七章 虫って思うとひくよな? そこで興奮したらまずいか? 三
屋台テントの並ぶ大通りの端まで行くと、戦場が直接に見えてくる。
見張りの衛兵大鬼たちはこわもてだけど、意外に警戒されてない。
「お前らも出撃か? いや、見学だけでもかまわんぞ。魔王配下六烈臣のメセムス様がいるなら心強い。出る時だけ声をかけてくれ」
途切れた道の先は巨人用なのか、一段ずつがやたらと大きい階段になっていた。
ずれた位置には人間にも使いやすいサイズの螺旋階段が並んでいる。
地上出口のひとつにアレッサが陣取って固定砲台となり、ダイカとキラティカがとどめと護衛を担っていた。
多人数同士の乱戦で、やはりボクが入っても足手まといになってしまいそうだ。
大鬼の女傑シャンガジャンガは中央大階段の下で暴れまわり、その周囲をピパイパが駆けまわって補助している。
「おっとろしいのう。ダイカちゃんも武闘仙ピパイパの体術にはかなわんと言っておったし、豪傑鬼シャンガジャンガの身のこなしと腕力では、アレッサちゃんが負かされるのもうなずける」
ラウネラトラはまだ眠そうで、ツル草をのばしてメセムスの背にへばりついている。
「それでもパミラやメイライに比べると……」
「ん。その二人の速さは別格じゃな。近距離でも烈風斬をかわせてしまうとなれば勝負にならん。ダイカとキラティカの連携すら意味をなさん」
獣人や大鬼を相手にした烈風斬使いの戦いは索敵、位置取り、間合いの勝負になる。
人間のアレッサでは機動性と耐久力で大きく劣り、一瞬の遅れが致命的になる。
逆に言えば、不意打ちでもくらわない限り先手をとれるアレッサの射程距離は強力なのだけど……メイライにはそれがまったく通用しなかった。
「シュタルガ軍には『四天王は死亡フラグ』とゆージンクスがあっての。それくらい三魔将は突出しちょる。五英雄から十傑衆あたりの実力者が気張って四天王を名乗った途端に脱落する。そのあたりがパミラと一騎打ちをしても十中八九が惨敗……まあ、そのパミラもゴルダシスには十中八九で負けると言われとるがの」
ゴルダシスの強さもまた想像を絶する。
鈍重に見える四倍赤巨人すら、足元は暴走トラックのような勢いなのに、ゴルダシスはその倍のような速さで、狙って正確に打ちこんでいた。
そしてあの体格からくる絶望的な破壊力と耐久力。
パミラの速さ、爪の鋭さを考えても、まさにコウモリが人間に挑むような差になる。
「烈風斬だと、あの高さの目や頚動脈をいきなり狙うしかないのか……」
「ああ見えて慎重だから難しいねい。あと、まだ奥の手があったりする」
アレッサ、ダイカ、キラティカの動きはほかの螺旋階段を守る衛兵たちより倍は速く、人数は半分なのに撃墜は倍のペース。
それでもゴルダシスと比べてしまうと、こまごまとしたもどかしさを感じる。
巨人将軍は宮殿の後方以外を一人で担当し、わざわざ死なない程度に手加減していた。
人間を相手に犬猫ネズミがどう奮戦するより、象がまとめてはねとばすほうが早い。
「異世界なら竜や巨人を一振りで真っ二つにする魔法剣とかあってもいいだろうに……ここの魔法って、人間が労力と時間をかければできそうなことばっかりだよなあ?」
「なんだ今ごろ。目新しい物理法則も無く、携帯できるエネルギー源が体力だけなら当然だ。この世界でも基本、体格の差が戦闘力を圧倒的に分ける。それよりは例外となりそうな『虚空の外套』や『気に入りの枕』を気にかけたほうがいい」
「まくら……?」
そういえば、ラウネラトラが使っていた枕をいつからか見失っている。
「『出戻りの矢』のような運動操作に、『狂乱の麺棒』のような意識操作を加えた効果で考えたが、今ひとつ納得できん。実体分身や烈風斬のように周囲から生成するタイプか?」
清之助くんが指した先には小鬼の兵士がいて、その手には……
「落としましたよ! 加勢ありがとうございます! じゃ!」
アレッサは戦場で枕を手渡されてとまどっていた。
「違うぞダイカ! こんなものを持ってくるわけがないだろう?! いや、直前で確実に置いてきた! たしかに今、少しだけ疲れを感じて『もう少し眠っていたかった』とは思ったが……別にこの枕である必要はなくて!」
エロ本を見つけられた少年のように弁解している。
「運命操作の効果……とか言ったら、運命とはなんなのか聞かれそうだね」
「運命というものが物理的に存在するならするでかまわんが、操作対象になるような定義が欲しい」
「お前たち詳しいんだな。異世界に魔法が無いって噂はデマだったか」
熊獣人グリズワルドがボソリともらす。
「科学で分析しているんだろ? インテリのダイカみたいに。俺は魔法学を基礎しか学んでないからなにを言っているのかよくわからんが……まるで教授同士の会話だ」
「ご都合主義の具現である魔法を科学的に考えるなんて、元の世界じゃなんの生産性もない虚業だけど……」
「ユキタ。貴様の悪いくせだ。他人のメシのタネで作られた理想と空想と幻想と妄想の境界にとらわれるな。それらは経済的な成功の度合いだけで分けられるものではない。そもそもすべての科学は神話や伝承を基盤に発達したものだ。文明で文化を支えようなど本末転倒もはなはだしい」
「そう……なの?」
それより谷の入口から、納屋を引っこ抜いて大型漁船に積み重ねたようなものが一斉に迫っているみたいなんですけど。
「現代の政治や科学の行き詰まりはフィクションの行き詰まりにあるからこそ、人々は日々ウェブ上で新たな作品の発掘に努め、議論を研鑽している。多くは無意識のようだが、飽和状態に見える創作業界がいまだに作家を生み出し続ける本質だ。それら近代までの常識が埋もれた原因としては……」
「ごめん、もうついていけない。というか逃げてええ!」
陸上船団は即席の移動城塞らしく、鉄板などで補強された納屋の中には大型弩弓砲と横太りの渋い小人たちが見える。
押し運んでいるのは中間サイズの三倍赤巨人たち。
甲板には藁束が大量に積まれている。
「一旦よけろ! ぶつけさせてからたたくしかねえ!」
豪傑鬼シャンガジャンガは撤退を指揮して大階段へ跳び上がる。
「油の匂いがします! 後部テントの破壊と消火準備!」
ウサギ獣人ピパイパは大階段を段ぬかしで駆け上がる。
周辺に飛ぶコウモリモニターの光景では、谷の前方からも箱船の群れが城壁となって押し寄せ、すでに弩弓砲の一斉射撃がゴルダシスへ放たれていた。
「あ~ん。これじゃ間に合わない~」
ゴルダシスは森に隠れながら倒木や赤巨人を投げつけているけど、箱舟の群れはひとつがつかえたりつぶれたりしてもほかが回避して補いあい、壁状態での進撃が止まらない。
「四百パーセント土石装甲のもつ間なら、メセムスの防御力と重量はゴルダシスも上回る……行って何隻かつぶしてやれ!」
清之助くんはメセムスの背からラウネラトラをひっぺがして抱える。
アレッサを抱えたダイカ、そしてキラティカも駆け上がってきた。
「了解! 出撃シマス!」
「待て、変更……中央へ退避だ!」
清之助くんはモニターを見上げて叫ぶ。
前方の船が宮殿へ到達する前に次々と爆裂炎上し、ゴルダシスは全力で山を駆け登って逃げていた。
ピパイパさんとシャンガジャンガも叫びはじめる。
「消火準備中止ぃ! 逃げて逃げて~!」
「退避だあ! 魔竜将軍が来るぞおお!」
メセムスが清之助くんとラウネラトラをまとめて抱え、グリズワルドがボクを肩に抱えて通りを逆に走り出す。
シュタルガ軍の兵士たちも、陸上船団を見た時の数倍のテンションで泣き叫んで併走する。
襲撃の元凶なはずのアリュービーも他人事のように一緒に逃げている。
広場通りの上空を火の玉が真一文字に飛び、後部大階段の向うで爆煙が噴きあがった。
「このハリボテは何事か?!」
轟く一喝と共に閃光、そして爆裂音。
「シュタルガ軍を遮るならば!」「鋼鉄の山を築いて挑め!」「不敬者!!」
三度の閃光、続く爆炎と轟音。
続いて閃光を伴わない爆煙が次々と広がる。
宮殿広場では災害現場から遠い人たちの拍手喝采、魔竜将軍コールが聞こえてくる。
巨大モニターに映るチャイナドレスの竜娘は長い髪をオレンジ色に光らせ逆立て高速で飛び交い、巨人を片手づかみに投げ飛ばして船にぶつけ、船を太い尻尾でたたき飛ばして巨人の群れにぶつけ、すでに壊滅状態に追いこんでいる。
ゴルダシスも無茶苦茶だけど、ドルドナはもっとひどかった。
一人だけ物理法則が違うというか……世界観の違う物語にいるみたいだ。
この世界はあまり突出した個人はいないと思っていたのに、なんなのあの反則。
「ゴルダシスちゃんが本気でも、十中八九で負けると言われとるのがドルドナちゃんじゃ。突出した三魔将の中でも、巨人将軍、魔竜将軍とさらに二段の桁違いがある」
ラウネラトラは広場についてもなお、自分の体をツル草で厚く覆ったままにしている。
「ドルドナさん、見事な活躍ありがとうございました! 今回のテロ撃退MVPとして、なにか一言おねがいしまーす!」
ピパイパさんが倒れてうめく巨人に隠れ、顔とコウモリマイクだけだして突撃リポートしている。
すごい報道根性……と思ったけど、シャンガジャンガもすでに引き返して、救助と捕縛の指揮に移っていた。
燃えさかる竜娘は憮然と動きを止めている。
「報道のふりをした魔竜ちゃん抑えじゃろ。もう勝負はついとる。これ以上は殺しても益がない……ズガパッグは生きとるかのう? 魔竜砲に直撃されとったらどうしようもないが、皮肉にも勝負は早くつき、全滅はまぬがれそうじゃ……」
「暇である!」
魔竜将軍の一喝と共にモニターへ爆煙が広がる。
「ダイカ、今の内に救助へ混ざってズガパッグを探そう。おそらく後方だ」
清之助くんの指示でボクたちは引き返す。
通りの行き止まりで衛兵に断り、螺旋階段を使わせてもらう。
「気をつけろよ。まだドルドナ様が残っている」
大破した納屋と木造船の残骸がちらばり、下敷きになった小人と巨人がうめいていた。
「武器を捨てて投降しろ! 動ける者は救助を手伝え!」
シャンガジャンガは敵の赤巨人まで指揮して、残骸をどけてまわる。
「お、もうもどったかアレッサ。オマエを副官に使えりゃなあ……手伝うのはかまわねえが、オマエら選手はここでへばるほど頑張るなよ」
歩く火薬庫ドルドナは瓦礫の中央で直立不動のまま腕を組み、目を閉じていた。
「ドルドナさん……おねむの時間ですかねー?」
ピパイパさんは爆発物処理班のように慎重な観察を続けながら、兵士に手振りで指揮を送っている。
ボクたちはまだ手のつけられてない瓦礫を押しのけ、山小人を助け出す。
山小人の男たちは身長が一メートルくらいしかないけど、体重はボクの倍くらいありそうな太さで、おそろしく頑丈だ。
材木や船の下敷きになっていても取り除けば歩き出し、焼け焦げた屋根の下でなお息がある。
「おお、ダイカどの。これは申し訳ない」
「長老会議で見た顔だな。なにがあった?」
ダイカが助け出した山小人の一人はシワが深く、ヒザまでのびる豊かなヒゲをのばし、まるでドワーフみたいだ。
「なんということも……ふむう、なんでなんじゃあ? 避難計画の大詰めから、急に襲撃計画の会議になったんじゃ。……なぜこんな無謀なことを?」
本人が不思議がっているけど、記憶は途切れていないようだ。
「やっぱり『狂乱の麺棒』を使われたガイムと反応が似ている」
アリュービーもついて来ていたけど、救助は手伝わないで見学している。
「眠り薬の効いている間に、鞭で打ってまわったのだろうな。詳しい効果はわからんが、効果のきれるタイミングから考えると『痛みが続くまで』の可能性はないか?」
清之助くんが聞くと、ドワーフおじさんが腕をまくって手首の腫れを見せる。
「昨日みんな、どこかしらヒリヒリ痛むようなことを言っておった!」
腫れ跡はアリュービーの持つ鞭の太さと、大体で一致している。
「逃げるやつはほっとけ。働けるやつはオレのとこ、歩けるだけのやつはピパイパの隊に聞け。動けないのはまだ適当にかためて……しかし変だな?」
シャンガジャンガは時おり棍棒を振るい、不審な動きをした敵兵を打っていた。
「投降したら素直に言うことを聞くのに、動ける奴は妙に刃向かってくる。この襲撃そのものもおかしいが……」
棍棒の一撃で巨人の腕を砕いて武器をはじくと、それ以上は打たずにじっと見下ろす。
打たれた赤巨人は急にうろたえて平伏した。
「ひ……八武強の豪傑鬼にかなうわけねえ! 決してこんなつもりじゃ……」
襲っておいて虫のよすぎる態度にシャンガジャンガは呆れながらも首をひねる。
「『鞭で打つよりも強い痛み』で効果が解除されるのかもしれん」
清之助くんが棍棒の傷を一緒に観察してつぶやく。
「オマエ誰だよ……ああ、異世界人か。セイノスケだったか? ピパイパ、聞いていたな? 伝達してくれ」
少し離れたピパイパさんが長いウサ耳をピコピコ動かし、指で丸を作る。
魔竜将軍が不意に目を開けて歩き出し、シャンガジャンガはあわてて道をあける。
残骸の山に分け入り、時おり瓦礫を放り投げて直進。
シャンガジャンガは文句も言わず、負傷者に落ちかけた瓦礫だけを打ち飛ばす。
「ズガパッグさんかしら? 息を殺して伏せているような音……」
ピパイパさんが耳をゆっくり動かし、距離をとりながらドルドナを追う。
「ダイカさん、山小人の王は『憤怒の巾着』という爆裂の魔法道具を持っているはずですが、威力のほどは?」
「ためこんだ怒りによる。オレの小指くらいに膨らんでいた時には、つかんでいた長老巨人の指が全部へしゃげた。親指くらいの時には、槍が届く範囲にいた魔獣数匹が何メートルも吹っ飛んでいる……赤い袋に気をつけろ。一回発動するとしばらくは使えない」
ダイカが指を広げて答え、ピパイパさんは微笑んでうなずく。
シャンガジャンガは無言で兵を退避させはじめた。
ボクたちも負傷者を物影にずらし、なるべく距離をとる。
少しの間のあと、ピパイパさんが一歩数メートルの凄まじい勢いで駆けもどり、ボクたちの隠れる残骸の手前で大きく跳ねて飛び越える。
「にんじん!」
両手をのばした飛行ポーズですれ違いながら、怯え顔で謎の一言を叫ぶ。
「ふせろお!」
ダイカがアレッサとキラティカの頭を押し下げた直後、爆音がボクの耳を痛める。
みんなが隠れていた船底ごと、何メートルか押し転がされる。
一瞬、吹き飛ぶシャンガジャンガと数人の兵士が見え、ボクは頭を抱えてうずくまる。
あちこちから響く、材木やボートのような大きさの瓦礫が降り注ぐ音。
ボクの真上でも衝撃音。
大きな音がひととおりおさまり、おそるおそる周囲を見まわす。
最初に目が合ったのはメセムスの下にかばわれていた清之助くんとラウネラトラ。
そしてアレッサに手を貸してもらって立ち上がると、ボクをかばうように熊獣人が倒れていた。




