三章 花といっても肉食かもよ? 触手もあれば文句なしだ! 四
目をまわしながら顔を上げると、やはりフラフラしている鳥娘さんがキラティカにツル草でグルグル巻きにされて幹へ縛りつけられていた。
金毛の虎獣人がシュウシュウと体をしぼませ、ビキニ革鎧の猫耳少女にもどる。
「競争相手をかばってケガするのが趣味?」
キラティカはニッコリと笑い、かがんでボクをのぞきこむ。
女子平均の背で顔も幼め。
でも西洋の骨董人形のように、すました気品がある。
人間ばなれした美人……が顔をどんどん近づけてくる。
「おかげでワタシは助かったけど」
ボクの頬に唇が軽く触れ、そのまま耳もとや首筋を鼻先がくすぐる。
生々しく甘い匂いにぞわぞわした。
見られてはまずい反応を体が起こしかけ、しかも自分がまだ全裸であることに気がつく。
「ありがと」
舌がチロリと首筋に触れ、ボクは慌てて起き上がる。
「それはっまずいから……うわ?!」
「きゃ?!」
足になにかが引っかかり、キラティカを押し倒すように転んでしまった。
気絶したボクが落ちないように、足首を結んでいたらしい。
決して本意ではないのだけど、豊かな胸に顔が埋まっていた。
「ご、ごめん……」
「それより、それ……」
キラティカが真っ赤になって顔をそむけて指していたのは、かぶせているだけの学ランがずれ落ちかけたボクの股間。
慌てて学ランを持ち上げた時に見たのは、手刀をかまえて腕輪を光らせるアレッサさん。
巨大虫に襲われかけた女の子を助けるかのように険しい顔のアレッサさん。
その肩へ一本のツル草が落ち、蒼い光が急速にしぼんで消える。
「烈風斬! ……ん?」
手刀は空振りするだけだった。
「アレッサちゃん、落ちつかんと。ユキタンの格好は『虚空の外套』の効果で仕方なしよん」
アレッサに触れているツル草の先は『封印の指輪』をつけたラウネラトラの指へつながっていた。
「え。……い、いや、もちろん私は当てるつもりなど無かった…………気がする」
こっちを見て話してくださいアレッサさん。
思い切りガンつけながら技名を叫んでましたよね。
「ま、どんくらい趣味も兼ねとるかは知らんけど。おかげで指輪の効果を確認できちゃったねい。ほい」
ボクの服一式が返され、キラティカにも金色のマントが戻る。
「キラティカ、あまり人をからかうな。……ケガは大丈夫なのか?」
ダイカは銀色のマントを受け取りながら、キラティカの髪をそろそろと撫でて頭皮を確かめる。
「頭はもうなんとも。背と肩の打撲がきつめ。でも骨はいってない」
キラティカは何食わぬ顔で言いながら、鼻先をグリグリとダイカの爆乳に押しこむ。
それは獣人式の挨拶ですか?!
「こらっ、人前でなにを!?」
ダイカさんの慌てぶりからすると、見た目どおりの行為らしい。
「今ならダイカも頭に爪をたてない……ぐえ」
キラティカは喉を握られて吊るされる。
「さて鳥娘。今後ここにいるメンバーを狙わないと約束するなら放してやってもいい。魔法道具だけはもらっていくが」
ダイカは鳥娘の矢筒を探り、短く細い矢にまぎれた、一本だけ長い矢を取り出す。
「うぃー。そりは大事な一族の宝……というタテマエと裏腹に、喜びを感じてしまうアタチ……」
幹に縛られている鳥娘はなぜか矢から目をそらす。
「どういうことだ?」
「乱暴しないで放してくれるみたいだから教えたげるけど、その『出戻りの矢』は、撃っても当たった衝撃を強引に変えて戻ろうとするわけ」
「持てる矢に限りのある鳥人には重宝だろうな」
「問題は『戻ってくる』っちゅう強い気持ちが必要なことでぃ、普通は訓練しても十中八九は半分くらいしかもどらないの。敵に拾われないという程度ね」
「さっきは空中で三回射って三回とも回収……一族の代表に選ばれた適性ということか」
「アタチは訓練なしに三回撃って三回とも手元までもどったもんでぃ、天才ハニーともてはやされましてぃメデタチメデタチ……」
そう言いながら鳥娘はなぜか怯え顔で震えだす。
「でも実は尖端恐怖症なの」
汗を噴き出す。
「……尖ったものが病的に怖い?」
ダイカは呆然と尋ね、鳥娘は大きくうなずく。
「試し射ちじゃ『戻ってくる矢なんてぃ怖いなー』と思いましてぃ、『これ顔めがけてもどってくるんじゃね?』とか怯えながら射ったら、そのとおりになってぃ! 三回連続でぃ! 尖端恐怖症が悪化するほど精度が安定してぃ!」
泣きだす鳥娘。
手にくくられた薄い丸盾は矢を受けた傷が無数についていた。
「オマエは『最後まで矢を守ろうとした』と言いふらしてやるから安心しろ」
「恩に着ますぅ。名はセリハムちんですぅ」
ダイカは鳥娘の束縛を爪で切り散らす。
「では、アタチは道の向こう側で獲物を探しますんで」
鳥娘は三度のおじぎに振りつけを加えた妙な踊りを披露してから飛び立つ。
……あれ? 仲間には引き入れないの?
下に広がる森には、少し離れた位置にタイマツの灯りが散らばる道が見える。
木の先端に並ぶ高さになると、ダイカとキラティカは飛び移ってすべるように降りていく。
「それじゃあ世話になったな。矢はオレたちがもらっていいか?」
「ああ。またダイカと当たった時には気をつける」
アレッサは当然のように微笑む。
「このまま一緒に行けないの? せめて途中までとか……」
この人たち、なんで戦うつもりでいるんだろう。
気が合っているように見えたのに。
「外交官を通さない協力は外交問題になる。流れ者のダイカとクビ同然の私でも、レース展開と報道編集によっては、獣人と騎士団の間に波風が立ちかねない」
「ようやくハーレムらしくなってきたのに、犬耳爆乳と猫耳巨乳がいなくなるのは痛手だな」
清之助くんが茂みからわき出た。メセムスも背後にいる。
「ラウネラトラは幼児体型だし、アレッサも胸に関してはたいして違いが……」
「大きけりゃいいってもんじゃないよ! 大きいのもいいけど! というか乳の話はしてないよ!」
再会するなり、無事を喜ぶより首を絞めたくなる友人は友人と言えるのか。
アレッサさんはなにも聞こえないそぶりでダイカに手を振る。
「じゃあな。世話を焼きすぎて脱落するなよ」
ダイカは苦笑いで駆け出す。
「足手まといの引率は魔法道具一個が相場」
キラティカもニッコリ目を細めて追う。
二人は木々の間を飛ぶように、あっという間に小さくなってしまう。
薄暗い森はビルほどに高い木々に囲まれている。
上のツル草の森ほど密度はないけど、幹は太く視界は悪い。
「あの二人がそろえば森は稼ぎ場やね。この場で襲ってこんだけでも良心的よう」
ラウネラトラがいつの間にか近くの幹に隠れていた。
「で、どうするね? わっちはとろい。逃げ隠れは得意だけんど、突破力もあれば鬼に金棒。護衛してくれるなら、わっちも護衛してやろう。幼児体型だけど」
「よし。俺のハーレムに入るなら俺のハーレムに入れてやろう。縛り放題、まさぐり放題でどうだ?」
清之助くんの異世界じみた返答にラウネラトラは苦笑いで首をひねる。
「うーん、どうしよっかなー」
即座に打撃で返そうよ。
「実はメセムスの体なんだが……」
なにか怪しい耳打ちをする変態メガネ。
「ほほう……いやそれ競技と薄そうじゃけど……まあよかろう」
同類くさい嫌な笑み。
「そのツル草とメセムスの腕力が組めば、そうそう負けることはないだろう。私も、もう行くぞ」
……え。
アレッサは胴に隠していたナイフをボクに手渡す。
「魔法道具ではないが、下敷きよりは使いやすい」
拳の幅より少し長い握りと刃渡り。
厚みは五ミリ近くあって、見た目より重い。
「戦う時には石でもなんでも手にすることだ。片手でふり回せる棒は素人でも効果的に扱える。枝を探して拾っておくといい」
妙に優しい。本気で別れるつもりだ。
でも、ここまで引率してくれたほうがおかしいのか。
ありえない幸運が当たり前になっていた。
「そんな顔をするな。私は多くの者に狙われている。一緒にいれば、腕に余る相手にいくらでも出くわす」
微笑んでさっそうと独りで歩きはじめる蒼髪の細身。
今夜のボクは何度も死にかけた。
というか何度も命をぶん投げようとしたけど、どこか現実感がなかった。
今、木々の向うへ遠ざかる後姿に、まったく違う恐怖を感じている。
痛みや不幸に飛びこむとか、努力のすべてが台無しになるとかじゃなくて。
子供のころ、迷子になった時のような、家に二度と帰れない恐怖。
「ユキタ。貴様はなんのためにここへ来たのか、よく考えてみろ」
清之助くんはなぜか堂々とラウネラトラのローブをまくり上げ、淡い緑色のフンドシのような下着を観察して殴られている。
「かませ犬になるためじゃ……」
清之助くんがなにを言いたいのかわからないけど、不安に襲われはじめたボクは変態すらすがるような目で見てしまう。
「それはシュタルガの都合かつたてまえだ。ユキタ、貴様の意志を聞いている。この世界の超常現象はすべて魔法道具に起因している。異世界渡航という激烈な効果は、それに見合う意志が必要だと俺は推測している」
ツル草にズボンを下ろされて宙吊りにされながら持論を展開する謎の意志力。
「まあ簡単に言うなら」
清之助くんが簡単に言うとかえってわからなくなることが多い。
「二択で選べ。今すぐアレッサを追うか……」
追ってなんて言えばいいんだよ?
足手まといを引率してくださいと?
「この場にはいつくばってケツをだせ」
ボクは清之助くんにまわし蹴りを入れて走り出す。
追ってなんて言えばいいんだよ?
でも追わないといけない。
追わないと大事ななにかが終わる。
なにをどうわかっているのかよくわからない変態が、なぜか肝心なことだけは教えてくれた。
「セイノスケちゃんよう、異世界の友情って体当たり中心なのかい?」
清之助くんが考えていることなど、ほとんどわからない。
でもボクが思っているよりは、本気で親友のつもりなのか?




