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四章 ブラックエルフ派かダークエルフ派か? ハーフエルフかハイエルフだな! 一

 

 落ち葉は薄く、土がところどころ見えているのに、妙にふかふかした地面だった。

 そのあちこちに太い根が潜み、意地悪く足をつかえさせる。

 木の間隔は何メートルもあるけど、何人も潜めそうな太い幹ばかり。


 いつでも早足なアレッサの後姿をたびたび見失いかける。

 その後姿が不意に、飛びのくように姿を消した。


「烈風斬! ……烈風斬!」

 遠くから聞こえる声……誰かと戦っている?!

 ボクはアレッサにもらったナイフを抜いて駆ける。



 姿を消した所まで近づいても、誰も見えない。物音もしない。

 もっと先へ行ってしまったのか? 

 周囲を見回しながら歩いていると、背中を突き飛ばされた。


 そのままグイグイと近くの幹へ押しつけられ、身動きができなくなる。

 ピシピシとズボンになにかが当たる音がした。

 首だけで見回すと、黒く細い棒が服のあちこちに刺さっている。

 それらは黒ずくめの小柄な女の子の全身から出ていた。


「う、う、動くな騒ぐな!」

 叫んだ女の子のとんがり帽子とマントはぶかぶかに大きく、短い銀髪と一緒に小刻みに震えている。

 貧しい胸や細い腰に巻きついた何本かの幅広ベルトがブラとミニスカートの代りらしく、やたらに露出している肌は不健康なほどに白い。

「服を狙ってやったんだ! 手足を狙って外したわけじゃないぞ!?」

 汗だくで怯えた目。ボクは運がよかったらしい。


「魔法道具をよこせ! 効果も話せば命だけは……あれ? お前、ユキタンか?」

 意表をつかれたような顔をしている。

「人畜無害な異世界からの観光客、ユキタンです」

 ボクは握っていたナイフを落として必死でうなずく。愛想よく。

「無能で足手まといで役立たずのユキタンだな? ……ええと、じゃあとりあえずベルトを外してよこせ」

 少し安心したのか、いくらか笑顔になる。ひきつっているけど。



 女の子でも背がかなり低いほうだ。

 この長い針のようなものを腕力で振り回せば逃げられそうな気もするけど、かなり興奮しているようだから、わずかな刺激でも刺されそうだ。

 そもそもボクは実戦なんて……


「や、やっぱり刺す! 悪く思うな! 二、三回刺してまだ息があれば、また交渉してやるから! 体格差があるから!」

 薄く浮いたアバラを見せて投球フォームのようなポーズをとる。

「わあああ待ってえ!? 心を読む魔法があるなら最後まで読んでえ!?」


「え? 命乞い以外を考える目をしていた気がしただけで……」

「少し逃げようかとは思っちゃいましたけど、実戦経験のないボクには無理とあきらめたところです!」

 黒ずくめ少女の背後の木から蒼い光がもれる。

「動くな『闇の魔女』ザンナ。勝負はついた。その首輪を外せ」

 アレッサ様の声。



 闇の魔女と呼ばれた女の子は手足にも黒い革ベルトを巻いていたけど、首輪だけは厚い金属製で、太いトゲがついている。

 ボクを幹に縫いつけて刺さる黒い針は、革ベルトやマントの隙間から伸びていた。

「体の影から針を伸ばせる魔法道具のようだな。この位置で私に背後をとられて逃走や反撃をできると思うならやってみろ。首輪を洗う手間が増えるだけだ」


「ユキタン、だましやがったな?!」

 汗だくのカッパ顔が唇を震わせてゆがむ。

「だましてません! そんな器用で頭の回転よければドヤ顔してます! というかボクはサッパリ助かってませんよ?!」


「そ、そうだアレッサ! このマヌケを……」

「殺せば、私の回収する魔法道具が増えるな。それくらいの恩義はかけている。当然の報酬だ」

 姿が見えないせいか、湿度の高い闇の中で、声の冷たさがより鋭い。



「ハッタリぬかすなよ。あれだけ余計な手助けした奴を見捨てられるわけが……」

 ザンナは汗だくで、ひきつる嘲笑にも怯えがありありと見えた。

「やるなら早くしろ。スキができれば烈風斬もより正確に当てられる」


「ザンナさん、アレッサさんは本気ですよ。本気じゃなくてもボケで撃ったりしますよ」

「なにぃ?! 人間のくせに常識は魔竜将軍なみか!?」


「ボクを殺しかけた回数でもダントツだって魔王様も言ってたでしょ? 素直に命乞いしましょう。ボクと一緒に」

「え、シュタルガ様が!? そういや崖を降りる途中でそんなことも聞いたような……」

「ユキタン……貴様、なにしに追ってきた?」

 アレッサの声から気勢が鈍る。



「そ、そうだアレッサ。一時的に協力しないか? アタシはこの『闇つなぎの首輪』しか持ってないし、シュタルガ様は別に勇者を嫌っちゃいないから別に問題は……」

 すかさず妥協案をねじこむこわばった笑顔。

 小者くさいなりに頑張っている。


「首輪を外す気はないのだな」

 低い声。

「は、外せないんだ! あと効果がきれる!」

 幹に刺さった針が縮み、ザンナがボクへ引き寄せられるように飛びこんでくる。

 転がってボクの首に腕をまわし、背後に隠れる。


「溶接されているんだ! それにアタシにしか使えない! 発動には束縛がいるけど、例外も多い!」

 密着する細い体の震えが伝わる。

 荒い息が首筋にかかり、ブルーベリーのような香りが漂ってくる。



「アレッサさん、協力は有効だよ。偶然だけど、今のボクはおとりとして役に立ったでしょ? 人質になっても見捨てられるなら、連れて損は無いよ。ザンナはボクよりは強そうだから、先に歩かせれば体力消耗を抑えられるかも」


「そ、そうだ! この森はアタシの育った庭みたいなもんだからな! 激戦のコース沿いを避けた抜け道を案内できる! 牛ヒルや象ガマだって、よそ者より早く見つけられるし……」

 ザンナはボクの首を絞めるというよりは、しがみつくように密着してくる。


「アタシとユキタンの手首をつなげばいいだろ? すぐには逃げたり襲ったりできなくなる」

 同意もなしに手首が革ベルトでつながれる。

 でもあまりに必死そうで、断るのも気が引ける。

 ちらちらとすがるように見てくるし……白目がちで生意気そうな顔に見えたけど、これはこれでかわいいような気もしてきた。



「では、ユキタンは常に私の盾となる位置に入れ。森を抜けるまでは道探りに歩かせてやる」

 アレッサさんがあきれ気味にため息をつく。

「しかしセイノスケはどうしたのだ?」

「……あれ?」

 追ってきてない?


「あの木、よく見ていて」

 ザンナが右腕を振り、手首の革ベルトから投げるように針をのばす。

 刺さった巨木がズルズルと何メートルかずれて止まった。

 よく見ると、ごくゆっくりと動き続けている。

 立ち止まっていても注視しないと気がつかないような速度。


「崖から離れるほど歩行樹が増える。柔らかい地面が巻きこまれて足跡もずれる。セイノスケが動いていると、アタシでも追うのは難しいな。森を抜けてから探すほうがいい」



 チビ魔女と肩を並べて歩き、後ろからアレッサに監視される奇妙な道行になった。

 役割はともかく、再びアレッサと同行できる結果にはなった。

「念のためだが、牛ヒルと象ガマの対策を聞いておこうか」

 さりげない口調とぎこちない顔のアレッサさん。

 ……それは別に交渉の決め手じゃないですよね?


「詳しく教えてあげたほうがいいよ。もしヒルやカエルが虫みたいに苦手だと、巻きぞえで刻まれるかも」

「巨人将軍もヒルを嫌がって味方部隊を壊滅させたことがあったな……シュタルガ様が目をかけている理由ってその辺なのか?」

 ザンナは不安そうにアレッサを盗み見る。

「目をかける? 勇者は見せしめでしょ?」

「そのわりには監視がゆるい……おっと、さっそく象ガマだ」


 ザンナが指さした前方には運動マットくらいある土の盛り上がりが散らばっていた。

 アレッサが硬い表情で腕輪に手をかける。

「もぐっている時はエサとる気がないから、烈風斬とか打ちこまない限り大丈夫だよ。軽く踏むくらいなら……」

 ザンナが愛想笑いでなだめながら踏んで見せると、そのあたりのでっぱりが一斉に持ち上がりだした。


「…………あれ?」

 ザンナがぽつりともらす。

 アレッサも群れの中まで進んでいた。



 象、というほどではないけど牛に近い大きさのガマガエルがバタバタと這い出してくる。

「ち、違う! だましてない!」

 ザンナは慌てた様子でアレッサに手を振る。


「じゃあアタシがやるから! はなれてろ! ……ってオマエ邪魔だなユキタン!?」

 ザンナが空いている右腕を振り回すと、手首、腕、背のあたりから黒い針が槍のように飛び出す。

 グゴ、と重苦しいうめきをたてて巨大ガマの一匹が頭や腹へ何本も串刺しにされる。


「烈風斬!」

 なおも死にきらずにもがくガマの腹が大きく裂かれた。

「あっぶね! 体液は毒なんだから、飛び散らせるなあ!」

 ザンナが飛びのきながら半泣きで叫ぶ。


「す、すまん……烈風斬!」

 今度の一撃は別の一匹の頭を斜めに斬り飛ばす。

 斬り口は鮮やかで、体液はガマの背後へわずかに流れるだけだった。

「これなら問題ないな?」

 何食わぬ顔で振り向いたアレッサに、ザンナは驚嘆してうなずく。


「臆病だから、遠ければ片足を奪うだけでも大丈夫……でもなんで暴れだしたんだ?」

 ザンナがさらに別の一匹をめった刺しにして道を開ける。

「とにかく早く離れようぜ。やな予感がする」



 アレッサが足元を気にしながら追って来た所へ、横合いの木から長身の鎧男が飛び出す。

「アレッサ、覚悟!」

 男が振りかぶった剣は菜切り包丁を長くぶ厚くしたような、切っ先のない片刃。

 アレッサは剣に左腕の皮防具をそえてしっかりと受ける。


「奥義!『首狩り豪雨』!」

 野太く低い声。

 片刃が不自然に跳ね、細かく連続して撃ちおろされる。

 シロウト目にも異常な動きだった。

 身のこなし以前に、剣そのものがチェーンソーのように暴れている。


 やせた男はそのまま向かいの木まで飛びこんで身を隠す。

 烈風斬はその背を追わない。

 アレッサは構えようにも腕がしびれているようだった。

「ガイム、なぜ貴様が私を狙う?!」

 それ以上に、悲しげな当惑がありありと見えた。


「聖騎士の鎧……知り合いか?」

 ザンナは拳を低く構える。

 長身男の鎧はアレッサよりまともに胴全体を守り、形はかなり違うけど、どちらにも羽根の模様がかたどられていた。

「見慣れているなら、あの間合いに入られた時点で烈風斬での優位も危ないな……」

 なに言ってんだこのザコ女。

 剣同士で美少女勇者が負けるわけないだろ……ないですよね?



「ユキタン後ろ!」

 手首がぐいと地面に引っ張られる。 

「首狩り豪雨!」

 かん高い声がボクの背後から聞こえた。

「闇針!」

 ザンナがすべりこむように倒れ、ひるがえしたマントから数本の黒槍が放射状に撃ち出される。

 とらえたのは小男の袖と靴。

 手に持つ斧は、ひっかかったチェーンソーのように暴れて地面を一息に数度も切りつける。


「ちっ……くしょ!」

 小男は身軽に飛び下がり、腕に軽い刺し傷を作るだけで済んでいた。

「影分身!」

 小男を追うボクの写し身。

「ひっ!? ……い?」

 小男に変な声を出させて幹に追いこむだけで、ボクの分身はふにゃふにゃと消える。


 ……自信とか自己愛とかいるんだっけ。ないよ基本。

 ネジはずれないとコンプレックスのかたまりだよ。

 みんながいい感じに技名を叫びあっているから、おいてけぼり感をごまかすため安易に使いましたごめんなさい。



「今の鎧も聖騎士……!」

 ザンナが怯え顔で周囲を見回す。

「なに……『雨だれの長鉈ながなた』が二本だと?! 距離をとれユキタン! 常人に受けられる刃ではない! ……烈風斬!」

 ボクじゃ普通の剣でも受けられませんよ。


 アレッサは十数メートル後ろで、ガイムと呼んだ長身男と幹をはさんで対峙している。

 ザンナは十数メートル先の幹に身を隠す小男を警戒している。

「リーチはアタシのほうがある。だけど奴がつっこんできたら、一瞬でいいから足止めしろ!」

 ザンナは震える手でボクにナイフを返す。


 小男の聖騎士が全身を見せて斧を振り上げる。

 なぜか左手に茶わんのようなものをかまえていた。

「よーし、こいよほら……今なら最高の闇針を撃てる……」

 ザコ魔女ザンナが汗だくで強がる。 


 茶わんが蒼く光る。

「烈風……」

 小男のかん高い声。

「……斬!」




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