九章 僧侶とか深く考えたらやばくね? ノンフィクションほどじゃない! 一
ザンナは『ひとっとびのほうき』を六メートルほど上の城壁へ投げ入れるように振り上げて跳び、城壁にギリギリ片手をかける。
リフィヌはボクとアレッサの襟首をつかんで引き寄せ、真上へ蹴り足を振り上げる。
「陽~光~脚!」
光の半球がビーチパラソルのように広がり、降り注ぐバスケットボールほどの丸岩を受け流す。
この狭い部屋にまだ仕掛け罠はあるのか?
ひとりで登ったザンナの敵は、二人の子供だけか?
ボクの頭がようやく所持品の確認をはじめる。
『おこぼれの茶わん』は尊敬の気持ちで魔法をコピーできるけど、誰かが魔法を使ったあとでないとただの食器。
『鬼火のちょうちん』は熱さを意識すると発動する派手めの携帯ライト。
『ぬかよろこびのしゃもじ』は小さな幻影をわずかな間だけ見せる携帯プロジェクター。
『怪力の首飾り』は噛む力が強くなるけど首がもげかねない自殺道具。
『道連れのちゃぶだい』は弾が大事なものほど速く飛ばせ、的が大事なものほど命中する自虐的な射出機。
『おちこぼれのはし』は謙虚な気持ちで精密動作が可能になる護身具。
……こんなにたくさんあって、この状況で役立つものが無い?!
チャリティバザーに集まる『買ってみたけど一度も使わなかった便利グッズ』の山かよ?!
魔法道具でもない『竹刀サイズの金属棒』が一番使えそうとかどういうことだ?!
片手でぶら下がるザンナが再びほうきを振り上げ、城壁の上へ着地する。
跳ねる前に手がかかっていた場所へ、金づちが当たって火花を上げる。
ザンナが登ったのでわかりやすくなったけど、子供にしてもやや不自然に頭が小さい。
「なんだ、小人のガキだけかよ……闇針!」
得意げに振るった魔女の細い腕から、数本の針が鉛筆くらいに伸び、即座におさまる。
「あれ……?」ザンナのマヌケな声。
『闇つなぎの首輪』の発動条件は解明されてないけど、おおむね束縛が必要らしく、余裕かまして調子ぶっこいてる時には使えない……とザンナ本人が言っていたのに。
熟練のほうきさばきには少し感心したけど……しまった。ずっこけ闇針を見る前なら、茶わんで跳躍の魔法をコピーできたじゃないか!
「いで! いだ!」
幼い子供たちがパチンコを次々と撃って、ほうきに隠れるザンナの顔体へ当てる。
「二人とも来い!」
アレッサがボクの鉄棒をひったくって壁に走る……いくらなんでも、それを台にするだけでは届かない高さでは?
アレッサは壁に背をつけ、棒を真上に立てる。
「ユキタンさん、台になっていただけますか?」
リフィヌに言われてアレッサの一歩手前で止まり、体に力を入れて振り返る。
目の前で真上に飛び上がる素足と、真っ白なふんどしの膨らみ。
「振り返る必要はないのですが!」
悲鳴みたいな声と重みが肩にのっしりと乗り、直後、ボクの体を突き倒すように離れる。
振り返ると、小柄な細身はアレッサの持つ鉄棒の先へ正確につま先を合わせた瞬間だった。
跳躍したリフィヌは城壁の上へギリギリで指をかけ、かかった次の瞬間にはすべるように全身が跳ね上がる。
「なんでまだ避難していないのですか?」
城壁の上でリフィヌの声、そしてピシパシと軽い音が鳴り、二つのパチンコが宙に舞う。
「おいリフィヌどけ! そいつらシメる!」
「ザンナさん、子供ですよ! それに選手ではありません!」
リフィヌはまだバタバタと暴れる男の子を抑えている。
「その服、アゴわれ神官の仲間だろ!」
小人の男の子のおびえた声。
「あご……ポルドンスさん? 背が高い男の方ですか?」
アレッサが不意に、ザンナたちのいる横の城壁ではなく、正面鉄扉の上を見て警戒する。
ボクはとっさに、ちゃぶだいの折りたたまれた脚を開いて設置する。
「登れそうな魔法道具はこれくらいだけど、まだ試しうちを一度もしてないのがなあ。ボクがアレッサを乗せてリフィヌを狙ったら、大爆裂が起きそうな……」
二人の美少女は、ボクにはあまりに大事すぎる。
「ユキタンが乗るか? 私がザンナを狙えば、そこそこ飛んでそこそこ当たる気が……」
アレッサ様が微妙にひどいことを言う。
「そこそこ……ですか……」
「い、いや、言葉のあやだ! 私なら加減ができそうというだけで、ユキタンには何度も助けられ、深く感謝している!」
城壁の上でも新たな騒ぎが起きつつあった。
「ヨー、ホ! リフィヌじゃねえか!」
軽そうな若い男の声が近づいている。
「あいつだ! あいつがオレたちを閉じこめて……」
「ポルドンスさん、どういうことでしょう……あ、避難のお手伝いでしょうか?」
リフィヌのこわばった愛想笑い、そして長身で体格のよい、アゴの割れた男の姿が見えた。
身につけている白いローブには水色の線で塔のような模様が描かれている……リフィヌの服にも同じ図柄があった。
「いやあ、ここの小人は魔王の条件を飲んだ反教団側だろ? なんでそんなことせにゃならんのよ? かといって、僕も子供をどうこうしようなんて……思ってないけどね!」
大げさな手振りで話す顔は目も口も大きく、モミアゲも長めで、不自然にくねる前髪が白い神官帽からムダに長く飛び出している。
「ただ、その子らの親は族長の一人だから、小人たちが隠し持っている魔法道具を手に入れる役には立ちそうってわけさ! それが済めば用なんか……ないよ!」
男はニヤニヤと近づきながら、なぜか額にネクタイのような布を巻きつける。
というかネクタイだ。明るいピンク色でポップな柄の。
手を放した時には、いわゆる宴会における酔っ払いファッションのように、頬あたりに先が垂れ下がっていた。
「ポルドンスさんなら、魔法道具なんかほかの選手からバカスカとれますよ。ですから……」
リフィヌは愛想笑いのまま、子供を背にジリジリ下がる。
「僕は楽したいんだってば~リフィヌちゅわ~ん。リフィヌちゃんも教団の公務をサボるの大好きじゃないか~」
「キメぇな。ボーズがガキからカツアゲしてるだけかよ」
ザンナが手首のベルトを絞めながら前に出る。
「失せろ。こいつらはアタシの……魔王配下十八夜叉『闇の魔女』の獲物だ」
ポルドンスは手をひろげてやれやれと笑い、ザンナの後ろをのぞきこむ。
「それは困るな~。ねえリフィヌちゃん、あとでちゃんと説明するからさあ、その二人を連れて来てよ」
「ボーズなんて夢語り系の説教強盗だろ。屁理屈を聞くのはひったくりにカバンを預けるようなもんだ……闇針!」
今度の針は数本が数メートルを飛び、そのほとんどが正確に的へ向かう。
でもそれらはニヤニヤ男の額からのびた光の帯に阻まれ、刺さる手前で急減速する。
「ザンナさんの攻撃は効かないかも……」
「困るな~実に困る! 魔王の手下に魔法の性質を教えてどうすんのさあ!」
男が手元から平たい針金の束のようなものを振り上げる。
小型のすだれのような金属束はくっついたまま伸び、三メートルほども細長い孤を描いてザンナの喉元へ飛びかかる。
リフィヌが素早く腕を交差させて棒部分の長いヌンチャクをとりだし、すだれの尖端をはじきとばす。
「僕の『難儀の玉すだれ』もこんな扱いやすくなるほどのピンチだよ! でもリフィヌと僕では決着がつかないことは知っているだろう? 僕は君の突破力には感謝している。そしてこんな状況でもなお、将来美人になるだろう君の存在そのものに……」
「烈風斬」
男のセリフの途中で、アレッサが小声で慎重に狙った烈風斬を撃ちだす。
それはすだれを持つ手の近くで、またもや光のネクタイに防がれる。
「神官どの。ことを荒立てる気はないが、仲間に手を出すならばためらう気もない」
ポルドンスは当たったあとで振り向き、ニヤと見下ろす。
「はじめましてアレッサ様。しかし相手への感謝を防護へと変えるこの鉢巻の前には、勇者様や美しい女性の攻撃は通じませんよう! なぜならこの『虹橋の神官』ポルドンスは敬虔なるカミゴッド教団の信仰者であり! 同時に女性という芸術的な存在を崇拝する男だからです! ……あ、ばらしちった……まあいいかあ!」
「アタシの刺した所、少し血がにじんでいるんだが……」
ザンナが指さすアゴのあたりに、ポツりと赤い点。
「な、なんだってー?! くっ、真っ白な肌と輝く銀髪、挑発的な顔だちで油断していた! あと少し君がグラマーだったなら!」
「うぉいリフィヌ。あのクソ野郎の魔法を抜けて蜂の巣にする方法を教え……あぐ?!」
再び金属すだれが閃き、今度は急なカーブでリフィヌの繰り出した棒すら越え、ザンナをほとんど真上から襲う。
「ちっ! 感謝している相手の首を狙えるとか、いい性格してんなオマエ!」
ホウキが邪魔してそれたようだけど、ザンナは腕を抑えていた。
「かわいい女の子が魔王配下にいるなら、罪を重ねないように止めてあげるのが僕の使命であり……信条だ!」
強化選手の特務神官に変わり者が多いって、こういうことか。
「無意識に発動する防御か……やっかいだが、個人であれば『平和のあぶく』ほどの性能はないはず……」
「思い切ってお願いします」
アレッサが振り返り、ちゃぶだいの上に正座するボクを見て複雑な顔をする。
「飛べばよし、飛ばなければ破裂の心配もありません」
「人間関係の心配はあるが……い、いや、飛ぶとは思うぞ? 少しずつ試してみるか……」
アレッサがちゃぶだいの端を片手でそっとゆするように動かす。
「……だいじょうぶだ! 軽く感じる。いけそうだ……いくぞ?」
嬉しいですけど、その大きく安心したようなためいきはなんでしょう。
ボクが鉄棒を握ってうなずくと、アレッサは剣をおさめて両手に力をこめる。
「大事に思われるあまりに破裂するなら本望ですから」
「ば、馬鹿者……あれ?」
アレッサさんの『あれ?』は遠く後方で聞こえ、ボクは正座のまま風をきって飛ぶ。
きりもみしてザンナ……の手前にある城壁の角にぶつかりかけて、思い切り両腕で鉄棒を押し出してはじく。
さらに体を持ち上げる不自然な力を感じ、着地の姿勢もとれないまま小柄な魔女にボディプレスでぶちあたる。
アレッサさんの気持ちは嬉しいけど、殺されかけた回数がまたひとつ増えた。
「てめえら! ブタよこす代わりに貴重な戦力つぶす気かコラァ!」
あと少し君がグラマーだったなら、ボクの着地にクッションができていたのに。
でも憎まれ口たたけるだけ無事なようでなにより……腕に一筋、血が見える。
「こんにちは。ユキタン同盟のかつがれ神輿ことユキタンです。ボクを怒らせると人脈だけは怖いかもしれません」
鉄棒と茶わんをかまえる。
「いや、そこまで卑屈だと怖えよ。困るよ。ていうか、そこまで自分のことがわかっているなら話が早そうで感謝だな。まあ勇者様という時点で、カミゴッド信者としちゃ存在そのものに全力感謝なんだが……」
ポルドンスの『感謝』と『困る』の連呼は発動条件を満たす自己暗示らしい。
カルト宗教みたいな社訓でも毎日シャウトしていれば知らずに染みつく社畜根性みたいに、口に出すことで意識を高めている?
魔法道具のせいで人格が歪んだのか、歪んでいるから使用者に選ばれたのか。
「そんなわけで、ユキタン様の攻撃も僕には効かないのさ……アッハー!」
意外にもボクは、ザンナの血を見て冷静さを失っていたようだ。
ふりかぶった鉄棒は、とびのいたポルドンスのヒザをかするように打つ。
長いローブの下にはひざ当てがあったようで、ガチリと固い感触がしたけど、アゴわれのくどい顔は苦痛にゆがんだ。
「うぐお……!」
「うそつき」
ボクみたいなヘッポコ勇者に、そうそう感謝なんてできるものか。
「待て! 手を引くなら争う必要はない!」
アレッサは叫びながら、少し驚いたように見ていた……清之助くんも『シロウトが鉄棒を戦闘目的で使うのは自殺行為』と言っていたか。
「おいおい……最近はたいした目的意識もないやつまで異世界から来ちまっているとは聞いていたけどよお~。魔王の側近大幹部を倒した勇者様たちが、なんで末端幹部をかばってんのよ?」
ポルドンスは強がったニヤけ顔で打たれた脚をふんばり、たいしたダメージではないことを確かめる。
「私は別に勇者などでは……」
アレッサは決まり文句を言いかけて口をつぐむ。
「勇者ユキタンは友愛を深めるために来ましたよ。魔王軍への反乱計画なんか知ったこっちゃありません。というかビジュアルだけならかわいい子の多い魔王配下と仲良くならないでどうしますやら」
それよりなにより今すぐオマエの頭をかちわりたいよ。
なに本気でザンナを襲ってんだクソボーズ。
「教団に協力してくれりゃ高位神官と同じ待遇だぜ? 女の子なら僕のを何人かあげてもいい……って、なんでにらむかな~? 困るな~。実に困る!」
ポルドンスの手元が動いた、と思った時には学ランのえりを金属すだれがかすっていた。
ボクがカッコよく見切ったわけもなく、リフィヌがとっさに腕を引いてくれていた。
「というか話を聞いてくれない限り、僕は絶好調で玉すだれを使えるってわからないかな? 『難儀の玉すだれ』って名前でバレバレでしょ?」
ボクなら謎ネクタイの防御を無視できるとはいえ、相手は体格が良くて訓練も受けているだろうから、懐にとびこんでも勝ち目は薄そうだ。
「はわ?!」
横長エルフ耳がボクをかすって前につんのめる。
美少女神官様の尻を蹴っ飛ばした魔女は下がって小人の子供らの前に立つ。
「で、オマエはどっちにつくんだリフィヌ? ……ガキどもは出るなよ。いざとなったら下の騎士に向かって飛び降りろ」
小柄な金髪神官様は困りきった笑顔で前後を見比べる。
「リフィヌちゃんよう……邪魔だけはすんなよ?」
笑顔で脅すポルドンスにあせりが見える。
そっか。リフィヌ様さえ武術や防御魔法でポルドンスの攻撃を防いでくれるなら、今度はボクだけが一方的に攻撃できる立場になるんだ。
ここまで迷うリフィヌなら味方してくれるように思える。
でも会ったばかりだし、よくて半信半疑かも……やっぱり自力? なにか使える道具は?
「この『おちこぼれのはし』は謙虚な気持ちで白刃どりなどの精密動作ができる!」
しまった! うっかりラノベのアホ敵みたいに自分の能力を口走ってしまった!
むかつくクソボーズ相手に、謙虚になれるはずもないのに!
「くうっ、それじゃ男もうらやむ美形エリートな僕の玉すだれはパーフェクトに防がれちまう!」
バカで助かった!
この隙にほかになにか……って、なんでこれを先に使わなかった?
ボクが茶わんを振り上げると、なにも合図を送らない内に城壁の下から声が響いて感動する。もちろん尊敬も。
「烈風斬! ……脚をねらえ!」
茶わんに尊敬の意識をこめ、蒼い光を溜める。
師匠の指示の意味は、剣に見立てた鉄棒を振り下ろす時に理解する。
ボク、こんなむかつくクソヤローでも、人の首とか本気で狙えないや。
「惰弱烈風斬!」
脚に向かって全力で撃てた。
もし指示がなければ、振り下ろす直前で『この勢いで首を斬るつもり?』とか急に我に返って、腕が鈍る以前に、烈風斬に必要な『斬る意志』そのものが揺らいでいただろう。




