九章 僧侶とか深く考えたらやばくね? ノンフィクションほどじゃない! 四
「くええええ! 邪教徒や! いてまおかドリシリー!」
「ジョナシーこそ気張りやあ! くけえええ!」
かん高い奇声の殺到を避けて、ザンナが真上に跳びあがる。
槍のような武器が地面をたたく。
「飛んだ?! あかん、ほれ、本当の鉄砲ぶちこんだれや!」
でもあれジャンプしただけだから、すぐ落ちてきちゃう……ボクは自虐カタパルト『道連れのちゃぶだい』をセットしておく。
「めったなこと言いなや! あっち、ツレおるやろが!」
「烈風斬!」
半透明の刃は対岸の槍先を二つ同時に斬り飛ばす。
「ひいい?! 烈風斬や! 切り裂きさんおるでえ?!」
「闇針!」
ザンナが落下しながら腕を振るい、アレッサも二撃目を慎重に狙う。
「あかんあかんあか~ん! やっぱウチあか~ん!」
ジョナシーと呼ばれた背の高い白ローブが悲鳴をあげながら懐から大きな筒を取り出した直後、耳が痛むほどの轟音、目がくらむほどの閃光が広がる。
「わ?!」「う……?!」
なかなか視界がもどらず、ひどい耳鳴りも続く。
うっすら見えはじめた対岸に、棒を振り上げる長身と、うずくまっている誰か。
「いきなりぶっぱなすなやアホウ! 耳いたあ!」
耳鳴りでぼやけて聞こえる声はドリシリーと呼ばれた小柄な女性。
ボクは手さぐりで腰のカボチャ提灯をとりはずし、ちゃぶ台に乗せて思い切りひっくり返す。
「カボチャミサイル!」
叫びで棒を止めて振り向く動きと、うずくまっていた人影が這い回る動き。
ひょろ長い背の女性が小顔についた大きな目で周囲を見渡し、ほとんど真上へ打ち上げられたカボチャを見つける。
「しょーもな?! あれならまだ弾なし大砲のほうがマシやん?!」
言うなり足元に目を向け、背後へまわっていたザンナを見つける。
カボチャは回転しながら不自然に飛距離をのばし、棒を振り上げたジョナシー嬢の後頭部へ当たる。
「くげ?!」「ぶげっ」
そして律儀にザンナの顔面めがけて落ちる。
「かなりのコントロールだな……つまりユキタンはかなり……」
「そう! ザンナくんへの愛情が高じての軌道ですよお?!」
対岸にも聞こえる大声でアレッサに答えるボク。
ザンナも一応は軌道を覚悟していたらしく、受け取ったけど押し負けたらしい。
鼻血を再発しながらカボチャを手に転がり、神官から距離をとっている。
まとめて風穴をあけるような速さじゃなくてよかったけど、魔法道具のカボチャよりもカニ缶のほうが速いとは……蟹人の価値観おそるべし。
「うらあ! 燃やされてえかクソボーズども!」
対岸の黒魔女は八つ当たり気味にハッタリ緑炎を吹き上げ、神官二人は後ずさりする。
「神官どの、降参していただきたい! そのほうがあなたたちのためにも……」
アレッサが腕輪をかまえて叫び、ほぼ勝負が……
「いやじゃあああ! ぜっったいにいやじゃあああああ!!」
ええ~……そうくるのお?
ドリシリーと呼ばれた小柄なオカッパ少女に激しい全力で断言され、アレッサも言葉につまる。
「私はここからでも、手足をとばすくらいは……!」
「首でも腹でも裂けやニセ勇者ぁ! 遊びとちゃうわボケェ!」
啖呵をきった顔に黒い針がかする。
「アタシが望みどおり内臓ぶちまけてやっから、念仏でも唱えろ!」
「どアホウ! 内臓さらすんは、いきなり首ぶっ刺す覚悟もないやつが先じゃあ!」
……あれが特務神官というやつか。
ドリシリー様は不自然に大きな白い帽子から鉄のヘルメットのようなものを引きずり出す。
それはどうも、古風な鉄釜らしい……魔法道具だよな?
「今なら魔法道具ひとつで見逃しますよ~!」
「いやじゃあああ! ぜぇっったいにいやじゃあああああ!!」
ボクの呼びかけも失敗……いや、言葉は完全拒否だけど、動きは止まっているぞ?
「じゃあやっぱり、手足を少し刻んでから身ぐるみはいで……」
ボクのハッタリにアレッサさんが本気で驚く。
「さっさとやっちまおうぜ! こいつら話になんねえ!」
ザンナの状況はよくないけど、その圧迫が束縛感となって闇針の調子は良さそう。
いざとなればほうきで逃げられ……あれ、ほうきは神官の足元だ。
「死にとうない! ドリシリー、うちまだ死にとうないわああ!」
長身小顔の後ろで爆発したように広がる、派手なパーマのポニーテール。
「じゃかまし! ヘタレがとりえのウドが! 最後くらい派手に散って聖魔大戦の墓標に源氏名『花火の神官』を刻んだれや!」
黒いオカッパに一筋の金メッシュ、かっちりそろえた前髪の下でギラつく小さな目。
「そやけど、こんなザコと差し違えなんてあんまりや~ん!」
「ウチらもザコやろが! ウチなんか『蛍火の神官』ちゃんやで! 星・月・太陽にゃ逆立ちしたってかなわんわ! そのザコがザコ相手に迷わずくたばるからハッパかけになるんじゃ! ハッタリ通さんでボーズがつとまるかい! ウチらの親方、説教強盗のオーソリティみたいなもんやぞ!?」
あんまりな言い合いに、ザンナすら威嚇を忘れて青ざめている。
余裕で勝ち確定って顔してないとまずいってば。
「じゃあウチくたばる! 夜空を飾るザコの星になって、邪教徒みな殺しコンテスト見守るぅ!」
ボクも正直、あの子たちが怖くなっていた。
あれがもし演技でないなら……ザンナに近づいたら、全力で撃たないと。
「ザンナは気が散っている時にも闇針の調子が怪しくなる」
ボクの小声にアレッサもうなずき、かまえる腕に蒼い光と汗が増える。
対岸の脇道の先から、予想だにしない加勢が現われる。
それがダイカやメセムスなら安心できたけど、忍び足の似合わない屈強のおじさまがた……第二区間スタート直前で話した、ベテラン傭兵らしき一行だった。
神官二人はまだ気がついてない。
でもオジさんたちは鎖鎧を着ている上に、馬鞍や犬小屋や円盤つきの床板……らしき物まで持っているので、いつ見つかるやら。
神官がヤケになってザンナへ突っこんだら困る。
革鎧のノッポがこちらに気がつき、自分を指したあと、親指を下に向け、二本指で神官を指す。
アレッサは少し意外そうに、手振りでなにかを返す。
「二人を倒すと言ってきたから、無力化だけ頼んだ。注意を引きつけるぞ……烈風斬!」
ボクも茶わんに意識を集中して続く。
「最後通告烈風斬!」
アレッサの刃は再び槍の一本を短く詰め、ボクの刃は二人に近い壁をカリッとひっかく……この距離じゃなあ。
「次は本気で撃つよ! ボクは女の子に優しいけど、身内の女の子にはもっと優しい! 身内になれば魔法道具なしでも助ける! さあどうする!?」
清之助くんみたいな撹乱スピーチをでっちあげる。
ウソはついてないけど、だましているのが器の差か。
「っざけんなやニセ勇者ぁ! アンタらこそ、よう反省して神官団に入れば、見逃しも助けもお色気サービスもしたるわ!」
「おいろ……?! 具体的にはどんな?!」
「さあどうす……ん?」
走りこんでいた革鎧の男が小柄なドリシリーを蹴り倒し、長身のジョナシーに組みつく。
続くおじさん三人が倒れたドリシリーにのしかかった。
ザンナは遠巻きにほうきをひろい、おじさんたちとこちら岸を見比べる。
「もういいザンナ。早く帰ってこい」
アレッサは小声でつぶやき、ザンナに手振りだけで意思を伝える。
「あの男、騎士団で使っていた傭兵かもしれない。同じ信号で通じた。やはり嫌な予感がする……腕もいい」
「魔法道具は?! この筒と壺と、ほかは?!」
革鎧の男はすでにジョナシーの腕をねじ上げて壁に押しつけていた。
大根くらいの大砲と、メロンくらいの壺が地面に転がっている。
「ああ、心配すんな。こいつらにひどいことはしねえからよ!」
革鎧男が話している相手は仲間でも神官でもなく、ザンナだった。
「そんな心配してないって。それより、アタシらの獲物なんだから……」
「わかったわかった。じゃあなにかひとつ……」
革鎧男が言いかけた時、斧を持った長髪マッチョがドリシリーを離れ、大砲と壺をひろおうと近づく。
「なに言ってんだ。早いもん勝ちに決まって……」
「バカヤロウ! そいつは三人がかりで抑えていろって!」
気さくそうに見えた革鎧男が突然に激しい剣幕で怒鳴りつけ、長髪マッチョはビクリと顔を上げる。
「けっこー色男やないのー?」
大柄マッチョ二人に押さえつけられていた小柄なドリシリーがニヤと目を細め、抑えのはずれた片手で鉄釜をふりかぶる。
「おいおい嬢ちゃん、こんな……うご?!」
鉄釜を軽く払おうとしたアゴひげマッチョおじさんの手はそのまま頬にめりこみ、顔はプロボクサーの強打を受けたかのように奥歯を飛ばしながら真横にひしゃげる。
鉄釜は淡い赤色に光り、そのままもう一人の口ひげマッチョおじさんの頭上へ。
「よけろ! 死ぬぞ!」
革鎧男の叫びで口ひげマッチョおじさんは跳ぶように尻もちをつく。
広げた足の間に打ちつけられた鉄釜は地面に浅くめりこみ、重苦しい衝撃音を対岸まで響かせた。
赤色の光が消えた瞬間、つかんでいた手にほうきの柄が突き入れられ、鉄釜はガラガラと見た目どおりの軽い音をだして転がる。
「ほら! さっさと抑えろよ!」
ザンナが叱咤しても、口ひげマッチョは怯えてあとずさるだけ。
「え……え?」
代わりに素早く押さえつけたのは革鎧男だった。
「なんだよ嬢ちゃんのほうが冴えてるじゃねえか。やっぱユキタン同盟だけあるねえ?」
やせた顔にくだけた笑顔がもどる。
「重さとかを変えられる鉄釜なんだろ。この神官様が怪力ってわけじゃねえよ」
革鎧男に腕を放されたジョナシーは肩を抑えながらフラフラ逃げようとしていた。
「ほれナノックさん、そっちの子を捕まえといてよ。あっと、もっと優しく! 肩はずしちゃったから!」
長髪マッチョが捕まえると、ジョナシーはひどく痛がって騒いだ。
片腕が不自然にだらりと下がっている。
「仲間では抑えられないと見て、瞬時に脱臼させたか……手際が冷静すぎる」
アレッサの引き返しサインに、今度はザンナも対岸でうなずく。
「で、どれをくれるの?」
「その鉄釜でどうよ? どれもかさばるけど、それが一番、おじさんたちにゃ使えるか怪しい」
「ま、いいことにしてやるかな。じゃ、あとは任せちゃうね」
小さく聞こえる対岸の会話。
ザンナの友好的な態度が、少しわざとらしい気がする。
ほうきを投げてもどってくる時には表情も緊張していた。
「あのオッサンたちなに? あれもユキタンかセイノスケの嫁?」
ザンナは帰ってくるなり鉄釜をボクに預ける。
「開始前に少し話しただけ。詳しくは離れてから……アレッサ?」
アレッサは緊張した顔で対岸の捕縛作業をじっと見ていた。
「木切れとかでいいから、なんか浮くもんだよ!」
指揮する革鎧男は神官二人を川に落とすつもりらしい。
「流れても浮いていても、足きり部隊にひろわれるだろ? 神官なら教団が身代金を払う。傭兵にしては紳士的な扱いじゃねえか?」
ザンナも言いながら不安そうな顔で、アレッサは答えない。
ボクはトロッコまでもどり、リフィヌと子供二人にそのまま顔を出さないように手で抑え、リュックを入れて押していく。
アレッサの近くまで押しても、まだ対岸を見つめたままだった。
「死人はでなかったけど、あまりいい決着でもないかな……あの二人の意気に押されちゃって、どうしても戦う方向に……」
ボクが落ちこみ気味に言っても、リフィヌは笑顔だった。
「いえいえ、あの二人は出まかせが得意なんです。譲歩しなくて正解ですよう」
明るく笑う神官様の両ほっぺたを優しくつねって目をのぞきこむ。
「そういうことは早めに言っていただけると助かります」
「あうあの、ひゃい。しゅみません。戦場でも出まかせ勝負になるとは思いませんで……」
「いや、リフィヌどのにも仲間の信用というものがある。出てこられなかったことも無理はない」
「拙僧ぶっちゃけまして、教団は負けてもいいのですけどね。さすがに死なれたら気まずいので嫌なだけでして」
アレッサ様の同情が台無しの明るい笑顔。
「あー、疲れた!」
ザンナがほうきをわざとリフィヌに向かって投げつけてトロッコに乗りこむ。
「お疲れ様です姉御」
ボクはトロッコを押そうとして、まだ固まっているアレッサに気がつく。
「いや……どちらにせよ、か……行こう」
アレッサは意味深に言って、トロッコ押しに加わる。
「あの男、そんなやばいの? アタシはなんとなくしかわからなかったけど……」
「ラウネラトラも感じたようだが、かなり戦場が長いことは確かだ。それと、ダイカの言っていた嫌なにおいというのもわかったような……」
アレッサの顔はまだ浮かない。
「でも、ギリギリまで傷つけないようにしていたよね? この競技祭のコース上じゃ、本当はいきなり殺すか重傷を負わせるほうが安全なんじゃないの?」
「それが気になる。殺さないほうが何倍も難しい戦場で、簡単に生かしているように見えた。あの冷静さは……」
お人よし軍人のアレッサは、ボクにもザンナにも『殺す』とさんざん脅した上で、渋々と生かしていた。
「だが、あのまま見ていても余計な警戒を持たれる。結局、ただ置いていくよりほかにない……ところでリフィヌどの、あまり無理はなさらずに」
傭兵たちが見えなくなったところで、トロッコの押し役はリフィヌ一人になっていた。
鋼線に引かれていた時より少し速いくらいの快適走行。
「いえ、運動だけは得意ですので。しかし拙者の同僚にそんな気を遣っていただいていたとは知らず、とんだ無礼を……ただ、競技祭がどうでもいいこともまた、拙者のどうしようもない本音なのですよ」
二つ名『陽光の神官』のとおり、いつでも明るい笑顔で、どうにも憎むに憎めない。
「水晶に映っていた子たちは戦災孤児でして。私が帰れるかと聞いた女の子は、はじめて会った一年前は話すこともできませんでした。半年で返事ができるようになって、先月から遊びに入るようになって、一昨日の競技祭出発前、はじめて笑ってくれました。涙を浮かべながらですが」
「……リフィヌどの、そろそろ代わろう」
「いえ、まだ全然だいじょうぶですから! その代わりというか小生、やばくなったらすぐ逃げちゃいますし! 競技祭で教団が勝っても負けても、私が帰らないと、あの子たちはまた、笑うことを忘れちゃいますから」
「もう少し……したら代わろう」
アレッサは目頭を押さえて顔をそむける。
ドメリちゃんとカノアンくんも育ちがいいのか、目をうるませていた。
そしてボクはザンナと目が合い、互いにそっと何食わぬ表情で顔をそらす。
ボクもリフィヌの話で孤児院の子供たちには同情したけど、嫉妬やもどかしさのような気持ちも感じてしまい、そう感じてしまう自分に孤独をおぼえた。
ボクとは境遇がまるで違うはずの『闇の魔女』ザンナが、まったく同じ冷めた表情をしていたように見えて、気まずかった。




