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七章 虫って思うとひくよな? そこで興奮したらまずいか? 一(第二部『灼熱の黄金』編)

 

 魔王宮殿の選手宿舎は照明がしぼられて薄暗く、廊下は静かだった。

「通過手続きをした十二時間後から第二区間の開始になる。先に走る選手の様子見も考えると、そう長くは眠れないが……とにかく少しでも休んでおこう」

 清之助くんはそっけなく個室へ向かってしまう。

 でも閉めかけたドアから顔を半分だしていた。


「メセムス、おいで」

 土人形の巨大メイドさんが無表情に震えながらジワジワと従う。

「シュタルガは怒ってない。しかし周囲の手前、反抗的な娘にはああいった態度をとるしかなかった。だからおいで」


 娘……そういえばメセムスを作ったのはシュタルガ。つまり母親か。

 ゴールでメセムスと目が合っていたけど、怒りも笑いもしてない。

 清之助くんはなぐさめているつもりらしいけど『こい!』じゃなくて『おいで』とささやく不気味さでつっこみにくい。


「セイノスケが少し心配じゃのう。異世界からの渡航者にしては二人ともやけに適応が早いと思っておったが……」

 変態医師ラウネラトラまで珍しく真面目な顔で、部屋へ向かってしまった。



 ボクの入った個室は安いビジネスホテル風にせまい上、窓がない。

 電灯の代わりにランプがひとつだけ灯っている。

 水まわりはさらに厳しく、板で床穴をふさいだだけの便所、浴場の代わりに水をためた樽、桶、タライ、カゴいっぱいの芋。

 ベッドだけはまともで清潔そうなので寝転がり、今までの情報を整理しておこう……と思ったら眠っていた。


 地響きで起こされる。

 全身が重く、背中が痛む……パミラに打たれた所だ。

 再び地響きがして、部屋がビリビリと揺れる……少しだけ傾いている?


 廊下をのぞくと、アレッサとダイカとキラティカがいた。

「そろそろ最初の選手が出発する時間だが、少し様子がおかしい」

 数分のように思っていたけど、数時間も熟睡していたらしい。

 廊下の先にある窓がぼんやりと明るく、夜明けが近い。


 ボクたちだけで様子見を兼ねて朝食へ向かうことにする。

 二回に分けて大量の夕食を食べたばかりだけど、まだ空腹感があった。

 アレッサはなぜかヒヨコの刺繍が入った枕を持っている。

「それって、あの偉そうな男の子が自慢していたやつ?」

「ああ。どうやって忍びこんだか、部屋の備品とすりかえていたらしい」

 アレッサの寝室に……競技中に見かけたら殺害しておこう。



 ロビーに下りると、プロジェクター型の水晶が周囲の風景を映している……昨日、メセムスが渡したばかりの、ぶち折った机の天板じゃないか。

 だいじょうぶか魔王軍の設備在庫。


 画像が豪勢な寝室にきりかわり、寝巻き姿のシュタルガが映されると謎の歓声が上がる。

「レアだ!」「レア衣装だ!」

「油断系ファッションなんていつ以来だ?!」

 だいじょうぶか魔王軍の支持基準。


 シュタルガは目をこすりながら、思い切り不機嫌そうに巻貝のマイクを握る。

「襲撃してきたアホがいる。巻きこまれたくなければ宮殿から出るな。競技の再開時間に変更はない……とゴルダシスに伝えろ。あー、あとパミラを焼き起こして報道特番を組ませろ」

 それだけ言うと布団にくるまって目をつぶってしまう。

『焼き起こす』という言葉をはじめて聞いたけど、シュタルガ様なら『刺し起こす』とか『斬り起こす』とかもやってそうだ。


 慌ただしく画面がきりかわり、カメラが走っているのか、揺れる廊下の画面。

「起きているからな!」

 叫びと一緒に廊下の先の扉が蹴り開けられ、パミラが下着姿で飛び出てくる。

 背後の部屋から噴き出した巨大な炎を間一髪で跳びかわし、ロビーに拍手が沸く。


 パミラが包帯の巻かれた腹を押さえて悶絶し、スタッフが駆け寄る場面からカメラがきりかわり、巨大な白い尻が映される。

「……て道を開けておけばいいのかなあ?」

 声からするとゴルダシスらしき、画面におさまらない巨大サイズの素足と太ももが画面を横切り、その奥でコウモリマイクを持ったウサ耳獣人のリポーターさん……はフンドシだけ?!

「ですねー。変更なしということは、あと一時間くらいしかありませんよ?」

 リポーターさんはバスローブを羽織り、ゴルダシスは短パンをずりあげる。

「いってきまーす」

「ブラ! ブラがまだ!」



 ダイカがボクのだらしない顔を苦笑いで見ていた。

「シュタルガの態度からすると問題ないな。すぐにおさまる。ゆっくり食いながら見物しよう……キラティカは寝なおさなくてだいじょうぶか?」

「巨人将軍がでるなら、どうせ地響き続き」


 アレッサはいつの間にかブラビス君を見つけ、なにやら言い合っていた。

「ともかく借りる言われはない。競技中であれば遠慮なく奪うから、大事に持っておくがいい」

 ボクたちは受付で洗濯済みの衣服を受け取り、まだ起きない清之助くんとラウネラトラへの伝言を頼んでおく。



 シュタルガの警告にも関わらず、まだ肌寒い広場にはちらほらと人通りが見える。

 時おり響く地鳴りも、小さいものなら無視されている。

 慌ただしく動く鬼や獣人の兵士隊列には、みんなが道を開けていた。

 少し遠い昨夜の店で消化のよい鍋料理などを頼み、店先のテーブルで宮殿の巨大モニターを見上げる。


 周囲の景色は深い谷に入ったばかりだった。

 上空から見る移動選手村は、前後を逆にした航空母艦のような形をしている。

 船のような形の中央に広場と大通りが延び、進行方向に宿舎宮殿がそびえている。


 下部の走行機関である巨大芋虫が動きを乱し、負傷した衛兵鬼が運ばれていた。

 兵士と比較すると、芋虫は一匹ずつが小型バスから大型バスくらいの大きさがある。

 数十の選手村衛兵を襲っているのは倍近い背をした赤肌の巨人で、数体が柱のような丸太を振り回して暴れ、谷の上からは十数体が岩を投げつけている。


「西の赤巨人族か。東の青巨人が優遇されていることに不満を持っていたようだが……なんで今さら? 勝ち目は無いだろうに」

 アレッサがはしによる高速突きで魚から小骨をとりのぞきながらつぶやく。


 赤巨人は粗末な皮鎧だけの裸足で、アンバランスに小さい頭や不恰好に長い胴体など体つきはバラバラ。

 動きは鈍く、岩の投擲と丸太での直接襲撃に分かれているほかは戦い方に工夫がない。

 それでも幼稚園児の集団に大人がまぎれこんでいるような体格差がある。

 シュタルガ兵の動きは機敏に見えるけど細々としていて、巨人の鈍い蹴りをかわすのもギリギリ、殴りつけられると簡単にはねとぶ……対比から考えると何メートルも飛んでいる。

 数人ずつで囲み、ようやく一匹を倒すころには数人がのされていた。



 ダイカが耳を横に広げ、隣の空いている木製テーブルをつかんで立ち上がる、

「だいじょうぶだ。外れるが破片が少し……」

 視線の先は明けてきた白い空。

 カラスより少し大きく見える影が見えた。


 それは屋台村の屋根あたりに近づくと急降下をはじめ、人間のような大きさに見えたかと思うと斜め向かいの店先に落下する。

 石畳に激突した爆音。

 ほとんど同時に、ダイカのかまえていたテーブルがひしゃげる音。

 キラティカが鍋をよそいながら一瞬だけ片足を上げ、食卓に飛びこみかけた小石をはじく。


 ダイカは石がめりこんだテーブルを転がして座り、再び鳥のもも肉を骨ごとかみ砕く。

「ユキタン、この二人はこっちの世界でも荒事に慣れているほうだからな」

 アレッサも呆れているようだけど、食事の手が止まってない点では同類。


 移動中の衛兵に破片が当ったらしく、隊の仲間がひきずって宮殿へ引き返していた。

 転がっていた岩はドッジボールくらい。

 摩擦熱で白い煙を上げ、焦げた臭いが漂ってくる。

 モニターごしではマヌケなほど遅く見えた岩ミサイルが、向かってくると洒落にならない速さと威力だった。



「岩斬旋風破!」「烈射迅雷波!」

 モニターでは兵士の中でも大柄な鮫獣人と鯨獣人が魔法道具らしき槍や弩弓から光を発し、巨人と一対一でも互角以上の奮戦をしていた。

 なぜか時おり、手桶で水をぶっかけられている。

「あの魚人も巨人も、みんな出場していれば第一区間は楽勝だったんじゃ?」


「そうでもない。魚人は水のない場所での活動時間が限られる。特に激しい運動を続けるなら数分ごとに水を浴びねばもたない」

 清之助くんが解説しながら現われ、手だけで挨拶して席に加わる。

 メセムスに運ばせた盆には紅茶とトースト、ベーコンエッグ、生サラダ、グレープフルーツ。

「それと竜や巨人、樹人のような超重量生物は体格に比例して、活動時間のほとんどを食事と休養にあてなければ体調を維持できない。第一区間でも時間内に走りきれないか、仮眠中に襲われて脱落する個体がほとんどだろうな」


 テーブルに微震が続いたかと思うと、モニターの魚人幹部二人がまとめてはじきとばされていた。

 今まで戦っていた巨人の倍、つまり常人の四倍は大きい赤巨人が次々と現われる。

 三階建て家屋に近い目線の巨人は鎖鎧に革の小手、ブーツ、それに鉄で補強したハンマーなどを持って格好はだいぶマシだけど、体格のバランスはさらに崩れてバラエティにあふれている。

 クジラのように極端に目が小さく口が大きいダルマ体型がいるかと思えば、比率で二十頭身以上になりそうな小さい頭と、短い脚の倍以上も長い胴と腕を持つ円錐型もいる。

 動きはさらに鈍く、全身を映す画面ではのそのそ、だらだらとうろついているだけに見えた。

 ところが兵士の背に合わせて映した画面では、兵士の全身と同じ大きさのすねが暴走トラックの群れのように暴れまわり、回避困難なひき逃げ地獄を見せている。


「巨人の背は人間の身長の三倍が標準とされているが、現在は二倍の大きさが人口の大部分となりつつある。四倍に達する者は純血種や古代種と呼ばれ、指導的な立場にあり、外出自体を避ける。変人のゴルダシスを除いては戦場などもってのほか……のはずだが、どういうことだあれは?」

 清之助くんの疑問に、ダイカも首をかしげる。

「次の区間は西の『黄金山脈』をほぼ丸々使う。赤巨人の領土も入るようだが……あのジジイどもがそんなことくらいで出てくる気の短さなら、前の聖魔大戦でとっくにくたばっているぞ? まるでひと昔前の虫人みたいな無謀さだ」

 モニターの四倍巨人が宮殿に近づくとダイカとキラティカは食事を止め、モニターをじっと見つめる。



 朝もやに煙る宮殿の向こうから巨大斧のへろへろとした一撃が二階のテラスをかする。

大砲のような音が響いて床石ごと手すりが飛び散り、たくさんの爆撃音が続く。

 上空からの映像では宮殿に近い数箇所に白い煙が上がり、テントのひとつが倒壊していた。

 宮殿に数体の四倍巨人がゆらゆらと群がる。

 三十体を超える『ミニ巨人』が選手村を包囲してにじりよる動きも抑えがきかなくなりつつある。


「たあー」

 モニターへ、はめこみ合成のように不自然な画像がまぎれこんだ。

 短パンの女の子が身軽な跳び蹴りで割りこみ、ゆるめのボクシングスタイルでパンチを数発、そして回し蹴りを放つ。

 八頭身近いモデル体型だけど、顔つきはボクと同年代でパッチリ目のかわいい系の美少女。

 でもたしかに数体の四倍巨人は蹴り飛ばされ打ち倒され、店のテーブルは一斉に踊り、ボクたちの鍋も跳びあがった。

 大砲のような打撃音はスピーカーを通さなくても、少し遅れて響いている。


「ゴルダシスちゃん……?」

 カメラに気がついて、青白い肌の短髪少女が無邪気に微笑んで手を振る。

「ホックが届かなくて……ブラ、また少し大きくしないと」

 遅刻のいいわけなのに、あちこちから兵士の歓声と合唱が沸き上がる。

『ゴルダシス様~!』『巨人将軍~!』

『ブラ~!』『また少し大きく~!!』



 めきめきと身を起こしつつあった四倍赤巨人の頭をスパッと蹴り飛ばす女の子の生足サンダル。

 すがりつこうとする三体の長老巨人の頭をぶつけ合わせ、超級巨乳を振り回しながらのショルダータックルでまとめてはじき飛ばす。


「なんだあれ……反則だろ」

 シュールギャグみたいな急展開で、ボクは思わずつぶやく。

 さっきまでは四倍赤巨人の体格が反則すぎて、兵士が虫ケラのように散らされる残虐映像だったのに、今はその四倍赤巨人が老人か病人のようで、体育会系の学生から一方的に殴る蹴るの暴行を受けているかのような残虐映像に変わってしまった。

 ミニ巨人などは犬猫を庭から追い出すように次々と投げ飛ばされている。


 動きが違いすぎる。

 着ぐるみバイトをプロ格闘家が襲っているというか、ゆるキャラ交流ゲームに格闘ゲームキャラがまぎれているというか……まず、外見バランスだけでもおかしい。

 最初に見た四倍巨人がゴルダシスだったから今まで疑問に思わなかったけど、あの大きさで七頭身で、元の世界の男好みなプロポーションということは、生物の骨格強度や筋肉の限界から考えたら、とてつもない異常だったんだ。

 かといって今さら、あの子の目鼻がクジラのように小さくなって、恐竜みたいに重心を下に偏らせた体型になっても嫌だけど。


「赤いコンチクショウはわたしががんばるから、みんなは宮殿まわりの見張りをがんばってー」

 ゴルダシスは次々とミニ赤巨人をぶん投げながら、足元の兵士をモルモットでも巣に追い返すように宮殿へもどそうとする。

「いえ! ホックの危ういゴルダシス様をおいて我々だけさがるわけにはいきません!」

「もー、めーれーだってば。時間ないからはやく帰ってー」

 たった一人で戦況が変わってしまい、勝利は時間の問題となる。



 揺れは大きくなったけど、岩ミサイルが降ってくる気配はほとんどなくなった。

 ダイカが肉まん五皿とゴマだんご三皿を追加する。

 さっきの着弾には早くもペンギンのような獣人の子供が掃除夫をして、散らばった小石を回収していた。

 ボクはふと広場でゴミひろいをしていたクリンパのことを思い出し、バッグをあさる。

 とりだした腕つき水晶は念じるまでもなく、すでに光っていた。


「……かたねえだろ。あのマヌケがこういう時にそんな気をきかせるわけが……ん? オマエ、運がいいな!」

 モジャモジャ頭のクリンパは山の中で誰かと話していた。おそらくはボクの話題。

「はじめましてユキタン様! 申し訳ありませんが、緊急の要件があります。ダイカさんと連絡をとらせていただけませんか?」

 クリンパより幼く小さい、でも身なりがよく礼儀正しい、眉の太い丸々とした女の子。


「ようズナプラ! そこ、近くだよな? 避難は終わったのか?」

 ダイカが背後にまわってのぞきこみ、ボクの肩が爆乳の支え台になる。 

「ズナプラの父親、『山小人の王ズガパッグ』に協力して、赤巨人を撃退したことがあるの。ズナプラがダイカに求婚してから遊びに行きづらくなったけど……」

 キラティカがヒソヒソとダイカのモテぶりを教えてくれる。


「父が、シュタルガ宮殿の襲撃に参加しています!」

「な……に?」

 ダイカが急にあわてて、周囲の地形や石畳へと忙しく目を配る。



 モニターのゴルダシスが苦笑いで部下を押しもどしていた。

「こんな頭わるいの、おとりに決まってるじゃん。頭いいのがなにやってくるか見張ってよー」

 兵士たちの顔がようやく引き締まり、一斉に宮殿へ走り出す。

「開始に間に合わなくなっちゃう」




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