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四章 ブラックエルフ派かダークエルフ派か? ハーフエルフかハイエルフだな! 三

「悪の頂点である魔王が支配者だと、世界は破滅するのでは?」

「なにをもって破滅と呼ぶかはわからんが、シュタルガの世界制覇から戦争は減り続け、経済は復興しはじめている。階級の低い国は貢物の供出に苦しんでいるが、それでも大戦当時よりはマシな生活水準だ」

 アレッサは頭一つ大きいガイムを背負って歩きだす。

 ザンナが先導し、ボクが最後尾を見張る。


「私も魔王に刃向かうつもりなどなかった。辺境の警備隊長として、ただ魔物から村人を守ろうとしただけだ。しかし不器用ゆえに上司の機嫌をとりそこね、左遷の名目で選手に推薦された……ユキタンは私を、伝説に語られるような勇者と思っているようだが、ただ保身に失敗した小役人にすぎんぞ?」

 ええええ。なにそれ。

 そのおとなびた自嘲のすまし顔、やめてやめて。

 ボクみたいにアホでたるんだ現代っ子代表が口出しできなくなるから!


「なんというかその、最後まで無駄に抵抗して、かなわないまでも美しく散るような正義の味方とかいないのですか? というか、そんなすれた言い方で謙遜しているだけで、実はアレッサさんがそういうたぐいのお人よしってオチですよね?」

 ぶふっと噴き出したのはガイム氏だった。

「たしかに、それに最も近いのはアレッサだが……ユキタン君と言ったな? 実に面白い。あつつ……比喩でなく笑い死にかけた」



「なにゆえアレッサが連れているのか不思議だったが、やはりただの迷子ではないな。自分の知る限り、アレッサの次に勇者らしい行動をしているのは君だぞ?」

「ガイム、ヒーロー症候群というのがあってだな……いやそれより、私が連れているおぼえはない。ユキタンが勝手に追っているだけだ」

 アレッサが眉をしかめて赤くなる。


 ようやく表情の精神年齢が少し下がった。

 うんうん、やっぱこれだな。うへへへ。

 悟り顔じゃなくて、気どりそこねて慌てふためく顔のためにボクは死にたい。


……というボクの薄ら笑いを少女勇者さんが気まずい顔で目撃していた。

「ユキタン貴様、今なにを考えて……いや、やっぱりいい」

 問い詰められなくてよかったけど、聞かせたかった気もする。



「あちゃー。でかいのがいるなあ。競技祭のせいでエサが多いから」

 ザンナが指した数十メートル先には、特に大きな黒々とした木がそびえていた。

 家ほどに太く、周囲の木よりやや高い。

 ふしくれだってくねる枝が乱雑に広がっている。


「あれも歩行樹なのか? 危険なのか?」

 アレッサの問いに、ザンナは謎の踊りで答える。

「いや、幹の上にいるやつ。どこかは見えないけど、登った跡がついてる。あれこそ象くらいありそうだよ。牛ヒルなのに」

『ヒル』という単語でアレッサの表情がきしんでこわばる。



「悪いけど烈風斬でやってもらえないかな? なんか今、あまり闇針が伸びそうにない」

 よく見れば、魔女の手足の振りつけに合わせてナイフほどの針が一瞬だけ伸びていた。

 ザンナとボクを結んでいた革ベルトは切れている。

 監視していたアレッサの殺気も薄まり、ガイムという荷物を抱えている。

 発動条件が束縛らしい『闇つなぎの首輪』は、使用者に余裕があるほど弱くなるようだった。


「体中のベルトをしめれば少しは使えるけど、距離や威力はどうしても落ちるんだ。頼むよアレッサ。いろいろ飛び散るから、遠巻きにやるのが一番なんだ。低い枝に撃ちこんでみてくれ」

 ザンナがいそいそとガイム下ろしを手伝う。


「意外と残念な不便さだね。十八夜叉とか多い番号を自称するわりには強いと思っていたけど、やっぱり見かけどおりの……」

「刺されてえかゴルァ!? アタシが気にしていることはオブラードに包んで言えよ能無しブタヤロウ!」

 胸ぐらをつかんで締め上げようとするザンナの真っ赤な顔は、ボクの胸あたりの高さしかない。

「いえ、難しい道具を使いこなしてランクづけ以上の実力を発揮しているという意味でして」



 なおもにらんでうなるザンナと対照的に、アレッサはロボットみたいな無表情。

「アレッサさん、なにかあればボクが盾になりますから」

 ボクの言葉に一瞬、嬉しさをにじませた親しげな目を見せ、またすぐに気丈な顔になって前を向く。

「べ、別に恐れてなどいない。ただ気色悪いというだけだ。ああ、そうだとも。だからさっさと片づけようじゃないか……烈・風・斬!」

 数発に散らした小さな孤状の謎物体が高速で巨木の枝へ吸い込まれ、鋭い音で樹皮を削り飛ばす。


「あれ、もう撃ったの? 手伝うからちょっと待ってよ」

 ザンナは腰のベルトをきつく締めなおしていた。

 ガサガサ、パラパラと余波の小さな音。

「外れた……か? いや、本当にいるのか?」


 幹に近い幅の黒い影がブラリと落ち、ドズンと地面を揺らした。

「あんなでかいの、はじめて見た! かなり飛ぶぞアイツ!」

「烈風斬!」

 アレッサはワゴン車のごとき巨大な軟体生物の頭へ魔法の刃を撃ち当てる。


「見た目より硬いようだな……烈風斬!」

 ドロドロの腹に刃渡り分の傷口が広がる。

「いや、十分だ。半分も千切れば自分の重さで飛べなくなる」

 ザンナは改めて烈風斬の威力に驚いていた。



 ふと、ボクの握っていた茶わんが淡く光るのを感じた。

 急いでナイフをかまえてみる。

 あんな風にかっこよく使えたら……そう思ったら、茶わんの中に蒼い光が渦巻いて溜まった。

『おこぼれの茶わん』の発動条件である『尊敬』を自然と満たしたらしい。


 そりゃそうでしょうよ。ボクのアレッサ様を敬愛する気持ちときたら……うん?

 グイグイと腕に重さを感じる。そして光が徐々に薄まる。

 蒼い光を茶わんに溜めておくだけで、体力が抜かれてゆく感触がする。


「烈風斬!?」

 ボクが慌てて振り下ろした烈風斬は数歩先で霧散した。

 アレッサが驚いて振り向いたあと、かすかに笑う。

 ボクは痛恨の赤面。



「魔法写しの茶わんか……いやユキタン、落ちこむことはない。訓練なしにいきなり撃って、そこまで飛ばせる者はめったにいない。意外な素質を持っているものだな」

 そうなの? 素質?

 こっちに来てはじめて指摘してもらえたけど、さっぱり実感わかない。

 だって『風鳴りの腕輪』の発動は斬る意志……ボクは竹刀の剣道すら経験がないのに。


「私の技を見慣れていたにしても、ほとんどの者は刃の届かない距離を切ることには意識の上で抵抗を持つ……烈風斬!」

 むしろ実戦を知らずに、ゲームとかのビーム出しまくり剣術に慣れていたのが幸いした?

「剣術を鍛えた者に比べ威力は低そうだが、腰をすえて鍛えればものになるかもしれんぞ……烈風斬!」

 もしやアレッサ様の弟子になれる? そしていつかは師匠を越え、間柄も師弟を越える展開に!?



「じゃ、そろそろアタシでも大丈夫だから、アレッサは休んで……いや撃て! 撃ちまくれ!」

 ザンナの悲鳴で見上げた樹上から、巨大ヒルがズシズシと続けて落ちてきた。

「烈風斬! 烈風斬! 烈風斬!」

 巨体の群れはアレッサの休みない連呼にひるみながらも、折り重なる波のように突進してくる。

 傷口から不衛生そうな粘液を噴き出し、体中にまとわりついた犬猫サイズの『小さな巨大ヒル』を飛び散らせながら。


「烈風斬! 烈風斬! 烈風斬! 何をしているユキタン! 烈風斬! 加勢しろ! 烈風斬! 茶わんを使え! 烈風斬! 今すぐ烈風斬を極めろお!!」

 無茶です師匠。

 さっき撃った感触では、その犬猫サイズでも何度か当てないと。

 ボクの刃物経験なんて学校の図画工作くらいですから。


「落ち着けアレッサ。ユキタン君の身のこなしでは普通にナイフを振るほうがまだしもだろう。そしてそれよりはコレを使うほうがいい」

 幹にもたれてあぐらをかいていたはずのガイム氏は、なぜか数歩後ろで黒いマントを握って倒れていた。

 なぜか背を向けていた低身長の魔女さんが気まずそうに振り返る。



「ザンナさん、もしかして逃げようとしていました?」

 ボクは事務的に確認する。

「ほ、ほらアタシたいして強くないし……あ、ユキタンも一緒にどうだ?」


 この感情はなんだろう。

 ボクみたいな能無しブタヤロウにまで怯えた目で媚び笑って逃げようとしているこの子に、怒りも嫌悪も感じない。

「いいようザンナちゃん。残念ザンナたん」

 ザンナはボクの笑顔の意味を理解しかね、ただ後ずさってガイム氏をひきずる。


「ボクが一緒なら、君はもっと強くなれるぞお!」

 背中に追いすがってしがみつき、そのまま抱え上げて回れ右。

「な、なにを!? 放せ!」

「ほおら、高い高~い!」

 そして全力疾走。

「できれば紳士的に頼むよユキタン君」

 ガイム氏の熱のこもらない声が背後へ遠ざかる。


 前は生の背中、周囲はマントで目隠し状態なボクの頭を、ザンナちゃんは遠慮なしにドカドカたたきまくる。

「君、身を張って烈風斬から守ってあげた恩人にそれはないだろ」

「たび重なる変態行為で相殺だバカヤロオ!」


「失敬な。首輪の発動に必要な束縛の手伝いであって、決してやましい気持ちなど……」

「いいから止まれ! せめて前を見ろ!」「烈風斬!」

「遠慮しろアレッサぁ!? 今、帽子かすったあ! 闇針! 闇針! 闇千本!! 闇・千・本!!」



 ドスドスのたくる大きな音が次第に減り、ビタビタはねまわる小さな音だけが広がる。

「助かったぞザンナ。その首輪、本調子の間合いと手数は数人の槍兵に相当する。大した性能だ」

「あ、ああ……まあ一応は、これでも魔王配下十八夜叉の一角だからな……」

 うまくいったらしい。

 同じ捨て身アタックでも、女の子と一緒だと充実感が違うな。


「……って、いいかげん放せブタヤロウ! もう終わってんだよクソど変態!」

「わ、わかったから暴れないで!」

 慌てて降ろそうとしたら、やせた体はズルリとすべって着地する。

 さっきまで腰を抱き上げていたボクの腕が胸元にずれ、ベルト状の中ブラは鎖骨まで上がる。

 ボクの腕の内側に、ささやかなふくらみの感触がすべりこんでいた。


「ユキタン君、それはまずいなあ。元の世界における紳士の基準がどうあれ、郷に入っては郷に従えの言があってだね……」

 ガイム氏は穏やかな声で諭す。


 うああ、やばい。ザンナちゃんがまた震えて赤くなってかたまっている。

 即座に平手打ちをかまされるよりずっと気まずい。

「誤解です! ひっかかりが乏しいのに中ブラなんかつけているから起きた事故で……はぐぁ!?」

 正義の鉄靴がボクの横腹にめりこんで被害者少女からひきはがす。


「事故はともかく、責任を胸の大きさのせいにするなど、見下げ果てた性根だなユキタン!?」

 息ができない。でもまだ痛みは無い。そしてジワジワ悶絶をうながす苦痛が……

「ありがど……ございまず……師匠……ぐごっ」

 おかげでザンナがようやく、半泣きながらもにらむ余裕ができたようです。

 責められもしないで落ちこまれると、こんなにも心が痛むのですね。

 でも師匠、愛のムチは死なない程度にお願いしま……す。

 さっきから腹にめりこんでいる踵が内臓を圧迫しすぎてそろそろ……。


「ア、アレッサもういいよ。こんなガキみたいな胸で騒ぐことないって」

 ザンナごめん。君を性格の悪いガキと誤解していた。

「大きさはどうあれ、女子ならば軽々しく扱われていいものではないだろう! 違うかザンナ!?」

 ザンナは両肩をゆさぶるアレッサの剣幕に呆気にとられていたけど、少しだけ目を落とし、風の聖騎士のつつましい胸元に気がつくと、顔をあげて苦そうな愛想笑いを浮かべる。

 まあ、とにかく笑顔になってなによ……り……



 牛ヒルの群れを離れて間もなく、果樹園のあった場所にでも入ったのか、朽ちた木の柵や石段の跡などをそこかしこに見かけるようになる。

 気まずい沈黙を最初にやぶったのは重傷のガイム氏だった。

「この辺りは迷いの森と呼ばれているらしいが、まさに地名を体現するがごとき迷走ぶりであったな」

 ぼそりとつぶやき、意図のわからない薄ら笑いを浮かべる。


「そ、その、すまなかったユキタン。少し加減を間違えたようだ……」

「いえ、気絶前の記憶がとんでいるので、なんのことだか……とりあえず無事に抜けられてなによりです」

 本当は全部おぼえているけど、そういうことにしておいた。


「そうだザンナ、目的地はまだなのか? というより、どこへ向かっているのだ?」

 アレッサの調子の良い切りかえに、背負われているガイムがククとひそみ笑う。

「もう大体では着いている。迷いの魔法がかかっているけど、そろそろ迎えが来るはず……母上は人見知りだから、機嫌をそこねるなよ?」


「ザンナの家に向かっていたんだ? 人見知りで気難しい性格って、ザンナは母親に似たの?」

「どういう意味だよ!? ……アタシを拾ってくれた優しい人だ。まあ偶然、種族は近いんだけどな……お、道が開いたぞ」

 ザンナは嬉しそうにつば広の帽子を胸元に下げる。

 銀髪から上に飛び出た、尖る耳。


「君の種族ってまさか、エルフだったの?!」

「えるふ? なんだそれ?」

 真顔で不思議そうに聞き返された。

 アレッサやガイムまで同じ表情。




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