八章 エルフ耳は縦のび派か横のび派か? 長さと尖り具合を聞けよ! 二
「偽ドルドナだとしたら、脅し取ったものをまとめて横取りするチャンスだが……ドルドナに限っては、本物がここまで来る可能性もあるのが問題だな」
清之助くんは眠っているラウネラトラの髪を撫ですく。
「ダイカたちや聖騎士の本隊まで見えていれば後退すべきだが……いずれにせよ、ここに身をさらしているのはまずそうだ。乱戦も魔竜砲も避けたい」
アレッサは脇道をのぞきながら歩き、そのひとつで足を止めて振り返る。
「すまん、あれを……」
うながされて脇道をのぞいてみたけど、なにもなかった。
学校廊下くらいの大きさしかない通路で、二十メートルほど先でT字路になっている。
「うん? 例の枕が見えていたのだが……確かめていいか? 罠かもしれんが、あの枕のことだから、誰かが落としていっただけかもしれない。あれでも魔法道具には違いないし、持っていて損はないだろう?」
アレッサはやや言い訳がましく、嬉しさを隠しながら足早に進む。
清之助くんは無表情にアゴへ手を当てて考えていたけど、不意に背後の崖へ走り出し、目をこらす。
「メセムスこい! 全速力だ!」
清之助くんはメセムスの首に抱きつき、向かいの崖下を指さす。
「あれを追え! 最短距離だ! ユキタはアレッサを止めろ! 確実に罠だ!」
そしてメセムスが崖に消え、落下同然に急斜面をずり落ちていく音がした。
「え……え?!」
ボクは一瞬、清之助くんの指したあたりに、漠然と女の子みたいな形をした透明触手の大怪物を見かける……あれを追うために、アレッサのピンチを放置していくの?!
「アレッサ、罠だって!」
ボクが叫ぶとアレッサが足を止める。
その先の角に、なぜか子犬が見えていた。
とっさに、持っていた鉄棒をいたいけな瞳の犬に投げつける。
清之助くんが罠と断言してくれたからわかるけど、アレッサの好きそうなものを見せている!
鉄棒は外れたけど、子犬は目の前で鉄棒がはねたのに、なんの反応も示さなかった。
アレッサの顔つきが変わり、腰をおとして剣をかまえる。
ボクも腰のホルダーから『おこぼれの茶わん』をとり外してかまえ、懐からナイフを抜く。
通路先の右上隅に、大蛇の頭がちらりと見えた。
「烈風斬!」
アレッサが剣を振った瞬間、右上の大蛇は頭をひっこめ、同時に左下隅から二匹の大蛇が飛び出る。
さらにアレッサの真上からも影がニュウと下にのびだす!
「おこぼれ烈風斬!」「みゅぎ!」
ボクのヘッポコ烈風斬は天井の軟体生物に当たってひるませ、アレッサは跳び下がりながら左手刀による無言烈風斬で足元の蛇をはじく。
着地して距離をとったアレッサは矢継ぎ早に手刀と剣撃を交互に繰り出す。
「烈風斬! 烈風斬! 烈風斬! 烈風斬!」
徐々にさがるアレッサが魔法の刃で弾幕を張り、襲撃者たちは距離を詰められない。
「おこぼれ烈風斬!」「烈風斬!」
ボクのヘッポコ烈風斬は、アレッサの小刻み烈風斬の半分の威力もないけど、大蛇はひるんでくれた。
かすり傷がついてひるんだ大蛇のアゴを、本家の烈風斬が縦に裂く。
「こ、降参!」
天井の軟体生物がテノール声で悲鳴を上げ、ボタリと落ちてくる。
それは赤茶色の燕尾服をピッシリと着こなした、細い長身人型のカタツムリだった。
人間ならとっくに死んでいる大きな切断面が首と腰に開いている。
「烈風斬!!」「もきゃ?!」
アレッサが悲鳴気味に追い討ちをかけ、さらに胸を半分ちぎる。
「ど、道具は渡す! 効果も教えるから命だけは……!」
頭を血まみれにした二匹の大蛇が声をそろえて哀願する。
その首の先は、派手なオリエンタル風ローブを着た男の両肩につながっていた。
最初に右上へ隠れたらしい頭は人間の首と同じ位置へおさまり、懐からしゃもじのような木の板をくわえてとりだす。
「これは『ぬかよろこびの杓文字』という、小さな幻影を作るだけの道具で……」
アレッサは剣をかまえたまま、ゆっくり距離をとる。
「もう勝負はついているだろう? 斬り足りないなら俺の両腕をやるから、そいつの命だけはどうか……!」
蛇男は戦意がないと言いたいのか、両腕と首を複雑にからませながら泣いてひざをつく。
「いやその、つい驚いて……いや、軟体は傷にも強いから仕方なく……」
「最後のが無ければたぶん助かったのに、確率的には半々になりましたよ」
テノール声のカタツムリ男は這いつくばり、首と腹の傷を抑えてくっつけようとしている。
「しかし私も魔王配下二十二名門の一人と言われた蝸牛人のアバイチュ。負けは潔く認めましょう。そうしましょう。とはいえすぐには動けませんから、この『怪力の首飾り』はまだ外せないでしょう。我が友よ。同じ二十二名門の雄、蛇人ラブテマルブよ。しゃもじを置いて去りなさい。風の聖騎士があなたを見逃すのであれば、私もまた礼節を通さねばなりません。この首飾りを譲り、しかるのち……あ、くっついてきた。これならなんとかもつかな?」
カタツムリ男は床石をクッキーのようにかじって吐き出す。
「身につければ怪力を得られる首飾りです。ただし首から上だけで」
両手を傷口からはなし、ゴツゴツしたデザインの首飾りをそろそろとはずす。
アレッサは動かないけど、斬りたい気持ちの高まりが腕輪の蒼い輝きに噴出している。
「私の皮膚は雑菌と寄生虫だらけですから、身につけるなら煮沸消毒をしたあとで」
親切な助言と一緒に粘液でニチャニチャの首飾りを差し出され、アレッサがおそらく無意識に剣を握りなおす。
「ありがとうございます! お大事に!」
ボクが割りこみ、外した革のポシェットを広げて犠牲にする。
カタツムリ男は粘液を散らさないように慎重に首飾りを入れ、ボクをじっと見る。
「そうか。君がユキタンか。やはり勇者だな。私は雌雄同体だが。君の優しさに応えて、首飾りの秘密も教えておこう。それで鎧や頭蓋骨をかみ砕くのはよいものだが、決して首を振らないことだ。頭突きなどは論外。常人の首は根元でもげる。怪力に耐えられるのは首から上だけなのだ」
この首飾りそのものが罠じゃねえか!
教えないで渡すつもりだったのか……危ないヤローだ。
「ギロチンネックレスという別名もあるくらいで、何人もの犠牲者を出している。中にはかつて天才剣士と呼ばれた最強の聖騎士ガホードも……お、動く動く」
蝸牛人アバイチュの首は早くもつながり、一筋の傷痕だけ残っている。
「うん。私の柔軟な首なら危険も少なく使えたわけで。ではそういうことで。ラブテマルブくん、ケガはだいじょうぶかね? ひどそうだね。かなり……」
ボクはアレッサの前に立ってなだめつつ、もう何度か斬らせたい気もした。
カタツムリ男とヘビ男が去り、金属棒としゃもじを回収する。
「早くも二つだね」
ボクは念じながらしゃもじを振ってみる。
思い描いたとおり、数匹の金魚が空中に泳ぎだし、数秒で湯気のように消えてしまう。
アレッサの目が輝いていた。
「きれいだな……今の魚は? ユキタンの世界の魚か?」
このひねた異世界、ときどき妙なものが無いらしい。
いや、ときどきボケ傾向のあるアレッサが知らないだけかもしれないけど。
「これが学園ものの日常なら意外な少女趣味アピールになりますけど、戦場で枕や子犬にひっかかるのはどうかと思います。軍事プロフェッショナルの魅力が薄まります」
「少女趣味……いや、枕は魔法道具としてであって、犬は……その…………今後は気をつけよう」
反省して赤くなった頬も、さっきの子供みたいな表情もかわいかったので、ボクはついもう一度しゃもじをふって金魚を出す。
「この魔法、意外と消耗するみたい。烈風斬で何回か?」
「馬鹿者。それなら軽々しく使うな」
アレッサは眉をしかめながらも、金魚が消えるまでは横目にじっと見ていた。
巨大空間に引き返してみたけど、清之助くんたちは見えず、あちこちにボクでもわかる動く気配がしている。
「清之助くんが『烈風斬使いは前衛か後衛のどちらかについて動け』と言ったくせに……『柔軟に』とも言ったけど、君が柔軟すぎだろ!」
まさか七人からいきなり二人になるとは。
肉盾がいきなり大活躍だよ。ありがたいけど心もとないよ。
「やはり『竜の巣』は避けて通ろう。……ユキタン。また妙な物が見えるのだが、しゃもじは使ったか?」
踵を返したアレッサさんの視線の先、通路入口の脇に缶詰が置いてあった。
しゃもじは革紐で縛って後ろポケットにさしている。
「使ったおぼえはないし、カニ缶のことなど考えていません」
缶詰に貼られた紙ラベルにはカニの絵と『タラバ』の大文字。
商品表示などは簡素で見覚えがないもので、この世界で作っている商品らしい。
「この混乱の中、なにが落ちていても不思議はないが……まずは罠を疑って近づかないのが一番だな。魔法道具や助けを求める命でない限り」
アレッサのセリフはまだ言い訳がましいけど、食いしん坊ボケはないみたいでよかった。
カニ缶と距離をとりながら、襲撃された道に引き返そうとして、アレッサが手で制止する。
どんな食いしん坊ボケをかまされるかと期待したけど、通路の先からドヤドヤと数人の声が聞こえてきた。
「もっと早く歩けよ!」
聞きおぼえのある女の子の声。
「うっせーな! 十八夜叉を名乗るなら勝手に抜かしていけ!」
「六十四頭目のリブリゴとドルボッドと言えば、泣く子も黙って見逃す売り出し中の新進気鋭の低身長ユニットだぜ! セッションしたいなら素直にいいなよ嬢ちゃん!」
全身トゲだらけの鎧を着たブルドッグ男と、全身ナイフだらけの鎧を着た小鬼がボクたちにも気がつかないで、言い合いながら通りすぎる。
「ほざくな焼かれてえかザコ鬼! 誰がてめえらみたいな足手まといと!」
女の子の啖呵で鎧の低身長ユニットが駆け出し、直後に黒ずくめの低身長魔女がホウキを片手に通路先に姿を見せ、小さなカボチャをかざして緑色の炎で全身を包む。
「あ……あれ? よう! ちょうどよかった。探していたんだ!」
銀髪カッパ顔の『闇の魔女』ザンナは八重歯を見せて愛想笑いをつくる。
ボクは白い目を向け、アレッサは腕輪をかまえる。
「待てって! このカボチャは別に……なんならくれてやるから! また組んでくれよ!」
炎は突然に消え、ザンナは両手を上げる。
「おいザンナ、誰がいるんだ?」
通路の先で小鬼の声がする。
「ああ、別に心配ない。アレッサとユキタンが……」
「ひいい! 刻まれながら犯されるぅ!」
「ザンナがやられている間に逃げろお!」
猛ダッシュで遠ざかる音がして、言葉と裏腹に冷や汗を流すザンナちゃんがとり残される。
「は……はは。アイツら大げさだな。そんなことするような奴らじゃない…………よな?」
「ザンナ……」
アレッサが静かな声で見すえる。
「な、なんだよ! 待てよ! 魔王配下のアタシが三魔将のパミラさんに逆らえるわけないだろ!? クリンパの首に爪をかけられていたんだよ!」
ザンナは半泣きで震えだす。
「そう聞いている。それならいいんだ」
アレッサは腕輪をかまえていたけど、光は出ていなかった。
「な、なんだよそれ……」
ザンナが少し安心した顔になり、へなへなと腕を下げる。
ボクとしては、もっと追い詰めて腹いせしてから恩着せがましく懐柔したかったけど。
「んだよー人がわりーな。知っていたなら、そんな怖い顔すんなよ。ハナから、やり合う気なんてなかったんだろ?」
「単純なお人よしだからな」
アレッサが口の端だけゆがめて笑い、調子に乗りかけていたザンナは通路の角に身を隠す。
「ほ、本当に怒ってないだろうな? いや、悪いとは思っているんだ。だから無理にとは言わねえけど、ろくな仲間がいないから、また組めるなら助かるんだけど……」
「いいから姿を見せて、こっちへ来なさいザンナくん」
ボクはにこやかに、的になったら逃げられない位置へ招待する。
「このカボチャはハッタリな。『鬼火の提灯』の炎はなにも焼けない。『ひとっ飛びの箒』も少し大きく跳ねられるだけ。第二区間は通過だけでも厳しそうだからって、クリンパに持たされたんだ。あと……あ、カニ缶、食うか?」
ザンナが背中から取り出したカニ缶は、通路脇に置いてある缶とデザインが同じだった。
「そのカニ缶は、流行の罠……なのか?」
罠への警戒が濃くなったアレッサの顔色が曇り、近づきかけたザンナが止まる。
「へ? 罠?」
「いや、ここにも落ちているんだけど」
通路の先からは見えない位置にあるので、近づいて指さす。
ザンナが少しの間のあと、真顔になる。
「離れろ! たぶん罠だ!」
ボクが驚いて指をひっこめると、どこからか高速で飛んできた物体が缶をつぶし、床に中身を飛び散らせる。
床には破裂したカニ缶が二つあった。
「飛んできたのもカニ缶……?」
「どういうことだザンナ!」
「これ、かっぱらったもんなんだよ! 大事そうに抱えていたから魔法道具かと思ったのに、なんの反応もないから、ただの弁当かと……でも……」
「射撃などの魔法の補助道具に使っている、ということか?」
カタ、と遠くから音が聞こえ、アレッサが振り向き剣を抜く。
「烈風斬!」
うなりを上げながら迫る缶が空中で破裂し、中身が飛び散る。
高級食材が次々と飛び散る様には胸が痛む。
あとでおいしくいただくスタッフがいるわけじゃあるまいし。
「ユキタン、カニ肉に近づくな! 靴にかかったカニ肉を振り払え! 不自然な軌道で足元へ引き寄せられていた! カニ肉で誘導しているのかもしれん!」
聖騎士様の動体視力と分析力は凡人庶民のボクとは違うようだ。
清之助くんの消えた崖をはさみ、対岸で素早く位置どりを変える赤い人影が見えた。
「やはり魔女の仲間か! だがちょうどいい! この場で雌雄を決してくれようアレッサ!」
ちゃぶ台にしか見えない木製の小型丸テーブルへカニ缶を置き重ね、頑固おやじのごとく派手にひっくり返す……カニ男。
いや、どうなんだそれ……とつっこむ間もなく、ボクとアレッサは豪速球で撃ち出された複数の缶詰から通路へ逃れる。
「闇千本!」「烈・風・斬!」
ザンナがすれ違って背を向け、極端なカーブで通路へ入ってきた缶詰群へ何本もの黒い針をマントの影から撃ち出す。
さらにアレッサの細切れ烈風斬が闇千本の隙間を埋め、四つの缶は破裂し、叩き落され、切り落とされる。
「ぬう、味なまねを! 今は見逃してやろう! 弾丸を補給した第三区間では必ずや、この蟹人ラハーガの恐怖を……ん? チソソッカどうした? 撤退だ!」
負け惜しみに妙なオマケがついた直後、ザンナが背中に衝撃を受けて吹っ飛び、とっさにボクが受けとめる。
通路に飛びこんできたのは猿のような……猿の獣人というよりは、原始人のようななにか。
手にはなぜか漆塗りのはしを持ち、アレッサが振り下ろした刃をつまんで受け止める。
「なに……?!」「ウギイイ!」
アレッサは剣から手をはなして距離をとるけど、猿はなおもたたみかけて襲いかかる。
チンパンジーは人間と同じ体格でもはるかに敏捷で、腕力もはるかに強い……という雑学を獣人のいる異世界で思い出す必要は薄いか。
ともかくもボクはザンナを投げ捨て、金属棒で打ちかかる。
アレッサの剣をはしで受け止めるような達人に通用するとは思えないけど、隙くらいは作りたい!
ボクの鉄棒は類人猿の頭部を強打して動きを止め、アレッサの手刀烈風斬が追い討ちで胸を裂く……あれ?
「待ってくれアレッサ! 降参する! チソソッカやめろ! はしを捨てるんだ!」
さっきのヘビ男と似たようなことをカニ男が叫ぶ。
類人猿は胸を抑えて這い逃げた。
「助かったぞユキタン。猿人に近接されては、無傷では済むまいと覚悟していた。遺伝子上は人類の祖先と言われているが、筋力や敏捷性は獣人に近い。外見だけでは猿と区別しにくいが、二足歩行をして道具を使えるのが違いだな……む、ザンナもやられたのか?」
ザンナが鼻血を抑えてにらんでいた。
「あれ、だいじょうぶ?」
「てめーが壁に投げつけたんだろがボケェ!」
降参したカニ男はちゃぶ台を前にしょんぼりと正座し、残り六個の缶詰を重ね、漆塗りのはしをそえる。
猿人はその背後に隠れ、傷の痛みにうめきながら、床に散らばったカニ肉をひろいむさぼっていた。
「この『道連れのちゃぶ台』は、弾が大事なものであるほど速く飛ばせ、狙った的が大事なものであるほど命中性能が高まるのです……」
カニ男の告白に、ボクたちは絶句する。




