八章 エルフ耳は縦のび派か横のび派か? 長さと尖り具合を聞けよ! 一
宮殿ロビーには選手が数十人も残ってなかった。
ボクたちの第一区間ゴールは最後のほうで、すでに大部分の選手は出発している。
卓上プロジェクターには人だかりができていたけど、表の広場よりは楽に視聴できた。
移動選手村は走行を再開していて、山肌にそって徒歩に近い速度で動いている。
切り立った斜面のあちこちに大小の洞窟が空いていて、宮殿から飛び出した選手は洞窟を目指して走っていく。
「第二区間のコースアウトは洞窟の外になる。足きりや休憩の時間は倍になっているが、コースの長さ険しさを考えると、余裕はない設定だな」
アレッサはボクから目をそらし、しらじらしく解説する。
「ひどいよアレッサ。なんでああいう時だけ助けもツッコミもしてくれないの?」
「あのような事態は管轄外……いや、なぜ私が弁解せねばならん? 嗜好は人それぞれだが、公衆面前でのふるまいにはしかるべき節度があるだろう?」
「そうだな……」
清之助くんが無表情にささやき、アレッサはなにを怯えてか二歩跳び下がる。
清之助くんは悪徳商人ロックルフから届いたカゴを広げ、中から竹刀に近い長さ太さ重さの金属棒を二本とりだし、片方をボクに渡す。
両端と四つの節目で膨らみ、全体にもすべり止めの編み目が刻まれている。
「武術もケンカもろくに経験のないドシロウトが戦場の殺し合いで役に立つと思うな。競技はあくまで競走。今までどおり、逃げに徹するための道具と考えろ。武器として扱うのは自殺行為だ」
それと腕につける小さな盾。
「これらは邪魔でも邪魔でなくても、いつでも投げ捨てていい。たいして役に立つものじゃない。ひろった枝と同じに考えろ」
カゴにはほかに、ベルトや小さな金具や革袋のようなものがごちゃごちゃたくさん入っている。
「あとは各自で必要なものをとってくれ。ユキタはまずこのホルスターと……」
清之助くんがボクの学ランを脱がせて装着させてゆくと用途がわかる。
八の字のベルトのようなものは背負うように身につけ、銃を下げるようにアレッサからもらったナイフを横腹に固定できた。
茶わんも金具で固定され、皮紐で腰につないで拳銃のように扱いやすくなった。
「長さは自分で調整しろ。固定具は多めにつけるから、動きやすいように落とせ。戦闘こみの長い山道は疲れないことが第一だ」
ポシェット、革紐、止め金具などを胸まわりと腰まわりへひそませ、小さなリュックを背負う。
「自動修復機能つきの鎖編みこみ学ランが間に合えばよかったのだがな」
「別に学ランにはこだわらなくても」
「目印は欠かせん。俺もあまり目立つ顔ではない」
清之助くんはボクから外した『影絵の革帯』をキラティカに渡す。
「私そんな、自信家のナルシストに見える?」
外見への『自信』を条件に発動する魔法道具を手に、猫獣人は複雑な顔をする。
「たしかに、ダイカちゃんやアレッサちゃんは見た目に関しちゃ遠慮がちなところがあるからのう。機転がきくのも良い相性かもしれん……いいのかユキタン?」
樹人ラウネラトラはボクがつけていたバッグだけ背負う。
「キモブタよりネコミミ美少女を増殖させるほうがいいに決まっています」
さよーならボクのはじめての魔法道具。
「金色がユキタ、ラウネラトラ、キラティカ。銀色が……」
清之助くんはみんなを隅に集めて小声で話し、『虚空の外套』の贋作を謎基準で一枚ずつ、素早く配布していく。
「その外套の意味だが……」
「ん。これでいいと思う」
キラティカは清之助くんの解説より早く返事をして、ごそごそと受け渡しをする。
落ち着いた色合いとはいえ、学ランの上に金色のマントを羽織るのは違和感があるので、リュックにひっかけておく。
メセムスの巨大メイド服の胸元には、大きな銀色のリボンが飾られた。
清之助くんがマントを慣れた手つきで結んだ贈り物だ。
アレッサは動きやすさを気にしていたけど、風の聖騎士に渋い銀色のマントはよく似合っていた……あれならとっさに外せるから、暴走烈風斬でボクが惨殺される可能性も低くなる。
「似合っているではないかアレッサ。イメチェンか?」
黒髪に長くとがった耳、切れ長目のむかつくクソガキ邪鬼王子ブラビスくんがなれなれしく近づいてきやがった。
「そのようなものだ……ところで……すまないブラビス。まさかとは思うのだが……」
アレッサは気まずそうに『気に入りの枕』を差し出す。
寄りそって眠るヒヨコたちの刺繍が入った、アレッサを追うストーカーのごとき魔法道具。
「うむ。モニターに映るアレッサが枕を渡されていたので、よもやと思ったが……オレとて大事に使っていたつもりだったのだがな」
ブラビスくんも受け取りながら顔はさびしげに暗い。
「まだなにかの偶然ということもある」
競技と関係ない同情と励ましを送るアレッサ。
「気にするな。このオレが枕の器に及ばぬということであれば、十二獄侯を名乗る身として潔くあきらめよう。次に貴様の手にもどれば遠慮なく使え。それまで少し、なごり惜しみに借りておくぞ」
アレッサ、そんなやりとりで尊敬の眼差しを向けるのは間違っているよ。
モニター前の話題はドルドナの出没情報に集中していた。
後半地点にさしかかった選手が続々と謎の脱落を重ねる一方、中盤付近でも魔法道具を奪い集めているらしい。
「魔竜将軍なら不可能な移動範囲じゃないが……あの性格にしては動きがせせこましいなあ?」
全身革鎧のやせた長身男がしたり顔で分析する。
「偽者か? それだと魔王軍上層の集まる後半のほうが本物だろうな」
「中盤にも爆音と閃光は見えたが……ドルドナの姿はまだ映ってないか?」
ベテラン臭が漂う鎖鎧の筋肉オジサンたちが反応する。
手には使いこんだ斧や槍、そしてなぜか鞍や犬小屋。
「映ってないねえ……そうか! なんかひっかかると思ったが、その爆音と閃光だあ。セイノスケくんならわかっちゃうかな?」
眉の薄い革鎧の男がなれなれしく声をかけてくる。
「中盤の発射現場には破壊や焼け焦げの跡が少なすぎる。姿や声を真似る魔法もあるなら、マヌケから恐喝して稼いでいるのだろうな」
清之助くんは無表情に答え、筋肉オジサンたちは感心した声を出す。
「ラウネラトラ選手、出発時間の十分前です」
受付のネズミ獣人の女の子が生地の少ないレオタード姿でプラカードを上げ、たくさんある廊下のひとつへ誘導する。
「ほいほい。んじゃ行くかの。開始の『平和のあぶく』解除から、ダイカちゃんが来るまで数分もないはずじゃが……とろいわっちは、出た直後の待ち伏せに気をつけんとなあ」
「今のところ、そういう狙いの選手は見えないよ。俺らも停戦要請は聞いている。後続同士のつぶし合いは避けようぜ……ドルドナをやり過ごすまではな」
革鎧の男が冗談ぽく笑い、筋肉オジサンたちも力こぶやウインクをボクたちに見せて得意げに笑う。
「なんちゃって。ユキタン同盟はもうやばいから手を出すなって、さっき方針を決めたばかりだ」
ダイカとキラティカも呼ばれ、続いて清之助くんとメセムスも呼ばれる。
前後でゴールしていたはずの蛇人ルクミラ、蜥蜴人デューコ、吸血将軍パミラは棄権の手続きを済ませているらしく、名前も呼ばれない。
宮殿外へ駆け出すラウネラトラがモニターに映る……幼児体型なりの速さしかない。
ボクも真っ赤な髪色のネズミ獣人娘さんに呼ばれ、廊下のひとつに案内される。
「進むか曲がるかはご自由に。もどると死ぬので注意してください。ではご健闘を!」
送り出された廊下は泊まった階よりも内装が殺伐としていて、あちこちに焼け焦げた跡や、斬ったり刺したり叩きつぶした跡が見える。
早足で進み、途中の右折路を無視して行き止まりの左折路に入る。
すぐに右折となって再び真っ直ぐな廊下に……選択できるあみだくじのような構造だ。
背後でなにか重いものが落ちる音がした。
シュタルガの性格からして、長居してろくなことはないだろう。
途中にまた右折路はあったけど、すでに先には外の風景が見えているので直進して急ぐ。
屋外には手すりつきの長い渡し階段がつながっていた。
「どええ~え?!」
ラウネラトラは長く外に姿を見せていたためか、地上の草むらで翼竜に襲われていた。
選手扱いの人間サイズより倍近い大きさで、運搬用の小型飛行機サイズの半分くらい。
ツル草を広げて抑えているし、ダイカとキラティカが駆けつけて制圧しつつあった。
「ユキタ、下に気をつけろ!」
清之助くんとメセムスが選手村と併走している。
大きく揺れる渡し階段の先、地上まで一メートル前後の高さをさっさと跳びおりる。
メセムスが野球ボールくらいある石を投げつけてきた。
「グギャ!」
ボクの背後の足元で、長い牙を生やした小熊のような生き物がひっくり返る。
「ありがとうメセムス。清之助くんにはもったいないお嫁さんだ」
メセムスは無表情にボクをじっと見てきた。
今のボクは身の丈二メートル超のロボット体型にもそれほど抵抗なく親しみを感じる。
謹厳実直な働きぶりに性的なちょっかいを入れたくなる気持ちもわかってきた。
「ユキタンなにを見つめ合って……いや、それより先を急ぐか」
アレッサが他人行儀に顔をそらす。
翼竜は獣人コンビの爪に刻まれ、地上を走って逃げ出す。
ダイカは以前、人間大の翼竜の首を一撃でかき切っていたけど、サイズが倍だと首が太く、皮や鱗なども厚くなるのか、手間がかかるらしい。
ユキタン同盟の七人がそろったところで洞窟へ急ぐ。
上空や地平線に、ちらほらと巨大な魔物の影が見えていた。
ボクたちが大きな洞窟の入口に着いた時、宮殿から古代戦車がとび出てきた。
「うらうら、どけどけーい!」
魚人の女の子が乳をはずませて嬉々と操る『ひき逃げの風呂桶』は草むらのオオトカゲや野犬をはね飛ばして暴走する。
第一区間ゴール前の乱戦も一直線に抜けた強力な魔法道具だ。
「よし……先の洞窟へ向かったな。あの戦車は異様な防御性能があるから、背後から突撃されるのは勘弁だ」
ダイカは戦車の行方を見届けてから洞窟の奥へ進む。
「もし魔竜砲にも耐えられるなら、戦力としては大きいな」
なにくわぬ顔でつぶやく清之助くんに、キラティカは心配そうな視線を送る。
「本気で魔竜将軍とやり合うつもり?」
「打ち合わせのとおり、ドルドナ打倒は基本目標だ。しかし相応の準備が必要になる。対応は柔軟にな」
「さっきの筋肉オジサンたちは? わりと友好的に見えたけど」
「傭兵は買収交渉もしやすいが……革鎧の男がひっかかる。どう思う?」
「セイノスケみたいに、なにか隠して探っているかんじ」
キラティカが悪戯っぽく微笑む。
「アレッサちゃんの師匠に似た目もしちょったねい。戦場に慣れすぎとる乾き方じゃ」
ラウネラトラもとぼけた顔のわりに、なにか感づいていたらしい。
「あとなにか、嫌なにおいを隠している。ただの軍人あがりじゃないな」
ダイカの顔の浮かなさからすると、気をつけたほうがいい人だったらしい。
アレッサは最も深刻な顔で、小さくつぶやく。
「ああいうのもユキタンは好みなのか……」
洞窟の大きさには見覚えがあった。
でこぼことした自然の形は、狭くなりかけた部分で削られた跡があり、どこでも十メートル近い高さと幅が確保されている。
大型トラックがすれ違え、三階建ての家も入るこの大きさは、第一区間での地下道や宮殿内の廊下でも採用されていて、四倍巨人や大魔獣が通る前提の標準規格になっているらしい。
地面も大雑把には平らにならしてあるようで、本当の自然洞窟よりはだいぶ歩きやすいと思われる。
「これより小さい道はいろんなやつが目的もバラバラに掘ったり埋めたりを繰り返しているから、あまり信用するな」
ダイカとキラティカを先頭に、アレッサとボクが真ん中、最後尾ではメセムスがラウネラトラをおぶって、清之助くんの過剰なスキンシップも受ける。
『迷いの森』と呼んだチーム分けで、先行は聴覚嗅覚と機動に優れ、後衛は防戦と悪知恵に優れる。
射撃手である烈風斬使いとその弟子(自称。実質は肉盾)は前後のどちらかにつくことで護衛を得て、互いの長所を活かす。
厚みがあって頼もしい構成で、問題があるとすればボクの存在意義の薄さくらい。
日差しが届かないあたりから、タイマツがまばらに設置されていた。
やがて高さも幅も数倍に広がった人工的な地下道に出る。
巨石ブロックを積み上げた壁は高層マンションのような高さ。
校庭ほどに広い床は果てしなく真っ直ぐ伸びている。
そのどちらも荒れがひどく、あちこち崩れていた。
「これは『巨人回廊』と言って、千数百年前の覇者『巨人魔王』の時代に作られた世界最長の人口地下道だ。ゴルダシスみたいなのがウジャウジャいた巨人全盛期のなごりだな。天井や壁の崩れに注意が必要だが、方向がはっきりしている。迷ったらこれを使うといい」
ダイカは巨人回廊を横切り、脇道に入ってさらに直進する。
しばらく進んで飛び出た空間は、まるで夜の世界だった。
壁はどこまでも上にのびて闇に吸いこまれ、はるか遠くまで散らばるタイマツは星空に似ている。
違いと言えば、ところどころ暗雲のように押し下がる天井や、都会の高速道路のように複雑に交差する岩棚や岩橋。
「こういった大空間は最初の聖魔大戦よりも前、全盛期の竜が作ったと言われる『竜の巣』のあとだ。今でも竜が住んでいる地域はごく一部だが、通り道にはなっているし、大型の魔獣などもうろついている」
ダイカは耳と鼻を落ち着きなく動かし続け、進み方に迷っていた。
「いろいろ妙なにおいが混じって……妙な残り方をしている。普段なら逃げこめる狭い場所をたどっていくんだが、競技祭の今は、そういう場所が絶好の仕掛け場所になっているし……」
「二人で先行してみるか? もし行けそうならそのままゴールしてもかまわん。危険があるか、魔法道具をひろえなければ合流だ」
清之助くんの提案にダイカとキラティカがうなずき、岩壁を蹴って駆け出す。
巨大空間は進むほど広さを増し、吹き抜けや奈落の先には複雑に入り組んだ岩盤が上にも下にも何層にも重なっている。
ちらほらと四角い建築物も見えはじめたけど、それはひとつひとつが高層ビルのような大きさに見えた。
「やけに平穏だと思ったら、このあたりは赤巨人の領地らしいな。ほとんどの成人男子が出払って、本来の障害物の役割になってない」
しばらくは何事もなく、時おりアレッサがなにかの気配に目を向けても、ボクには影や足音だけたまにわかる程度。
「巨人の女子供が建物で息をひそませている。それと小型の魔獣があちこちに。選手も何人かいたようだが、ただすれ違っている。ほとんどはこっちに気がついているはずだが……」
シロウト混じりの五人連れだし、メセムスの足音は大きい。
不意にボクの目や耳が引き寄せられるように、遠くの一行に気がつく。
かなり先にある断崖の、一段下の岩棚に三人の鎧姿が見えた。
その内の一人が広げる人間大の旗は青地に白い羽根が描かれ、ふちは金糸で飾られている。
「危険はない。騎士団の使う『認識の旗』は視認できる範囲の者に存在を気づかせるだけの魔法効果だ……『後退中』『先に大きな敵』……ドルドナを警戒して、騎士団がこんな最後尾まで下がっているのか? とりあえず、戦う気はないようだ」
旗を持つヒゲの中年男が手話でアレッサに意志を送っていた。
アレッサが輪を作った指を上げて見せると、その一行は歩き出し、距離を保ったまますれ違う。
間もなく別の聖騎士三人も遠くの一段上に見え、特に交信はないまま、そそくさと奥の道へ消える。
「騎士以外の気配もいろいろ……後退したり、ただ遠ざかったりが増えている。なんだか、かえって落ち着かないな?」
停戦の約束もあるけど、アレッサとメセムスがそろっていては仕掛けるだけ損だろう。
メセムスはどこからかハンカチをとりだし、背で寝息を立てていたラウネラトラのよだれをぬぐう。
「なんだ……?」
アレッサが立ち止まってすぐ、先のほうからいくつもの声がせまってきた。
ボクに見えるだけでも十数人の選手があちこちバラバラに、岩陰に隠れることもなく走って来ている。
「ここだけでも数十人……? こんなに密集していては、にわか停戦を保つのは難しい。足きり処刑台と挟まれたら、一触即発で大混乱に……」
アレッサの顔に緊張が走る。
「混乱と言えば、今朝の虫人はなんのとがめもなく、襲撃を操った鞭も持ったままだったな。羽根があるなら、そろそろ追いつくころか?」
清之助くんがアゴに手を当て、なにくわぬ顔でつぶやく。




