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一章で逃がせば縁は一生ない!! 二

「いつでも来い! 俺が受けとめてやる!」

 地面に溶かし開けられた穴へ向かって、メガネの変人が絶叫していた。


「あらあ? 妖魔グライム選手のほうが逃げましたねえ? なぜセイノスケ選手を溶かさなかったのでしょう?」

 パミラと呼ばれた紫コウモリ娘の色っぽい声がアナウンサー風に実況する。


「ほかの選手につけこまれないためだろうな。能力を未知数として警戒した可能性もある。だが思いも多少なり……『敵意は無い』くらいには通じたかもしれん」

 頬杖をついた魔王が投げやりな口調で解説者風のコメントを返す。


「清之助くん、よく無事で……」

 この世界で頼れそうなのは清之助くんだけだ。

 しかし長身イケメン学ラン男は休む間もなく、今度は頭ひとつ大きいロボットみたいな巨大メイドに駆け寄っていた。

「運命を信じるか?! たとえば今の俺とお前だ!」

 清之助くんを頼ることだけはまちがいのような気がしてきた。



「魔法人形メセムス選手です! 戦歴は浅いですが『大地の小手』を使いこなすパワーは底なし! 魔王様お手製、魔軍幹部の有望新人メセムスちゃんです!」


 巨大メイドが赤熱する両腕の小手を地面へ打ちつけ、砕かれた周囲の土砂が不自然に盛り上がって寄り集まってゆく。

「ガガガガガガッ! 出力二百パーセント!『土石装甲』発動! 発動!」

 吠え叫ぶメセムスちゃんを胸部へ半分埋め、倍ほどに大きい土の巨人が起き上がる。


 槍で襲いかかっていた半馬人の戦士たちは巨腕の一ふりでまとめて空を飛び、清之助くんの背後に次々と転がる。

「異世界といえども基盤は生活! お前のように堅実なメイドが俺には必要だ!」

 ひるまない変態。



 ボクはモニターから目をそむけ、美少女剣士アレッサちゃんを探す。

「彼がどうなろうと、自分の身は自分で守らねばなりませんデス。つまりはアレッサちゃんにすがりつくデス」


「ユキタン選手、それは自分では自分を守ってないのでは……」

「開始地点にハンデがあるというのに、ユキタンはのん気なものだな。まさに勇者というわけか?」

 映像の中の観覧席、というか放送席が砂埃を上げて沈みはじめた。

 地下道も大きく震動し、ゆがんだ天井の岩ブロックが崩れだす。

 頼りの勇者アレッサ様は、いつの間にか姿を消していた。



「アレッサ様あああ?!」

 駆け出すボクをモニターつきのコウモリたちが追い、背後の様子を見せてくれる。

 がれきの下敷きとなって爆ぜる巨大虫や巨大キノコ、その上へ飛び降りた通路いっぱいの巨大魔獣。


 背には宮殿バルコニーの中央がそのままくくりつけられ、玉座にふんぞりかえる小柄な紅髪の女の子と、手すりに豊満な肉を押しつけた紫髪の美女も見える。

「紹介いたしましょうね。こちらは大魔獣ティマコラちゃん」


 狛犬やシーサーの顔体を横長に数倍ひきのばしてブサイクにしたような、赤銅色に輝く十本足の巨体が地下道を震わせて吠え、壁を削りながら猛突進をはじめる。

「グゴガラアアアアアアアア!!」

「どぅおわあああ!?」



 巨大な十本足がみるみるボクの背後に迫る。

 はね飛ばされる寸前、バギンと大きな音がした。


 ティマコラちゃんがうずくまり、魔王少女が立ち上がっていた。

 シュタルガはその小さな体のどこから取り出したのか、身長ほどに大きい鉄扇で大魔獣の脳天をかち割っていた。

「石膏で固められて息苦しかったか? だが揺らすなと言っておいたろう?」

 シュタルガ様は優しい笑顔で脅しつける。


「あ、あの、ありがとうございます……」

 ボクは本心から命びろいしたことに喜んでいた。

「……うん?」

 魔王シュタルガは最初、なにを言われたのかわからないようだった。

 次に少しだけ驚いたような無表情を見せる。


 問題はそのあとの反応だった。



『べ、別にアンタを助けたくてやったんじゃないからね! さっさと行きなさいよグズ! ……私のおかげだと思うなら、少しはがんばってみせなさいよね!』と、頬を赤らめて顔をそむける……という展開までは期待していなかった。

 でも『おめでたい勘違いだな』と嘲笑されたり、『アホ?』とそっけなくつぶやかれるくらいで済むと思っていた。


 紅い瞳の童顔はマネキンのように虚ろなほほえみをはりつけ、黙ってボクを見下ろし続けた。


 違う。違うよこんなの。

 ハーレムめあてに来た異世界の魔王少女なら、格好や口調だけそれらしければいいんだよ。

 そんな背筋の寒くなるリアクションをかます、性根まで地獄色の本当の魔王じゃ、中高生男子はうれしくないよ!


「ティマコラ、わしは休めと言ったおぼえもない」

「そもそも、いきなり『迷宮地獄競技祭』ってなんだよ?!」



 半ベソで再スタートするボクとティマコラ。

「競技続行が難しくなった選手の皆様へのサービスといたしまして、最後尾より魔王様の観覧席が追いかけ、追いつき次第に皆様をひき肉へと変える素敵な最期を演出しております。運がよければ魔王様や側近幹部による直々の解体を受けられるかも?」


「では応援の皆様の声も紹介いたします。選手村のピパイパさーん?」


「は~い! こちら選手村、宮殿前広場のピパイパで~す!」

 モニターにスタート地点の広場が映され、バニーガールに似たドレスを着たウサギ耳の獣人女性がリポーターのような位置どりでコウモリを観客へ向けていく。


「うわあ! いいなあ! 俺、シュタルガ様にミンチにされるなら最高!」

 ブタをつぶしたような顔の太った小鬼がはしゃぐ。


「今年は仕掛けも派手だなあオイ! あれなら異世界の客人も本望だろ!」

 角を生やした三メートル近い大女が屋台カウンターで樽をあおりながら笑う。


「あんなしょぼいやつなら、まだオレのほうが盛り上がるっての」

 槍のようなシッポのある、ゴミひろいの子供が首を切る仕草。


「アレッサ様の邪魔をした人なんて、魔獣の胃袋に住めばいいんです!」

 普通の人間の女の子に見える給仕さんはえらい剣幕。


「神に生贄を捧げよ! 流血と断末魔をもって祝福せよ!」

 髪とヒゲのやたらに長い、ボロをまとった老人が絶叫する。


「落ち着くデス。話し合うデス。殺したら死ぬデス……」

 先の丸い触覚をはやした灰色肌の女の子が虚ろな目でつぶやく。


「以上、広場の声をピパイパがお伝えしました~!」

「はいはいどうもー。ユキタン選手、生前になにか一言ございますかあ?」


「最強までは望みません! 反則じみた強化もあきらめます! でもせめて、長所らしい長所になる特殊能力のひとつくらいは異世界渡航の記念に贈ってくれてもいいと思うんです! 今のボクのあつかいは元の世界よりひどいんです! 異世界に来たのに! 美少女はいるのに!!」


「今度の異世界のオスどもは騒がしいな。少し音量を下げてくれ」

 魔王らしい非情な声。



 涙でかすむ視界に、凛々しく戦う美少女剣士の姿が見えた。

 モニターに舞う蒼い髪、白いスカート。

 聖騎士の勇者アレッサちゃんは格闘ゲームごっこみたいに烈風斬を元気に連呼している。


 ボクが走っていると、床に散乱するバラエティ豊かな巨大虫の斬殺体がだんだんと鮮度を増す。

「近づいている……アレッサたんは戦いながら進んでいるから遅いんだ! これならアレッサちゃんにすがりつける! 少なくともアレッサ様に踏まれて死ねるぅ!」


 魔王がかすかに眉をひそめる。

「あのオスども『ラノベ』というものを賛美していたようだが、異世界での幻覚剤か、邪神の名称か?」

「あまり知りたくはありませんねえ」

 コウモリ娘も苦笑して首をかしげる。



 巨大魔獣は揺れを抑えて慎重に進み、ボクとの距離は少し開く。

 でもボクは運動が得意なわけではない。

 早くも苦しくなってきた。というか苦しい。

 うん、だめかもしれない。……だめならば?

 ……アレッサさんに、もう一度だけでも会いたい。


 この世界で唯一、一瞬でもボクを助けてくれたのは彼女だけじゃないか。

 ボクのように見た目も性格も冴えない、使い捨て脇役を救ってくれた本当のヒロインだ。


「……あれ? 思ったほど悪くないぞ?」

 追い詰められたボクの精神は異世界邪神『ラノベ』様と共鳴し、毒々しいマダラ模様の希望を見いだす。


「異世界に来た! 美少女剣士に助けてもらった! いいぞ今のボク! 元の世界よりずっといい! ヒロインの視界にすら入らない『その他大勢』からの大出世じゃないか! 今ならいける! ボクが『おいしい脇役』として死ねる最初で最後のチャンス! ここしかない! 天国エンディングへの突入フラグ! あははははあははあはははははは!」


「……幻覚剤のほうらしいな」



 通路の先にマイハニーが見えてきた。蒼い光に映える細い肢体。

「アレッサさあ~ん!」

「烈風斬! ……また来た?!」


 マイエンジェルは虫退治に夢中なのか、やけにもたついている。

「もっと急がないと危ないですよ~!」

「貴様はもっと気をつけろお?!」


 ボクの足がなにかを踏み抜く。石畳の床に木の板?

 ふと横を見ると、鉄のトゲがついた棒が何本も跳ね上がって迫っていた。

 それらは目の前で半透明な刃にへし折られて飛び散る。


「……罠?」

「コウモリの映像を見ていなかったのか?!」

 背後を見ると地面に槍やトゲつき鉄球やタライが落ちていた。

 気がつかないままかわしていたらしい。


「ところで今、烈風斬と言わなかったような?」

「狙いの精度は落ちる。一年前の腕なら貴様の耳は飛んでいた!」

「とか言って、つい弱者を助けちゃう、義に厚くつけこまれやすそうなアレッサちゃんバンザーイ!」

 蒼髪の女の子は気味の悪い変態に出くわしたような顔でボクから二歩はなれる。



 背後の通路の震動が大きくなり、ブサイク大魔獣がゆるいカーブの先に見えはじめる。

「もう処刑台が……貴様、やはり魔王のさしがねか!?」

 マイビーナスが刃を向け、殺戮兵器の腕輪に手をかける。


「待って勇者さん。ボクは悪いザコじゃナイヨ。どうせ斬らなくたって死ぬんだから、もっといい使い方アルヨ」

 まじめそうなラノベヒロイン様はボクの無邪気な笑顔でふたたび気迫を失う。


 ボクは通路を進む。少し疲れていたからジョギングで。

「貴様……なにを?!」

「勇者様ぁ、早くぅ! こっち、こっち~!」

 ボクがキャッキャウフフなノリでふり返ると、巨大トゲ鉄球が目の前をかすめた。

 すでにいくつかの岩ブロックが天井から降っている。


 ボクのわき腹を刺しかけた槍が寸前で穂先を失う。

 女勇者様は技名叫び無しのクイック烈風斬を放ちながら追いかけてくれていた。

「なにを考えている貴様あ!?」

「君のことだけに決まってんだろお!!」

 真顔で叫んで誇らしい気分になる。

 少女剣士は頬を赤らめて顔をそむけ……たりはしないよやっぱり。

 道端で会った変質者が宇宙人に変身するのを見たような表情だけど、無言でふたたび烈風斬を放ち、ボクを足元から包みかけた網を斬り飛ばしてくれる。



 通路が広くなり、横道と交わる十字路が連続して続く。

 昇り勾配がきつくなりはじめたけど、罠はなくなっていた。

 虫はちらほら見えるなり烈風斬の餌食になっていた。


 アレッサさんはボクのストーキングを黙認してくれている。

「騎士団に雇われた者か? 罠よけの技術か魔法道具でもあるのか?」

「持っているのは愛と情熱、あと遺言。『アレッサさん、会った時から好きでした』いや『生まれる前から好きでした』かな……」


 ボクの目の焦点はずっと合ってない気がする。

 頭の中で考えたことがそのまま口に出ている。


「ユキタン、吊り橋効果というのがあってだな……いやそれより、ただの自暴自棄が功を奏しただけなら、もうあんな無謀な真似はするな」

 困惑と心配の入り混じる顔も素敵です。


「私とて距離を稼げたことには感謝しているが、身投げ志願に助けられて生きのびるのでは心苦しい」

「なに言ってんですか、ボクの狙いはそれですよ! まじめそうなアレッサさんに負い目を感じてもらって、記憶に残してもらうんです! 哀れな引き立て役の最後の希望まで奪わないでください!」

 色白の細い拳がボクの頬にめりこむ。


「あ、すまん。つい……」

 アレッサのとまどう真顔に、ボクの頭のネジが少しだけもどる。


「……いえ、追い詰められて少し興奮していたようです」

「そ、そうか。戦闘に慣れているようには見えんからな。新兵が初戦場でわけのわからん言動や行動をとるのはよくあることだ。うん。……烈風斬!」

 気まずい間を断ち切るかのような一撃。

 とばっちりで飛び散る巨大オケラの半身。




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