリちゃんを背にかばう。
かすかに気配がして、横穴の壁際に誰かが身を隠しているのが見えた。
「その小人たち、選手には見えない。停戦するつもりはある?」
突き放したような女の子の声。
アレッサの腕輪から光が消える。
「そうしてもらえるとありがたい」
そっと出てきた半身はアレッサよりもやや低い背で、よく似た軽装鎧の短髪少女。
凛々しい顔つきと蒼い髪もアレッサに似ていた。
「ホージャックと戦闘になった。魔法の効果によるもので、互いに不本意なものだ。指を負傷して、この先のトロッコで引き返している」
「そうか」
レイミッサか……アレッサやホージャックから聞いた印象より冷たい表情で、見下ろす視線はにらむように鋭い。
ザンナがあわててマフラーをボクに押しつける。
アレッサをひとまわり小さくした細い体がゆっくりと階段を降りてくる。
片手に腕くらいの長さの細い短剣を抜き身で持ち、もう片方の手には不釣り合いに大きな両刃の斧を持っている。
ボクたちがトロッコへの道を開けて反対側にまわると、レイミッサは一階分を飛び降り、視線を外さないまま背を向ける。
「また甘い人助けをしているように見えるか?」
アレッサが苦笑しながら声をかけると、少しだけ足を止めた。
でもそのまま顔をそむけ、無言のまま去ってしまう。
カノアンくんの案内で、下から二番目の横道に入る。
「こっちは避難路のほう。もどる時には道なりで迷わないから」
樹形にたくさん枝分かれした道を、カノアンくんは迷わずに選んで進む。
「妹さんも美人ですねえ」
リフィヌが笑顔で、緊迫していた空気を和ませる。
「化粧やファッションは私より詳しいはずなのだが、戦場で披露するわけにもいかんからな。私より女性らしい服が似合う顔なのに、あんなに髪を切ってしまって……戦場へ出る決意にしても、もう少し残してもよかっただろうに」
アレッサだけは和ませるまでもなく、ずっと上機嫌だった。
「でも、えらいガンつけてなかったか? なにか仲たがいでもしてんのか?」
ザンナがこういう時にデリカシーなく切りこむのは少しありがたい。
「いや、状況が状況だ。緊張していたのだろう。昔から内気で人見知りでもある」
そんなかわいい形容が似合う気迫ではなかったような。
「持っていた武器は『酔いどれの斧』に見えましたが……使用者の動きを補って刃筋を通し、急な加速と方向転換もできる効果で、持てば誰でも大鬼の達人と互角の戦士になるという貴重品……だったのですが、破損して修復した際に狙いが乱れる欠陥が残ってしまった魔法道具です。多くの事故を起こしたので『みなごろしの斧』なんて別名も」
「ずいぶんと物騒だが……なるほど。対応した動きが可能なら、高い威力はレイミッサの体格を補えるわけか。妹は小さいころから努力家で、私より抜け目がなく器用だったから……負けずぎらいで、私がなにか習いごとをはじめると、すぐ追いつこうとして、作法や乗馬などは私より早い年で身につけてしまった。しかし剣だけは体格のせいか、あわて者な性格のせいか、なかなか成績に結果がでなくて悩んでいた。それでも同年代では常に上位にいたようだが」
競走相手の武器性能の話が、いつの間にか身内自慢にすりかわって長々と続く。
……少々、いやかなり姉バカ?
「私が騎士団の報奨金稼ぎに熱をいれだすと、レイミッサも恐喝じみた手柄の横取りを繰り返していたようだし、私が陰で『切り裂きアレッサ』と呼ばれはじめると『八つ裂きレイミッサ』を名乗って刃傷沙汰を立て続けに起こし……謹慎処分が多いなんてあわて者ぶりも相変わらず……姉バカというわけではないが、けなげすぎて心配になる、かわいい妹だ」
アレッサがうっとり微笑んで語り、みんなの顔はこわばる。




