六章 母性の強い爬虫類もいるらしいぞ? 母性のない哺乳類は多いらしいぞ? 四
気がつくとボクたちは混浴風呂に浸かっていた。
みんな疑問や文句は口にしたけど、疲労しきった体が求める湯の誘惑に押し切られ、あれこれと理由をつけてまずは湯船に沈んだ。
「貸しきり予約をとっておいたよん。みんな明日へ向けて体を調整しておかんとね。ふひひ。ふひひひひひ」
ラウネラトラはツル草を広げてアレッサたちをまさぐり、あきらかに治療やマッサージではない動きを混ぜてはダイカとキラティカにどつかれていた。
「言いたいことはいろいろあるが、ラウネラトラの顔利きで待たずに入れるのはありがたいな。店のすぐ裏というのも楽でいい……しかしダイカ、その、もう少し隠したほうが……」
アレッサの体はメセムスの影に隠れてまったく見えないけど、ダイカとキラティカは堂々としている。
「ここは風呂場だろ?」
獣人の感覚か、北欧サウナの感覚かわかりませんが、とてもよいことだと思います。
「とはいえ、あまりジックリ見られるのも気恥ずかしいな……やっぱメセムス、もう少しこっちにずれてくれ」
「待てダイカ! それでは私が見えてしまう……少しは遠慮しろユキタン!」
肩までつかっているのに、なおも胸を隠すガードの固いアレッサ。
今すぐ顔をうずめて風呂の湯をすべて飲み干したい……ボクの隣にピッタリと変態メガネ少年と褐色肌のオジサンがいなければ。
「あの……どなたでしょうか? たしか貸しきりのはずでは?」
当たり前のように清之助くんの反対側に入ってきたロマンスグレーのオジサンは胸板ぶ厚く筋骨たくましい傷だらけの体で、手入れのよい口ヒゲをいじりながら親しげに微笑む。
「隠居商人のロックルフである。競技祭では屋台通りの商店会長も務めておる」
肉厚の大きな手でガッシリと握手され、肩も力強くつかまれる。
「ここと表の店の持ち主さんよん。貸しきりの条件に紹介を頼まれちって。でもだいじょうぶ。若い男の子が好きなだけの紳士さんだから」
ぜんぜんだいじょうぶじゃねーよラウネラトラたん。
「ロックルフ商会は建設、運輸、傭兵、犯罪業を広く手がける魔軍とも懇意の悪徳商人だ。シュタルガ挙兵の早い時期から融資などで協力し、会長であるロックルフ自身も腕利きの傭兵、それもかなり強力な洗脳魔法の使い手と聞いた」
もう清之助くんの情報収集力には驚かない。
風呂場でもメガネを外さない信念のほうが気になる。
「おほっほ! さすがはセイノスケ君じゃのう。じゃが魔法に関しては……『魅惑の褌』だけは悪事に使ったことが無く、その気も無いことを断っておこう」
洗脳魔法……魅惑?! 惚れさせ系?! ……なぜだ。
ラブコメ主人公である異世界渡航者が最初に偶然ひろうべきアイテムが、なぜオッサンの魔境におさまっている……。
「あれはあくまで、シュタルガ様より保管を任されたものと思っておるでなあ。ワシの頼りは自分の腕っぷしと悪知恵だけじゃあ」
「さてユキタ、このオッサンで大体の勢力図は見たことになるのだが、仲間について決めておきたいことがある」
「そういや哺乳獣人の族長たちが、アレッサにどこまで頼っていいのか迷っていたな」
「アタチもパパ上に言われたの。激しいノリノリで『アレッサ一派に入れるならビクトリーじゃね?』みたいな。さすがにあつかましさ気になり様子見、風見鶏ングなう」
セリハムは熱いお湯は苦手とかで、大きなタライでぬるま湯に浅く浸かっていた。
羽毛のためか性格のためか、良くも悪くもいやらしく見えない。
「いや『アレッサ一派』などというのは騎士団の勝手な誤解だ。第二区間ではまた互いに遠慮なく……」
「黙れガチガチブリッコ。騎士団にケンカ売っておいて、ここにいる奴らへの義理もないがしろにまだそんな建前をほざく口ならユキタの舌でもしゃぶって脳をほぐしておけ」
アレッサの大人ぶった顔がみるみる崩壊して真っ赤な困惑に染まる。
「セイノスケちゃん容赦ないねい。まあ、協力がやけに有利なのは確かよん。逆に言っちゃ一人でこの先は無謀。目的はどうあれ、ここにいるメンバーならしばらくは頼り合ってよかないかい? ……って言いたいんよね? 騎士団に関しちゃ、ケンカ売らせたのはセイノスケなんじゃし」
「鈍くてイラつくから背中を押してやっただけだ。それよりこの集団につける名前を決めておきたい」
清之助くんの剣幕に圧されたのか、アレッサはしょげたようにダイカの背に隠れる。
「たしかに各種族と魔軍、騎士団、神官団とかち合わない名目が欲しいな?」
ダイカがたぶん無意識にアレッサの頭を撫でてなぐさめ、妬いたキラティカがすねて甘えて爆乳にすりよる。
なんでボクはあの位置にさしこまれず、変態少年と少年好き中年にはさまれて毒エキスに耐えているの神様。
「シンプルに『ユキタン同盟』でいいか?『ユキタンの妻と愛人ズ』では長いし、『ユキタン同好会』では軍事協力の意図が伝わりにくい」
「いや別に名前なんてどうでも……っていうかなんでボクなの? みんな『清之助ハーレム』か『清之助同盟』と思っているでしょ?」
みんながきょとんとした顔になる。
「オレはセイノスケより先にアレッサと組んでいたし、組むことに関してはユキタンのほうが積極的だったろう?」
「そのアレッサをひろったのもお前だ。俺がくどけたのはメセムスだけだ」
「自覚ないみたいだけどねい。ここにいるみんなの中心になりそうなのはユキタンだけよん?」
んなアホな。役立たずの足手まといを旗頭にしちゃいけないと思うよ。
美形でも人格者でもないし、ハーレムの旨味が現行で目前おあずけ状態な全力の脇役ポジションだし!!
あっけなく異論なく『ユキタン同盟』の名称で謎の集団が結成されてしまう。
「『ユキタンを中心とする恋愛関係、もしくは友情をはぐくむ集まり』とゆー主旨でどうじゃろ?」
「ほう、ラウネラトラくんらしい策士ぶりだ。それなら種族や国家、主義などの対立もかわせる」
渋いオジサンは口ヒゲをなでながらボクの肩をもんで微笑む。
「ロックルフ、恋愛や友情で保身を連想するおいぼれに用は無い」
怒声の清之助くんは、なぜかボクの頭をわしづかみに持ち上げる。
「愛は新たな価値観を打ちこみ、古い価値観を砕く最終兵器! 自他の粉砕を覚悟した勇者のみが振るえる諸刃の剣! 新世界を作る意志なき者など『ユキタン同盟』に残る資格なし!」
そんな大層な規律ですと、代表になるボクは何様?
「おお、すまない。どうか見捨てないでおくれ少年たちよ。ワシも戦場を離れてふぬけていたようだ」
清之助くんはなおもボクを真上に持ち上げ、足を高く上げた投球フォームに入る。全裸で。
「準構成員として融資くらいなら認めてやろう……しかし……他人事みたいな顔してんなアレッサ!」
なぜかボクは全力で投げ飛ばされ、お人よしのダイカさんはあわてて受け止めてくれる。全裸で。
「恋愛オンチが許されるのは八歳までだ!」
逆さまに抱きとめられて顔が爆乳にめりこんだ件は感謝と謝罪の限りをつくそうと思う。
すばらしい張りと弾力、そして香りです。
問題はアレッサの眼前に出現したであろうボクの下半身だ。
アレッサはぬかりなく『風鳴りの腕輪』だけは風呂場に持ちこんでいる。
カチャリと金属のはまる音がして、ボクは子孫との決別を予感する。
ダイカがすぐにボクを投げ返し、今度はアレッサへ爆乳固めをかけて男性陣の逃走時間をくれた。
「服はつくろいにだしておる。明日の開始前には届けよう」
脱衣所には代わりのサンダルやバスローブ、それに磨いた魔法道具が用意されていた。
ロックルフさんはボクたちにせまることもなく、紳士的に帰る。
「判断材料に乏しい異世界人を値踏みしに来たのだろう。まだ勝率は低く見ているだろうが、当たった時の大きさを気にしはじめている。借りられるだけ借りておこう」
アレッサたちを待ちながら二度目の夕食をとっていると、長身の女性がひょこひょことした足どりで近づいてくる。
「セイノスケ様……よろしいでしょうか?」
波がかった長い髪の美人さん……ゴール地点で待っていたルクミラさんという若い未亡人様のはずだけど、長い蛇だった下半身はサンダルをはいているように見えた。
セイノスケくんにうながされて隣へすべりこむと、恥じらいながらも重ね着したローブのスリットをずらし上げ、人間と同じ形の白い太ももを見せる。
「塩づけにすると、天日に干すより早くこのとおりになります……まだ動きは少しぎこちないですが」
「きれいだな。ウロコのつや模様も見事だったが。痛くはないのか?」
「だいじょうぶです……少しチクチクとはしますが。その……動いたりしてもなんともないです」
『動いたり』に『歩いたり座ったり』以外の運動予定は含まれるのでしょうか。
「角質層にウロコの名残りがあるのだな。照明でタイツ編みのように浮き上がる」
太ももに這う平石少年の指はきっと生物学的な興味に違いない。
「あと……お預かりしている魔法道具は、ずっと身につけています……」
それは『持っています』の意味ですか『はいています』の意味ですか『確認してください』の意味ですか?!
すがるような赤い顔で大体は想像がつくので聞く気はありませんけど!!
「完走したらじっくり見せてもらおう。今はまだ体力を温存する必要がある」
「そうですか……それでしたらやはり、この『透過の隠れ蓑』だけでも、お持ちになっていただけませんか?」
ルクミラさんがわらを編んだ薄い上着のようなものを外す。
「透過……?」
清之助くんが受け取ってかぶると、その姿が透明になる。
「光学迷彩ってやつか!」
でも怪しく踊り狂うしぐさは空気のゆらぎでわかってしまう。
「獣人などの鋭い嗅覚聴覚は苦手そうだが、動かない分にはかなりの高性能だ。しかし、これで孤児院を守ってきたのだろう? 受け取るわけにはいかんな」
清之助くんが微笑んで返却する。
回避と奇襲と……ぶっちゃけ、のぞき用途で超高性能なアイテムを、なに潔く返してんだよ、このクソ偽善者は?!
ルクミラさんだって困っているじゃないか!
なにかっこつけて手なんか握っているんだ!
「無理をするつもりはない。そんなお人よしでもない。これを使い慣れているルクミラにこそ頼みたいことがある。かなり危険な願いになるかもしれんが」
……だいぶ暴走しかけたけど、ここまで聞くとさすがにボクでもわかる。
すべては清之助くんの戦略的な布石だ。
いつバラバラに敵対してもおかしくなかった、ボクたちの曖昧な協力関係が、風呂場の同盟ではっきりと味方同士に変わった。
助けたルクミラさんやセリハムは競技外で動かせるコマになった。
無償の階級ばらまきは宣伝効果としてそれらの動きを助けている……ダイカやセリハムが族長と話をつけやすくなり、ロビーの熊獣人のような潜在的な協力者を集め……なにより、この先の新しい協力要請に大きな説得力がでる。
なにせ『階級を四つも無償でばらまいた』『四つ分評価の超貴重品を会ったばかりの他人に贈った』という実績がある。
『殺し合い中に初対面の異世界人と話し合い』なんて、今までならよほどの必要に迫られないと応じなかっただろうけど、これからは相手がしたいと思うようになる。
清之助くんの一見ムチャクチャな行動が、非常識を常識に変え……価値観を壊し、創っている?
本気で『新世界』を創るつもりで……いや、すでに創りはじめている?
「それと『平和のあぶく』は絶対に解くなよ? デューコがそこにいるから」
近くの女性客の一人が突然スープに顔をつっこみ、スプーンを落とす。
色白茶髪の小太りなオバサンはあわてて立ち上がり、みるみるスレンダーな長身となり、肌には暗緑色の鱗を浮かせ、栗色の瞳は広がって黄色く光りだす。
「なぜわかった?! ……いや、いつから知っていた!」
「魔法なしに変身できるのか。……いや、デューコの情熱的な性格を知っていただけだ」
暗殺団の首領は頭を抱えてとぼとぼと立ち去る。
「仕事を頼めるなら考えてみてくれ。主には諜報だ。報酬はロックルフにつけがきく」
デューコさんの気の毒な後姿を励ますように、爽やかに声をかける清之助くん。
ボクには理解しきれない才能を持つ平石清之助は、この世界でなにをやろうとしているんだ?
疑問は原点にもどる。
『なんでボクなんだ?』
結論は同じ。
『とにかく清之助くんを追いかける』
ボクにできることは……とりあえず、アレッサさんが来たら平謝りでなだめよう。
「すまない。異性とのつきあいが乏しいためか、つい気が動転してしまって……」
アレッサ反省モード湯上り版は競技外であるリラックスも手伝ってか、しおらしさもひとしおだった。
「悪いのは変態メガネですからボクは気にしていません。アレッサさんのつっこみがボクたちの公序良俗には不可欠です」
無防備にほぐれる、安心した顔。
この顔をいつからか時々、見せてくれるようになった。
もっと見たい……まあ、怒り顔や困り顔も同じくらい楽しみなんだけど。
「それとその……私はユキタンとセイノスケの仲を邪魔する気はないから……」
聖騎士様は反省の方向が異世界に突入していた。
「異世界というか、ジャンル違いですアレッサさん」
「ジャンル……?」
「いや……俺も少し、いらついていたようだ。すまなかった」
反省方向の間違いも指摘してほしかったけど、ボクをからかってわざと言わなかったわけではないらしい。
清之助くんは無表情にアゴをさすり、ルクミラさんへの挨拶もなしに宮殿へ向かってしまう。
ボクは清之助くんの珍しい反応が心配になり、追いかけようとして、メセムスすら立ち止まっている女性陣に気がついて叫ぶ。
「違うからね! 二人きりにする気づかいとかいらないからね!!」
(第一部 疾風の黎明編 おわり)




