八章 エルフ耳は縦のび派か横のび派か? 長さと尖り具合を聞けよ! 三
「それでカニ缶を弾と的に……もったいない……いや、いくらなんでも普通に弓矢を使うほうが殺傷力も携帯性もいいだろう?」
アレッサは襲った目的より、襲った方法について問い詰める。
「蟹人のエースたる私をさしおいて『切り裂き』の二つ名をほしいままにしている風の聖騎士が妬ましく、せめて射撃の魔法道具でお株を奪って『烈風の蟹人』を名乗ってやろうと、マイホームも自家用車も売り払って手に入れたのに……まさかここまで不便な品とは……」
斬り合いで勝負する発想はなかったのか。
どうせダメ道具なら服だけ斬って身動きをとれなくする魔法とか。
「タラバガニなら分類学上はヤドカリの仲間……などと自分をだましつつも、やはり飛び散るたびに心は痛み、痛むからこその弾速なわけで。もう限界です。負けてみたら、なにやら胸のつかえがおりました」
上半身だけではただの巨大ズワイガニにしか見えない蟹人は、追いやるようにちゃぶ台と『たらば』と書かれた缶の山をアレッサに捧げる。
「この缶詰は自分で召し上が……いや、チソソッカどのが召し上がるほうが良いだろう。ずいぶんと大事にしておられるようだ」
猿人ではなく猿人と呼ぶらしいチソソッカ氏は至近距離で烈風斬を受けて重体のはずだけど、傷口を布で縛っただけで這い回り、あたりに散らばったカニ肉をもうじき食べ終えようとしていた。
「チソソッカは……言葉こそ使えないが、常にカニ肉だけは泥まみれでも筋繊維一本残さず食べつくし、戦い傷ついた私の心を癒してくれる、大事な相棒なのです」
単にカニ肉が好きなだけの猿にも見える。
そもそも武器さえ変えれば発生しない心の傷だろうに。
「抱き合わせで売りつけられた『おちこぼれの箸』は、謙虚な気持ちを条件になんでもつまめるらしいのですが、『かなわない』と思う程度でも精密動作の効果は発動するので、多少は護身の役に立ちます」
慌ただしく二組目の襲撃者も去る……蟹人ラハーガさんが重傷を負った時に、どんな悲劇が起きるかは考えないでおこう。
「なるほどね。アレッサの剣を止めたのに、ユキタンなんかの打撃をくらったのはなめきっていたからか」
ザンナがなめきった顔で笑う。
「このはしは名前からして君にピッタリだから分け前にとっておきたまえ」
「んだと、おちこぼれ未満のブタヤロウ! てめえこそ『おこぼれの茶わん』と名前もビジュアルも合いすぎじゃねえか!」
「ではこっちのちゃぶ台を背負うか?」
アレッサは苦笑しながら、小型ちゃぶ台の裏にとりつけられている革ベルトの強度を確かめる。
「いや、それもいいよ……かさばるし……」
代わりの物を要求して騒ぐでもなく、ザンナにしては欲がない。
もしかして、まだ裏切ったことを気にしているのか?
手を組むから信頼させたいだけかもしれないけど……ニチャニチャした呪いの首飾りは渡しにくくなった。
「このホウキとカボチャは街でスリやひったくりをしていたころに使っていたから、慣れてるんだ」
焼けない着火台としょぼい跳躍補助と自分で言っていたのに?
「そうだ、水晶を返しておくよ。家族連絡用なんだろ?」
「えーと……じゃあ、代わりにこのカボチャ持てよ。かさばるから」
顔を彫った小型のカボチャの中にはガラス片が見えるけど、ランプのような芯や油はない。
ザンナはボクにカボチャを持たせたまま、手の甲に革紐を勢いよくこする。
「あつっ!?」
摩擦でボクが熱さを感じると同時に、カボチャが緑の炎を吹き出し、ボクの全身を包む。
「熱さを思い出せば使える。ハッタリと照明にしかならないけど、消耗の少なさがとりえだ」
緑の炎は急速におさまり、ボクが着膨れの暑さや風呂の熱さを思い浮かべるだけでも豆電球から懐中電灯くらいの明るさ調整をできた。
取っ手と紐がついているので、腰にぶら下げておく。
はしも革紐で縛って腰のベルトに差し、ちゃぶ台は円盾のように左腕へ通し、小さな盾はリュックにしまい……ボクの所持する魔法道具は茶わんひとつから、いきなり六個になる。
「本来は中盤以降で奪い合うはずの魔法道具が、ドルドナによって押し下がっているのだな。いきなり四つ入手か……ザンナの三つも合わせると七個だな」
「ユキタン同盟の数にピッタリですね。クククッ」
意外と根に持っているアレッサの何気ない毒吐きに便乗するボク。
「オマエら……そういや、メセムスさんや獣人たちは? あと樹人の医者……」
「やはりそれが目当てか」
アレッサがすねたようにザンナを横目に見る。
「わ、悪いかよっ。シュタルガ様のほしがる人材が多いから組み得なんだよ」
ザンナは冗談めかして笑うけど、アレッサはじっとり暗く微笑む。
「敵にまわった時にも手の内を探っておけるしな……」
普段ボケでお人よしのアレッサをシュタルガが求める理由は案外、こういう裏のあたりだったりして。
止まっていることが最も危険ということで、『竜の巣』よりは小さい『巨人回廊』を頼りに先へ進む。
ダイカがもどっているならにおいでひろっているだろうし、失踪前の清之助くんも先へ進むことに異存はない様子だった。
「またザンナくんと同行できてボクは嬉しいよ。二人して肉盾になったパーティ構成を昨日のことのように思い出す」
今度はザンナが前、ボクが後ろでアレッサの盾となる。
「それより、進んでだいじょうぶなのかよ? 魔竜将軍をやりすごせる魔法道具でも手に入れたのか?」
「四つとも実用性は疑問だね。ちゃぶ台だけは人をのせて射出する用途もあるかな? ボクがアレッサをのせてダイカめがけて撃ったら地の果てでも届きそうだけど、勢いよすぎて危険かも」
「気持ちは嬉しいが、カニ缶と同じ末路はごめんだな……私がザンナで試してみるか。そこそこ飛ばせる自信はある」
蒼髪の聖騎士が小さい前ならえで距離を詰め、小柄な魔女は早足になる。
「ふっ飛ぶか、まるで動かないか、どちらにせよ楽しみな実験だね……まあそれは冗談として、中盤にドルドナの偽者がいるらしいんだけど、ザンナは心当たりない?」
「言われてみると……あの人にしては動きがわかりにくいかも? イナゴの大群みたいに直進と壊滅だけ繰り返す性格なのに、進行方向がはっきりしない……おいアレッサ、もうその手つきやめろ。妙な笑いも……来るなあ!」
アレッサは小役人を自称しつつ、この競技に左遷されるような問題児であることも少し思い出す。
何分もたたない内にザンナが足を止め、水晶をとりだす。
「なんか嫌な予感が……魔竜将軍は真っすぐすぎて予測を裏切るって聞いたことがある。クリンパは夜勤明けだから眠ってそうだけど……お、でた……って誰だオマエ?」
手首つきの水晶の中には、ゴミゴミとした狭くて薄暗い部屋と、丸々とした小さな女の子が映っていた。
「はじめまして。山小人のズナプラと申します。クリンパさんの姉君のザンナ様でしょうか?」
おっとりした話し方の王女様はヒラヒラドレスではない動きやすそうな服だけど、繊細な刺繍が散りばめられた優雅なデザイン。
「あー。今朝の襲撃犯の娘か」
「その節ではクリンパさんに親切にしていただきました。私は軍事法廷に立つ予定でしたが、宮殿への出頭は第二区間の競技終了後で問題ないとのことで、連絡が来た際の応対を任せていただきました。クリンパさんはご就寝中です」
大型テントの屋根裏倉庫らしき木箱の隙間で、もじゃもじゃ髪が顔まで毛布をかぶって転がっていた。
「ズナプラ、宮殿のモニターは映せる? あと競技進行の情報があれば……」
「ユキタン様! はい、少しお待ちを……」
画面がガタガタと動き、明かり取りらしき隙間から宮殿モニターが映される。
「数分前に魔王シュタルガが魔竜将軍に代わって『竜の巣』の深奥へ出立し、最後の選手は今まさに出たばかりのようです」
宮殿の巨大モニターには青空の下、山肌に沿って歩くティマコラが映っている。
その上のバルコニー放送席には巨人将軍ゴルダシス様がニコニコ座っているだけ。
シュタルガの姿はなく、いつもそばに控えている老小鬼がみかん木箱の簡易席を用意されてぼんやりと座っていた。
「やっぱり、じいやがゲストじゃ間がもたないね~。私も司会なんてはじめてだし。……え、じいや名前あったの? ダダルバさんていうんだー。そうなんだー。ふーん……パミラちゃんをベッドごと持ってきちゃだめ? ぜったいあんせー? じゃあ……早くなおるように一曲……『愛のビオレッタ』うたいます。ぼえ~ぼえぼえ~」
裏方のディレクター代行が耐えかねたのか、あるいは病床のパミラさんが憤死しないように気づかってか、画面が変わり、温泉と美少女の後ろ姿に……青緑色の長い髪から、またもや魚人ミュウリーム嬢と思われる。
前から映せ……ではなく、こんな悠長にしていられる場所がどこにあるのか、もう少し周辺を映してほしい。
というかまた森の中……洞窟外はコースアウトじゃないのか?
「私は十五分ほど前から見ていますが、選手は待機や移動をしている姿ばかりで、戦闘はほとんど映りません」
コウモリも地下の選手は追いにくいのか、監視もモニターもほとんど見かけない。
「ありがとうズナプラ。まだわりと停戦が保たれているみたいだね。ダイカとは別行動しているけど、合流できたら連絡するよ」
「動きはないか……どうだザンナ? 直にドルドナと会っている者としては?」
「寝ているか一直線に逆行しているか……だめだ。『考えてもムダ』『来たら逃げろ』しか思い浮かばないや。セイノスケの考えなら進んでおくか」
「清之助くんはひき逃げ戦車のことも気にしていたから、探すのもいいかもね。……いや別に、温泉とか砲弾型は関係なくて……」
アレッサとザンナが無言で素早く出発する。
「やっぱモテたことがないヤツって、ああいう頭の軽そうな女がいいのか?」
ザンナが見下した目で嘲笑する。
「別にあの子にこだわっているわけじゃないけど、明るいのはいいことじゃないか」
「無愛想なカタブツといるよりは楽しいだろうな」
アレッサが困ったように苦笑する。
「ボクは戦車にひかれるより、アレッサさんに蹴られるほうが嬉しいですよ!」
「オマエと女の接点て、そういう状況しかないんだな……」
ザンナくん、本気で同情しないで。
「異世界に飛んだ代償なのか、戦闘からはじまる関係ばかりだよ……せめて空から女の子が降ってきてくれと願ったら、とびきりのネコミミ美少女が直撃したけど、キラティカはダイカが本命だしな~。優しくしてくれるけど、うまくあしらわれているだけに思える」
「人脈以外にとりえのないヤツがぜーたく言うなよ」
鼻で笑うザンナが正論すぎて、照れ隠しに服をひん剥きたくなる。
「もっと地味にやっていれば、優しく明るい女の子にも出会えたのかな……こう、そこらの地面を掘り返していくような……」
立っていた巨岩ブロックを蹴り倒してみる。
巨乳のお姫様エルフが這い出てくるわけもない。
小柄な金髪エルフ神官少女が床穴に丸まっていた。
「こ、こんにちは」
ボクと、大きな青い瞳の女の子の声がそろう。
ボクがゆっくり両手を上げてさがると、耳の長い神官少女は素早く這い出て岩陰に身を隠す。
モニター映像でも見かけた気がする女の子……水色のラインが入った白いローブ。
「停戦のことは聞いている? やり合う気はないから……」
停戦がなくたって女の子と戦うなんて想像もできないけど。
ましてかわいい童顔で、ザンナと変わらない小柄で細身の女の子なんて……
「そうですか。では本日もお日柄が良くごきげんよう……」
女の子はこわばった愛想笑いで壁を伝い、ボクの横を抜けようとする。
アレッサは距離をとり、剣の柄に手をかけて見守っている。
「よければボクたちと一緒に……」
「いえいえ、おかまいなく! 小生まだ結婚や出産は考えない独身ライフを満喫しておりますので! では!」
「というか逃がすなよユキタン。ドルドナさんがいないなら、やりあっても問題ないだろ? そんなチビでも高位神官のローブをつけている。魔法道具持ちだ!」
多勢でアレッサもいるとあって、自称『闇の魔女』ザンナが勇ましく駆け寄る。
「待てザンナ! 敵を増やすな!」
「殺しゃしないって。ちょっと痛い目に合わせて荷物だけ……」
アレッサの制止も聞かず、ザンナは自分の手首に巻いたベルトをギリギリと締めつける。
「闇針!」
数メートルの距離で腕を振るい、何本かの黒い槍を発生させる。
「陽光脚!」
神官少女が素早く低い蹴りを放った瞬間、足首の飾り輪を中心に半円の光が広がり、大盾のように胸近くまで包み、すべての黒槍をはじく。
「あう?!」
ザンナはもんどりうって転がり、いつの間にか駆け抜けていた神官少女はその背後、アレッサにもザンナにも数メートルの距離で急ブレーキをかけて拳をかまえる。
ボクの目が追いついた時には、ひるがえったローブが長い素足を隠した直後。
神官少女を守ろうと大の字に立ったボクはマヌケにとりのこされていた。
「ザンナ! それ以上かまえるなら神官どのに加勢するぞ!」
アレッサは神官少女に向きつつも、剣からは手を放す。
「すまない神官どの。なにか魔法道具ひとつで見逃してもらえまいか?」
詫びるアレッサに神官少女はあわてて拳を下ろし、ブンブンと首を横に振る。
「あわうわ。いえ、とんでもないです。お仲間さんの足をひっかけちゃってごめんなさい。つい驚いて!」
起き上がったザンナは呆気にとられていた。
「ご謙遜を。……ザンナ、わかっただろう? 私が加勢しても難しい相手だ。ユキタンを守りながら貴様を加減して転ばせ、一瞬にこの位置へ入りこんでいる。私の烈風斬を防御魔法ではじくと同時に打撃を届けられる間合いだ」
ボクを守り……?
言われてみると、光の盾がなければ闇針に刺されていたのはボクだけだ。
「魔法道具がいらないなら、ボクたちに護衛させてください。待機でも移動でも……」
「いえいえ、勇者様のお邪魔になる気なんてこれっぽっちもございませんから。なにせ神官は勇者を崇めてなんぼの商売でして」
「ん? そんならユキタンやアレッサに協力するのが筋なんじゃ?」
ザンナのツッコミにあきらかに『しまった』という硬直を見せる神官さん。
「いえ…………とても小生のような未熟者など!」
「いえいえ、そんなご謙遜を……」
ボクはにじりよって片膝をつく。
「ど、どこか移動中でしたよね?! 用事があるのでしたら、どうかおかまいなく! 拙者はここでダンゴムシの観察を再開して……」
「全然あてなどありません。むしろボクが、ボクたちが探していたのはあなたのような方であったと今ならわかります。よろしければお名前を……一緒に観察しましょう、ダンゴムシ」
身をくねらせるボクから神官さんはじわじわ後退し、聖騎士様はそれをかばうように立ちはだかって抜剣した。
「おっと、つい……しかし神官どの、別にユキタンは新聞に書いてあるようなことは求めておりません…………少なくとも強制はしない……と思います」
思うならボクの喉元にある刃をひっこめてください。
「しかしなにか事情もある御様子。それならば残念ながらここで。どうぞお気をつけて」
アレッサが静かに微笑むと、神官さんは安心した様子で一息つく。
「名乗りが遅れました。『陽光の神官』リフィヌと申します。お見知りおきを」
ザンナは衣服の汚れを払いながら何食わぬ顔で聞いていたけど、リフィヌの歩き出しにボソリとつぶやく。
「リフィヌ、か。ほかの神官に会ったら伝えておいてやるよ。勇者様の協力を断った神官に会いましたって」
リフィヌちゃんの足と笑顔が固まった。
「ザンナ、くだらん嫌がらせはやめないか。大体、左遷小役人と迷子の変人など、教団の待ち望む勇者にはほど遠い」
アレッサは笑ったけど、神官少女はかたまったまま。
「あの……できましたら、この件は内密に……」




