表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/130

七章 虫って思うとひくよな? そこで興奮したらまずいか? 二


 キラティカがはしを置き、半壊したテーブルで爪とぎをはじめた。

「黄金山脈の『山小人連合』『西の赤巨人族』その他が合わさっても、最大勢力のドルドナ属領『竜の巣』には及ばない。ましてシュタルガ宮殿には歯が立たない……」

 心配そうなつぶやきに、ダイカも頭を抱える。

「ズガパッグのオッサンもそれはよくわかっていたはずだ。ボーナス指定された国宝『福招きの鈴』はあきらめて、代償に用意された避難地区へ移動すると言っていたのに……?」


 ダイカがボクの肩へ押しつける爆乳に、変態メガネがアゴをのせる。

「ズナプラ。ズガパッグが最後に虫人と接触したのはいつだ?」

「虫人? 最近は丸くなったと聞いたが……」

 ダイカが乳をひきぬき、変態メガネのアゴがボクの肩にのる天国からの地獄。


「区間報酬でシュタルガにケンカを売っていた虫人がいる。『ひと昔前の無謀さ』が変わっていないなら、この襲撃を仕組む唯一の勢力にならないか?」

「正式な交流は虫人の居住地が広がってトラブルが増えた数年前ですが、以来、毎月欠かさず果物が送られています。父や長老たちもそれで少し寛容になって……」

 清之助くんが突然に立ち上がり、ダイカの革ブラジャーを早業でひったくる。 

「カメラはどこだ!」


 清之助くんが高らかにブラジャーを振り回して叫ぶ。 

「山小人の奇襲があるぞ!」

 清之助くんの目をえぐりかけたダイカさんの爪が寸前で止まる。

「あ……そうか! カメラ、たたき落とさないから来い! 王女ズナプラからの情報だ! 襲撃がある!」

 キラティカは両手でダイカの胸を隠す……ふりして感触を楽しんでいる顔に見える。


「みんな、なにをして……?」

 アレッサはとまどいながらもキラティカを少しうらやましそうに見る。

「山小人の意志でないことだけ明確なら、さっさと魔軍に伝えて協力したほうが戦後処理はマシになる」

 なるほど……それで清之助くんは注目を集めるために仕方なくブラを奪い、キラティカは爆乳に頬ずりをはじめたのか! 実に合理的で的確な判断だ!



「操った方法はわからんが、接触があるなら証拠はいらん。薬なら禁断症状で時期を調整して凶暴化、あるいは魔法を使いやすくする思考低下や免疫異常か……」

「眠る薬。眠るのは合わせてから。大きなオスだけ起きないのはお酒と合わせるから」

 山吹色の服を着た女の子が、ハチミツの大瓶に手をつっこんで食べていた。

 昨夜のゴールで『シュタルガ死ね』に近いことを言っていた虫人の選手だ。


「眠らせている間になにかしたってこと? 『狂乱の麺棒』を使ったのかな? 規模や持続時間とかが合わない気もするけど……」

 ボクは驚きを抑え、勝手に自供した犯人に聞いてみる。

「狂乱? 便利なそれ? 持ってる?」

「残念ながら、性格の悪いチビに持っていかれたので……」

「……それなら鞭しかない」

 女の子の思いきり細い腰に、革の鞭が巻かれていた。

 実戦武器にしては細く短い。


「その鞭は、どう便利なの?」

「さぐる性能……あなた敵?」

 女の子は黒目がちな顔を無表情に傾ける。

「競走相手だけど、今は休憩中だし、虫人と敵になる気はないよ」

「敵かもしれない。教えない」

 口まわりをハチミツだらけにしながら、うろうろと往復して水晶を気にしている。



「後家ごろしなら、もう少しつっこみなさいよねえ」

 紫のコウモリがいつの間にか近くの屋根にぶらさがっていた。

「まあいいでしょう。効果と形状である程度はしぼれます」

 コウモリはパミラの声でつぶやき、握っている小さな水晶を光らせ、野山を駆けるウサ耳リポーターさんを空中モニターに映しだす。

「ピパイパさん、やはり陽動みたいよ? 山小人のみなさんもいらっしゃるとか。あとはこの子たちと話して」


 ウサギ獣人は周囲の兵士に手振りで指示を送りながら、熊のように巨大なカミツキガメの腹を消火器サイズの鉄靴で蹴り割る。

「あらー、ダイカさん! あなたが協力してくれるなんて!」

 とどめの前蹴りでカミツキガメの体がわずかに浮いて崩れ落ちる。


「谷の上をさらって、岩石転がしと丸太落としはつぶしました。巨大芋虫の穴は特定しきれていませんが、怪しいところに撹乱誘導のエサをまいています……ほかになにか、ありそうですか?」

「野外斥候でアンタに教えられることなんかないよ。ただ、仕掛けが少なくないか?」

「塹壕や落とし穴の気配がありません。足止めだけして、あとは突撃でなんとかするとでも言いたげな……とても山小人とは思えない、浅い構えなので勘ぐっていたところです」

「虫人がらみの操りらしい。動きもどこか似かよっている」

「なるほど。そうなると、準備は少なくても撤退や降伏を考えない無茶もしかねない……引き返したほうがよさそうですね」


 ピパイパが周囲のコウモリを指し、ゴルダシスと大鬼の女性を自分の周囲に映しだす。

「直接の突撃に要注意です。虫人の影響があるようですから、状況によっては捕獲をあきらめましょう」

「どーりで。赤色じいちゃんたち、怒りんぼうにもほどがあると思った。でもそれならなおさら、お葬式ふやして仲をこじらせたくないな~。小人さんたちもいい職人なのに~」

 ゴルダシスはそう言いながら二匹のミニ巨人をまとめて背負い投げで飛ばし、四倍巨人の顔面にぶつけていた。

「モグラ戦術がなさそうなら、俺も巨人たたきに行っていいよな? やっぱ自分よりでかい奴ぶっとばすほうがスカッとする!」

 大鬼の女戦士は嬉しそうに長い鉄棍棒を振り回して駆け出す。


 背景は宮殿前通りのどこか……と思ったら、ボクの後ろを三メートル近い大女が走り抜けた。

「ようアレッサ! 昨日は気張っていたな! 今は忙しい、またな!」

 赤茶色のボサボサ髪。濃い色の肌は傷だらけで、特に大きな眉間の傷は髪の生え際からアゴ近くまで大きくえぐっている。

 みんなの視線が集まったアレッサは、浮かない困り顔で頬の傷をさする。

「魔王配下八武強の『豪傑鬼』シャンガジャンガだ……私は奴に負けて地方の警備隊長をクビになった」

 紫コウモリが羽根でツッコミの仕草をする。

「ものは言いようねえ……お望みならシャンガジャンガを追って加勢なさい。こちらが優勢なら捕獲もしやすいでしょうから。シュタルガ様が皆殺しを命じる前に急ぐことね」


 水晶の中の小人王女ズナプラが不安そうに見ている。

「ちょっと行ってくる」 

 ダイカがヒーローみたいに微笑んで走り出す。

「ユキタンは虫人と『恋愛関係ないし友情』をはぐくんでいて」

 追いかけるキラティカが残した言葉は『さぐりを続けろ』ってことか?



「友情……アリュービーは友達わかる。友達は家に連れて帰る。ユキタンはアリュービーの友達?」

 虫人の女の子が無邪気に微笑んでボクを見つめ、つつとそばに寄る。

「アリュービーって名前なんだ……」

 さぐるより先に、ボクが洗脳されそうだ。


「私も行ってくる……念のためだが、蜂人はちびとが巣に持ち帰る異種族は食料か幼虫の苗床だけだ」

 えぐい情報ありがとうアレッサさん。


 ちょうどラウネラトラが眠そうな目をさらに眠そうにしたままやってくる。

「おはよん。起きたら戦争おっぱじめちょってたまげた」

 と言いつつ食卓に突っ伏そうとするラウネラトラの頭に、アレッサが枕をさしこむ。

「樹人が睡眠を削るのは大変そうだな。あまり無理はするな……ん?」

 アレッサはなぜか、ブラビスくんに返したはずの枕を持っていた。

 誰よりも『気に入り』であることを条件に手元へ返るという、よりそって眠るヒヨコたちの刺繍が入った枕。


「もしかして……アレッサが『気に入りの枕』を引き寄せているんじゃ……」

「し、知らん! 行ってくる!」

 万引き未遂の少年みたいに駆け去るアレッサ。

 まさかと思ったけど、あの様子だと心あたりがありそうだ。


「これ、苗床? 小さい?」

 アリュービーが細い指についたハチミツを舐めとりながら、ラウネラトラの肉体を鑑定している。

「植えちゃだめです。ボクも夕飯にしないでください」



 アリュービーは用心深く、戦闘に関わる話になると途端に口を閉ざしてしまう。

 ちらちらと水晶を見ているので、山小人のズナプラが気になっているのか?


「なんだよ瓶ひとつくらい……なんだと?!」

 店の奥でなにか騒ぐ声がして、やがて巨大な獣人が肩を怒らせて迫ってくる。

「聞いたぞ虫野郎! 報酬にハチミツ根こそぎなんて、俺へのあてつけか?!」

 昨夜ロビーですれ違った熊の獣人だ。


「俺だっていつもハチミツばっか食ってるわけじゃねえ! だが競技祭の間はカロリー補給も兼ねて浴びるように飲まないとやってられねえって……お? セイノスケ……か?」

 そう。脅すようにアレッサへ哺乳獣人の階級をねだった黒幕がいますから落ち着いて。


「熊獣人の登録選手は五名と聞くが、豪快な性格と体格からすると一族最強と言われる西の英雄、グリズワルドか?」

 巨熊は清之助くんの落ち着いた態度に最初は驚き、続いてそわそわと嬉しさを隠せない様子を見せる。

「最強って、俺ただ体がでかいだけで……なんだよ、どこで聞いたんだそんな噂?」


「俺たちユキタン同盟で三魔将に加勢しているところなんだが、異世界人でも気にしないで力を貸してくれる知り合いがいたら、紹介してもらえるとありがたい」

 熊はまんまとのせられ、岩ミサイルからのガードを自分で買ってでる。

『忙しいからすっこんでろ』とは言わず、調べておいた情報でおだててあしらう清之助くんの大人くさいずるさ。



 ボクはテーブルを見渡し、追加注文されていた肉まんを割る。

「アリュービー、そのハチミツの残りを……これと交換しない?」

 見習って交渉を努力してみた。


 ハチは肉団子を作ると聞いたことがある……あれ? 幼虫のエサだっけ?

 でもこの子は童顔だし、なんとか……おっと、たしか熱にも弱いと聞いたことがある。

「冷ましたほうがいいかな? 体格が大きいからだいじょうぶ? でも羽根があるってことは、鳥人みたいに見かけより軽くて、やっぱり熱に弱い?」

 ボクが息を吹いて冷ます肉まんの具にハチ娘が顔をどんどん近づけ、指でむしりとって味見する。

「肉」

 もう少しヒントになる感想をください。


「たくさんあるから! ここのこれ、全部そう。全部に入っている」

 ダイカさんの残していったせいろの塔をずらして見せ、いくつか割って見せる。

「いる。肉と肉のところ」

「全部ボクが出すよ!」


 肉まんを中身と皮に素早く仕分けていく。点心職人さんごめんなさい。

 アリュービーは肉団子を次々と頬張り、食べるより早く団子山が積み上がっていくと、ボクの顔を無表情にじっと見つめる……待って、ボク自身はおいしくないからね?

「栄養よくなる。蜜だけより肉ある」

 餌付けに成功……した?


「これ、交換でもらっていい?」

 はじめてアリュービーの手をはなれたハチミツの瓶を指す。

「アナタ栄養よくする? 蜜とる?」

「そう……肉だけより、栄養よくなるから。ボクも、ボクの友達も」

 呆れ顔で見ていた熊を紹介する。ハチ娘は交互に見る。 


「とる。蜜よくなる。栄養」

 言葉の意味はわかりにくいけど、肉団子に夢中らしいのでボクはビンをとり、彼女の前で少しだけ舐めて見せ、特には反応が無いので次に手の平にたくさんたらして食べる……うまい。

 どうしよう。疲れているせいか、こんな食べ方のハチミツがやたらうまい。


「肉。よくなる。肉。たくさん」

 見ているけど文句はないらしいので、ビンをグリズワルドに渡す。

「なんか、すまねえな……別にそこまでしてもらわなくてもよかったんだが……せっかくだし……」

 熊獣人はいじきたなさを隠そうとしつつも、二リットルは入りそうなビンに半分以上もある残りを一気に流しこむ。

「ブハーッ!」

 酒好きのオッサンみたいなリアクションだ。


 舌をのばしてビンを舐めはじめてから、ようやくボクの視線を気にする。

「いや正直、助かった……しかし、さすがセイノスケの相棒だな……」

 グリズワルドは半分くらいの背しかないボクをちらちらと気にした。


「そういえばボクって、巨大ゾンビのケツを狙った変人の手下って思われているの?」

「なにを言っている。不死王の未亡人という伝説的ヤンデレを押し倒してヤリ殺した……という見出しで朝刊の一面を飾っているのはお前のほうだ」

 メセムスがよくできた女中頭よろしくボクに新聞を広げてくれる。

 写真技術がないのか単なる悪意か、写実的な銅版画でボクの昨夜の行動が誇張して描写されていた。

「ユキタがこの方面では俺を上回るという正当な評価だ。まさに異世界冥利につきるな?」


 グリズワルドの顔は熊そのもので表情がわかりにくいけど、なぜか少し怯えて見えた。

「その……ここまでしてもらって悪いんだが、俺には女房子供がいるし、メスの熊獣人でないと、その……」

 不倫相手の女子学生に詫びるようなおどおどした口調。

 ボクは少しだけ謎の優越感というか、清之助くん的に人として踏み外した満足感を覚えてしまう。

 でもよく考えてみたらアリュービーからはハチミツをもらっただけで、情報はなにも引き出していなかった。



 宮殿の大型モニターに大鬼の女性が映っている。

 ミニ巨人よりはひとまわり小さい体格だけど、身長より長い棍棒を振り回し、一人で何匹も同時に相手をして、しかも少しずつ数を減らしている。

 ゴルダシスのように圧倒的なパワーはないけど、それだけに身のこなしの激しさ、棒術の鮮やかさが際立つ。


 時おり混ざる不自然な動きに見覚えがあった。

 棒高跳びのように上へ跳んだあとでさらに真上へ跳ねたり、横に跳んで逃げた瞬間に跳び蹴りでもどったり……最も不自然なのは、あきらかに力任せの振り下ろしや横薙ぎの一撃を外した直後、その棒が跳ねるようにもどって打ちこむ追撃。

 力任せで引きもどしたわりには速さが落ちることなく、ミニ巨人の人間の胴なみに太い腕脚をひしゃげさせている。


「あの妙な動き、常に棒が起点になっているな。ユキタに聞いた『雨だれの長なた』や『出戻りの矢』のような、運動制御系の効果らしい」

 なるほど。ガイムのナタやキチュードの斧が見せた、武器が勝手に震えるような動きに近い。

「あれは『燕返しの物干し竿』って魔法道具に、鉄を巻いて補強したものやね」

 ラウネラトラがようやく顔を上げ、鍋の汁だけゆっくりすする。

「棒にかかる重力をいきなし真逆に向けられる……本来、武器に使っちゃ手首とかを傷めやすい難物じゃが、シャンガジャンガの使いこなしで価値が標準あつかいに上がっちょる」



「早くも撃墜十匹! お見事です! さすがは八武強『豪傑鬼』シャンガジャンガさん! シュタルガ宮殿の守護神!」

 ピパイパさんは現地リポートしながら大型ハンマーのような鉄靴で跳ね回り蹴り回り、撃墜数こそ少ないものの、抑えている数は倍近い。

「ちっ、てめーのほうが七妖公で格上のくせに嫌味なんだよ!」

 シャンガジャンガは苦笑いして、あてつけるように何匹かを一気に薙ぎ倒す。


「ずるい。アレッサたちも参戦しているのに、さっきから画面に少ししか出てこない」

「俺たちも邪魔にならない程度に近くへ行くか……ユキタの護衛をグリズワルドに頼めたらなんだが?」

 巨体の熊がきれいに舐めきった瓶を置き、頼もしく胸をたたく。

 ハチ娘も肉団子を満載したせいろを抱えて、なぜかついてくる……襲撃の元凶のはずなのに、堂々とした犯人だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ