表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/130

六章 母性の強い爬虫類もいるらしいぞ? 母性のない哺乳類は多いらしいぞ? 三


 結論から言えば、ボクは清之助くんに八つ当たりしただけだ。

 容姿と才能と財産に恵まれた奴を人道的にビシッと正して惚れられた……とかいう展開で清之助くんが純情美少女なら模範的ラノベ回想だったけど、残念ながら清之助くんは末期的ヘンタイ男子で、ボクはまだ平石清之助という人間をよく知らずに腹いせしただけ。



 一ヶ月前、ボクは押しつけられた委員会の仕事で放課後遅くまで残っていた帰り、平石という有名男子と、国語教師の野口山先生が話しているのを見かけた。

 はじめて顔を見たのに、すでに平石清之助というフルネームがわかるほどに都市伝説じみた噂をたくさん聞かされていた。


 野口山先生はまだ若く、貧乳と天然パーマを気にして、マイペースの天然ボケとも言われていたけど、授業熱心で面白く、人気がある。

 服装は地味な上に少し妙な柄を好み、校内トップ人気の巨乳生徒会長や学生アイドルに比べたら目立たないけど、意外と美人で……ボクは少し憧れていた。


 その野口山先生が困り顔で壁際に押しつけられ、平石清之助は得意顔でなじり続けていた。

 先生がなにか強要されているわけではなく、痴話喧嘩のように見えた。

 美人の保健医さんも平石ハーレムに入っていると聞いたし、美人でしかも既婚者の美術教師は自分から露骨に迫っているとも聞く。

 野口山先生も平石とつきあうなり遊ばれるなりして、今は捨てられようとしているだけなら、なにも見てない、関わりたくない態度で通り過ぎようと思った。


 委員会に押しつけられた無意味な仕事でウンザリしていた。

 上がらない成績、目を合わせない女子、しょぼい上に表面的なつきあいの友人、窮屈な家庭、それらを変えられない自分に疲れていた。

 野口山先生の前に憧れていた女性にも好きな男性がいるとわかり、ずるずると自己嫌悪と無力感に包まれていた。



「お前、こいつとヤリたいのか?」

 長身イケメンがボクの背中に投げた言葉だ。

 からかう口調ではなく、ごくあたり前のように聞かれたことがひっかかった。

 この超絶エリートの金持ちをたたきのめしても、殴り殺しても、あらゆる方面の物騒な組織に袋だたきで報復され、後悔させられるだけ。


 頭ではそう考えていたのに、なぜだか拳が出ていた。

 そして案の定、合気道らしき技であっさりと押さえつけられ、肩をきめられる。

 学校および地域の支配者に逆らってしまった以上、おとなしく痛めつけられるままになろうと頭では判断したのに、強引に体をねじり、メガネにつばをはきかけていた。

「お前……なんなんだ?」

 そう言って清之助くんは無表情に見下ろしていた。

 ボクは肩がはずれた激痛にあえぎ、不様に泣く。

「別に。ちょっと面白そうだったから」

 なにもかもが嫌になっていた時に、ツボになる挑発をされてヤケになっただけ。


 清之助くんはわざわざボクの肩をもどしてから立ち去った。

 ボクやボクの家族が地獄を見ることもなく済んだのは、清之助くんの指示だろう。

 今ならわかるけど、清之助くんは女性を、まして野口山先生のような普通にいい人を困らせることはない。

 あったとしても、よほど深い事情があるか、よほど下らない誤解でそう見えたか。

 清之助くんがいい奴かどうかはともかく、弱いものいじめや八つ当たりをする必要がないことだけは確かだ。

 たぶんメセムスいじめのような、変態的スキンシップでもしていたのだろう。



「ボクは清之助くんに八つ当たりした上、あっさりとのされただけだろ」

 あんなやりとりで『根性がある』とか『面白い』とかいれあげるほどさびしがり屋には見えないし、実際しばらくはなにくわぬ顔で挨拶してくるだけだった。

 そしてなぜか、いろいろ雑談をしにくるようになる。謎だ。


「いや、俺もあの時は少し思いつめて……たしかにユキタに関しては、過大評価ではないかと迷うこともあったが、こっちの世界に来てからは間違いないと確信した」

 一ヶ月で清之助くんについていろいろ知って理解した結果、知らないことと理解できないことの膨大さを思い知った。


「ユキタ。お前は俺が、なんでこの世界に来たのか、わかっているのか?」

 異世界ハーレムを探求するためと、『ここに異世界があるから』だろ?

 後半はまったく意味不明だけど、スタート地点でこの世界のみんなに向けて自信たっぷりに宣言したじゃないか。


「いや……これはまだ、口に出してはいけない類の願いかもしれんな」

 清之助くんが変態的スキンシップ以外でもったいぶることは珍しいから少し気になる。



 ボクたちをつかんだ翼竜は夜空に高くはばたく。

 ちらほらと田畑や果樹園が見え、ゲームのフィールドより観光地の田舎に近い。

「こう見ると、つくづくただの地球だね……」


 移動宮殿、列柱峡谷、巨大ツル草の崖、歩行樹の森、瘴気とゾンビであふれる沼地、とびかう翼竜……それらも最初に見た時には驚いたけど、清之助くんの別荘なら納得できそうな範囲だ。

 浮遊大陸とか、三つの月とか、空に落ちていく海とか、山より大きい怪物とかがいないなんて、異世界観光客をなめているのか。


「だからこそ異常なんだがな。自然も社会制度もここまで似かよっているなら、近代工業都市を作るのに数十年とかからん。代わりにあるのは欠陥だらけの魔法道具だ。機械文明の代わりに魔法文明があるのではなく、不自然に安定した中世社会に、家電製品前後のことしかできない魔法道具が散らばって政治を左右している……だがそのあたりはどうでもいい」

「いやいや、どうでもよくないと思うんだけど……この機会に、知っていることは洗いざらい話してくれる? そろそろ『口説きまくれ』だけで動くことに限界が来ている気がするし」 


「気のせいだ。しかし疑っているなら、それだけでも説明しておくか。異国において土地の本質をつかみ、正しい目標を得るために必要なのは、住人との深いつきあいだけだ。そして内気でモテたことのないユキタが命のかかった状況において最適なコミュニケーションは、ヤケの求愛しかない」

「…………反論できません……けど……そこまで考えていたなら、はじめからそう言ってくれたらよかったのに」


「今の理屈はくどく時には邪魔でしかない。納得できたなら忘れろ。……と言ってすぐに忘れられるものでもないな。よし、では予行演習に、俺をアレッサと思ってくどいてみろ!」

「やだよ! どんな合理性があっても!」



 夜の平原に、夏祭り会場のように輝く移動宮殿が見えてきた。

「ユキタン! 私とて正直、貴様に男としての好感を持ったおぼえなどない! だが……どうにも頭を離れないのだ!」

 清之助くんがアレッサのモノマネを止めず、ボクに一瞬だけ芽生えていた敬意は早くも殺意に近づく。


 翼竜が徐々に高度を下げ、宮殿の上階にあるテラスへ滑りこむ。

 アレッサとメセムス、それに兵装の大柄な鬼が多数、待ちかまえていた。

「この気持ちはなんだ!? どうしてくれるユキタン!」

 変態メガネの続ける全力演技に、アレッサとメセムスが硬直する。


「誤解だよアレッサ! このバカがふざけているだけ!」

「そ……そうか。私たちの部屋は聞いておいた。まずは広場へ降りて食事をとろう。個室にはカゴいっぱいの芋しかないそうだ」

 アレッサさん、こういう時だけ気づかって話を流すのはやめてください。



 宮殿の内部は思ったより落ち着いた装飾で、高級ホテル風。

 檻と鎖の原始的なエレベーターで降りたロビーは兵装の巨人や竜に乗った衛兵がうろつく厳戒態勢。

 競争中の各勢力が集まるだけあって、ものものしい。


「あ。アレッサ……」 

 すれ違ってから振り向いてつぶやいたのは、鉄鎧を着た熊だった。

「なんというか……ああ、ダイカたちなら肉料理屋を探せば見つかるはずだ」

 三メートル近い熊はそのまま、そそくさと去ってしまう。

「どうも……?」

 アレッサもきょとんとしていた。

 さりげなく注目が集まっている。



 正面玄関を出ると、見覚えのある石畳の広場だった。

 ボクと清之助くんが最初に現われた場所。

 スラム風の街並みは消えていたけど、人間大の青い火球は浮遊している。

 開始の時ほどは人が密集していないので、広場を囲む大量の屋台も見えた。

 そしてここでは、かなりはっきりと視線が集まった。

 ボクたちを見て歓声をあげたり、口笛を吹いたり、ブーイングしたり。


「セイノスケ様~!」

 またかよ……かん高い声は空から聞こえた。

 バザバザと空を舞って目の前に着地したのは鳥人の女の子だった。


 腰を低くしたまま、清之助くんを見上げる。

「ありがたし! このとーり、セリハムちん無事に途中棄権できましてからに、鳥人の階級までいただいちまってよろしいのマジでぃ?!」

 興奮気味に話しながら、交互に羽をすりあげて清之助くんの肩にちょいちょい触れる。


「ユキタ、この娘は知っているな? 俺は沼で会って、オマエと戦った経緯を聞いてな。巨大ゾンビの持っていた『腹下しの棍棒』を譲ってやったんだ。電柱くらいの大きさで、メセムスでも持ち運びに面倒だったから、ここまで恩にきることはないのだが」


「あいやアタチも、あんなでけー棒ぶち当たっちゃ下痢る前に腹ごと散り飛ばね? って思う珍アイテムでしたのに、ゴルダシスさんえらく熱心にお買い上げで素早く丸くおさまった按配」

「あの巨大娘、人の下痢を見たがるのか?」

 真顔で聞き返す変態のエリート。

「いええ。あのサイズしてますと、お手洗いに使える場所も少ないそうでして。効果が怖いから自分で隠しちまいてえそうな」


「なるほど。しかしそれはお前の幸運だ。そして階級の礼はユキタンに言うべきだな」

「ほおおう! そーでしたユキタン様マジありがたしや! すでに見逃しの恩もありましたりですが、全裸で飛びついてきた敗因のアンタだけは機会があれば吊るそうなんて考えも失せまして、セリハムちん故郷で肩身の狭え思いをしないで済む感激に卵こぼれそうナウ!」

 卵生なのか。でもブラしているから乳もありそうなんだけど。

「今のは種族ジョークだな。鳥人は胎盤がやや厚く、新生児にしばらくつながっている他は人間と同じだ。人間との交配も同じ生殖活動で問題ない」

 誰だこの変態に余計な知識を流しこんでいるのは。


「ひいいい! 恩返しにそこまで求められていたアタチィ?!」

 真っ赤な顔を羽根で交互に隠すセリハムちん。

「いや、ユキタは人助けに見返りなど期待しない。だが無理のない範囲で情報集めに協力してもらえるとありがたい。哺乳獣人がいそうな肉料理屋はわかるか?」

「お任せを。この際は焼き鳥屋だって案内しちゃうアタチですぃ」



 見える限りでも数十の大きなテントが立ち並び、席はどこもいっぱいで、大通りの路肩に腰かけている人も多い。

 食べているのはホットドッグ、丸ゆでのカボチャ、肉まん、ナンつきのカレー、おむすび、金串に刺しただけの生サバ、たこ焼き、わたあめ、焼き芋、かき氷……木製や紙製の食器が多いほかは、日本の夜店やフードコートとそれほど変わりない。


「獣人好みに生肉の扱いがうまい店となれば大型商工会の直営……めっけましデカチチわんわん赤いしましま屋根」

 奥のほうに赤い縞の屋根が見えるけど、とても客の顔が見える距離じゃない。

 でも鳥娘は迷わず雑踏をかきわけて進み、店の奥を指す。

 数人がけのテーブルを占拠する二人が手を振っていた。



 特大の厚切りレアステーキやロブスターが所せましとテーブルにならび、ダイカとキラティカの近くには空いた大皿が回転寿司の感覚で塔とそびえている。

 すでに数人分の食器も配膳されていた。

「アレッサの匂いが近づいてくるから席を頼んでおいた。好きなだけとりまくってくれ」


 陶器のジョッキに入ったリンゴとレモンを足したようなジュースはハチミツがかなり多めだったけど、疲れている今はそれをやたらにうまく感じる。

 セリハムは清之助くんに引き止められ、ボクの隣で遠慮がちに食べながら清之助くんの雑談につきあっている。

 アレッサは行儀よく、よくかみながらも皿をいつのまにか重ねていた。


「サーモンとウナギも丸焼きでもう五皿ずつ。サラダとフルーツ盛り合わせも十皿……ユキタン、なにか食べたいものある? 味つけは平気?」

 キラティカが豪快に注文しながら、ダイカの爆乳とアレッサの貧乳ごしに親しげに微笑みかけてくれる……別にハーレムとかいらないなあ。

 これだけかわいい子に囲まれて食事ができるなら、毎日パンと水だけでもいい。

 ……でもこれって命を賭けたゲームの報酬で、ほとんどボク以外の功績なんだけど。


「哺乳獣人の族長たちが、アレッサとその仲間のツケも引き受けるって言うんだ。遠慮はいらないぞ。必要なものがあればなんでもオレに言ってくれ」

「そうか、階級の件だったか。さきほど見知らぬ熊獣人の選手に親切にされて驚いた」


「おいおい、もう少し恩に着せて動けよ。アレッサは哺乳獣人みんなに酒樽を送ったようなもんだぞ? 聖騎士様は欲がねえなあ……ん?」

 数人の鎧姿が、ボクたちのまわりの人だかりを押し分けて近づいて来た。

 鎧の形状はバラバラだけど、銀ベースのカラーリングと翼の模様が共通している。



 先頭に立つ女性はボクより高そうな長身で、脚もすらりと長く、胸はやたらと大きい……ダイカほど狂暴なサイズではないけど。

 ピンク色の長い髪、大人びて整った顔。

「いいご身分ねアレッサ? 聖騎士の威光と魔法道具を借りて物乞い?」 

 楽しそうだったアレッサの顔が曇る。


「私は『渦の聖騎士』シャルラ! お見知りおきを。騎士団の副団長にして、今回の競技祭における、騎士団選手の総隊長を任じられております!」


「食べながらでもかまわないか? ゴールが遅れたのでな」

 立ち上がりもしないアレッサに、シャルラはピキりと片眉をつり上げる。

「区間報酬で騎士団の階級を望んでいれば、まだ救いようがあったものを……獣人勢力ともども協力を誓えば命だけは見逃してあげましょう! そうでなければ騎士団すべての部隊を敵にまわすと思いなさい!」

 食べながら聖騎士たちを観察していたダイカとキラティカの手が止まる。


 背の高い中年男が指でトン、トンと総隊長の肩をたたいて諌める。

「お嬢。それはちと、打ち合わせと違わねえかい?」

 骨のようにやせた顔で、おちくぼんだ目は細長く鋭い。

 アレッサが手を止め、背後の声を見上げる。


「すまねえなアレッサ。今さら上官づらできる筋合いでもねえ。虫がいいのは承知の上だが、『アレッサ一派』の勢力が急に膨らんで団長さんもあわてている。もどるなら大概のことは見逃すってよ」

 愛想笑いをしても消えない、眉間に深く刻まれたシワ。

「協力だけでも頼めるなら話をつけるから、考えておいてくれ」

 かすれた声で静かに言うと、ふくれ顔のシャルラにも撤退をうながす。


 去り際に一人、筋骨たくましい長身の女がアレッサに拳を打ち出す。

『平和の不沈艦』を離れてから消えていた光の泡が発生したけど、拳はその手前で止まり、アレッサも目で捉えていながら動かず、手振りでみんなをなだめる。


「レオンタ、また勇ましい傷が増えているな」

 アレッサは親しげな苦笑で、気の強そうな傷だらけの顔を見上げる。

「ようやくアレッサと聖騎士最強の座をかけて勝負できる機会さね。敵味方どっちに転んでも楽しみにしとるわ」

 レオンタと呼ばれた短髪の女性はニッと笑って立ち去る。



「合同練習で何度か手合わせしただけだが、以来ずいぶんと私にこだわっているようだ。真っ直ぐな性分で、シャルラよりは話しやすい」

「それより、あの男は何者だよ? 熟練の猟師みたいに油断ならないにおいだし……もう死んだ人間みたいな目つきをしていた」

 ダイカは真面目な顔で眉をひそめる。

 キラティカの後ろ髪もいくらか逆立っている。


「うん……『砂の聖騎士』ヒギンズは、騎士団で最も怖い相手だな。私は軍隊についてのほとんどをヒギンズから教わった。まして試合場ではなく、実戦となると……」

「待てアレッサ。続きは風呂で話そう」

 沈黙を保っていた平石清之助が毅然と言い放つ。

「さんせ~い」

 誰かがつっこむ前に、いつの間にかまぎれていたラウネラトラが両手をあげる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ