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五章 ゾンビが結婚していいと思う? ゾンビ以下でもしているだろ? 二


 腕輪が外されると、アレッサの腕はいっそう白く細く、ただの同年代の女の子に見えた。

 目を閉じたままの苦しげな顔にはボクが百回挑んでも勝てそうにない頼もしさはなく、ボクを繰り返し蹴り飛ばした鉄靴すら重そうに見える。


「物騒だから外しておくだけね。恋敵にも気づかう私。うふふ」

『不死王の未亡人』ことメイライの体をぴったり包む黒い長スカートのワンピースは、よく見れば高級そうな生地にも見える。

 顔立ちや口調や仕草も優雅に見えないこともない。


「魔法道具はこれだけかな? ……なにこれ? 水着?! うちの沼でなんてプレイをするつもりだったのよ?!」

 でも性格がすべてをぶちこわしていた。

 この斜めあさってに残念な女の子をどうにかしてアレッサを助けたいけど、下手なことは言えない。

 なにせ魔王すら恐れているという……性格も込みの評価な気がしてきた。


「もしかしてユキタンの趣味? それなら私、体型ほとんど一緒だし、胸の平たさでは少し勝っているから……ん?」

 ボクが説明する前に、水着の縫いつけにある注意書きに気がついてくれた。

「これ魔法道具なんだ? 透視……これでユキタンを見るの? え? ユキタンに見せるの?!」

 誤解はとけなかった。



 少し年下に見える外見だけど、悪い意味で子供だかババアだかわからない悪趣味。

 これだけひどい性格なら清之助くんと気が合いそうだ。

 ボクより容姿も能力も変態性も上だから紹介してあげよう。そして押しつけよう。


「私ずっと、ユキタンだけを見ていたのよ? ユキタンの魅力もわからずにアレッサやセイノスケばかり映すなんて、シュタルガちゃんもどうかしていると思う」

「な、なに突然? それより、シュタルガたちが来るから、一緒にゴールすることを考えない?」

 ボクはなぜか好意を持たれている。

 そのおかげで助かったのか、そのせいで襲われたのかはわからない。

 それでも、このバケモノじみた実力者を相手にボクがとれる選択は、好意に頼っての交渉しかなさそう。


 メイライはいきなり鼻血を噴出した。

「一緒にゴールってそんな……ユキタン大胆すぎ。でもダメよ。ピンチでくっつくなんて、私たちには安直すぎる」

 背中を丸めてピクピクと身をよじっている。

「競技祭の第一区間ゴールのことですよ?」

 誰か勇気をください……というか、読者に優しいラブコメ標準であるところの『初登場から好意を持ってくれている女の子』第一号がこれかよ!?



「で、でも邪魔が心配よね。そうよね。やっぱり屋外はアレッサの趣味なのね。じゃあ家に御招待しちゃおうかな。病院もやっているから、この騎士さんたちの手当もできると思うの」

 ボクの話は聞いているのだろうか。

「アレッサはともかく、そっちの人は手遅れに見えますが……」

 幽霊騎士ガホードは首がのびきったままで、顔面に烈風斬の直撃を受けている。

 それ以前に、皮膚は青黒く変色してあちこちただれて腐り、全身から腐敗臭がしているので、動いたとしても病室より霊安室が似合っている。


「こういう人、このあたりでは珍しくないけど……ああ、たしかに頭の傷は深いのかな? でもそれならなおさら、墓場まで運んであげましょう。手伝ってくれる近所の人たちも来たし」

 メイライのふり返った先には、ギクシャクと動く腐乱死体の群れ。

 格好も腐食具合もばらばらで、死に装束らしき白いローブを着ている人もいれば、革鎧を着た兵士もいる。

 腐食がひどくて何だかわからないのもいる。


 ボクはスプラッタ作品が苦手だ。好き好んで見る人の気がしれない。

「呪われた沼って、ゾンビの特産地なんですか?」

 ガホードがいたので気がつかなかったけど、腐乱臭は濃くなっていた。

「ぞんび……ってなに?」

 メイライと腐乱死体の皆さんが一斉に首をかしげた。



 落ち着こう。今つっこんだら終わりな気がする。

 エルフもだけど、なぜか一部の有名ファンタジー用語が通じないらしい。

「動きまわって人を襲う死体のことです」

「あらやだ。死体が動くわけないじゃない」

 ひらひら手をふって苦笑するメイライ。

 一部のゾンビが同調して『やれやれ』的に両手の平を上げる。


 でも他のゾンビは『エサまっしぐら』な表情で近づき続けています。

「たしかに外見だけは死体に似ているけど、『墓場病』と言って、この沼に特有の病気なの」 

 人を見た目で判断しちゃいけませんよね。

 あちこち骨が見えているくらいで。


「正確には、この沼に沈む『三途の浮き船』の魔法ね。このあたりで致命傷を受けると、絶命までの肉体変化が遅くなるの。死体じゃなくて、ゆっくり死に途中みたいなかんじ?」

 ボクに熱烈な抱擁をしかけてきた墓場病患者さんを、メイライさんが足をひっかけて転ばせる。

 頭がはずれて動かなくなった。


「でも『三途の浮き船』の腐食が進んでいるらしくて、相性よくないと新陳代謝とか精神状態がおかしくなっているから、危険を感じたら手加減しないでね。頭をつぶすまでは油断しないで」

 つまりゾンビじゃん。

 あとボクが一番に危険を感じているのは君の精神状態。



 メイライの説明の半分は正しかった。

 ゾンビ患者たちの一部はメイライの指示におとなしく従い、協力してガホードとアレッサをかついで運ぶ。

 ただしメイライが常に指示していないと、勝手に股裂きの刑が行われそうになる。

 それが混濁した意識の不器用さか、男の本能の暴走かは判断しがたい。


「ユキタン? なんか光っているけど、なにか魔法を使っている? 暴発?」 

 忙しげに先導するメイライが指したのはボクのバッグだった。

 下敷きを抜き取られたボクのバッグの奥に、手首つきの水晶があった。


 ザンナが入れたのか? 何のために?

 いや、ザンナのことだから何かのドジか。


「なにやら光っていますが、使い方がわかりません。画像が出るはずなんですが……」

「水晶なのに『見る』だけじゃダメ? じゃあ、特定の対象を思い浮かべるタイプかも」

 対象……ボクは水晶に映っていた、ゴミひろいのやせた子供を思い出す。

 ちぢれた髪にとがった口で、シッポがあって、名前はたしか……

「えーと、プリンパ?」

「クリンパだバカヤロウ」

 すでに映っていた。



「待て。なんでユキタンが持っているんだ? 姉御は?」

「ボクの魔法道具を持って逃げた」

 クリンパはしばらく真顔で黙っていた。

「なあ。恨むなとは言わねえけど、もし姉御を捕まえても命だけは見逃してくれねえか? そうしてくれたら、オレがなんでも言うこと聞くから」

 いくらなんでも命まではとりたくないけど、頼みとしては虫が良すぎる。


「姉御が水晶を残した理由はわからねえ。ただのドジのような気もするけど、少なくともオマエらをはめたのは、パミラがオレを人質に脅したからだ」

 クリンパは本当にとまどっているように見える。

「姉御はオレの後ろにパミラが来たことに気がついたから『二人で話をさせてくれ』と言ったんだ。『不死王の未亡人』をどうこう言ってたから……いいか、姉御くらいの年に見える、長い黒髪の女に会っても絶対に……」

「手遅れ」

 ボクは首を横に振る。


「ユキタン。この辺りは底無し沼が多いから、ながらケータイは気をつけてね? でも誰と話しているの?」


「……ご愁傷様。じゃあカメラここで固定しておくから、そのまま聞いてくれ」

 水晶には宮殿の大型モニターが映される。

 巨大ゾンビの勇姿を中継していた。


「えーと……ザンナのクソ生意気な友達が、ザンナの命乞いをしているだけ」

「ふーん」


「そのまんまじゃねえか!」

「いや、下手にウソつくほうがまずい気がして」

「アタマ悪そうだもんなあ」

 真顔で同情しないで。



「じゃあ、あとオレが教えられるのは墓場病患者の対策くらいか?『墓場病』は魔法の一種で、発動条件はまんま『死にたくない』意志だ。万に一つ、ユキタンがメイライを倒せるとしたら、その条件の解除しかねえ」

「それだと『死んでもいい』と思わせる必要があるから、実際は無理じゃないの?」


「アタマがやられて単純になっている奴が多いから、わりと簡単なきっかけで条件がはずれることがあるんだよ。よくあるのはメシを食わせるとか、布団をかぶせるとか」

 異世界だからってゾンビの退治方法が風変わりじゃなくても。

「『現世への未練を断ち切る』っていい方もあるわね」

 黒髪がボクの頬をかする。


「あれ? なんで驚いているの? まさか私を倒そうとか考えてなかったよね?」

 肩ごしに微笑むメイライに、ボクは半泣きでひたすらうなずく。

 メイライの異常な身体能力を忘れていた。

 それに、ヤンデレ娘にストーカー気質はつきものじゃないか。

 ケータイ会話のチェックなんて初歩の初歩じゃないか!



「でも発動の解除で死ねるのは『望みがかなう』っていうステキなことなのよ? ちなみに恋愛結婚じゃなかった私は『ステキな恋』や『熱烈な恋』に憧れていたりするんだけど……?」

 頬に両手をそえてチラチラ送ってくる流し目はやっぱりうっとうしいけど、怒ってないことだけは助かる。

 ……それに、好意をもってくれている態度だけならカワイイ気がしないでもない。


「そんなウザ話をもう何十人の男に言ったかわからない女だから難しいとは思うけど、逃げられそうにないならダメ元で頑張れよユキタン」

「なに余計なこと言ってんのよ。沈められたいのかしらプリンパちゃんん?!」

 前言撤回。やっぱこの子は無理。



「というか『プリンパ』のとこから聞いていたのですね」

 正式名称クリンパくんが水晶から姿を消す。

「え、やだ違うの。ほらこの『語り部の耳飾り』って魔法道具のせい」

 メイライが髪をかきあげると白いうなじ……と小さなイヤリングが見えた。


「これって暗示効果を強化できるんだけど……ほら、私って少し、思いこみが強いっていうか、夢見がちじゃない? 墓場病との相性もよくて、効きすぎちゃうみたいなの。『ユキタンを守れる』と思えば切り裂き女も圧倒できる体育会系になっちゃうし、『ユキタンの声なら遠くても聞き逃さない』と思えば目の前にいるみたいに聞こえてウットリみたいな……」

 そういえば、あれほどの怪力があるのに、大変そうにゾンビを指揮しながらガホードとアレッサを運んでいる。


「だから暗示が効く前の不意打ちには弱いし、墓場病の魔法がきれる沼の外にも出られないの」

 なんで肝心な手の内をこんな無防備にばらすのだろう?

 性格の残念さを活かした翼竜使いみたいに、なにか狙いがあるのか?



「ううん……やっぱり、聞いちゃったのはごめんなさい……でも、ユキタンがウソつかなかったこと、すごく嬉しい」

 人を陰で悪く言うのはやめましょう、と教えてくれた小学校の先生ありがとう。

「あれはその……まあ……」

 でもわりとメイライを倒そうと考えていた気もする。

「まだアレッサを助けることだけ考えているんでしょう? 私を思ってじゃないことはわかっているの。それを気にして後ろめたそうな今の顔とか、平気でウソをつけないところが好き」

 いい微笑み。


 前言撤回を撤回。やっぱり好意をもたれたらゾンビでも嬉しい。

 それに妄想体質ストーカー気質でも、ボクが思うよりはボクのことを見てくれていたらしい。

 ……ミイラとりがミイラになりかけている?

 いやいや、正義の定義まで多様化した昨今、『魔王が実はいい奴でした』なんて展開だってありふれている。

 魔物やゾンビの側につくのもあり……なのかな?



 自分の立ち位置に迷いはじめていたボクは、水晶に映る広場モニターの長身メガネに気がつく。

「こうありたいだの、こうあるべきだの、手段と目的を取り違えるな! 沼で脳まで腐ったか?!」

 巨大ゾンビと巨大メセムスのとっくみあいに、なぜか清之助くんが口だけで参加していた。


「自称四天王フラシュタンとやら! 貴様が三魔将にならぶだの、魔王にとって代わるだのは勝手にしろ! 俺が聞きたいのはその先だ! 巨乳か!? 貧乳か!? サドか!? マゾか!? ロリか!? 熟女か!? その程度の本音も言えない奴に従う奴がいると思うな! 俺が聞いてやるから、すべてを吐き出せ!」

 おそらく最初から聞いても理解不能であろう熱弁は相変わらずでなにより。


 巨大ゾンビが耳元まで口を開けて叫ぶ。

「うぉ、おれは、人間だったころから、バカでかくて、バケモノ顔、だったから、頼れる兄貴分なんて、できるわけねえんだあああ!」


 清之助くんは組み合う二人の腕を黙々と渡り、巨大ゾンビの肩に立つ。

「さっさと頼れよ。不器用な奴だな」

 人差し指で巨大ゾンビの頬をはじいた。

「俺が巨大な腐乱死体のケツくらいでひるむ男に見えるか?」

 いい微笑み。


「うぉ、うぉ、おれ、うぉ……うぉうぉうぉ?!」

 巨大ゾンビの体が溶けるように崩れだす。

「なんだ満足しちまったのか。しょうがない奴だな。先にあの世へイってろ」

「うぉれの人生、悔いない……ぱみゅらしゃま申し訳な……ぴ……」

 さらに肉体の崩壊が進み、中継していたコウモリが肉片に巻きこまれたのか、画面が乱れて消える。  



 なにもかもわけわかんないけど、とにかく頑張って『くどきまくる』気にはなった。

 とりあえずボクはアレッサを助けたいし、メイライとは争いたくない。

 アレッサに好かれたいし、メイライにも好かれたい。それは確かだ。

 ボクの立ち位置なんて、それだけなのか?

 清之助くんのおかげかどうか、なぜか少し楽になった。


 またいつの間にかメイライがボクの隣にいて、じっとボクの顔を見ていた。

 美形のひきたつ真顔が、さびしげな苦笑に変わる。

「やっぱり一番の強敵は、セイノスケね」




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