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五章 ゾンビが結婚していいと思う? ゾンビ以下でもしているだろ? 一

 

「逃げるぞ!」

 アレッサが振り向くと、まったく同じ背格好の全身鎧の大男がいた。

「烈風斬! 烈風斬!」

 アレッサは驚きながらも、即座に前後へ小さく射撃する。


 二体の大男はパキャンッ、ポキャッと鎧を刻まれ、ゆっくりと倒れる。

 薄い鎧の中は空洞だった。


「騎士の亡霊……じゃなくて分身の魔法かな?」

 でも鎧は消えずに残っている。ずいぶん質量が大きい分身だ。

「いい判断だ。最初に会話した鎧はもっと厚く重い音がしていた。おそらく本体はすでに動いている!」

 アレッサが急に振り向く。



 一本の木の影から鎧男が二体、ふらふらと出てきた。

「どちらも……空っぽ?」

 アレッサがつぶやいた直後、倒れこむ一体の下をくぐるように腕が突き出される。

「尖空突!」

 しわがれ声の鋭い叫び。

 アレッサがはじかれて跳ねる。


 ボクはうろたえながらもとにかく全力で叫ぶ。

「烈風斬!」

「なんと?!」

 カコォン! といい音がした。

 ガホードは驚いた様子で、二度も跳び退る。


 ボクもガホードが突き出していた武器が中身入りの兜と知って仰天する。

 首が異様にのび、骨がところどころ見えている。

 兜の頭頂部にあるナイフほどの針が、数歩もはなれたアレッサを襲ったらしい。

 ボクの一撃は兜に当たっていたようだけど、かすり傷もついてない。



「目をはなすなユキタン!」

 一瞬だけ見たアレッサは顔を半分おさえ、布で縛ろうとしていた。


 大柄な全身鎧はほとんど音を立てずに木々の後ろを動き回る。

 木の後ろから次々と現われる新たな鎧姿。

 どれもゆっくりだけど動いていて、暗がりでは判別しにくい。


「落ち着いてよく見ろ。鎧だけを分身させているらしい。ゆっくり倒れるに近い動きだけだ。しかし本体の厚い装甲と鋭い打突は、少しの迷いで致命的になる……少しでいい、時間を稼げ!」



 足止めだけど、アレッサに頼られたボク、かっこいい!

「影分身!」

 ボクの影から、敢然とアレッサを守るポーズのボクが現われる。

 コイツなんかムカつく、と思ったら少しゆらいだので思い直す。


「いやこれは新種の……キモカッコいいという魅力だ! 影分身!」

 アレッサを敢然と守る、ヤケ気味なポーズと表情のボクが現われ、ビクビクとうごめく。

「よしもうボクかっこいいよアハハハン! 影分身!」

 悲しげに笑うボクが敢然と幽霊騎士の群れに突撃する。


 グラリと視界がゆれた。

 呼吸が変わらないのでわかりにくいけど、三体も影分身を作った疲労は重さとして全身にかかりはじめていた。


「アレッサどのの従者だけはあるな! 独り百鬼の革帯をすでにして使いこなし、あの距離の烈風斬を飛ばせるとは……しかし剣力は素人! 手負いになろうと、そのような者に腕輪を託すとは愚かなり!」

 どこからともなく声が響く。

 ボクなんかに聖騎士の誇りを預けるわけないだろ……とツッコミたいけど、勘違いさせておきたいし、自分で正すのも悲しい事実だ。


「そして分身からの一斉烈風斬!」

 ボクとボクの分身が一斉にナイフをふりかぶる。

「なんとお?! 威力を数で補う……?!」



 ガホードさんの期待に反し、独りの素人斬撃がスカッと宙を斬る。

「……とお?」

 ヘロヘロとしぼみ消えていくボクの分身たち。

「そんな大技を出せたら苦労しないよチクショオ!」

 逆ぎれして叫ぶボクの横から、顔半分に布を巻きつけたアレッサが飛び出す。

 数体のうごめく鎧を無視して一本の木へ向かうと、幹の影から三体の鎧が飛び出てくる。


「烈・風・斬!」

 アレッサが迷わず細かく撃ちこみまくった一体は、信じがたい速さで幅広の剣を抜き振るい、烈風斬を半分以上もはじき散らす。

 残りも鎧にはじかれてダメージにはなってない様子。



 二人の剣豪は激しい応酬を展開したまま突撃していた。

 アレッサは声を出す余裕の無い、左の手刀も交えた烈風斬の連打。

 ガホードは幅広剣と兜の尖端による二刀流の猛烈な連撃。

 飛び散る針から『尖空突』は兜の先だけ分身させて飛ばす技と判明する。


 ボクもナイフと茶わんを握って追いかけていた。

「烈風……」

 でもボクが叫んで振り下ろすよりも早く、二人は加速を止めずに激突した。


 剣と剣、針と手刀がはじき合った瞬間、アレッサの体は宙返りしていた。

 鉄靴の爪先が伸びた首を斬りつけ、ひるがえる蒼い髪と縞模様の下着。

「烈風斬!!」

 着地と同時に放った渾身の蒼光が兜の隙間をついて顔にたたきこまれた。


 ガホードが倒れると周囲の鎧は一斉にグニャグニャと崩れ、銀色の砂だまりになる。

「見事。逃走、集団戦術、だまし討ち、蹴り技とは……我が性分のごとき、騎士らしからぬ戦闘狂いの資質も継承条件に考慮されていたのか?『風鳴りの腕輪』は実質で不名誉除隊の返上と思っていたが……」

 かつて聖騎士だった男のしわがれた声は徐々に小さくなる。

 しかし幅広の剣だけは放そうとしない。

「ともあれ満足だ……『粗製乱造の鎧』の分裂を見抜いていたことだけは解せんが……」

 それきり静まり返る。



「ケガは大丈夫?」

「あ、ああ。血はそれほどでもなかった」

 アレッサは顔に巻いていた布を外し、なぜか目をそらして手早くしまいこむ。


 ベルトの背中側にはさみこんだ、紺色の布……らしきもの?

 今まですっかり忘れていた『透視の水着』というクズアイテムを思い出す。

『着用した状態で生地ごしに見る』という頭の痛い使用方法。


「この鎧は魔法道具のようだが、ひきはがす気にはなれんな。いろんな意味で重そうだ……」

 アレッサは感慨深げに奇怪な先達を見下ろす。


 そんなことより水着です。

『着用』って一部だけでも有効だったんですね?

 ……などと問い詰めても軽蔑されるだけなので、こらえておく。


「じゃあ、もらってもいいかなあ?」

 ごく自然に、見知らぬ女の子がつぶやく。



 アレッサがみがまえると、女の子は慌てて木の影に逃げこむ。

「ごめんつい。ほら、この鎧あれば、鎧を売り放題じゃない? 今月ちょっと家計が苦しくて……」

 背はアレッサと同じで少し高めだけど、年はボクたちよりやや下だろうか?

 長い黒髪、クマの濃い目。

 シッポや羽やとがった耳はないけど、黒い服を着ている。

「ザンナの知り合い?」

 ザンナよりもさらに細く青白い体をしていた。


「ザンナ?」

 ボクの質問に、きょとんとした顔。

「ああ……ザンナちゃんね。知ってる知ってる」

 そう言って、ちらりとこちらの顔をうかがう。

「いえ、本当に。ほら……迷いの森の、黒い魔女さんのところにいる子でしょ? 銀髪のきれいな……」

 愛想笑いをしながら出てくる。


「知り合いなら知り合いで問題なのだが。今しがた私たちを裏切り、魔法道具を奪って逃げた」

 アレッサの冷たい視線に、愛想笑いのまま再びひっこむ。

「でも親しいってわけじゃないの。少し話したことがあるだけで……悪口を言う気はないけど、あの子って人見知りでしょう? 仲良くなるのは難しいっていうか……」

 ひそひそと物陰で話し続ける女の子の真意は量りがたい。


 アレッサがボクに視線を投げる。

『油断するな』ということだろうか? 

 あるいは『疑わしきは斬る。残酷シーンに要注意』……ってことじゃないといいけど。



 気まずい沈黙が流れる。

「鎧は好きにしろ。ただし私たちが見えなくなるまでは一切動くな」

「待ってよアレッサ。地元の人なら、道案内してもらったほうがよくない? 今いるのはザンナに教えられた所だから、でたらめかもしれない」

「やだユキタンさすが。もしかして私を狙いはじめている感じ? 私ってけっこう好み?」

 やせぎす黒服少女が木肌にすりついてニヤける。


 どうしよう。わりとウザい。別にブサイクではないのだけど。

 むしろ目のクマがなければ落ち着いた美人顔のような気もする。

 だからこそ清之助くんの助言に従い同行してみようかという気にもなったのだけど、少し失敗したかもしれない。


「まただまされないとも限らんだろう。それこそ取り返しがつかん」

「なによ。ユキタンが私を信じるって言っているんだから、あなたは関係ないじゃない」

 ボソボソとすねたようになにを言ってやがりますか娘さん。

「ね? ユキタン」

 いい微笑み。

 ボクは後悔しはじめる。



「そうなのかユキタン?」

 アレッサが困り半分、呆れ半分で聞いてくる。

「そんなこと聞くまでもなく……」

 ボクも困っています。

「お荷物女が脱落に決まっているじゃない」

 ボソりとひそみ笑う黒服さん。


「……まあ、好きにしろ」

 アレッサは呆れかえって引き返しはじめる。

 少しも怒らないあたり、ボクが嫉妬される対象ではない悲しい事実も発覚。


 追いかけようとしたら、服がなにかにひっかかる。

 いつの間にか背後に黒服さんがしゃがみ、すそをつまんでブツブツつぶやいていた。

「あんな風に言われたら、ユキタンは追ってあげちゃうに決まっているじゃない。あんなずるい気の引き方ってないと思わない? ユキタンは優しすぎるのよ。あんな女にいいように利用されて、かわいそうなユキタン……」

 ウザいを通り越して怖くなってきた。


 ボクはそっと手だけ外そうとする。

「ああん。ほらやっぱりユキタンは私を求めているのよこんなに激しく。あのツンデレ気どりの勘違い女に同情して苦しんでいるのね。ユキタンは私と一緒になりたいと宣言してくれたのに、あの女が引き裂こうとしている。まさに『切り裂きアレッサ』噂どおりの性悪……」

 そういえば、この子はボクたちを見知っているようだった。

 どこかでテレビ水晶を見ていた? まさか選手?



「ユキタン、大丈夫か?」

 アレッサが十メートルほど先で振り返り、少し緊張した顔で剣に手をかける。

「黙って消えなさいよ。やっぱりユキタンに寄生する気じゃない。気づかうふりして私たちの間に割りこむ気ならただじゃおかないから。ユキタンは私が守るんだから……」


 すそをがっちり握って放さない。

 怖いしやばい。ぜんぜん普通じゃなかった。

 激しく後悔しています。清之助くんのバカヤロー!


「私が守る。私なら守れる。邪魔は許さない。誰も私たちの邪魔はさせない……」

「助け……」

 ボクが言いかけて、不意に服が放される。

 つんのめって転びかけ、顔を上げると、アレッサが剣に手をかけたまま横っ飛びに木へたたきつけられていた。


「ぐ……う?!」

 アレッサもなにが起こったのか、理解できない驚きの表情。

「助けを求められたわ! ユキタンに求められちゃったの!」

 アレッサを木に押しつけ、背後から首を締めつける青白く細い腕。

「初対面で『一切動くな』とか何様のつもり?」

 ほんの数秒。

 緊急脱出の『暴走烈風斬』すら出せないまま、アレッサは意識を失う。



「あら、首は折ってないからそんな顔しないで? ユキタンにとっては大事な人なんでしょ? 私も別にアレッサが嫌いなわけじゃないの。分をわきまえてもらえるなら、愛人の一人も許せないほど心は狭くないんだから! ユキタンの夢ならハーレム作りだって応援しちゃう。パートナーってそういうものだとわかっている私なの」

 照れたような愛想笑いで木の幹にのの字を書く細い指。

『風の聖騎士』を一方的にしとめた素手。


 アレッサはボクのわずかな補助だけで自称『五番』のガホードを倒したのに。

 ……たしか、ガホードが狙っていたのは魔王すら恐れるという……

「もしかして『不死王の未亡人』さん?」

「いやん、『メイライ』って名前で呼んで。あ、でも未亡人ってシチュエーションに萌えるなら考えちゃうかも。ねね、どうする?」

 どうしよう。




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