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四章 ブラックエルフ派かダークエルフ派か? ハーフエルフかハイエルフだな! 四


「妖精と人間の間に生まれた種族だから、半妖精って言い方もあるけど、今は妖精人と呼ぶのが普通かな?」

「別にエルフと呼んでもいいじゃないか。自然を愛し、魔法が得意で、プライドの高い、若いまま何百年と生きる、スレンダーな美形ぞろいの種族だろ?! 魔王の手下ってことは、ザンナちゃんはブラックエルフかなあ?!」


「なんだよそのキモいテンションは? 若いまま何百年とか生物学的に無茶だろ。……でも他は大昔の妖精人の特徴に近いかな? それも今では混血が進んでいるから、耳以外の体質や知的能力の差なんて科学的根拠がないって聞いたぞ? あとアタシは黒妖精人じゃなくて闇妖精人だ。血縁としては白妖精人に近い……まあ、そういう区別もあまりしなくなっているけど」


 おおよそでエルフみたいなものと言って問題なさそう……だけど、目の前の心身ともに小者な魔女っ子には、エルフに期待される幻想的な魅力が欠けている。

 はかなくも気品のある耽美さが必要なのに。


「大体、生活感のない高貴さを表すスレンダーなんだから、貧相なガリガリナイペタじゃ違うよなあ……」

「うぉいブタニクぅ、アタシの体型になにか文句かゴルァ」

 うっかり口をすべらせたボクの喉に、ザンナの震える斧がジワジワ食いこむ。

 少女勇者様は無言で羽交い絞めにしていた。ボクの体を。


「自分も一応、妖精人ではあるな。廃止された古い法律の規定ではね。祖父が黒妖精人の純血種だ」

 野郎はどうでもいいです。というかニヤニヤ見てないで止めてくださいガイムさん。


「父は私より耳が長く、若いころは苦労したそうだ。闇妖精人に比べれば黒妖精人は中立に近いのだが、地方ではいまだに魔王の眷属という印象が強いらしい」

「勇者の眷属と言われる白妖精人だって、魔王の幹部になった奴はいるしなあ……おっと、母上はその末裔で純血種だけど、話題にするなよ」

「なにをだ」

 しわがれた声が遠くから聞こえ、ザンナがビクリと跳ねる。



 木々の間に、いつの間にか人家の明かりが見えていた。

 くりぬいた巨木の根元に、細い丸太で組み立てた小屋がくっついている。

 その窓を背に、長身のやせた女性が険悪な表情でにらんでいた。

 長い耳が横にのび、淡い金色の髪はなめらかに膝あたりまで届く、見事なエルフぶり。


「い、い、いやその、ティディリーズは種族や血統とかの話を嫌がるから、するなっていうだけで、隠しことじゃないんだ。そうだ、ちょっと一人、かくまってもらえないかな? 見返りは十分に……な?」

 ザンナは慌てふためき、何度もみんなの顔を見比べる。

 ティディリーズと呼ばれた女性は髪の見事さと裏腹にギスギスした鋭い目をしていた。

 色白な顔は疲れが濃く、年齢は三十後半か四十くらいだろうか?


「避難しないで残っているのか? ここは略奪許可のある競技コース内だろう?」

「アタシも言ったんだけど、頑固なんだよ。迷いの魔法を家の周囲に張っているから、大丈夫だとは思うけど……」

 アレッサの問いに、ザンナがモソモソ小声で答える。


「お初にお目にかかるティディリーズ殿。自分は聖騎士のガイムと申す。見てのとおり競技中に不覚をとり、死を覚悟したもののザンナどのに助けられた次第。恩を受け生きのびた身として、命を惜しむ気はないが、話だけでも聞いてはいただけまいか?」

 ガイムを助けようとしたのはアレッサだ。

 手伝っただけ、しかも見捨てて逃げようとしたザンナを恩人扱いしたのは、警戒を解くための機転だろう。


 しかし金髪のおばさんエルフは顔を一層けわしくしてザンナをにらむ。

「こぉのバカ騒ぎの最中に、わしの棲み家をばらすなど、正気かぁタワケめ……」

 歯をむいて見下ろす怒り顔は、エルフというより、やまんば。



「はうあうあ。違うんだよ。こいつ助ければ、まとまった金が入るんだ。アレッサとも組めるし……」

「アレッサぁ!? よりによって『切り裂きアレッサ』を連れこんだかぁ!?」


 ガイムは黙ってアレッサに『雨だれの長なた』を渡し、アレッサはそのままザンナに差し出す。

「この場で私から仕掛けることはない。ガイムをかくまってもらえるなら、この長なたは好きにしていい」

「ほ、ほら! これ標準品だから売っぱらえば家をでっかく建て直せるよ! 当分はみんなで贅沢なもん食える! アレッサは凶暴で残酷で容赦ないけど、融通の利かない石頭だから約束は守るって! な?!」


「まあ……そのとおりだが……もう少し傷つかない言い方はないのか」

 ティディリーズは全力で不機嫌顔のまま背を向ける。

「……フンッ! 死にかけがどうなったところで逆恨みせんことだ!」



 ティディリーズの入った扉が少し開いたままで、そこへ折り重なって幼い顔がのぞきこんできた。

「姉御!」

「ザンナの姉御! 無事だったんだ!」

「そいつらは獲物? 子分?」

 ザンナよりさらに数歳は年下に見える。

 みんなやせていて、小さな角や羽根を持っていた。

 ティディリーズと同じ黒づくめの服で、少し目つきが悪い。


「あう、あー……まあ、子分みたいなもん……だよな?」

 ザンナが困り顔でこちらに同意を求める。

 合わせてしまうと、どこまで調子に乗るか不安だ。

「ザンナの姉君にはお世話になっている」

 真っ先にガイムがニヤニヤ顔で合わせる。


「で、使いもんにならなくなった奴を置きに来たのか」

「オレが処分やっていい?」

「こっちは?」

 背のバラバラな三人の子供たちが飛び出し、まとわりつく。


「ま、待て。こいつらはまだ使い道があるんだ。今とったのは返してやれ。あと刃物もしまえ」

 何事かと振り返ると、ボクのバッグがいつの間にか奪われ、ベルトも外れかかり、脇腹に包丁の切っ先がつきつけられていた。

 アレッサが不安顔になり、ガイム氏は薄く苦笑する。


「ベッドを一つ開けろ。できるだけ世話を頼む。この長なたはクリンパに任せるから、帰ったら渡して……そうだ水晶は?」

 ザンナが小屋に入り、『静かに』というジェスチャーと共に手招きする。



 中は想像以上にボロく、薄暗く、手作り感にあふれていたけど、整理整頓と掃除だけは行き届いている。

 いくつも並ぶベッドはいびつな補修が多いけど、シーツや枕はきれいにたたまれている。

 だけど最も大きいベッドでも、ガイムの長身では足がとびでた。

「なんだか懐かしいな」

 横たわったガイム氏はボソリと笑う。


 小屋の奥には巨木の根元があり、曲線の壁には鍵つきの扉がつけられていた。

 ティディリーズはその奥の部屋にひきこもっているらしく、ザンナが扉の隙間にペコペコ頭を下げて水晶を受け取っていた。


 水晶は紫のコウモリが握っていたものよりずっと大きく、猿の手首の干物のようなものが握るようにくっついている。

 ザンナがひざに置くと、ところどころ歪んだ丸い映像が水晶の中に浮き上がってくる。

「クリンパ……気がつけって……」


 映像は大きく揺れて歪んでいたけど、不意に誰かがカメラを握ったように安定する。

「無事だったか姉御! あれ、マグロ男が一緒なのか? 捕虜か?」

 映っていたのはゴミひろいのやせた子供だった。

 大きな鉄カゴを背負い、ちぢれた髪にとがった口。槍のようなシッポがある。



「もう復活したよ! 君の姉御を倒すおとりになったり、君の姉御を活かす人柱になったりと、小者相手に大活躍のユキタンだよ!」

 思わず抗議するボクの口をザンナの手がふさぐ。


「それはヤダなー。姉御なら十傑衆くらい名乗ってもいいのにと思っていたけど、やっぱまだ十九羅刹あたりが妥当なのかなあ」

「クリンパてめえ! 今は十八夜叉だ! 自称じゃなく七妖公のピパイパさんに認めてもらっての名乗りで……いやいや、それよりアタシとアレッサの戦いは見てないのか? アレッサと『雨の聖騎士』の戦いは?」


「いや全然。さっきから退屈な小者争いとトップ選手の区間ゴール通過だけ。そんな面白いカードを映さないってどういうことだ? ……どうした姉御?」

 水晶を見つめるザンナの顔が一瞬、驚いたように見えた。


「あ、いや……悪いけどアレッサ、少しクリンパと二人で話をさせてくれ。長なたを安全に金に換える相談だ……おらテメエもだよユキタン」

 ザンナは水晶を持って部屋の隅に逃げ、かがんでヒソヒソと忙しげに話しだす。



 子供たちは意外に手際よくガイムの傷の手当をしていた。

「自分に助言できることは少ないが、第一区間の最後の山場に『呪いの沼』がある。その主である『不死王の未亡人』が今回のボーナスアイテムを持っているが、決して相手にするな」


 ガイムの話についていけないボクの表情に、アレッサが気がつく。

「ボーナスアイテムというのは、区間ゴールで通常の倍の評価となる指定を受けた魔法道具だ。強制的な買い取りになるが……つまり、シュタルガはここまでのコースどりを含め、露骨に『不死王の未亡人』をつぶそうと誘導しているわけだな。騎士団には絶好の点数稼ぎじゃないのか?」


「競技祭攻略のために騎士団でだした結論が『回避』なのだ。その存在はシュタルガすら恐れているという。前大戦では早くからシュタルガと停戦協定を組み、長らく共存していたはずだが……それでもなお排除すべき脅威のようだな」


「オッサン使えねえなあ。そんな情報、ここらじゃ有名な話だよ」

「シュタルガ様は不死王を倒したけど、未亡人のほうが面倒で沼の占領をあきらめたんだって」

 子供たちは口が悪いけど、紅茶は丁寧にいれて配ってくれた。


「でもアンタらは姉御がいれば安心だ。沼地の教会を避けて区間ゴールまで最短距離で行ける。な! 姉御!」

「え? あ……ああ。そうだ任せておけ。そろそろ出発するぞ。ティマコラが崖を降りきった」

 ザンナの言葉に合わせるように、遠くから地響きが伝わってきた。

 アレッサが扉を出ながら心配そうに振り返る。

 ガイムは静かに笑って手を振った。



 ようやく足を止めて座れたのに……少年漫画みたいに特訓合宿を一年、いや一ヶ月でもできたら少しは役に立てそうなのになあ。

 今なら飽きずに体を鍛えられそう。

 引き締まったボクにアレッサの見る目も変わって……という展開もないまま、秒単位で進行に追われて成長とか無理だろ。


 ザンナは歩きながら水晶ばかり見ていた。

 奇妙なことに、巨大モニターのついている宮殿の後ろにはたくさんの巨木がそびえている。

「スラムの街並みは一体どこへ……?」

「選手村はもう森まで移動しているみたいだな。崖を回避して直接に沼の先まで向かっている」


 巨大モニターが遠景に切りかわる。

 悪趣味な宮殿は周囲の石畳の通りごとズルズルと地面を這っていた。

 進む先へ次々と巨大芋虫が流れ落ち、城の後方では歯車に連結された網が芋虫を拾い上げ、パイプへ流しこんでいる……芋虫を意味するキャタピラが何か間違った伝わり方をしたのだろうか。


 今度は大魔獣の上の放送席が映される。

 魔王シュタルガが玉座で、魔竜将軍ドルドナが床にあぐらをかいて居眠りしていた。

 背後で巨人将軍ゴルダシスと老いた小鬼がチェスらしき遊びをしている。


「私を映さないパミラの意図はわかったのか?」

 アレッサの質問にザンナがおどおどする。放送席にパミラは見当たらない。

「それがどうも……パミラさんは地元枠で入ってくるつもりらしいんだよ。コース上に元からいる住人は、スタート地点以外からでも参加できる。たぶんそれで放送が雑になっているんだ」



 足元の柔らかい地面はさらに湿度を増し、靴にからみついてくるようになる。

 そして苔の匂いも強くなり、時おり腐臭も漂う。肺に悪そうな場所だ。

「お、セイノスケが映っているぞ。まだ森みたいだな」


 ザンナに見せてもらった水晶には宮殿の巨大モニターが映り、そのモニターには褐色の長身女性がラウネラトラに手足を巻かれて逆さにつるされた姿が映っている。

 すでに勝負がついて尋問を受けているらしい。

 よく見れば、とがった長い耳をしていた。

「エルフもわからんとはどういう了見だ?! 日本語はいきなり通じているくせに!」

 ……今回だけは君の勇姿を讃えよう。


「相変わらずセイノスケは元気そうでよかったなーユキタン。じゃあ、もう水晶はしまっておくか。持っていてくれないか?」

 ザンナは返事を聞かずにボクのバッグを開ける。


「誰かいる!」

 アレッサが腕輪をかまえた。

 木の影から、ゆらりと全身鎧の大男が現われる。



「懐かしいな。『風鳴りの腕輪』……継承者アレッサどの。お初にお目にかかる」

 しわがれたひどい声だった。

 腐臭がひどい。動きもギクシャクしている。

「我が名はガホード。パミラ様に仕え、魔王配下五英雄を名乗るよう仰せつかっている」


「五番ならけっこう強いのかな?」

「天才剣士ガホード……大戦末期に最強と言われた聖騎士で、先代の『風鳴りの腕輪』継承者だ! 戦後は暗殺者に身を堕とし、腕輪を返上して行方知れずと聞いていたが……」

 アレッサが身構えたまま額に汗を浮かべる。


「我が標的は不死王の未亡人だが、腕輪の継承者も案内されていると知っては、手を合わせずにはおれない性分……いざ!」

「案内? ……はかられたか! ユキタン、持ち物を確認しておけ!」

 ザンナの姿が消えていた。


 開けっ放しのボクのバッグから下敷きが消えている。

……やられた?!




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