八章 エルフ耳は縦のび派か横のび派か? 長さと尖り具合を聞けよ! 四
「なんで? ……ああ、ユキタン同盟が膨らんで魔王配下の上級幹部をバタバタ倒しているから、教団の中でも『あれ本当の勇者じゃね?』みたいな声が大きくなりはじめたとか?」
魔女を自称するザンナ嬢は小ずるい弁舌だけは得意らしい。
縦のびに尖っているけど、長さは倍もない中途半端なエルフ耳がピクピク動いている。
「特にアレッサは、シュタルガ様にも腐れ騎士団にもなびく様子がないから、なみの神官よりか、よほど反魔王の急進派に近いよな……引き抜き話とかないの?」
神官少女は踊るように上半身をゆらしてうろたえている。
「わわ、私は平和に楽しく暮らしていたいだけでして。自爆や博打で美しい伝説を盛り上げる覚悟は持ったことがない臆病者ですよ? 神官長様はアレッサさんと組めるようならどうにかしろ的なことはおっしゃっておりましたが、おそらく小生のような若輩ではなく、もっと優秀なベテランの皆様にお願いしたのだと思いますし……ぶっちゃけまして拙僧、昇進したくて偉そうな人の話へてきとーに調子を合わせていただけでして!」
「神官といえば、もっと反魔王の意地で固まっている印象だったが……思ったより気が合いそうだな」
アレッサは感心した声をもらし、別れが惜しくなったように珍神官を見つめる。
リフィヌの小役人くささが発覚したけど、本当の勇者や聖人じゃ全力俗人のボクにはついていけないし……出会いがしらに襲ってきた今までの女の子に比べれば、なんと女の子らしいことか。
「ボクも同感です」
貧乳でもいい。顔の可愛いさや、横長で丸みのあるエルフ耳には合っている。
リフィヌは自身のぶっちゃけトークに対する反応が予想外だったらしく、両腕を宙に漂わせて絶句する。
「あのあの、でも、あ、そちらの魔女の方! 魔王さんの配下の方ですよね? やはり反魔王の急進組織に属する拙者との同行は問題が……」
「ないよ。シュタルガ様がそんなことを気にする性格だったら、騎士団の懐柔はもっと遅れていただろうし、敵対していた三魔将とあんな仲良くしてないって」
ザンナは冗談でも言われたかのように笑って手を振る。
「ユキタン同盟は友愛を深めるための集いだから、派閥とかは関係なく……非常臨時での協力ってことでどうだろう? 少しでも同行しておけば、ボクたちは『リフィヌさんにはお世話になりました』ってほかの神官に言えるし」
もっともらしい説明で微笑むボクと、なぜか一歩さがるアレッサ。
「友愛はたてまえの軍事同盟だったはずでは……いや、なんだかセイノスケがのりうつったような口調だな」
アレッサさん、なんでこういう時だけ男心に鋭いの?
「たてまえ……」
小さくつぶやいたリフィヌさんがすり足で二歩下がる。
「それをたてまえにしないのが清之助くんとは違うボクの方針です! 別にリフィヌさんの顔とか上段蹴りは関係なく!」
「じょうだんげり……」
女子三人が口をそろえて同方向に三歩下がる。
「異世界人としては、この世界で最もメジャーな宗教団体の方たちのこともよく知った上で戦いに挑みたいのですよ。この競技祭はただの代理戦争ではなく、協力関係を築く外交の晴れ舞台でもあって……」
三人の反応をあえて無視して、清之助くんの真似で強引に乗り切ろうと試みるボク。
でまかせのわりにはそこそこ破綻がない主張な気がする。
アレッサのうながしで三人がそっと進み、半泣きで追いすがるボク。
「勇者を大事にしてくれる宗教なんですよね? 世界で最も信仰されている……なんていう名前なんですかあ?」
高位の神官様は慈悲深くも振り返り、気づかって微笑んでくださった。
「昨夜に来たばかりで詳しいのですね。開祖様のお名前から一般には『カミゴッド教団』と……」
「それ邪教だよ絶対」
うっかり真顔で口をすべらせたボクに、三人は驚愕の表情で振り返って固まる。
「ごめんなさい! ついうっかり! ボクの世界で有名な悪の組織と名前が似ていたもので……いえ本当に!」
「ユキタン……人類と反魔王連合はその邪教とやらの名の下でまとまり、騎士も神官もカミゴッド様の教えに魂を捧げる誓いを立て、その職務に任じられるのだが……」
アレッサは宇宙人発見の記憶がよみがえったような目でボクを見つめ、ザンナすら呆れはてたように口を開けていた。
「ユキタンよう、神官も騎士ほどじゃないにしろ腐敗が進んじゃいるけど、どっちも地方や下っぱとかじゃ、それなりに真面目なやつも多くて、だからこそアレッサみたいに無茶なやつもつぶされずにいたんだぞ?」
魔王配下十八夜叉まで擁護にまわった?!
そうだよな。名前の音が近いくらいで偏見を持つなんて最低だよボク。
「あの、カミゴッド様の改名由来には諸説ありますが、古代の言葉で神格を表す語を重ねたという学説が有力になっていまして……」
「そうですか……これ以上つっこんだら終わる気がするので、もう感想を率直に伝えるのは控えておきます」
信仰を全否定されてなお笑顔で気づかって下さるリフィヌ様の寛容な御心に感謝します。
というか小役人根性が皆無の熱心な信者さんなら、今ごろどんな神罰を下されていたことか。
「ところで……私の同行は決定事項なのでしょうか?」
すべて丸く収まったように歩いていた神官さんが我に返ってしまう。
「無理には引きとめませんが……そんなに離れたいのなら……」
アレッサの声がゆっくり沈み、リフィヌはかえってオロオロとボクたちの顔を見比べる。
「アタシも同じ。いれば便利そうだけど、肝心な時に寝返るくらいなら、はじめから連れないほうがマシだ」
自分のことを棚に上げてなにをほざいてやがるダメ魔女。
ザンナはぶかぶかに大きいとんがり帽子を外し、転んだ時の汚れをはたきとる。
「足ひっかけられた腹いせとかはもういいから。わざわざほかの神官に言ったりしないし…………ん? なに?」
リフィヌがはじめて笑顔を失い、ザンナの顔を見つめていた。
「あ……いえ、ごめんなさい。どこかで会った方に見えましたので……」
あわてたように笑顔をもどす。
「まさか。アタシの知ってる神官なんて、孤児教会の寄付金横領ババアくらいだよ。あの時の仲間にも金髪青目の可愛い子なんかいなかったし……あ、まさか財布とられたやつの知り合いとかなら言ってくれよ? 魔法道具がひとつ売れたし、何倍にもして返してやるから」
こらこら、あまりに下賤な世界観をさらすもんだから、リフィヌ様がまた真顔で黙りこんでおられるじゃないか……というかザンナさんも思った以上に苦労しているっぽいけど。
「リフィヌ様が同行してくれないと、ユキタン同盟は今後一切、神官団とは交渉しない……とボクに脅されたことにするのはどうでしょう?」
「あ、ではそれで」
笑顔で即答ですか?!
承諾されてしまったので、誰かがつっこむ間もなく、丸く収まった扱いになってしまう。
巨人回廊は数十メートルの高さと幅の四角を保った真っ直ぐな道のりで続いているけど、過去の争いの跡か、行く手に瓦礫が増えてくる。
塹壕、もしくは倉庫や罠の設置に使われたのか、脇道とも言えない浅く小さな穴もちらほらと見える。
「山小人が戦った跡のようだな。魔竜が近いせいか、大型の魔物の気配は妙に少ないが……逆に選手の動きは読みづらい」
アレッサは多くの死角を警戒して、歩みが慎重になる。
「ところで『雨だれの長ナタ』はそんなに早く売れたのか? シャンガジャンガの『燕返しの物干し竿』なみに扱いづらく使用者を選ぶから、競技が終わるまでには買いもどせると思っていたのだが」
「うわ。さすがに聖騎士様は悪がしこいな。狙いどおりに『雨だれの長ナタ』は母上の納得する値にならないらしい。売れたのは『狂乱の麺棒』のほうだよ」
ザンナの話にリフィヌはちらちらと振り返る。
その表情はなにか聞きたそうに見えた。
「カボチャとホウキの代わりにクリンパへ預けておいたけど、ピパイパさんが高く買ってくれたんだと。今朝の襲撃に使われた魔法とややこしいから回収したいとか……」
「はわ。魔王軍の機密事項とかでしたら、拙者はなにも聞いてなかったということで」
リフィヌ氏は耳をふさぐ仕草で苦笑する。
「いや別に。部外者を応戦に出して、首謀者も放置しているくらいだから。神官に聞かれるくらいじゃ問題ないだろ? 本当にやばい情報はアタシみたいな下っ端には流れないし……しかしオマエ、ほんとやる気ないんだな」
「何事も見て見ぬふりをして、頃合を見計らって進もうと逃げ隠れしていたのです。なにやら楽しい皆様なので、仕事のふりもできるのでしたらまあ……」
瓦礫の隙間から胴の長いハリネズミのような生き物が走りより、リフィヌはつま先をちょこんと出す。
足首を中心にどんぶりサイズの光る半球が広がり、ネズミの頭をとらえる。
トラのように獰猛そうな牙だらけの顔を魔法の盾でしばらく抑えつけたあと、少し足をゆるめるとネズミは反転して逃げていった。
「第一区間さえ抜ければ棄権できると思っていたのですが、魔法道具を支給された特務神官は誰も脱落していませんでしたので、言い出せる雰囲気じゃなかったのですよ~。第二区間は何人か脱落しそうですから、うまく便乗したいですねえ」
明るい笑顔でサボり計画を暴露するリフィヌ様は、その背丈に近い瓦礫に行き当たると、一足でひょいと飛び乗る。
うっかり真似して続こうとするけど、ボクはまず、足が腰までも上がらない。
がんばれば胸近くまで届きそうだけど、どう勢いつけて跳びあがったところで、瓦礫に体当たりするだけになりそうだ。
「その動きはなにかの魔法道具で?」
ボクの運動能力では、手をかけて這い登るのもひと苦労。
「体を動かすのは好きなのですよ。神官長さまも武術だけはほめてくださって、由緒正しき『陽光の足輪』の継承に推薦をくださいました。高位神官の給料にありつけると喜んでいたのですが……なぜか競技出場がセット条件みたいにあとから言われまして」
「なぜかもなにも、やる気のないやつに秘蔵兵器を預けるなんて、突撃命令と一緒だろ」
ザンナは呆れたように言って、ホウキを投げるように振るう。
その動きに合わせて小柄な魔女の体はぴょこんと跳ね上がり、瓦礫の上に着地する。
「そのホウキ、面白そうだね。どれくらい飛べるの?」
「投げられる軌道に合わせて……使ってみるか?」
まだ少し段差が続いているので、借りてみる。
「最初は軽くゆすって感覚をつかめ。いきなり全力でやると事故るから少しずつな」
ゆっくり振ると、持ち上げた時に少しだけ引っ張られる感覚がする。
大きく速く振ると引っ張る力も強まるけど、体が浮くほどではない。
「飛べるって思わないと飛ばねえぞ? 『ひとっ飛びの箒』の元は『飛空の箒』っていう自在に飛べる魔法道具で、バラバラにぶっこわれたのを修復して再利用に成功した一本だ。あと、試し振りなら横方向のほうが……」
さっきのザンナの姿を思い浮かべて大きく振り上げると、ボクの腕に急に自分の体重がかかって同じように浮き上がる。
そして直立したまま落下をはじめる。
「ひざ曲げてふんばれ!」
あわててみっともなく着地して、倒れそうになったところを後から抱きとめられる。
「少しずつって言っただろ! やっぱブタは飛ぶなっ」
前にも背中で感じた、ささやかな胸の感触と、ブルーベリーの香り……アレッサにまとめて斬られかけた時か。
「ありがと」
振り返ってホウキを渡した時に、大きくずり下がった中ブラに気がつき、素早く回れ右して瓦礫をよじのぼり逃げる。
「おいユキタン、さっき……」
「なんでしょうか。先ほどは助けていただき、大変に感謝しております」
不自然な口調で顔をそらし続けるボクを、ザンナは真っ赤な顔でにらみ続ける。
隊列はいつの間にかアレッサが先頭になり、ボクとザンナが後ろになる『リフィヌ囲いこみの陣』になっていた。
「そうだリフィヌさんリフィヌさん。ドルドナさんの偽者がいるらしいのですが、神官団ではなにか情報がありませんか? 変身の魔法とか爆発の魔法とか……」
「偽者、ですか? 魔竜の姿や熱光線……」
ニコニコ考えていたリフィヌさんは徐々に顔をそらす。
「あの……もし犯人の心当たりが身内にいる場合は……」
「黙秘していいからね! というかそんなヒント出しちゃダメだよ! どんな冷酷非情な尋問されるか……!」
アレッサが足を止める。
「ユキタン、ここは命がけの戦場なのだが……」
リフィヌがびくりとアレッサから半歩はなれる。
「ですよね。ちょっと強引に聞きだしたって極悪非道とは思いません。でもやはり人として、拷問はあまり痛くない方向で……くすぐりとか?」
リフィヌがびくりとボクから二歩はなれる。
「いや、私も聖騎士に関する情報は全部をセイノスケに伝えたわけではないのだ。やはりどうしても、かつての同僚を裏切ることには抵抗がある……しかし協力を受ける身としては不義理に思え、気になっていた」
「真面目すぎだよアレッサ。ユキタン同盟なんて、組む相手のいない選手がとりあえずで集まる口実にでっちあげただけだし。代表するボクの公式目標は『友愛を深める』だから、仮にアレッサが騎士団に味方したって、ボクは嫌いにならないから問題ない」
アレッサには意外な答えだったのか、少し間があって小さくうなずいたあと、背を向けて再び歩きはじめる。
「そ……そうか。度量が広いというか、節操がないというか……いや、そう言ってもらえると助かる。リフィヌどの、心配ないようだ。一緒に歩けるところまで、一緒の道行きを楽しもう」
リフィヌが笑顔でボクに振り向く。
「……なんだ。やらないのか」
ザンナがつぶやき、いつの間にか絞っていた手首のベルトをゆるめる。
リフィヌが笑顔でアレッサに追いすがる。
「それにユキタン同盟が軍事目的なら、拷問すべきは裏切り者のほうだよね」
「ザンナは……この道の先から来たのだったな?」
ボクの言葉にアレッサがゆっくり振り返り、かすかな微笑をザンナに見せる。
「あ、ああ! 案内なら任せておけよ! もう少し先の脇道に小人の集落があるんだが、そこで休んでいたら、でかい爆音を聞いたんだ。あとザコ鬼がドルドナに会ったらしくて……!」
ザンナくんが突然にはりきって前に出る。
ブロックのバリケードは徐々に少なくなり、再び見通しのよくなった通路の先に、深そうな小さい脇道がいくつか並んでいる。
「けどよ、ドルドナさんの偽者がリフィヌの身内ならどうすんだ?」
「考えたのだが、もしそうだとしたら、なおさら私たちが先に会ったほうがいいかもしれんぞ? セイノスケが見抜き、メセムスやダイカも狙っている。傭兵らしき四人組も知っている情報だ。それに停戦協力の手前、ほかの聖騎士に知られるのも好ましくないだろう?」
「今朝の山小人の襲撃防止のようなものかな? 失敗する襲撃に身内がいるなら、自分で防止に参加して被害を減らすっていう……」
「あ、今朝の参戦はそのような意味だったのですね! みんな思い切り誤解して、騎士団を追放されたアレッサ様の再就職活動と結論していました!」
「そう思われても仕方ない状況ではあるが……今のところ正式な追放通達はない。とりあえず、爆音の正体を見るだけ見てみよう」
リフィヌは笑顔でうなずいたあと、ゆっくりと首をひねる。
「でも事情を説明して、わかってくださるかどうか……競技祭の強化選手である特務神官は変わった方が多いので」
ボクでは頭をこすりそうな小さい脇道がたくさんあったけど、ザンナはそれらを無視して進み、高さ幅とも三メートル近くある整備された道に入る。
床も壁も手の平くらいの長細い石が敷きつめられていて、アレッサはそれを忙しく見渡して歩く。
「これは罠を見つけにくい……いくつかなら仕掛けられる場所もわかるが、小人の手先でまともに仕組めば、どれほどの密度になるやら」
「え。ここにも仕掛けられるのか? ……ま、まあ、さっき出入りした時はなにもなかったから……ん? 城門が閉まっている……」
通路先の部屋に出たザンナが周囲を見回す。
最後尾にまわっていたアレッサが剣を抜いて駆け出す。
「気配がする! かまえろ!」
ボクとリフィヌも追って入ると、部屋は十数メートル四方と意外に狭く、囲んでいる壁は意外に高く、通路よりさらに三メートルほど上、二階建てくらいの高さがある。
天井はさらに三メートルほど高い。
正面の壁には大きな鉄扉があり、横にある壁の小さな隙間から、誰かがのぞいているようだった。
「おにいちゃん! こっちも神官の仲間が来た!」
城壁の上に一瞬、幼い女の子の顔が見えた。
「人でなしども、思い知れ!」
やはり幼い男の子が顔を見せた瞬間、入口に鉄柵が落ちて閉じこめられる。
同時に真上できしむ音がして、天井近くの傾いた板から丸岩が大量に降ってくる。
ボクは素早く『あれ? 今どんな魔法道具を持っていたっけ?』と頭が真っ白になる。




