三章 花といっても肉食かもよ? 触手もあれば文句なしだ! 三
崖下りはダイカさんが言うほど楽ではなかった。
ツル草がさまざまにからみあい、たしかに足場や手がかりには困らなかったけど、下をのぞくと高さに体がこわばる。
ラウネラトラはさすがというか、たくさんのツル草で器用に治療と下降を同時にこなしている。
逆にメセムスは重量とぎこちない動きでしばしば急にずり下がり、みんなのツルをゆらしていた。
「セイノスケたちは先に行ってくれ!」
ダイカも鉤爪と腕力で身のこなしに余裕があり、キラティカを受け取る。
「仕方あるまい。先に下で陽動でもしていよう」
変態メガネがなれなれしくメイドさんの頭をなでてなぐさめる。
メセムスは心なしか落ちこんで見えた。
そして握力腕力にまかせて勢いよく降りはじめる。
揺れを気にしなければ速かった。
ボクたちはツル草を手足にからませて、大きな揺れに耐える。
清之助くんはメセムスの背にしがみついて宙に振り回されながら、なぜか笑顔だった。
揺れが収まるとアレッサが先に降りていく。
あのスカートの下にまわる度胸も技術もボクにはない。
それに二番手に続くだけで、ダイカさんの露出しすぎなプロポーションを下から見上げることができた。
「……ユキタン!」
ダイカがのばした片足でボクの腕をつかんでツル草から引きはがす。
「ごめんなさい! あまりに最高のアングルで……」
慌ててツル草をつかみ直すと、ボクのいた位置に短い矢が刺さっていた。
「烈風斬!」
アレッサが刃を撃った先は空中。
その近くのツル草へ飛びこむ細い影。
「鳥の獣人……ここじゃやっかいな相手だが、相手も烈風斬を警戒している。ツル草に隠れながら降りれば、手出しは難しいはずだ」
ダイカさんは手振りで急ぐようにうながす。
ボクが降りかけた足元にカツッと矢の突き立つ音。
慌てて上がろうとして手をすべらせる。
幹にしがみついて体勢を整えると、矢は二メートルも下、それも足場の反対である外側に刺さっていた。
「当たらないから落ち着け! 当てられる位置に出ればアレッサが仕留められる!」
理屈ではそうなんでしょうけど、月明かりしかない暗闇で矢の刺さる音を聞くのは……とも口に出せない怯え顔でダイカさんを見上げるだけのボク。
「刺さっている矢をよく見ろ。かなり細くて短い矢を使っているだろう? 互いに止まって喉でも狙わない限り、即死は難しい」
アレッサが落ち着いた声で励ましてくれる。
「鳥人は見た目の半分も体重がないから、飛びかかるのは弱っている相手だけだ。姿勢を保って物影をたどれば十分にしのげる」
話の途中で中央よりの崖から影が飛び出しても、アレッサは矢を射る瞬間をちらと見るだけだった。
ピュンと風切る矢には見向きもしない。
……つくづくプロなのですね。
同じような年なのに、歴戦の隊長様のような貫禄。
不意にアレッサのスカートが下から引き裂かれて水色の縞模様が垣間見える。
「な?! な……?! え?! キャッ!?」
謎の現象に驚き、衣服の状態に驚き、慌てて両手で隠し、崖下へ落ちかけるアレッサ様。
「ダイカちゃん、こっち預かるよん!」
ラウネラトラがキラティカをツル草で巻いて身を隠し、ダイカが跳び降りてアレッサを支える。
「逆方向からの矢だ! しかし気配がない!」
ダイカが素早く周囲を見回す。
再び矢をはじく音。
ダイカもアレッサもすぐに発射位置へ目を向ける。
「草に身を寄せろ! 矢の軌道を信じるな!」
矢は再び外れ、直後にピシッ、パシンッと通り過ぎた先で下、上と立て続けに音がして、ボクの目の前を音が真逆に飛んでいく。
「跳ねている……矢の跳弾??」
「魔法道具のようだな。とにかく急いで……」
ダイカが言い終わる前に、再び矢を射る音がして緊張が走る。
矢はダイカの足元のずっと下に刺さった。
「……チッ! 普通の矢か!」
ダイカの視線を追うと、慌てて逃げる大きな鳥の影が見える。
「あの奇妙な矢を混ぜて射られ続けるのはまずいな」
「仕方ない……『虚空の外套』の片方を落とし、ユキタとキラティカは外套で先に降ろそう。オレたちは身を守りながら降りられる」
ボクは『はい』と声に出せない。
つくづくボクは足手まといでしかないと痛感する。
それなのに、ダイカもアレッサもなんでこんなに親切なんだろう?
その銀色のマントはものすごい貴重品ですよね?
もし回収できなかったら国や部族の命運を賭けたレース展開が変るんですよね?
異世界渡航者をいきなり迷宮地獄に放りこむ世界で、貴女たちは甘すぎませんか?
……甘やかされすぎでなにもしないのも、けっこういたたまれないです。
「丸めるだけじゃ軽すぎるな……なにか重りあるか?」
「ダイカさん、ボクに貸してクダシャイ」
甘っちょろいダイカさんは素直に渡してくれる。
ボクは即座にそのまま適当に投げ捨てる。
「…………ユキタン? 重りをつけないと……」
ダイカさんのこわばった声。
ボクは全力でツル草を登る。
マントはすぐに広がり、微風にあおられゆっくりと落ちてゆく。
「ユキタン! なにを考えて……アレッサ! 鳥がマントに近づいたら撃ち落としてくれ!」
ダイカが慌ててツル草を降りようとしたけど、その足元を矢が通り過ぎる。
「また普通の矢……? いや、アレッサ! 下だ!」
ダイカの叫びで、アレッサはほとんど真下から跳ねていた弓矢に気がつき、手刀の烈風斬ではじく。
矢の軌道はそれて幹に当たり、不自然な角度で空中へ跳ね返る。
「ピィ!?」
小鳥のような甲高い声。はじめて聞いた敵の声。
肘からグライダーのように羽を拡げた少女が薄い丸盾で矢を受けながら、落ちゆく銀色のマントへ近づいていた。
「三個分の超レアお宝! これでぃアタチの一族しばらく安泰ィイ!」
急いでも登るのが遅いボクに、ラウネラトラがツル草をのばして金色のマントを差し出してくれた。
「セイノスケの真似かの? じゃが、あの高さの空中に移動したいなんて本気で願えるのかねい? 死んだら元も子も無いよん?」
眠そうなたれ目が挑発してニヤける。
そう。生きてさえいれば妥協できそうな容姿の女の子とつき合うチャンスくらいボクにもあると思う。
絶望的というほどの容姿でもないし、元の世界でコツコツ努力したほうが、よほど安全にラノベくさい生活に近づけるはず。
『異世界も結局は甘くなかった』とか安直な教訓だけもらって逃げ帰り、ギャグ短編の夢オチみたいに笑って忘れて済ませられるはずが……
「アレッサたちのせいだよ。ボクが美少年で体が目当てならともかく、無償の好意とか実際に受けてみたら意味不明で不気味だよ! さすがは勇者様だよ! 末端脇役までなにかしないといたたまれない気にさせるとか悪魔かよ! 邪神かよ! ラノベヒロインかよ!?」
いつの間にか声に出ていたボクの速読念仏のような独り言にラウネラトラは首をかしげて苦笑する。
「男の子は大変だねい」
「かっこよく死ぬ覚悟なんてありません!」
金色マントに身を包み、全力で叫ぶ。
「かっこ悪すぎる自分から、少ぉぉし逃げてみたいだけ! あの空の彼方で!!」
清之助くんとは別方向からあんまりな絶叫と共に、ボクの体は宙に投げ出される。
全裸で!
一瞬、肌の感覚が失せたような気がしてマントから顔を出すと、強めの風を感じる。
ミニチュアのように遠い森が広く見え、滝のような崖のツル草が離れて見えた。
肩のあたりをつかまれる感触がして、急いでしがみつく。
「ピィイイ!?」
「こんにちは! 八つ当たりに来ましたユキタンです!!」
ボクと一緒に空中で逆さまに回転落下しながら、マントや手足を取り合っている女の子は、唇が少しクチバシに似たユニークな顔立ち。
アヒル口にも近いかな? でも驚いた顔は鳩みたいでかわいい。
「超レアお宝てえ、ブタ鬼の製造器ィ?!」
薄く小さい布をひっかけた胸は大きいけど谷間は浅い。まさに鳩胸。
「さあ飛ぼう。ボクは飛べない君が飛べ」
うさんくさい芸能マネージャーみたいなことを言ってみたけど、無理な気がする。
アレッサも言っていたけど、この子は体がものすごく軽い。
ボクの半分もなさそうだ。
「でもほら、猛禽類は自分の体重以上のものを運ぶというし……」
「でもほらじゃねえよい! 鳥人は人間なみに胴手足が長いよってぃ、マジ鳥ちゃんにゃ運搬量で負けまくりーの! でなきゃ矢もどっちゃり持ててぃ『出戻りの矢』なんかの出番なかったんだいクピィイイイ! 落ちるぅう!」
グルグルまわる視界に、金髪の学ラン少女が飛びこんでくる。
大きな金色の瞳をはじめて見る。
猫耳美少女のキラティカだった。
「つかんで」
空中で投げつけてきた丸いかたまりは、ほどけてツル草となり、ボクの顔に当たる。
急いでつかみ、手首に巻きつける。
キラティカが跳ねるように空中で止まった。
その片手にはボクが手首に巻いたツル草の先が握られている。
細い足に巻きついた別のツル草は崖のラウネラトラにつながっている。
小柄な猫耳少女の全身から金色の体毛がのびだし、体格もボクより大きくたくましくなる。
顔は精悍さと優雅さを併せ持つ若い虎。
「鳥さん。羽ばたかないと崖にたたきつけられる」
虎獣人の鋭い目がかすかに笑む。
ボクの手首のツル草がビンッと張り詰め、自分と鳥娘の体重がかかって締めつける。
そして振り子のように崖に向かって加速するボクとピーちゃん。
「ピィイイー?!」
羽をバタつかせて必死で減速に挑んでいる。
「がんばれー」
無責任に応援するボク。
まあ、しがみつく全裸の変態がいなければ頑張る必要もないのだけど。
崖にぶつかる直前、少し申し訳ない気もして鳥さんの頭を抱え込む。
からまるツル草に飛びこみ、肩、続いて腿、顔面と打ちつけられた。
「わぶ?! ぐはお?! おげぁ!」
「ピギッピィ?!」




