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五章 ゾンビが結婚していいと思う? ゾンビ以下でもしているだろ? 四


 ボクはメイライを押し倒す。

「ユ、ユキタン?! 見せつけるの? アレッサの前で野獣のように見せつけちゃうの?!」

 鉄檻の前にあったベッドが両断されて跳ねた。


「檻の下だ!」

「檻の下で声だけ聞かせるの?!」

 まずい。メイライはボクしか見ていない。

 振り返ると檻の下には誰の姿も見えなかった。


「ユキタン、上だ!」

 アレッサの声に、ボクは死を直感する。

 ベッドを両断した攻撃力を持ち、瞬時に檻の下から頭上へまわりこむ速さがあるなら、アレッサの声を聞いた後ではもう……

「アレッサは見たがっているわよ?」

 この子はなんで、こんなにボクが好きなんだろう?

 ボクが避けたら、この子が斬られる気がする。


 押し倒したまま「影分身!」と叫んだ直後、背中に衝撃がたたきつけられた。



「二人同時?! 魔法をそんな用途に使っちゃ……あれ? ユキタン?」

 ボクの視界の端に、縦に裂かれたボクが見えた。

 それはすぐに薄っぺらくなって消えたけど、まるで独り百鬼の分身みたいに重さがあった。

 少しはクッションになったか?


「パミラだ! 気をつけて!」

 身を起こしたメイライの向うに、着地した紫色のドレスが見えた。

「暗示は使わせない!」


「烈風斬!」

 アレッサの声にも、パミラは一瞬しか足を止めない。

 再び下がった鉄檻からは、狙える方向が限られていた。

 切り裂かれたのは見当違いの方向にあるベッド。


 ボクは『おこぼれの茶わん』を握り、アレッサのとっさの機転に尊敬を寄せる。

「烈風斬!」

 ナイフを抜く時間まではなく、見よう見まねの手刀。

「う?!」

 パミラがひるみ、わずかな赤い線がその頬に走る。

 なおも両手の爪を剣ほどに伸ばして振りかかってきた。


 突き出された大鎌が割りこんではじき、真横に飛んだ黒髪がパミラの背後へまわる。

「なぜ暗示前に強化が?!」

 パミラもまた瞬時に振り向き、メイライの真横近くをとる。



 両爪によるミキサーのような連撃。

 メイライはギリギリで避け、鎌の柄で受け流す。

「ユキタンが『気をつけて』と言ってくれた瞬間から『神経を研ぎ澄ましている』私なの」

 徐々に大鎌とメイライの動きが不自然に加速しはじめる。


「そして『ユキタンのためなら防ぎきれる』『ユキタンの望みなら勝てる』と思い至るのは嫁として当然の流れ!」

 大鎌の一閃。

 パミラは後ろへ大きく跳んで逃げたあと、悲鳴を上げる。

「あう……?!」

 紫ドレスの横腹が大きく裂かれ、鮮血が噴き出す。


「くっ! 手駒さえ間に合えば、暗示があろうと仕留められたものを!」

 そのまま居間へ飛びこみ、窓をたたき壊して退路を作る。

 ずいぶんな余力だ。


「ガホードとフラシュタンならもう倒されているよ?」

「それを早く言いなさいよ!?」

 変わった捨てセリフと共に飛び降りて逃げだす魔王配下の側近大幹部。



「知らなくて待っていたのか。放送担当なのに。……メイライ?」

 メイライがグニャグニャとへたりこんだ。

「少し、休まないとダメみたいね。無理は得意な体なのに、さらにその限界を引き出されちゃうとは。さすが三魔将のはしくれ」


 メイライは這いずり、伝声管にすがる。

「婦長さん? 犬耳さんと猫耳さんを解放して。寝室まで案内お願い」

「ダイカとキラティカも捕まえていたの?!」


「他にもいろいろと。今日は不法侵入が多くて大変。でも二人はユキタンが飼いたい子だと思って、待遇の良い別室に……間違ってないよね?」

 なんて都合のいい嫁だ。



「でもパミラちゃんと戦って思ったの。やっぱりシュタルガちゃんと残り二魔将を倒すのはきついかなあって」

「倒すつもりでいたのですか」

「休み休み一人ずつなら、可能性が無くもないから。この病院の手勢に、犬耳、猫耳、切り裂き魔、それにセイノスケたちも協力してくれたら半々くらいの賭けになるかなと。思っていたのだけどね」

 メイライはベッドの一つに這い上がり、棺を開ける。

 中から鍵を取り出してアレッサに投げ、二つのマントと木靴、矢も取り出す。


「でも……半々でユキタンを死なせるくらいなら、いい女のふりをしてユキタンを見送る方がいいわ。ここからゴールまでの突破だって大変なの。私はここで時間を稼ぐ」

「一緒に……」

 行けないのか。

 墓場病患者は沼を離れられない。



「ボクも一緒に残るよ。魔法道具で降伏できるんでしょ?」

「嬉しいけどダメ。ユキタンは先に進まないとダメなの」

 メイライは意外にも、それほど喜ばない。

 じっとりと微笑む。


「ここでアレッサたちの補助になれるなら、メイライを一人で置いていくよりいい」

「ユキタン、もっとずるくなって。ユキタンが好きなのは私やアレッサじゃない。私やアレッサを守ろうとする自分自身なの。本当に死んだらダメ。いい男はふりだけにして」


「そんなまさか。ボクは誰よりなにより自分が嫌いで……」

「壊したかったのでしょう? 変わりたかったのでしょう? 私が好きなユキタンは死にたがりなんかじゃない。命を危険にさらしてでも変わろうとする、成長しようとする、ウザったいほど生きようとするユキタン」 



「なるほど……私も、ユキタンが身を投げ出すたびに、本当は私のことなど見ていないような気がしていた。それで一緒にいることが不自然に思えたのか」

 鉄檻を出たアレッサが気まずそうにうつむく。

「アレッサ……?」


「不満そうに言わないでよガチガチブリッコ。私はどれだけ尽くされようが、死んだように変わらない男なんて、前の亭主でもうたくさん」

 メイライは笑顔で、中央の墓標へ大鎌をたたきつける。


「だから私はアレッサなんか、はじめから目じゃなかったのよ。ねえユキタン、なんでこの世界に来たの?」

「なんでもなにも、清之助くんに巻きこまれて無理矢理……」

「どんな魔法道具が関わっているかは知らないけど、異世界渡航なんて強烈な魔法には、強烈な意志が必要なの」

 清之助くんも同じことを言っていた。



「来る直前に念じていたことはなに?」

「渡れるかどうかも半信半疑で、事故のほうを心配していたから……たしか『やめてください帰してください巻きこまないでください一人で消えてください』のあと『もうやだコイツ』と思って……『なんで自分はこうなれないんだろう』と思ったかも?」

 ボクは自分の忘れていたことを思い出して驚く。


「そして『君には異世界なんて必要ないだろ』と思って……あと、少しだけ『もし異世界なんて行けるなら、行くべきはボクのほうだ』と……」

「少しだけのつもりで、よほど強い信念に裏打ちされていたのね。強烈な自分嫌いの裏にある、強烈な変身願望、セイノスケへのあこがれ……それがユキタンの正体。私の好きな、弱くて臆病なのに、でしゃばってあがきまくれるユキタン」

 メイライがピシリと霊安室の出口を指す。


「わかったら進んで。セイノスケを追うのをやめたら、あなたは異世界勇者じゃなくて、ただのブタ肉になる」

 メイライは穏やかに微笑む。

 本当に一体、何歳なんだろう?



「……わかった」

 ボクの言葉にアレッサがうつむく。

「でも残る」

 ボクの言葉にメイライが眉をしかめる。

「どうやって清之助くんに追いつくかは、ここに残って考える」

 ボクは真剣だ。


「ユキタン、この競技祭はあなたの可能性を広げるには最高の舞台なの。今やめたら、立ち止まることになる」

 メイライが真面目な大人みたいに説教してくる。

「ここでメイライを置き去りに競技祭の世話になるくらいなら、競技祭そのものをぶちこわす! ねじ曲げる! それくらいの無茶は言えないと、清之助くんには追いつけないんだよ!」

 メイライが驚いていた。

「それに、自分で思うより自分が好きということはわかったけど、やっぱりアレッサやメイライより好きとは思えない」

 アレッサもとまどっていた。


「ボクはアレッサを追っていたから、迷いながらも進めたし……たぶん少しは成長できた。あこがれの人だ。ボクや清之助くんより下ってことはない」

 さびしそうに苦笑するメイライ。

「メイライはダメなボクを、ダメなまま好きになってくれた。ボクの成長に寄りそってくれていた……」

 ボクはメイライの両肩をつかむ。

「今はもう、誰よりも大事な人だ」



「ええええ?」

 メイライが妙な声を出して驚く。

「もっと一緒にいよう。一緒に考えてほしい。清之助くんに追いつく方法、元の世界に帰る方法、墓場病患者を沼から出して、一緒に暮らす方法!」

「あああの? ユキタンくん? 落ち着いて? 私こう見えても還暦すぎているし……」

 顔を近づけるボクに、メイライは慌てふためき、漠然と抵抗していた。


「今さらなにを逃げるんですか?」

「だって私、唇とか冷たいし、というか実は亭主とだってしたことないし……手を握ってポエムをささやくまでにしません?」

 ボクの中でなにかがはじけ、強引にベッドへ押し倒す。

「今どきの中高生男子の情熱がそんなものでおさまるかあ!」


「うあああ。すっごい情熱的ぃ。私とけちゃいそお。というか成仏するてばユキタン。五十年も熟成して九割九分は死にかけなんだから、そんなに満たされたら唇どころか全身とろけて骨になっちゃうてば」

 苦笑いでまだ抵抗しやがる。

「ボクは本気だ! 笑うな!」

 というかボクはなぜか半泣きだ。


 驚くメイライの真顔に血色がもどり、頬が真っ赤に染まる。

「やだもう。それってとどめ」

 つかんでいた両肩の感触がぐにゃりと無くなり、ボクは姿勢を崩してつんのめる。

 顔が枕に埋まる手前で、照れて微笑むメイライが唇をそっと合わせた。


「ああ幸せ……ありがとうユキタン……」

 ボクの耳元で、かすれるような声が急速に小さくなる。

「大好き」

 ボクが起き上がった時に見たのは、長い黒髪の白骨死体だった。



 ……逃げやがった。根性なしめ。

 ヤンデレストーカーならゾンビ化くらい気力で治して子供を産めよ。


「この台座にある水晶は私にも使えるかな……」

 真っ赤な顔をうつむけてそらす、アレッサのしらじらしい棒読み。


 いつの間にかダイカとキラティカも来ていて、マントを取り返して羽織っていながら、わざとらしく霊安室の床タイルなどを見まわしている。

 その後ろにいる巨大な女性のゾンビは格好からして『婦長さん』らしい。


「……ユキタン、ここに留まる意味はなくなっただろう? それなら進むための方法を考えろ」

 苦しげな顔でしかるアレッサさんは、やっぱりお人よしの世話やきだ。


「ようユキタ。どうだった?」

 清之助くんがごく自然に壊れた窓から入ってくる。

 その体に巻きつくツタから、ラウネラトラが続く。

 最後に、窓の外にそびえる超巨大メセムスの中心部が体から離脱して跳び、窓をゆがめながら体を押しこんでくる。


「どうもなにも。はじめてできた相思相愛の女の子に、カップル成立直後にあの世へ逃げられちゃったよ」

 ボクは暗い無表情でそうつぶやく気力しかない。

「だが口説き落とせたんだろ?」

 いつもの調子で、何事にも嬉しそうな顔。


「まあ……そうなるのかな?」

 つくづく変な奴だ。

「さすがユキタだ」

 握りこぶしでボクの胸をたたき、ニヤリと笑いやがった。

 ……たしかに、こいつがアレッサより下ということもないらしい。



「でもどうやってここが……」

 清之助くんが親指で指したのは、アレッサが映したばかりの放送画像。


 宮殿前の広場は異常な騒ぎで、リポーターのウサ耳さんも興奮を抑えずにまくしたてている。

 宮殿の大型モニターに映るのは、見覚えのある一団の後姿……?

「未亡人に必殺の口づけを決めたユキタンが! 次は親友と一線を越えるべく……あ!? ガチガチブリッコに気づかれました! 逃げて逃げて!」


 映像を見ていたアレッサが振り向いて駆けだし、ダイカを押しのけて叫ぶ。

「烈風斬!」

 居間の天井付近で炸裂音。


 同時に広場の大型モニターが一瞬途切れ、窓の外からのぞきこむような角度に代わる。

「なによどケチ! アレッサのバーカ! バーカ!」

 個人への中傷暴言を連呼するリポーターに拍手が起きている。



「パミラが逃げたあとからカメラがもぐりこんでいたようだな……いや、それより問題は、メイライの消滅が知られていることだ!」

「そうだな。ゴール前は通過アイテムの無い追いはぎが大量に集まっているが、今ごろボスを失ったこの教会に向かって押し寄せているはずだ」

「ふひひ。わっち、なかなかすんげー所に居合わせちったい。メセムスちゃんはまだいけそうなの?」

「ゴールまでの直線ギリギリだな。道具を確認しておこう」


 ボクらは居間のテーブルに持っている魔法道具を並べる。

「オレらは『虚空の外套』を奥の手としてとっておき、『ぬかるみの木靴』と『出戻りの矢』を渡すつもりだ」

 ダイカとキラティカは決まり。

「私は『風鳴りの腕輪』が頼りだ。この『透視の水着』は役に……少しだけ立ったが、やはりクズアイテムだ。優先的に処分したい」

 アレッサも決まり。


「わっちは『癒しの包帯』が外せんとして、『封印の指輪』もできれば手放したくないのう。すると通過アイテムが足りん。今夜サービスするから貸してくんないかねい?」

「俺とメセムスも相変わらず『大地の小手』とメセムスの肉体だけだ。頼りはユキタンだな」

「三人してたかりにきたのかよ?! まあ脱出運賃と思えば……つまりボクも合わせて四つの通過アイテム選びか」



「二つは決まっとるわな。メイライさんの『語り部の耳飾り』は二つ分の扱いで強制提出。他の輩にとられるよりはユキタンどのに使われるほうがいいじゃろ?」

「あと二つ……『影絵の革帯』と『おこぼれの茶わん』はようやく使い慣れてきたのになあ……この腕つき水晶も、できればザンナに直接たたき返したいし……」

 霊安室で破壊音がする。


 何事かと見ると、メセムスより大柄でゴツい婦長さんが水晶つき台座の脚を叩き壊していた。

 ぶち折った不死王の墓標で。

「奥様なら、こうするように命じたと思いますので」

 そう言って婦長さんは水晶つきの石版を差し出す。


 アレッサが手をかざすと、まだ画像が映った。

「使えるが、メセムス以外では運べそうにないな」

 外から騒ぎが聞こえはじめる。

 追いはぎ集団が教会に迫っているらしい。

「ふんむ。あとはわっちが指輪をあきらめれば解決のようじゃな……」


 いつの間にか下がっていたエレベーターが登ってくる。

 鉄檻に入っていたのは幽霊騎士ガホードの全身鎧。中身なし。

「奥様なら、こうするように命じたと思いますので」

 婦長さんはメセムスより無愛想な声と表情で鎧を差し出す。


「恩に着る。ところでどうだ? 俺のハーレムに転職する気はないか?」

 清之助くんは鎧を受け取りながら、巨体ゾンビ婦長さんになれなれしく腕をまわす。

 ……ボクは一体、なにを追うつもりでいるのか。


 婦長さんは突然にどろどろと溶けくずれはじめた。

「私が患者さんからセクハラを受ける日がくるなんて……」

 清之助くんが肩を組むようにのばした腕は、体格の違いで尻にのっていた。

「退職祝いになってしまったか……まあ、結果オーライだ。いい女の最後を見送れた」


「この鎧もまた重いのう。じゃがわっちごとツル草でメセムスちゃんにくくりつければいけそうじゃな」

「では俺がユキタンと耳飾りを分かち合い、一緒に納めるとしよう!」

「なんか言い方がひっかかる……というか一緒である必要はないだろ!」



 メセムスが窓から飛び降り、崩れた土砂の山を再び引き上げる。

「ガガガガガガオンッ! 出力。四百パーセント!『土石装甲』発動! 発動! 嫁候補『アレッサ』『ダイカ』『キラティカ』『ラウネラトラ』を運搬シマス!」

 三階建ての高さにそびえる巨体が背を建物につける。

「あり? わっちも嫁候補に入っとるの?」

 ラウネラトラがツタをのばし、ガホードの鎧、ボクと清之助くん、それにアレッサを次々と渡して固定する。

 ダイカとキラティカは自力で跳び移って爪を食いこませる。


「土砂装甲の残り。およそ百秒! ゴールまでの直線。およそ九十秒の距離! 走破を優先シマス!」

 メセムスは水晶のついた板を握り、押し寄せる選手の群れへ駆け出す。

「私はゴールまで烈風斬を打ちまくる! 這い上がって来る者はダイカ、キラティカ、ラウネラトラに任せた! ユキタンも心配せずに撃ちまくれ! メセムスの走行を遅らせる者、なにか光る物体を持つ者が優先だ!」


「了解です師匠! ……やっぱり、合戦で凛々しく指揮する師匠の姿は最高ですね!」

「馬鹿者! セイノスケの真似なんぞしている場合か! 烈風斬!」

 背後では教会の壁に大穴が開き、巨大魔獣ティマコラが這い出ようとしていた。

 大小の斬殺砲台、爪と触手の防衛装置、そして撹乱スピーカーを載せ、人型移動要塞が選手も魔物も木々も蹴散らしてゴールへ突撃する。


 アレッサがいつの間にか、振り向いて見つめていた。

「……貴様はセイノスケではない。口先ではなく、行動でくどけ」

 困ったような赤い顔をさらに赤らめるアレッサ。

 照れ隠しに腕から噴き出た蒼い光へ、ボクも声を合わせて叫ぶ。

「烈風斬!」




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