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四章 ブラックエルフ派かダークエルフ派か? ハーフエルフかハイエルフだな! 二

 ザンナは腕をかまえたまま固まっていた。

 蒼い光を見慣れていたボクのほうが先に反応し、ザンナを押し倒す。

 ガツリと後頭部に走る一直線の衝撃。

 視界がゆがむ……烈風斬を頭に受けた? じゃあボク、即死か?

「ひい! 烈風斬使いがもう一人?!」

 ザンナがボクをひきずりながら木へ隠れようとする。


「起きろユキタン! その距離でも斬れるのは私だけだ!」

 アレッサの叱り声。

「でもけっこう血が……にじんでいるだけか。おいユキタン! オマエ生きてるらしいぞ!」

 言われるままに踏ん張ると、なんとか立てた。頭はビリビリ痛む。


「魔法を写しとって使う聖騎士の噂を聞いたことがある! しかし『首狩り豪雨』も『烈風斬』も未熟だった! あきらめるなザンナ!」

「え……え? そうか、追い討ちこないと思ったら、直前に誰かが使った魔法しか写せないのか?」

 木に身を寄せたザンナは怯え顔で汗だくだけど、再び腕をかまえ、周囲に目を配っている。

 一応は代理戦争競技に参加している選手だけあって、気をとりなおすのが早い。



「おいユキタン、生きているならしっかりしろ。やっぱ闇針の数と長さは警戒されている。たぶんアタシが有利だ。でも聖騎士は腕ききぞろいだから、ほんの少しの隙が命取りになる」

 魔女娘は自分に言い聞かせるように、口早につぶやく。

 ずるずるガサガサと音が重なって響きだす。

 小男のいた辺りで木が何本も歩き回りはじめていた。


「歩行樹があんなに動くのは火事の時くらい……ガマと同じ陽動か?!」

 ザンナが背後の物音へ素早く振り向く。

 フラフラのボクは引っ張られて倒れてしまう。

 ザンナの頭上へ降ってくる小男が見えた。


「上!」「えええ?!」

 ザンナが半泣きで踏み出して叫ぶ。

「頼む『闇千本』!!」


 ひるがえした黒マントから、ハリネズミのように黒槍が四方八方に突き上がる。

「げあ?!」

 かん高いうめき声。

 斧が地面に刺さる鈍い音。

 そしてドサリと全身を打ちつける重々しい音。



「とっさに方向を定めずに攻撃するため、体の内側、すなわちこのような位置取りが安全なんですよね? ありがとうございます」

 とっさに踏みこんだザンナ様はボクの顔のほとんど真上で仁王立ちしていた。


「……ありがとうございます」

 ボクは助けてもらった感謝とは別に、意外に子供っぽい小さなリボンつきの白生地へも無表情に感謝しておく。ザンナが我に返る前に。

 あ、こっち向いた。ボクの不自然な敬語をいぶかしむ顔がどんどん赤くなって震えて……うつむいて、目をそむけて……


「ご、ごめん! ……そ、それよりほら、とどめを刺そう! ちゃんと息の根とまったか確かめないと!」

 こわばった困り顔で落ちこむザンナにボクのわずかな紳士精神が痛み、とっさに場をなごませようと殺人教唆をはじめる。

 格好のわりに妙なところで弱々しい魔女っ子はかすかにうなずき、魔法コピー使いに振り向く。


 いない。

 片手斧だけ地面に刺さっている。

 はいずった血の跡が近くの木の裏まで続いている。



 ザンナはなぜか立ち止まり、気まずくこわばった顔。

 たかがパンツとは言いませんが、早く立ち直ってください。

 見せたのはあなたです。目をそらさなかったのはボクです。


「ユ、ユキタン。闇針をだせるかわからない」

 ザンナは斧を引き抜きながら、小声でささやいてくる。

「この首輪、束縛を感じるか追い詰められていると、たいていは使えるんだけど、気が散っているとダメなことが多い」


 ボクはナイフを握りなおしてうなずく。

 死にかけならボクでも相手できる……か?

 長ナタ使いとにらみあっているアレッサの所にも早く行きたい。


 木の根に、小男の着ていた服の切れ端が見えた。

 ゆっくりまわりこむように近づく。

「こ、降参してくれるかな? いい医者を知っているから。魔法道具だけ渡してもらえれば…」


 返事は背後から聞こえた。

「くらえ『闇千本』!」

 かん高い声に振り返ると、小男が握っていた光る茶わんを、ザンナが蹴り飛ばしていた。



「不発?!」

驚く小男にザンナが腕を振るう。

「闇針!」

飛び刺さる数本の黒槍は狙いもかなり大雑把に、小男の手足を縫いつけて押さえこむ。


「不意打ちがうますぎたんだ……絶対いけると思っただろ? 調子づいて余裕のある奴に首輪は応えない!」

ザンナは息も荒く、こわばった顔で笑う。


「他にも魔法道具を持っているな? 象ガマと歩行樹をどうやって暴れさせた? 急いで話せ! 長ナタ使いが来たら刺す!」

「め、めんぼう!」

 ギョロ目でボサボサ髪を後ろでまとめた小男が妙なことを口走る。

「腰に下げている棒だ!『狂乱の麺棒めんぼう』は念じながら押し当てた相手に同じ不安を塗りこめられる!」


「あー、聞いたおぼえがあるな。距離や条件の使い勝手が悪いから、価値が半分かクズ扱いの魔法道具……区間ゴール通過用か」

「それでも『雨の聖騎士』ガイムをアレッサへぶつける役には立ったけどな。研修時代に組んでいるから、太刀筋と手の内を知っている……この地形なら互角と言っていい」

 小男が卑屈そうに笑う。



「アレッサを止めないと!」

「お、おい待てユキタン! 麺棒も回収してからだ!」

 ザンナが手振りで棒を足元へ置かせる。


「それと装備を全部はずして縛って……」

なにか不自然な笑顔のザンナ。

 そんなことをしていたらアレッサが……いや、ガイムと共倒れになるほうがザンナにとっては好都合だ?!


 ボクは結んでいた手首の革ベルトをナイフで切り、茶わんを拾って駆け出す。

「なにすんだよユキタン?!」

 ザンナが叫ぶけど、闇針と斧がある。

 麺棒も置かせたなら身に危険はないだろう。



「アレッサ! ガイムは魔法道具で……」

「烈風斬!」

「ぐあ!」男の叫び声。

 ボクはほんの一瞬遅れで間に合わなかった。


 アレッサが木の根元を呆然と見下ろす。

「ガイム……なぜ無防備に飛び出た?」

 長身男は肩から血を流して倒れていた。

 うっとうしく長い前髪。

 細長く暗い目つきのやせた顔はまだ息をしている。


「魔法……なるほど。いつの間にか『狂乱の麺棒』を使われていたようだな。これは不覚のいたり」

 ガイムは息を乱しながらも、低く落ち着いた声でつぶやく。

「どういうことだ?!」



「アレッサはよくやった、ということだ。研修のとおり非情に徹したからこそ『藪の聖騎士』キチュードの罠にはまるのは自分だけで済んだ……奴は?」

「斧と麺棒はザンナが取り上げたはずです」

 ボクが差し出した茶わんをガイムは受け取らず、ため息をつく。


「それは『おこぼれの茶碗ちゃわん』と言って、近くで使われた魔法を写しとれるが、相手に対する尊敬が必要になる。キチュードは器用で多くの魔法に対応できるだけでなく、なにかと劣等感を持ちやすいために茶わん持ちの聖騎士に選出された」

 アレッサは無言でガイムの鎧を外し、傷口を縛る。


「別の隊をはぐれたキチュードに頼まれて同行していた。烈風斬の声でアレッサがいることに気がつき、僕は避けようとしたが、奴は足止めに象ガマを暴れさせると言い出した。そこまでは認めたのだが、その後で急にアレッサに襲われる不安、戦わねばならない焦りにとりつかれた……奴は僕にまで、アレッサを仕留めたくてあせる気持ちを押しつけていたらしい」

 ガイムは自嘲するように笑い、立ち上がろうとして痛みに顔をしかめる。


「避けるとか仕留めるって、聖騎士は同僚じゃないの? そもそも聖騎士がなんなのかも知らないですけど」

「反魔王連合の中心戦力となる騎士団の中でも、特に素質や能力を認められ、魔法道具を与えられた者たちが聖騎士だ。大戦のころは魔王を倒す勇者候補、あるいはその従者を自認していたが、今は魔王にとりいる派閥が多数派になっている」

「反魔王連合……なのに?」


「もはや名目だけだな。シュタルガは良く言えば寛容、悪く言えば節操なく手を組んで勢力をのばしてきた魔王だ。勇者降臨の信仰すら容認し、反魔王連合の分裂を成功させた」

 ガイムは木の幹にすがってゆっくりと立ち上がる。

「アレッサ、騎士団は君が中央にいたころよりずっとひどくなっているぞ。腕さえあれば殺し屋まがいの連中まで取り立て、数ばかり増やしている。聖騎士の羽模様を見ても容赦や手加減はするな」



 物音にアレッサが身構える。

 斧と麺棒を手にしたザンナだった。

「いや待ってよ。アンタが無事なら、やり合う気はないから。もう一人の小さい聖騎士は逃げた。というか逃がした。聖騎士仲間に恨まれたら面倒だし、最近は魔王様にシッポ振る奴も多いから」

「では失せろ。貴様の腹をさぐりながら同行できる気分ではない」

 アレッサの腕輪は光を失ったけど、表情は険しいままだった。


「たしかにアタシはシュタルガ様の配下だけど……こうなってもまだシュタルガ様の誘いを受ける気はないのか?」

 ザンナは心配そうにアレッサの顔をうかがう。


「聖騎士すら、もうアンタを手柄首にしか見てないんだろ? シュタルガ様のほうがよほど無理してアンタを守ろうとしている。見せしめ選手に指定したから開始まで誰も手をだせなかったし、ハンデ開始させることで袋だたきも防いで……」

 ザンナは明るく話そうとしていたけど、途中で言葉をのみこむ。

 月明かりしかない暗がりの中、アレッサの顔はなお暗く沈んでいた。



「どれだけむなしくとも、つらぬくしかない意地もある。私を信じて死んでいった者たちに贈れるものが、他にはないのだ」

 正義に燃える少女勇者の顔ではなく、生贄となる覚悟をした大人の表情。


「アタシは……この先もアンタと組めれば都合がいいってだけだ。その男を助けたいなら、一つだけ心当たりがある」

 臆病に見えたザンナも、急に落ち着いた声を出す。


「捨てていけ。自分はこうなる覚悟で参加している。それにその娘、魔王に親しく話しかけられていた。子供には見えるが、幹部クラスだろう」

 もともと血色の悪いガイムの顔はさらに青ざめ、しかし皮肉そうな薄ら笑いを浮かべていた。


「新参のアタシを幹部とか言ってくれる奴はまだ少ないけど、これでも魔王配下十八夜叉の一角、『闇の魔女』ザンナだ。聖騎士や神官が相手なら騙しも裏切りもする。悪の頂点、シュタルガ様を尊敬しているからな。誇りをもって堂々とやる」

 森の闇の中、小柄な魔女は独りでボクたちと対峙し、静かな表情で見据えていた。

「で、どうする『切り裂きアレッサ』?」

 アレッサはようやく、ザンナに顔を向ける。

「はじめて貴様を信じてみたくなったよ」

 そしてかすかに笑う。


「ガイム、ここで死ぬより苦しむことになるかもしれないが、もう少しつきあってもらえるか?」

「ふむ。まったく、とんでもない後輩をもったようだな。研修を終えた時には大きく安堵したものだが」

 ガイムは細長いアゴをさすり、やはり皮肉そうな薄ら笑いを浮かべる。



 かっこいいね。みんなかっこいいよチクショウ。

 なんでこっちの世界の女の子は、そんな大人びた表情を見せるんだよ。

 異世界に来てまで思想の対立とか心の傷とか、どうでもいいよ。

 むかつく誰かを殴って解決。

 あとは海辺の水着大会と温泉の混浴合戦で明け暮れようよ。

 魔王か? 魔王が悪いのか?


「あのー、アレッサ様的には魔王を倒そうとか思ってないのですか?」

「なんのために?」

 真顔で不思議そうに聞き返された。

 ガイムさんやザンナさんまで同じ表情。




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