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序章は飛ばされて上等だ!!

 清之助くんなら個人所有のテーマパーク『異世界ランド』を作りかねない。

「おいおい。俺がそんな不合理な発想をすると思うか?」

 彼は資産と能力で判決も報道もねじまげる。

「ともかくもユキタ、放課後ちょっとケツ貸せ」

 メガネの似合うまじめそうな顔だけど、気さくで背も高い。

 なにごとも平均やや下のボクは気後れして迷う。


「うーん……てケツぅ?! やだよ!」

「じゃ、ツラ貸せ」

 ボクが美少女なら模範的なラノベ設定なのに。



 清之助くんの去った教室で、ボクは女子に包囲される。

 巨乳の生徒会長、縦ロールの学生アイドル、成績上位の常連、各部活の部長やエース、傭兵部隊出身の留学生……校内有数の『あこがれの女子』たち。


「ねーねー、湯木田くんて、平石くんと幼なじみなの? あ、親戚かな!?」

 鬼気迫る愛想笑い。

 それでも女子の香りに包まれる気分は悪くない。


「一ヶ月前に話したばかりだよ。でもなんか、話しかけてくれるようになったんだ」

「…………ふーん。…………フーン。そうなんだ……」

 脳内の戦略計算機をフル稼働させている抑揚のない声。

 調理前の生肉を見下ろす目。


「じゃあ今度、清之助くんと遊ぶにいくなら私も誘ってくれる?」

「ありがとうユキくん!」

「今度なんかお礼するね!」

「清之助とよく行くお店とかあるのかな?!」

「きゃははっ、ユキタン、超おもしろーい!!」


 ボクは暗くて冴えない。やや太めで背も低いほう。

 平石清之助というカリスマエリートの争奪競争に突然に湧き出た、障害物だか踏み台だか判別しがたい異物。

 彼女たちはボクのあつかいに迷って探りを入れ、出た結論は『念のため手なずけておく』らしい。

 君たちが後手に隠しているペンチや薬瓶の出番がなくてなによりだよ。



「これ、ありがとな」

 帰りの校門前。キャンピングカーから清之助くんが現われ、三冊のライトノベルを手渡してくる。

 異世界ハーレム設定の肌色が多い表紙。

 ボクはひったくって隠し、あわてて乗りこむ。


「早く入れてよ」

「それは性的な意味でか?」

「違うよ。それなら帰るよ。そうじゃなくても帰りたいよ。清之助くんを待たせていただけでも暗殺目標になりかねないのに、こんな本を貸していると知れたら家族まで危ないんだってば!」


「こんな本とはなんだ。なけなしのこづかいをはたいて買う価値があるなら誇れ。これはお前に必要なものだ。そして売れている。世の中に必要とされている証拠だ。歌舞伎や浮世絵に限らず、低俗とされた大衆文化が後世で評価される例としては……」


 学校から平石家の正門まで三十秒、そして清之助邸の玄関に着くまで五分半、清之助くんがラノベから得た芸術論が続いた。


「ほめてくれるのはうれしいけど、結局のところラノベは、ボクみたいに現実になんの希望も見いだせない負け組が楽しく逃避するための読む幻覚剤として消費されているのが実態だよ」



 古風な木造様式の見た目でありながら、すべての家具がオートメーションで動く邸内。

「ユキタ。肉体的にはなんの中毒性もなく、夢を見せ続けるものをなんと呼ぶべきかも知らんのか?」


 居間を囲む六十の壁が一斉に開き、三十の支柱が二足歩行機械に変形して退散し、天井と床が四十段のピラミッド状にずれ動き、視界を無限の書棚が埋めつくしていく。

「『理想』だ! 貴様は与えられた夢をさげすみ、一時の幻覚として忘れたいのか?!」


 書棚に詰められているのは、ありとあらゆるラノベと呼ばれるもの。

 投稿サイトの評価ゼロ作品まで書籍化されてオビをつけられていた。

「俺は作家と呼ばれる新世界の神に敬意を表し、その夢を実現へ近づけて返礼とする!」


 清之助くんはモテる。

 資産や外見に興味を持たない女子にもモテる。

『財産や才能を余らせたやつの考えることはわからない』とよく言われるけど、ここまで爽快に意味不明なことを言い切れる清之助くんは、なぜかカッコよく見えた。

 清之助くんが美少女なら模範的なラノベ設定なのに。



 狂気の天才富豪子息は光差す中庭へボクを導く。

 青空に亀裂が走り、モニターを貼りつけたドーム型の天井が開きだす。

 その向うには稲光の走る暗雲が渦巻き、横切りかけた鳩の群れが狙撃部隊に掃射され……

「いや、もう、こういうのはいいから。見せたいものって?」


 芝生が次々とせりあがって巨大なストーンヘンジを作りはじめても、ボクはもう驚けない。

「おいおい、今朝の話だ」

「…………『異世界ハーレムっていいよな』だっけ?」


 中庭もどきの怪空間がどう変形しようがかまわない。

 でもそこにとりつけられた怪しい機械類の数々は気になった。

「そうだ」

「あと『エルフ耳と獣耳、どっち派?』とか……」


 小さな一軒家くらいある土柱群から叫びや悲鳴が聞こえ出す。

「清之助様のためなら喜んでえええ!!」

「最初の生贄となる名誉はこの私にいいいい!!」

 誰かが生きたまま塗りこめられているようだった。

 今朝がた聞いたおぼえのある声も混じっている。



 清之助くんはモテる。

 資産も容姿も恵まれているのに言行の意味不明な女子には特に。

「…………清之助くん、遺伝子操作技術は未知の領域が多いと言われていて……いや、もちろん数世代すすんだ技術とかあるんだろうけど……考えなおす気はないかな。人として」


「しっかりしろユキタ! 遺伝子なんかいじったところで外見しか変えられん! 歴史や文化、生態系を伴わない異世界の真似事になんの意味がある?! そんな不合理な発想はしないと言ったはずだ!!」


 清之助くんが高らかに指を鳴らすと、人柱は一斉に奇妙な呪文を唱えだす。

「ユキタにラノベを貸してもらって以来、ラノベと並行して魔術についても研究していた。九割九分九厘の虚偽や錯誤を除いて得た情報に、独自の改良を加えた結果がこれだ!」


 ボクはまだまだ、清之助くんを甘く見ていたと痛感する。

 財産や才能の余り具合を。

 不合理で意味不明な人格を。



「これこそ未知の領域が多い実験段階の技術だが、今朝がたユキタが『行けたら行くに決まっている』と即断したから思い切りがついた。今日を逃せば、次の機会は百年近く待たねばならん!」

 清之助くんの指が両肩に食いこみ、ボクは逃げようにも身動きができない。

 取り囲む機械類が不気味な震動をうならせ、呪文の合唱は絶叫に近く高まる。


「頼むよ。考えなおしてよ。君は財産にも才能にも恵まれ、一部で特殊な人望もあるだろ?」

 清之助くんがうつむく。

 彼に残された最後の正気に期待をかける。


「ユキタがそこまで言うなら考えなおすが……たしかに財産も才能もある。しかし異世界渡航のチャンスは今を逃せば百年後になりかねん。今ならユキタもいる……うむ。考えなおしてみたが、やはり問題ない……」

 轟音と共に視界が光に包まれ、皮膚感覚が消えうせる。


「飛ばされて上等だ!!」




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