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最終章 現実のふりをしやがる迷宮地獄は?! 花園天国で粉砕する!! 四

 騎士部隊にも強化で目や足がパミラに追いつくやつが混じっていて、紫の竜巻は少しずつ赤みを増す。

「ま、そこまでわしに奉仕したいならしかたあるまい」

 シュタルガは散らばっていた騎馬魔獣の一匹にまたがる。

「貴様では半分も減らせるかどうか……せいぜい励めよ」

 そんな挑発しまくりの逃げ際に限って、優しくさびしげな笑顔を見せるのも謀略でしょうか。


 オレはそういった状況のまん中でやられ待ちだったけど、ツル草がのびてきて騎馬魔獣の一匹をとらえ、その背にオレをくくりつける。

 オレは魔獣が走る方向とは頭を逆にしたあおむけで激しくゆられながら、遠ざかるメセムスの背にラウネラトラ様も搭載されていたことに気がつく。

 シャルラは部下にパミラを囲ませながら、数十騎を率いて追ってきた。



 オレはツル草を無理に解いたら落馬して死にそうだし、しがみつけたところで乗りかたなんか知らないので、このまま部隊を分散させるおとりになればいいかなーとか思っていたら、シュタルガのほうから騎馬魔獣を寄せてきた。

「せめてその束縛くらい自分ではずそうとは思わんのか?」

「いろいろ深い事情がありまして」

「どうせ『無能だから』の五文字で済むことだろう? おとりくらいにはなるかもしれんんから、落馬だけはするな」

「言っておくけど、オレも覇権を押しつけられたら怒るからね」

「誰が…………貴様などにやるものか」

 少しだけ、悲しそうな目をされた。

「ごめんね。でもブラコンの意地をもっと見たいから」

 シュタルガは無言でツル草を切り払い、オレはあわてて魔獣の手綱にしがみつく。


「はい、ベタベタなツンデレありがとうございました!」

「その『つんでれ』というのはなんだ?」

 興味というより交戦の口実を求めるみたいに詰問された。

「ラノベ教において、相手の警戒心も敵意も悪意も殺意も、すべて好意へ結びつける博愛の教義です」

「異常者の性嗜好か」

「そして行きづまった世界を打開しうる文化だよ。変態クソメガネにふきこまれた暴論も今なら消化できる。無茶でもなんでもない。ただの常識だ。やつはバカだからややこしい言いかたをしただけだ。でもいいことを言っていた」


 モニターではパミラがツンデレの意地を見せて騎士のひざ裏や足首をねらって文字通りの足止めを続けていた。

 まだぎこちなくでも動けるメセムス、それにラウネラトラたちの手伝いも少しは息を引き延ばしている。

 シュタルガは目をそらさないけど、あせっているのはわかった。

 目的地が見当たらない。

 テント土偶が遠く見えにくくなってくると地面の緑が濃くなってきたけど、地平は遠くかなたでせり上がる先まで起伏がほとんどない。

 ぼんやり光る夜空ものっぺりと変化がない。


「そんなご都合主義で世界がまわっているならフィクションは必要ない」

 八つ当たりみたいにオレヘつぶやく。

「都合がよくてなにが悪いんだよ。最悪だと思っていたやつがエロくかわいい女の子になったら最高だろ。地獄だらけの世界で、無理矢理でも楽園をでっちあげたり、少しずつでも近づけたら最高だろ」

 オレは自信があるふりをして笑う。無理矢理。

「ご都合主義は、これからの世界をまわすためにあるんだよ」



 遠目にも色彩で予想していたけど、さらに進んだ先では一面に花が咲き乱れ、低い木立には果実があふれていた。

 香りの強い風に乗って花びらが舞っている。

 シュタルガは顔をゆがめて不快そうにそれらをにらんだ。

「ここを訪れたカミゴッドの願望か……この楽園もどきのおぞましさもまた地獄のようだな。貴様のいた世界や貴様の脳内もこんなものか?」


 オレにはそれなりのデートスポットに見えたけど、言われてみると、元世界では飢餓と食料問題が深刻になっているいっぽうで、先進国では膨大な食べ物が廃棄されている不自然を思い出した。

 そして『豊かさによる過剰な自意識』を導くことこそ、ラノベの使命とか……ほとんど清之助の受け売りだけど。

「こういう、バカみたいに甘ったるい世界を求めちゃいけないのかな? ご都合主義に頼りきったら救われないだろうけど、ほしいものをほしいと言わないほうがもっとひどい現実逃避に思えるよ」


「君はそれを一番わかっているはずなのに、一番わかってない」



 シュタルガはなにも答えないまま、モニターを見ていた。

 パミラが倒れていたけど、オレたちを追う数十騎のほかに立っている騎士もいない。

 そしてどういうわけか、メセムスたちも、テント周辺の地面に転がっていた騎士たちも、みんなが壁と天井のある『神の勇者』時代の階層にもどされていた。

 アハマハは壁を操作しながら、首をかしげている。


「ユイーツめ……『なんでも望みがかなうことは最悪』とは、こういうことか……」

 シュタルガの歯ぎしりの意味がオレにはわからない。

「同盟ビルのユイーツにも確認した。放送してもいいか?」

 モニターのクソメガネが珍しく情報公開に許可を求め、シュタルガは苦々しそうにうなずく。


「魔法道具には共通して『意志を感知する』という機能がある」

 この解説魔はなぜここで基本設定を言い出すかな。

「仮称『ゼンチゼンノー星人』という液体金属生命体も同じ能力を持ち、地球においては人の意志を感知し、それを真似ることで交流していた」

「似た機能?」

「まったく同じ能力だ。すべての魔法道具にはユイーツの体の一部……便宜上『細胞』のようなものが入っている」

「じゃあ『ご都合主義の人工衛星』も?」

「それがユイーツの本体のようなものだ。『無限の塔』と合わせて頭や体に近い細胞の量があり、最も知性が高い」

「触覚つき女子が本体じゃないの?」

「本体の一部だが、目と耳と指先をほんの少しずつ足したようなものだ。時間感覚を人間に合わせるために知的機能が大幅に下がっている」

「睡眠を百年周期でとるような時間感覚か」

「それすら人間で言えば全力疾走を数秒の休みでくり返すような無理らしい」

「するとあの激しい残念ぶりは平たく言うと……」

「寝不足だ」

「神までかよ」

「本来の知性の高さは予測の正確さのとおりだ。あの触覚娘の反応も、ほとんどは本体の予測を元に準備されたプログラムだ」


 会話にシャルラが割りこんでくる。

「それでどうやったら捕獲……いえ、保護できるの?!」

 その厚かましさはもはや勇敢の域。

「そこらの地面でも勝手にしがみつけ。制御方法については答えている真っ最中だが……簡単に言えば、お前が今そこで考えている願いは、すべて可能な限りにかなえられている」

「そんな無茶苦茶あるわけないでしょ?!」

「あったからカミゴッドは二千年前から世界を無茶苦茶にし続け、部分的な歯止めにも数百年を要した」

「……願ってみたけど、シュタルガは死なないし、あなたはデレないじゃない?! そもそも魔法を使っている実感がないわよ?!」

「まずは距離の問題だ。魔法のほとんどは感知と効果に距離の影響が大きい。地上からその衛星へ願っても届きにくいように、月から地上へ今の願いを届けるにはかなりの人数がいるようだ」

「それを先に言いなさいよ?!」

「それと本体を守るためか、その月の中にいる者に対しては効かないらしいな」

「じゃあほとんどなにもできないじゃない?!」

「だが入り口は例外だったらしい。テント周辺にいた騎士たちはシュタルガとユキタの『願い』によって隔離され、メセムスたちは貴様たち騎士団部隊の『願い』で隔離された」

「え」

「カミゴッドとその弟子たちが作り出した魔法道具は、制限つきながら『願い』を携帯して持ち出せるようにしたものだ。今のユイーツにそこまでつきあう余力はないようだが、塔の制御はまだ可能なようだな」

「塔の制御って……移動装置だけでなく、土偶や魔法人形の管理とか、異世界転移も?」

「知らん。だが可能性は高い」

「え……すると…………え? この『ご都合主義の人工衛星』から別の『願い』をする人間を排除しきれば、塔の支配は私のものに?!」

「そうとも言える」



 シュタルガはオレを連れて逃げ続けていた。

 まだ勝ち目があるとしたら、強化騎士たちの時間切れによる自滅くらい。

 低い木立に隠れまわり、鉄扇による即席トラップでわずかずつ足止めして騎士の頭数を減らしている。


「ふっふ! よろしい清之助くん! あなたはこの『新たなる神』シャルラに貢献した褒美として……」

「いらん」

「やっぱり私をバカにして……騎士団の足手まといとして利用していただけ?!」

「ニューノあたりにそう言われたのか? 貴様の知性品性はともかく、好感なら初対面から持っていた」

「え」

「アレッサを嫌う人間にはどうしても親近感を持つ」

「あの……それはちょっと、人としてどうかしら? 私も『風鳴りの腕輪』を試験で横取りされたし、人気や実力は目ざわりだったけど、たしかに正義感は強いし……」

「そんなものがなんの役に立つ?! そういった余計なプライドを鼻にかけた態度が胸くそ悪い! 善悪で言えば善だろうが、好き嫌いで言えば大嫌いだ!!」

「ちょっ……おちつい……て?」


 オレは『なにしに来たんだオマエ?!』とツッコミを入れたかったけど、騎士の相手でそれどころじゃない。

 馬がわりの魔獣が二匹とも走りつぶれてしまい、シュタルガと一緒に広大すぎる花園を逃げまわる。

 オレはほとんどおとりで、身を守って走りまわっていればシュタルガ様がなんとかしてくれた。

 なんだかアレッサと出会ったころを思い出す……ってこれ、走馬灯じゃないだろな?


「セイノスケ様……あなたこそ世界をどう創りかえたいのですか……?」

 モニターでは清之助に迫る巨大邪神ファイグが代わりにツッコミをいれてくれていたし、オレは逃げまわりに専念しようと……あたり見回すけど、騎士たちが見当たらない。



「まだ、三十騎は、来ている」

 シュタルガの息切れが激しい。

「傀儡魔王様はともかく、吸血将軍にまで撃墜数で何倍も差をつけられるのは魔王様的にまずくない?」

 耳をギリギリと引っぱられた。

「うっとうしい。わしとは別方向へ失せろ……そのまま身を隠せ。もしあのピンク頭にこの花園を制圧されたとしても、わしか貴様のどちらかが残れば『願い』に最低限の修正がきく」

 シュタルガはあたりの枝をぶち折っては簡易罠を設置していく。

 魔王という立場や花園天国という舞台に不似合いな所業がいじましいので手伝ってあげる。

「そういう節操のないところは好きなんだよ」

「貴様はさっきから……わしをくどいているつもりか?」

「気づいてなかったのかよ。はじめからそれ以外の目的なんかないってば」

「いつから……いや、いい、失せろ!」

 いつの間にか、たくさんの悪魔騎士たちに囲まれていた。

 シュタルガはおそらく、はじめてオレに本気の戦闘を見せる。


 組み合わせた鉄扇が打撃装置だけでなく、加速や跳躍の補助にも使われまくっていた。

 これならパミラにも勝て……いや、ぎりぎり互角くらい?

 つまりオレにはまるで、手出しどころか目も追いつかない応酬。

 でもこれと『地獄耳』による先読みの消耗を合わせると……

 最後の悪魔騎士がたたきつぶされた直後、妖鬼魔王の無残に苦しげな顔と、ひざをつく姿をはじめて見る。

 にらむ目がオレに『逃げろ』と叫んでいた。


 目の前にはひきつった笑顔で抜刀するシャルラ……と青ざめて震えるブタ鬼一匹。

「さすがは魔王……まさか残りの手駒をすべて……やはり消さなくては……麻繰と同じ……邪魔なヒロイン……ユキタ君、お願いだから今だけ邪魔しないで。今だけ見逃してくれたら……」

 シャルラは背後から殴り倒された。

 オレと同じ身長で横幅は三倍のモヒカン大柄ブタ鬼が青ざめながら笑っていた。

「最弱聖騎士さまよう、手駒にもいれねえブタにやられる気分はどうだ?」


 ブタ鬼はよだれをばらまき、がく然と震えるシャルラの服をひきちぎる。

「ブギャギャギャ! シャルラ! てめえが言ったことだよな?! 善悪でも頭や顔の良し悪しでもねえ! 偶然でもなんでも、ここに最後まで立っていたオレ様の勝ちだ!」

 そしてオレにふり返り、にらみながらニタつく。

「よう兄弟。このピンク頭の穴だったらすぐにも貸してやるよ。殺したっていいぜ?」

 醜悪なデブは、まだ立てないシュタルガも殴り倒す。

「だがシュタルガを最初に犯すのはオレだ! うおぃカメラ! 中継やめやがったら、この世界のやつら、ひとり残らず生き残れなくしてやんぞ! オレはそれでもかまわねえんだ! どうせブタ鬼の寿命なんて人間の半分もねえ! どうせオレなんか異世界でも底辺の中の底辺だ! だったら異世界転移をエサにこの世界中の女を貢がせて、死ぬまでやりまくるほうがいいぜ! 突然の理不尽なチート! 無意味なハーレム! 『ご都合主義の人工衛星』チーレム最高だぜ! ブギャギャギャギャギャギャ!」


 モニターにオレたちが映っていた。

 ほかの子画面には邪神に追いつめられていく各地の窮状、惨状、手遅れのあと。

 そんな中で、こんな場面を見せられているのか?


「おいユキタン、混ぜてやるって言ってんだぜ? オマエとは気が合う。左手の調子はどうなんだ? 骨折が直ったばかりなら悪いが、オレに逆らわない証に、指を三本落とせ。それだけでいいぜ? それでオマエに世界の女を三百人選ばせてやる……」


 豚鬼一匹が相手なら、オレでも逃げまわれるかもしれない。

 シュタルガの器量やシャルラの根性なら、どこかで反撃できるかも。

 それが勝つ可能性が最も高い判断だ。

 オレはシャルラが殴られた時点ではまだ一応、そんなことも考えていた。


「うぉい?! 聞いてんのかゴルァ?! さっそくオレ様の新婚初夜を全国放送してやるぜ! この二百五十六聖帝……誰が二百五十六だコラ?! 今こそ最低最悪『豚肉魔王』ツカント様がどうでもいい運だけで覇権を握り! みんなのあこがれシュタルガちゃんの貞操を……おっと、一応でも魔王だ。回復する前に骨を何本か折っておかねえとな……おい、てめえがやれブタ勇者!」


 シュタルガまで殴られたあと、俺は冷静なふりをして今の状況で使える魔法道具を探していた。

 自分が持っている魔法にはなくても、シュタルガやシャルラの持つ魔法道具になにか有効なコピー対象はないか、一応は考えようとした。

 でも、すとんと意識が真っ黒になった。

 握っていたのは厚めのナイフ。

「オレの師匠を誰だと思っていやがる」


 体が勝手に動く。

 自分で動かしている感じがない。

 いつか夢で見たような、豪傑鬼との一騎討ちみたいだ。

 実力ではそれ以上の差があるだろうけど。

 こんなやつでも一応は競技祭の選手で、したっぱでも幹部格だ。

 ひかえめに見てもプロレスラーくらいには強そうな相手とのケンカだ。

 首と目を集中的にねらったから、どちらかといえば殺し合いだけど。

 片目に刺して体重をかけたナイフが折れ、すぐにハンマーへ持ちかえて鼻先を殴りつける。

 オレなんか、その太い腕で殴られたら一発で動けなくなる。

 その前に、一発でも多く殴る。

 シュタルガが逃げられるように。せめて少しでも回復して抵抗できるように。

 突きとばされてハンマーがどこかにふっとんだけど『伝説の剣』にはちょうどいい間合いになった。

 やった。やっぱり幹部でもしたっぱだ。すぐに追い討ちしてのしかかってりゃ、オレなんかなにもできないで押しつぶされていたのに。なにをそんなに怯えてやがる。

「ひ……っ、狂犬の弟子……?!」

「刃物かまえて笑ったくらいで狂犬勇者の弟子になれたら苦労しねえよ!!」


 獣人や選手剣士たちの目が追いつかない連続攻撃には遠く及ばない、工事現場のようにガッツンガッツンふりおろす不様なめった打ちしかできないオレ。

 でも何度も美少女勇者に斬殺されかけ、魔王軍大幹部や聖騎士や特務神官に近接戦をしかけられ、くり返し美少女勇者に刺殺されかけていたせいか、プロレスラーみたいな豪腕パンチもぎりぎりかわせている?!

 こんな短期間で体力や技術が鍛えられるわけないだろ?!

 でも度胸と勘だけは、ザコ幹部よりは育っていたのかよ?!

 こっちの世界に来てから指導教官に恵まれすぎている?!

「ユキタ……様?! 命だけは見逃してくださいいいひいいいい!!」

「よくもシュタルガを! シャルラを! シュタルガを! シュタルガを!! シュタルガを!!」

 ブタ鬼はいつの間にか、オレのしょぼいめった打ちをくらいながら地面に頭をこすりつけて泣いていた。その背や腕についた生傷の数が尋常じゃない。いったい誰がここまで。ちぎれた耳には歯型が……ってなんかオレの口の中、嫌な味がする。

 ツバを吐いてみて一句。


「オレ……ツエエエエエエエエ?!」




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