九章 僧侶とか深く考えたらやばくね? ノンフィクションほどじゃない! 三
宮殿の巨大モニターに赤い髪のネズミ娘さんが映しだされる。
バニーガールのように襟付き蝶ネクタイと袖口だけのカフスをつけ、生地の少ないレオタードドレスはシッポの部分まで大きく切れこむデザイン。
「リポーター見習いのヤラブカです! ピパイパさんが足きり補助をおつとめ中の第二区間では私が代わりまして、広場の皆様の声をお届けいたします! あ、そこのハゲたオッサンちょっとよろしいでしょうか! あれ、どこいくんです?」
「寄るな! 薄汚い魔王の手先めが!」
小柄な口ヒゲの中年はコウモリマイクを向けられると人をかきわけて逃げ、宮殿前広場の一角にある白い大理石の神殿へ走る。
水色の貴石で線模様をはめこまれた大階段には塔状の長細い大きなテントが整然と並び、そこだけは獣人や鬼の姿がほとんど見えず、人間の要人が集まっているようだった。
「え? この人が神官長? このしょぼくれたオッサンが? じゃーえーと神官長ファイグ様、なにか偉そうな一言をどうぞ!」
「いつまでも騎士団なぞに頼っていると思うな! 神官こそが最も神の御心に近しい存在であり、こと魔法知識と精神修養の深さでは……」
「はい、ありがとうございましたあ! ボクたちはなに? 教団の偽善事業にたかりにきたのかな?」
ヤラブカさんは周囲に子供たちが集まって来たのを見て、強引に口ヒゲおっさんの話を打ち切る。
「聖王様が、この建物からだったら応援してだいじょうぶって言ったの」
「リフィヌおねーちゃん勝った?」
「ばか。今、戦っているから応援すんだろ」
子供たちが取り合うようにマイクへたかり、ヤラブカさんは微笑みながら爪をたててひきはがす。
「リフィヌおねーちゃんがんばれ!」「魔王たおして!」
「違うよここで倒すのは三魔将だよ!」「おみやげ!」
リフィヌは照れているのか、上下する長い耳を握って抑え、なつかしそうに子供たちを見つめる。
「小生、普段は公務をさぼって孤児院の子たちと遊んでばかりなので」
子供たちは頬や鼻先に血をにじませながら、なおも集団戦術でマイクを奪おうとする。
ヤラブカさんは子供たちを投げ捨て踏みつけながら、後ろのほうで泣いている小さな女の子にマイクを向ける。
「リフィヌおねーちゃん帰ってくる?」
ヤラブカさんは女の子の頭をなでて微笑む。
「骨だけでも帰ってくるといいでちゅねー。なにせ相手は魔竜しょうぐ……」
年長少年のつまさき蹴りがネズミ娘の尻にめりこむ。
子供たちは一斉に泣きながら腰の入ったひじ打ちや跳びひざ蹴りを繰り出す。
ヤラブカは後ろで騒いでいた神官長ファイグ様を盾に振り回して防ぐ。
「あのひじやひざ、訓練されたものだな?」
アレッサが驚き、リフィヌは顔をそらす。
「拙者が少々……武術を教えるほうが、乱暴をしなくなりますので……しなくなっていたのですが」
「へえ。ボーズも役に立つもん恵んでくれるやつがいるんだな?」
ザンナは真面目に感心していた。
「いいことじゃねえの? アタシの弟たちも、刃物を持たせて急所を教えたらケンカが減った」
軽い腹ごしらえも終わり、出発の準備をする。
粘液まみれだった『怪力の首飾り』は煮沸消毒しておいた。
敵をだますくらいしか使い道がなさそうだけど、できれば首のもげる光景は見たくない。
「聖騎士さん、お忘れもの」
小人のドメリちゃんが両手いっぱいに抱えていたのは『気に入りの枕』だった。
「もう少しここで休めたらとは思ってしまったが……しかしこれは、身につけるには少々かさばるものだな」
アレッサはよりそって眠るヒヨコたちの刺繍を困り顔で見つめる。
今さら一個増えても変わらないボクのリュックへ入れておくことになった。
「カノアンどの、小人族の避難区域というのは?」
小人のカノアンくんは椅子の上で背のびして、金づちで地図の北端にある斜線の手前を指す。
そこには『煉瓦第五十八非常路』と書かれた細長い脇道が地図外までのびていた。
「中盤前ならば、最後まで連れて行くよりはよさそうだ。ザンナの言う偽ドルドナの出た位置にも近いから、ダイカたちとも合流できるかもしれない」
煉瓦砦の裏道を案内してもらい、牢獄の奥にある隠し通路から鉱山の詰め所へ、そして鉱石を運搬するトロッコ線路に出る。
カノアンくんは近くの麻袋を鉄のトロッコに敷き、みんなを乗せる。
「上りだと、歩くのとあまり変わらないけど」
ボクたち選手四人が乗ると、トロッコはいっぱいになってしまう。
リフィヌがドメリちゃんを抱え上げてヒザに乗せ、アレッサはカノアンくんに手をのばして微笑む。
「あの……ユキタンさん、失礼します」
カノアンくんは耳を赤くしながらボクのヒザに乗る。
子供特権を放棄してアレッサのひざ上を断るとは……なんて高尚な子だ。
レバーが引かれ、トロッコについた鋼線がきしみはじめ、早足くらいの軽快さでゆるい上り坂を登りはじめた。
アレッサはボクを恨めしそうに見ていたけど、なぜか妙な表情に変わる。
「いやまさか、カノアンどのはユキタンに特別な好意を……」
「紳士として異性との接触を避けただけなのに、あんまりな解釈だと思います」
ボクは真顔で注意する。
「おにいちゃんは、ズナプラ様の許婚なんだよ!」
ドメリちゃんが元気のいい声で解決の糸口をくれる。
「そ、そうでしたか。これは失礼なことを……」
「でもおにいちゃんもダイカさんにプロポーズしたから、ズナプラ様と取り合いなの! 私はキラティカさんと結婚するの!」
だいじょうぶか小人族の未来。
トロッコは途中から数メートル幅の地下水路と併走をはじめる。
流れは激しく、水しぶきが高く上がっている。
リフィヌが子供みたいにはしゃいでドメリちゃんにあれこれと聞く。
「上に水車があるの。それで巻き上げているの!」
はじめは最悪神官の仲間ということで警戒されていたのに、食堂ではいつの間にか打ち解けていた。
「おっと、そんな乗り出しちゃあぶないです!」
リフィヌがドメリを抱きとめた時、白いローブの足元が淡く輝く。
「防御魔法の発動条件は、もしかして……」
「あ、はい。『陽光の足輪』は守る気持ちで発動しますので、自分を守る大きさの『陽光脚』なら誰でもすぐに使えるみたいです。……でもユキタン様は自爆専門でしたっけ?」
「普段はそうでもないので、問題なく使えると思います。……だけど『おこぼれの茶わん』で写した場合は、茶わんを足にひっかける必要があるのかな?」
「この魔法道具を作った神具職人様は脚に強いこだわりを持ち、靴や脚絆などを専門にしていた方なので、手で持っていると効果は薄まるかもしれませんね。少なくとも『陽光脚』は足先から出すように意識することをおすすめします」
「脚フェチかよ……しかしオマエやけに詳しいな。まるで偉い神官みたいな……あ、高位の神官様なんだっけか。アタシの『闇つなぎの首輪』もなにか知らないか? 束縛感だけだとダメな時があるから、ピンチであてにならなくてさあ」
少し蒸してきて、ザンナは首輪を外して布でぬぐってから着けなおす。
溶接されているってウソをついたことを君は忘れているようだけど、アレッサさんは暗い薄笑いからして憶えているみたいだよ。
「残念ながら。ただ、魔法道具はその形状や本来の用途にも意味がこもっている傾向があります。首につけないと発動しないのであれば……」
「首フェチ? いや、息苦しさが必要なのか? 作った職人、どんなマゾ豚だよ」
「これも聞いていいかな?」
ボクはクソ神官ポルドンスから奪った万能防御ネクタイを腰のベルトに結んでいた。
「それは『へつらいの鉢巻』が登録名称です。舞台や儀式などで使われていた品で、独特の巻き方によって発動が滑らかになると聞きました」
問題は発動条件が相手への感謝なので、初対面の敵にはほとんど効かないという……使われると恐ろしい効果なのに、手に入れるとクズ同然の使い勝手だった。
アレッサの暴走烈風斬が出そうになったら身につけるくらいか?
「……そういやユキタン、あの下敷きだけどよ……」
「ああ、あんなクズ道具を使う選手もいるんだね。ゴム手袋でもしていたのかな?」
「いえ、タミアキさんは感電しても平気な特異体質なんです。二枚の『雷獣の下敷き』を使う『雷電の神官』の名で知られ、魔獣狩りなど前線での活躍が多い方ですね。戦う以外になにを考えているかはわかりにくい方ですが……」
だいじょうぶなのか特務神官。
「魔法道具って、ひとつじゃないんだ?」
「古代の魔法神話大全に載っている数千点の内、九割の魔法道具は一品ものです。残る一割もほとんどは二個組みで、五個以上は数十種あるかどうか? しかし修復や改造の技術が発達して、『ひとっとびのほうき』のように分解後の再利用に成功した品も複数になっています」
「新品を生産する技術は失われているの?」
「はい。下敷きも元は壊れた発電装置から構造の単純な部分だけを再利用したもので、十六枚の内で修復に成功したのは十三枚。魔王軍保管が一枚、神官団保管が三、その他で二、確認された破損は三枚、不明が四……今回の第一区間で提出されたものは不明からの一枚と言われています」
ボクはドメリちゃんと一緒に呆然とリフィヌ先生の講義を聞く。
「有名なものでは『私の束子』ていう大量乱造品があるな。魔法人形の体内にある鋼線一本だけで作れたらしいけど、そういった極端な安物はシュタルガ様が買い占めて底値が釣り上がっている。んで逆に、多くの魔法道具を組み合わせて作られているのが『平和の不沈艦』や『迷宮地獄の選手村』だ。創世時代の『無限の塔』『三途の渡し船』とかの遺物を除けば『魔法の道標』に次ぐ大事業だね」
ザンナが得意げに講義に加わる。
「おっと、そうじゃなくて、あの下敷きなんだが……」
「ザンナが感電した悲鳴なら中継映像でバッチリ聞いていたよ。『ぴぎゃ』とか……いや、ごめん。でも盗ったことならもういいよ。代わりに水晶あったし。クリンパの言うとおり、置き忘れ?」
「む……ぐ……じゃあ、もういい」
ザンナは赤くなった怒り顔で目をそらし、水晶を置いていった理由は答えない。
川の対岸に脇道が見えてきた時、不意にトロッコが止まり、坂をもどりかける。
カノアンくんがあわててブレーキをかけ、アレッサも飛び降りる。
直後、凄まじい閃光と爆音。
ドメリはリフィヌにしがみつき、カノアンは頭をかかえて伏せる。
ザンナは震えながら、トロッコから目だけ出す。
「いるじゃねえか本物! ドルドナさん、マジ怒りだよアレ!」
煙の漂う対岸に、ボリュームのある体型の長身女性が見える……でも服装は妙にラフで、どこかで見たような普段着?
髪も逆立つ朱色ではなく、ゆるいカーブの茶色。
「ドルドナにしては細い。角もないし、背は私と同じくらいか……髪も青っぽくないか?」
煙の角度か、アレッサにはかなり違うように見えるらしい。
「銀髪の子供に見えますが……あ!」
「なに言ってんだよ炎みたいな髪と角……え? みんな見ているものが違う?」
リフィヌとザンナがほとんど同時に異常に気がつき、ボクもうなずく。
「あ、あう、あの、はい。あれはたぶん『恐怖の壺』という、最も怖いものを見せる魔法道具で……」
「そっか……っておい、なにを見たんだオマエ?」
ザンナが意地悪く笑ってリフィヌの頬に拳をグリグリ押しつける。
「いええ、そのう、拙者けっしてザンナさんを悪くは思っておりませんが……」
リフィヌが困り顔で愛想笑いを作る。
「そういうことするから怖がられるんだろ。……それより、着弾の気配もないね? この洞窟のどこに当てても岩が派手に飛び散るはずだろ?」
「さすがユキタン様。間近に魔竜砲を撃たれた回数が違いますね! やはり『こけおどしの大砲』みたいです。壺と同じく、魔獣を追いたてる時に使うのを見たことがあります。破壊力はありませんが、音と光だけでも驚いてしばらく動けなくなるんです」
「そういうことは先に言っておけよ……ほかに知っていることは?」
ザンナはトロッコの中でかがんだまま、リフィヌの頬を引っ張る。
「はうあう、発動条件やほかの道具まではなんとも……しかしおそらくは、補助や裏工作を担当する『花火の神官』ジョナシーさんと『蛍火の神官』ドリシリーさんの組かと思います」
「あんだけ距離をとるってことは、近づかれたら困るってことか? 行ってくる!」
ザンナがトロッコを抜けて駆け出し、ボクとアレッサも追う。
「リフィヌ殿はその二人をお願いします。なるべく穏便に済ませようとは思いますが」
「ポルドンスさん以外の方は話を聞いて下さるかどうか……」
リフィヌの弱々しい声が不吉を告げる。
残りの特務神官みんな、あのポルドンスよりひどいのか?
ボクは持っている魔法を脳内整理し、使い慣れた『おこぼれの茶わん』と、窮地にも向く『おちこぼれのはし』だけ意識する。
あとは忘れて、魔法道具でない鉄棒や、盾として扱うちゃぶだいのほうが実戦的だ。
「魔法道具をよこすである!」
対岸から妙な口調の高い声が聞こえる。
「ヒヒッ、下手なモノマネだな……かえって安心した!」
ザンナがほうきを放り投げるように振り、対岸の脇道へ大きくジャンプする。
煙の中から、白いローブ姿が二つ見えてくる。
ボクも『おこぼれの茶わん』をかまえてザンナへの尊敬の念を……あれ?
感触も光も軽く、すぐに消えてしまう。
「小者くさく神官様をいじめたりするからあ!」
「誰が小者だブタヤロウ! 闇針! ……あれ?」
しかもまた調子に乗っている自覚がないまま、しょぼい闇針を外しているし!




