最終章 現実のふりをしやがる迷宮地獄は?! 花園天国で粉砕する!! 六
青巨人戦士団は教団から提供された対抗薬を塗り、首都の各地で救助という名の殴り飛ばしをはじめる。
そうやって切り開いた道で選手村へ駆けつけたリフィヌたちは口を開けて巨大ショインクを見上げた。
「その体格は『巨人の干し首』の効果……吸血将軍の所有と聞いておりましたが?」
「借りパクした。生物兵器を弱める工作の見返りだ。禁忌に手を出した教団は売り時だった。ばれても私への投資評価が下がりにくい。それより捕縛を急げ。またとりこまれたら労働が無駄になる」
一緒に来ていたネルビコは神官部隊に指示して、倒れている脱出者の隔離をはじめる。
「いやはや。ショインクどのの背任のおかげでみなさんが助かるとは。教団にも『吸血将軍の買収』名目で経費を通していたようですが……ええまあ、それはそれですよね」
「大戦の時にもゴルダを死なせないための情報は売っていた。高額で。それより手当てを急げ。死なれては元をとれん。『邪神の臓物』の後遺症で数年や数十年は寿命が減っているかもしれんが、それまではしぼりとれる」
ショインクは体をはって大量の救助を続けているはずなんだけど、言動のせいであまり神聖な姿には見えない。
「それを『解決』とゆーのはびみょーだね……ところで、なぐりとばしたひとたちって、なぜか『絆の髪』のほうを使えなくなっている?」
ゴルダシスは苦笑いしながら『憎悪』の誘発で抵抗する脱出者をバシバシひっぱたいて気絶させる。
「同化は中心となっている人格が制御しているようだな。少ない人数ずつの殴り散らしが有効のようだ。魔竜にもそう伝えろ。焼かれたら金にならん」
ところがドルドナはすでに実践で同じ解決策を採用していた。
正確に言えば、シュタルガに命令された魔竜砲の禁止を律儀に守って邪神に囲まれた結果、拳骨乱打による掘削を開始していた。
肉塊ダムの頂点にそびえる巨乳邪神はスカートをひるがえすように青黒い肉壁で何重にも魔竜を包もうとしている。
「あなたに清之助様のなにがわかる……こんな茶番の世界で筆頭を気どるあなたが『私たちの世界』にひしめく地獄のなにを知っている?!」
「たわけ。セイノスケはそれを知りながらなお、この世界に敬意をはらっている」
ドルドナの静かなひとことが顔なしの邪神をひるませる。
「そしてこのドルドナが筆頭を称するは演出である。この世界にも異世界にも自らが遠くおよばぬものが満ちていようと、主君の期待に背かぬ気概である! かのシュタルガをして、視線のみにて発情せしむる兄君にかなわぬ無力はとうに承知!!」
君はなにを基準に争っている。
「顔上げ目を合わせられぬ者の責め言葉など、このドルドナの性感帯には届かぬ!!」
陸上空母『迷宮地獄の選手村』の甲板に上がったリフィヌとザンナはそんな様子を遠巻きに見学する。
「声をかけづらいですね。いろんな意味で」
邪神ダムは陽光脚を最大出力にしてもすっぽり包めてしまうだろう大きさ。
「とはいえ、このままじゃドルドナさんが補給できなくてまずい……あっちはどんどん集まってるし」
首都から押し寄せる邪神の濁流は巨人たちの殴り飛ばしで少しずつ削られながら、選手村への興味が薄れたかのようにダムへ、そして塔へ向かっていた。
ついでに空飛ぶ大迷惑ことアレッサも選手村に着地する。
「モ、モニターは? ユキタンがなにか私のことを言っていたらしいが……」
「ああ、刃物をかまえて笑うような狂犬の仲間入りはできないとかなんとか……あ、いや、師匠様に感謝していた。マジで」
甲板には加墨やセリハムと一緒に妹狂犬も赤い斧をギラつかせて登って来ていた。
その後を追って現れた特に大きな邪神のかたまりはンヌマリとウィウィリアとシジコフの声や形を混ぜこぜにしていたけど、選手村の近くでアイドル邪神とアスリート邪神も飲みこむと清之助の名ばかり連呼しはじめる。
コカリモたちはボロボロの宮殿バルコニーに即席の司会席を設営していた。
まん中にはウサミミ頭に包帯を巻いたメインリポーター兼、総合司会代理のピパイパさんが座っている。
「邪神の『憎悪』や『友愛』は魔王様や三魔将を探しているかと思いましたが、異世界の過激派ガールフレンド集団のせいか、セイノスケ選手に人気が集中しはじめたようですね~」
いっぽうでユキタン同盟ビルの地下では歓声が上がっていた。
首都のあちこちから邪神が引きはじめ、シサバさんたちは魔王軍や神官団の救助活動へ協力をはじめる。
邪神ファイグはその様子を見ながら笑い、青黒い涙を流し続ける。
「弱さをひとつ克服し、争いをひとつ遠ざけ、めでたしめでたし……か? その盛り上がりもまた、争いが生んだものだろう? 争いは必要なのだ。争いだけが、争いこそが必要なのだ」
「勇者や魔王が崇拝されるのは正義や悪だからではない……戦争を起こすからだ! 正義などは戦争の口実! 賭け札のひとつ! 見ばえをよくする飾りのひとつ! 戦争こそは『生命』も『理想』も『愛憎』も使いきる最高の舞台劇! ゲーム! 賭博! これに勝る娯楽も芸術もない! ゆえに戦争に理由などいらない! 戦争そのものが、この世で最も価値あるもの……この体の中においては、いつまでも戦争が続けられている……いつまでもすべての魂が憎み合い、愛し合い、争い続けている……」
「アホ。戦争の実態である『非道と悲惨』は『幻滅と束縛』に直結する。つまりは『安直と退屈』の洪水だ。だからこそ崇高で刺激的であるかのようにデマをくり返す必要がある」
清之助は邪神へ説教をたれながらモニターの子画面へ目を配る。
かついで駆け続けるダイカは汗まみれで、先導するキラティカも息がきれはじめていた。
「フィクション作品を見ればわかるだろう? 戦争という展開は競争や決闘や殺人や犯罪とはまったく別次元だ。戦争描写は正確にするほどすべての個々がぼやけ、作品世界の現実観も失われる。戦争を主題に成立する娯楽とは、個性も現実感も薄っぺらい、陶酔耽溺をテーマとしたメルヘンだけだ」
「現実の戦争もまったく同じだ」
ベテラン獣人コンビは第四区間で人間選手たちがさんざん苦労した中世戦国階層も古代空中回廊も飛ぶように駆け上がっていく。
氷雪月の内部にいるオレたちの『願い』は距離的に届きにくいのか、塔内南側にいる魔王軍本隊がいそがしく走り回って操作しないと道をつなげられないらしい。
ダイカたちの運動力なら跳べる足場を作り、邪神が押し寄せる前にあわてて小部屋の壁を閉じて退避している。
「現実と向き合えない、陶酔にひたりたいガキとジジイだけが憧れる『厨二病うつ展開』が戦争だ!」
「甘えたガキは刃物さえ持てば怖がってもらえると妄想する! 色気の枯れたジジイは核兵器のボタンにすがって敬意をせびる幻想にとりつかれる! 視線が集まるのは武器であって、自分には軽蔑しか残されない現実からは目をそむける!」
「自分に自信がないから、自分の存在意義から逃げたがる! 他人と向き合えないから、他人を犠牲にしたがる! 大量の人命を踏み台にすれば、自分の価値が証明されるなどと勘違いをしたがる!」
「どんな理由をかかげようと、大量虐殺による『命の暴落』は勝者と敗者、支配者と被支配者、世界全体が支えていた理念や美徳、それらすべての存在価値を薄れさせる! ましてそれを望むなど、自身に微塵も価値が無いことを認める敗北宣言だ!」
「戦争が人類の歴史を作り、発展をもたらすなどという妄言がある。戦争が進歩を含むあらゆるものを巻きこむ性質を曲解した詭弁だ! 戦争がもたらした進歩などというものはない! 最悪の失敗シナリオを処理する残念展開が戦争だ!!」
「人類の歴史が残念展開の連続という点なら認めなくもないが、進歩をもたらした根源は、戦争にいたる失敗シナリオへの抵抗だ!」
「現実から逃げ、妄想に溺れる甘えたガキに歴史は作れない!」
「現実に負け、幻想に溺れる枯れたジジイに子孫は作れない!」
「現実に立ち向かい、理想を探す若者はジジイの無理心中をかわし! 現実を踏まえ、理想を追う大人はガキの火遊びをたたきつぶし! 国と寝室の祭を盛り上げてきた! 戦争という失敗展開に抗う努力を積み重ね、子作りを続けてきた! それが人類の歴史と進歩だ!!」
ラノベを根拠にした異世界ヘンタイの珍説に、大戦の死線を越えてきたはずの邪神が言い返せないでいた。
「必要なのは、そういった幼稚な出がらしやその予備軍でも価値を実感できる理想だ!」
「自意識過剰をご都合主義という優しさで包める大人だけが創れる芸術表現だ!」
「荒唐無稽に説得力を持たせるほど情熱に勢いがある若者だけが創れる娯楽文化だ!」
「すなわちラノベだ! 俺が貴様らを救える根拠だ!!」
巨人階層の巨大土偶や粘液天使はすべて動きを止めていて、巨竜トリオが壁操作で開けた天井の下で倒れていた。
先導するキラティカは黄金竜たちを避難させる余裕もなく、もうしわけなさそうに巨体を踏み台に駆け上がる。
巨大平面迷路『王道の勇者』階層へ登ると、螺旋階段から引き返していたらしい神官たちが多数いた。
「勇者め……貴様さえ来なければ?!」
その内の数人が悪魔と化して襲ってくる。
ねらいは清之助だけど『へつらいの鉢巻』では騎馬になっているダイカまでは守りきれない人数と速度。
その死角へ迷わずキラティカが飛びこみ、片目をえぐられて倒れる。
腰の『影絵の革帯』が光っていたけど、放った三体の分身はダイカへ道を開けるために使われていた。
ダイカが迷路を直線で駆け抜けたあとにふり向くと、キラティカは片目を押えながらも追いついてほほえんでいた。
「宗教って良くも悪くも不思議な力があるものね?」
悪魔のほとんどは追ってこない。
神官のほとんどは邪神がせまる中でも悪魔へ群がって足止めしていた。
「勇者様だけは守れ!」
「ワタシにとってのダイカのようなものかしら?」
二体の悪魔が抜け出して飛んできたけど、ダイカを背にほほえむキラティカが十体の分身をけしかけて床へ落とすと、神官の群れがのしかかった。
キラティカがふらつき、ダイカが腕をつかんで支え、清之助は血まみれの片目に口をつける。
「毒だ。続きを頼む」
清之助は吸った血を吐き出し、ダイカは預けられるままにキラティカの血を吸う。
「なんでこんな……オレのために!」
ダイカは親友の芸術的な美貌に空けられた大穴を見て声が震える。
「別にこれくらい。ワタシはダイカに出会えただけですべてをもらっているもの」
錯乱気味のダイカのシッポを清之助がにぎって螺旋階段の広間へ引っぱりこみ、別の区画へ押しこめると壁を操作して封鎖する。
「おいセイノスケ?!」
ダイカが遅れて気がつく。
「休まず吸い続けろ。今の一秒ずつが後遺症を分ける。勲章になる傷だろうが、プレイが制限されるような症状は困る」
「もしかしてこれがアナタの祭?」
モニターごしのキラティカは楽しげにつぶやく。
「うむ。俺の祭で、貴様の祭だ。祭とは『命の使いかたを決める儀式』だ。政治などは本来、その補助につけられた『会議機能』に過ぎない」
清之助は自力で螺旋階段を駆け上がりながら、やっぱり楽しげに珍奇な自説を披露する。
「文化イベントの会場は国会に勝る政治空間だ。別の言いかたをするなら、国会にはおもしろみがなければ、その存在価値もない! まして戦争など、実行が最悪とされる政治の一手段に過ぎん! 戦争だ政治だと騒ぎたいなら、祭の矜持を先に示してもらおうか! 今こそが祭、神と世界へ自分の意志を示す時だ! 貴様らはこの祭で、自らの命になにを誓う?!」
「収穫に感謝し、さらなる勤労を誓うか?!」
「繁栄に感謝し、さらなる成長を誓うか?!」
「俺はこの世の愛に感謝し、さらなる平和を誓う!!」
なぜかこの末期的ヘンタイに限っては、真顔で言っても説得力のあるセリフだった。
カルト団体でも避けそうなキャッチコピーなのに、リフィヌやザンナまでつっこめない表情。つっこみたくない表情。
「言い換えるならば! 全力の性欲で理想のハーレム追求を誓う!!」
みんなが一斉に『言い換えるな?!』とつっこみたい表情になる……けど、このクソメガネの本性はようやくみんなにも伝わりはじめていた。




