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一章で逃がせば縁は一生ない!! 一(第一部『疾風の黎明』編)

 気がつくと、ボクたちは屋外コスプレ会場に立っていた。

 中心となる巨大なガラス丸テーブルの上で、緑色の炎に包まれている。

 知っている扮装は見当たらないけど、大体では有名ファンタジーゲームと似たりよったりの格好。

 よかった。異世界渡航の実験は清之助くんの悪いジョークだ。


 サングラスとか缶ジュースも見えて雰囲気を壊しているけど、獣人や妖精の特殊メイクは凝っている。

 特に巨人や竜などの大道具は動きが細かい。

 広場をとりまくスラム風の高層建築には、あちこちの窓へ桜が真横に植えられ、人間大の青い火球が夜空にたくさん浮遊している。


「立体映像にも投資していたの?」

「試作品は早くても半年後の予定だ。それと、どうも実験は成功しているようだ」

 無表情にあごをさする清之助くんに、ボクは不安を感じはじめる。

 皮膚の感覚がもどり、足元から吹き上げる生暖かい風を感じる。

 桜の香りに、ミントやスパイスなどの複雑な香りがからんでいる。



「ようこそ。異世界より来訪した勇者諸君」

 コンサート会場のように響く放送音声。

 巨大で悪趣味な宮殿のバルコニーから、かなり小柄な女の子が見下ろしていた。

 巻貝をマイクのように口元へ寄せ、鉄の扇を遊ばせている。


 暗い赤のローブ、肩までくねる紅い髪。

 前髪からのびた二本の小さな白い角。

 それを強調する派手でとげとげしいデザインの宝冠。

「わしは魔王シュタルガ。この世界の全国家、全種族の支配者である」


 紅い瞳の童顔が優しくほほえむ。

「うっとうしい質問をすればアゴをそぐ」



 呆然とするボクの顔へ、観光案内のような薄い冊子がたたきつけられる。

 フルカラー印刷の表紙には萌えキャライラストつきで『異世界から来た皆様へのご案内』と書かれていた。


 最初のページをめくると、異様に大きな文字で『異世界から来たくらいで偉そうにすんな』というタイトル。

 その下に続く文章は『元いた世界の知識や技術に希少性を期待しないでください』『この世界では最低限の常識もない社会的弱者である自覚を持ってください』など……


 見なかったことにして、そっと閉じる。

 清之助くんに渡すと、バラバラと二秒で読み飛ばして返してきた。


「わしの主催する『迷宮地獄競技祭』はすでに開始している。貴様たちの異世界渡航を手伝ってやったのは、選手として参加させるためだ」

 魔王少女は底意地の悪そうな嘲笑を隠さず、巻貝を放り投げてよこす。

「てみじかに名乗ってもらおうか。この世界へ来た目的くらいはわめいておけ」



 清之助くんは笑顔で巻貝を受け取り、のばした舌でベロリとなめる。

「誰に向かって口をきいている? 俺は清之助。平石清之助だ」

 どよめきが広がる。

 シュタルガは無表情に見下ろす。


「この俺が異世界へ来た理由は! 理想のハーレムを追求し! ラノベより得られた哲学を! 人生における実践と! 社会への還元と成すことにある!」

 エリートメガネはなにを怒っているのか、血管を浮かせて拳をふり上げ、一気にまくしたてる。


「それらをあえて一言に集約するならば! 『そこに異世界があるから』だ!!」



 会場が静まりかえっていた。

 ボクにすらサッパリわからない力説はどう解釈されたのか。


 宮殿の中ほどにある巨大スクリーンに、シュタルガの顔が大写しになる。

 かすかな苦笑をしていた。

 小さな舌打ちのあと、鉄扇で口元を隠す。

「第一地点の空き地まで送ってやれ」


 群集が一斉に感嘆の声を上げる。

「ため口で殺されなかったぞ!」

「しかも笑顔だ!」

「ついに四天王の最後のひとりが?!」

「あんなやつが?!」

 怒号の波に、まばらな拍手まで入り混じっている。


 魔王のそばに控えていた老いた小鬼が、夜空へ手招きをする。

 羽ばたく音で見上げると、大きな鳥のような影がゆっくり降りてきていた。


「ユキタン、お前もなにか言ってやれ」

 清之助くんが巻貝をボクの頬に押しつけ、直後に浮き上がる。

 小型飛行機のように大きい、翼のあるトカゲが変人エリートの両肩をわしづかみにしていた。

 翼竜は暴風をまき散らし、周囲のビルより高く上昇してから滑空に移る。

 ボクの同級生はなにくわぬ顔でアゴをさすり、腰に片手をあてたまま急速に遠ざかった。



「あの……ボクは彼にラノベを紹介したら巻きこまれてしまっただけでして……」

 とり残されたボクはしどろもどろに口ごもる。

 シュタルガは黙っていれば人形のようにかわいいけど、ボクの言葉の途中でそっぽを向いたままになる。


「できれば無事に帰りたいだけですから、方法だけ教えていただけましたら……」

 魔王はボクを無視したまま、少しだけ目線を下げる。

 老いた小鬼が手すりに走りよって手をふり回し、周囲の小鬼はあわてて指示を伝え合う。

「アレもう勇者あつかいでいいから! 進行を急いで!」

 ……この世界での勇者ってそういうもの?



 大観衆の野次や嘲笑がボクに浴びせられる。

「オマエなんて、ここじゃただの住所不定無職なんだよ!」

 最も感情的にののしる数人のオッサンは、ネクタイをしめたスーツ姿。

 くたびれた顔に涙を浮かべ、なぜか携帯電話をふりかざしている。

 あれはどう見ても元の世界の人たち。


「勇者様! こちらを向いてください! ユキタン様!」

 魔王に近い位置には一段高い席が作られ、身なりのよい姿が並んでいる。

 その最前列で、神職らしき白いローブを着たやせた老人が必死に手をふっていた。


「どうか世界をお救いください! もはやこのとおり、人類国家の元首はすべて魔王に服従し、獣人や巨人、竜の一族までもが迎合する始末! 今こそ神話の伝説どおり、我らを導き、魔王を打ち倒してくださいませ!」

 えらそうな格好の老人や獣人や巨人に囲まれながら、ハゲて小柄な老人は口ヒゲを上下させてわめき続ける。

 そんな所でそんなことを叫んでだいじょうぶなの?

 シュタルガはまるで反応を見せないけど。


「……で! どんな博士号をお持ちで?! あるいはなにか発明を……」

 老人は目をギラつかせて身をのりだす。

 ボクは意図がよくわからないまま、小さく首を横にふる。


「ではなにか革新的な軍事理論や格闘術を学んで? ……あるいはなにか超常能力を……」

 首をふり続けるボクに、だんだん落ちるテンション。


「……なんだ。ただのかませ犬か」

 うつむいた口ヒゲから、かすかな舌打ちが聞こえた。



 呆然とするボクの背後で歓声がわき上がる。

 広場からのびる大通りの上空を、細い人影が飛行してきた。


 深くきれこむ露出過多な紫のドレス。

 大きく開いた背中から広げたコウモリの羽。

 妖艶な肢体はボクの頭上を越えて魔王のバルコニーへとびこみ、柱のひとつへ逆さまにぶら下がって豊かな胸をゆらす。


 ドレスや羽と同じ紫色の髪をかきあげ、小さなコウモリをマイクのようにかまえ、牙の長いくちびるから色っぽい声を響かせた。

「はぁい。それではユキタン選手と共に名誉の最終スタートをきる勇者様を紹介いたしましょうねえ。みなさんもよくご存知……『風の聖騎士』アレッサ選手です!」


 ボクに対するより、はるかに激しい怒号が渦巻く。

 紙幣が敷きつめられた中央通りを静かに歩いてくる細身。

 鎧を身につけ、剣を手にしていたけど、ボクと変らない年齢の女の子に見えた。



 背は高いほう。ボクとあまり変わらない。

 長い蒼髪、白い肌、頬に残る鋭い向かい傷。


 ガラスの舞台に銀の十三階段がとりつけられる。

「これまでに殺戮した魔王軍配下の数は百以上! 騎士団のスーパーエース! 『風の聖騎士』アレッサ選手です!」


 ボクは自分が『生贄の祭壇』に立っていたことを悟る。

 この歓声は見せしめの処刑を期待している。

 ボクたちは捧げられた犠牲者。

 それを否定するのは、昇ってきた女の子の凛々しい表情だけ。

 切れ長の目、蒼い瞳は動じる様子を見せず、魔王の満足そうな嘲笑をにらみ返す。


「騎士団の勇者アレッサ、そして異世界の勇者ユキタン。健闘を期待する」

 シュタルガの鳴らした指を合図に祭壇が粉々に砕け散り、ボクたちは深い暗闇へ落とされる。


「わしの祭だ! せいぜい盛り上げてもらおうか!」



 はるか下に、巨大キノコの山が見える。

 少女剣士は宙で身をひるがえし、着地した時には刃を抜き払っていた。

 ボクは宙で不様にもがき、あちこち打って転げながら着地し、のたうちまわる。


「ま、待って! 斬らないで!」

 あわてて両手を上げてひざまずく。

 鉄甲の長靴に蹴り飛ばされ、ふたたびキノコの山へ突っ返された。


「寄るな! 邪魔だてするなら容赦はせん!」

 アレッサと呼ばれた少女剣士の視線で、ボクにも状況がわかってくる。



 暗い地下道は幅も高さも大型トラック二台分くらい。

 石積みの湿った壁のあちこちに、大量のたいまつが乱雑な配置でかかげられている。

 中央の下水溝から、牛ほどに大きい影の群れが次々と這い出て迫っていた。


 ギチギチと鳴らすシャベルのようなアゴ。

 鞭のように長い触角、節くれだった長い脚。

 特に大きい後脚はジャンプ力がありそうだけど見たくありません勘弁してください。


 剣士アレッサが右手首の蒼い腕輪を握ると、細かな流線模様が蒼い光を噴き出す。

「烈風斬!」

 鋭い叫びと共に解き放たれる腕。

 刃は横薙ぎに空を切り、数歩先の巨大虫が数匹、同時に足を飛び散らせて倒れた。


 ボクも全身全霊をこめて叫ぶ。

「助けてええええええ!!」

 巨大虫が次々と飛び跳ね、押し寄せはじめていた。



 ふたたび少女剣士の蹴りがボクをはじきとばす。

「邪魔だと言っているだろうが! ……烈風斬! 無用な殺生は望まん! 烈風斬! 烈風斬! 死にたくなければ離れて……烈風斬!」

「虫のエサになるくらいなら、アレッサさんに斬られて、できれば蹴られて、人生をしめくくりたいです!」

 少女剣士の三度目の蹴りがボクをはじきとばす。

 少し楽しくなってきた。


「あらかた斬った! まだ来るならば、ただの痴漢行為とみなして首をはねる!」

 周囲には二十匹前後の巨大虫の残骸が転がっていた。

「あ、ありがとうございます。危ないところを助けていただいて……」

 細い腰へすがりつこうとした手前で剣の切っ先がのどにめりこむ。

 数ミリだけ。


「自分の身を守る以上の余裕はない。死は恐れんが、無駄死にする気もない! 失せろ! 貴様とて競争相手のひとりには変わりない! それとも、はじめから私を愚弄するために仕込まれた魔王の手下か?!」


「そいつはさすがに、雑兵にもならんなあ」

 少女魔王の呆れ声。

 空中へ街頭モニターのように映し出される、紅い瞳の苦笑い。



 地下道の天井に開いた穴から、紫色のコウモリが次々と入りこんでいた。

 そいつらが握る水晶玉から、空中へ動画映像が投影されている。

 鋭くにらむ少女剣士の顔、そしてボクの情けないおびえ顔までアップにされる。


 コウモリたちの緑色の目が、時おり赤く鋭く光る。

 画像の角度から、目が赤いコウモリの視界を送っているようだった。


「はい、通信良好」「全体もう少し照明」「四カメ下げて」

 紫コウモリの群れは、妙に色っぽい声で謎の指示を伝え合う。


「パミラ、少し画像を増やしてやれ。ユキタンはもう何分もつかわからん」

 カメラが引くと、シュタルガの周辺に広がる何十もの空中画像が見えた。

 傍らでほほえむ紫ドレスの露出美女も映る。

「はいはい……七カメから十カメ、あれば予備モニターを持ってユキタンを追って」



 ボクの周りにコウモリモニターが増えはじめる。

 映される画像の多くは背景が岩だらけの峡谷で、獣人や魔術士や剣士たちが走ったり、戦い合ったりしていた。


 踊るように生足をひるがえす白ローブのエルフ少女。

 きわどいパンク衣装で吠える魔女っ子。

 ビキニ同然の姿で駆ける猫耳娘と犬耳娘。

 アレッサに似た短い蒼髪の少女剣士。


「女の子も多い……というか、カメラが女の子ばかり追っているような?」

「ハーレムがどうとか言っていただろう?」

 魔王が顔アップ画像で笑う。

「画面の見映えもあるが、今回は有望選手にも若い娘が多い。まあ、わしの配下には元々、若い娘が多いのだが」


 鳥娘に蛇女、虫娘、植物娘、さらにはロボットみたいなのや、巨大触手怪物まで。

 一応は女の子らしき形をしていれば重点的に映されているようだった。



「片割れはどうした? あちらは堂々としたものだったが……魔法もないのでは、やはり命を縮めるだけの勇ましさであったか?」

 魔王がモニターを見たままつぶやき、コウモリ美女パミラがうなずく。

「はいはい。セイノスケね。いることはいるのですけどね……」

 ボクはあわてて、もう一度モニターを見回す。


 峡谷を背景とした画像のひとつが学ランをとらえる。

 スマートな長身男子が巨大触手怪物に組みつき、またすぐに投げ捨てられていた。

 メガネの似合うまじめそうな顔が激怒し、絶叫している。

「俺の愛を受けとれええええええ!!」


「清之助……くん?」

 彼が、やつが、あの変態野郎がすべての元凶だ。

 でもすごく残念なことに、元の世界へ帰る手がかりを教えてくれそうなのも、あの変人エリートだけだった。




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