最終章 現実のふりをしやがる迷宮地獄は?! 花園天国で粉砕する!! 二
「まっっったく、あのバカブタヤロウ様はっ、活躍の土台すべてが人脈だよりのくせに、万能エリート親友さんの真似した性的奔放なんて、数少ないとりえだった誠実一途を失うダメ人間たるダメ押しではないですか?!」
ごめん許して助けてお慈悲をリフィヌ様。
「ラウネラトラだってユキタンのために無理してきただろ? あれくらいは……」
妙な時にしおらしくなる聖女ザンナ様。
ふたりはコカリモとコカッツォに乗ってビルの屋上を跳び渡っていた。
周囲を飛びかう青黒い肉鞭の数がやけに多い。
「悪女愛人みたいに扱われているザンナさんが良妻賢母ご都合主義ヒロイン気どりですか?! 陽・光・脚ぅ!!」
オレを守る意志は微塵もなさそうな発動がまとめて肉鞭の嵐をはじく。
「アタシは十二獄候なんてごたいそうな格づけをもらったところで、自分の器量は知っているからな。最弱凡庸のバカブタが背伸びに必死なのもわかっちまうんだよ……闇・千・本!」
ザンナの針では砲弾のような肉鞭に対抗することが難しく、無防備な空中でコカリモの軌道を変えるだけの発動。
「そういや聞きそびれていたけど、どうだったんだよ? ユキタンの味とか」
「……っ……な……?!」
リフィヌが真っ赤になって固まり、乗せて跳びまわるコカッツォはバリア発動ボタンを連打するごとくシッポでひっぱたく。
ビル通りの谷間では十数メートルのひょろ長い巨大邪神が立ち上がりはじめていた。
「みんなで力を合わせてがんばりましょう。最後のひとりになるまでひとりずつ。手足が最後の一本になってもがんばりましょう。手足がなくなっても口で罠にもおとりにもなれます。最後まであきらめずにみんなのためにがんばりましょう」
細長邪神のかすれ声でリフィヌは正体に気がつく。
「攻めの入念な手数も似ておりますね……この規模の制御は『友愛』と『憎悪』の中心にウィウィリア先輩が入ってこそですか」
邪神の頭部がパーマ髪をかたどって悲しげに笑う。
『死を恐れないための』教育を受けた数十人の子供の中でただ独り『皆殺しの教会』を生き残った『鬼火の神官』はオーケストラを指揮するように数十の青黒い肉鞭を操る。
「殺すことを恐れてはいけないのです。死を恐れるようになってしまうのです。死は救済なのです。あなたの救済なのです。みんなの救済なのです。私はそう先生に教わったのです。私はそう生徒に教え……」
ポルドンスが玉すだれで引き返して来ていた。
低身長と高身長の神官少女にしがみつかれながら。
「ちゃうやん師匠。ウチら師匠にほめられるのうれしかったけど、くたばるよりウマいやりくちないか、師匠も悩んでくれたやん。だから師匠がどんなキャラでもついていったんやん」
邪神ウィウィリアは生徒である『花火の神官』ジョナシーと『蛍火の神官』ドリシリーへゆっくりふりかえる。
ポルドンスはふたりを抱えて逃げまわりながら、コカリモたちへ先を急ぐようにうながす。
「教えられましたから。教えられたことを守ります。守らせます。教えこませます……」
細長邪神から暗い笑顔が消えたけど、弟子たちを包むように膨大な数の『友愛』がのびはじめたけど『憎悪』がにぶいのか、速度や太さがない。
「ウチそんな師匠いややわ! 空気読めん人殺しでもかまへんけど、自分の先生より自分の生徒を大事にする師匠やないといややわ!」
「どうしようもなく殺戮マシンなくせして痛々しいほど優しい師匠さんやから、どうしようもなくふだつきのウチらにも居場所くれたんやろ……なあ、人殺しは仕事やからかまへんけど、そのあとでしあわせになる方法も教えてや」
ウィウィリアらしい表情が薄れてくる。
でもすぐに別の憎悪の形状が邪神を支え継ぎ、攻撃の停止を許さない。
高さと手数は出せなくなっても、広がってじわじわと、屋上づたいに逃げまわるポルドンスたちを追う。
ドリシリーは大通りをはさんだ向かいのビルを跳ぶ赤い光に気がつく。
両手に『酔いどれの斧』と『惨劇のノコギリ』をかまえた短い蒼髪。
獣人に乗っているわけでもなく、先を跳ぶ金髪褐色セーラー服少女ンヌマリとワイヤーを使って連携しているだけ。
でもそれを追う加墨とナルテアは大変そうで、鳥人のセリハムたちがつきっきりで補助していた。
「あれは切り裂きさんの妹の……八つ裂きさんや! ヘルプミー! ヘルプしてんかー! できれば師匠さんもレスキューしてプリーズ!」
レイミッサは無表情にノコギリを『バイバイ』みたいにふって見せる。
「うちら見捨てられた?! むしろおとりにされた?! アゴわれにいさん狂犬ちゃんたちとはコネあるんやないの?! 教団の秘密情報たれ流しとったんやろ?!」
「いや、オレは第四区間でどっちにも気まずいことやってるし。オマエらこそユキタンへ熱心に抱きついて……」
「烈風斬!」
ポルドンスのくねる前髪とジョナシーのパーマ髪の一部が斬り飛ばされる。
土砂走行で背後にせまっていたアレッサまでなぜか驚いたような顔をしていた。
「いや、そうじゃないんだすまない! 声をかけようとしたら、聞こえた話題に驚いて、つい!」
「すまんで済んだら勇者はいらんわボケ!」
「ゆきずり犯行の『つい』なんて動機のほうが計画性あるよりたち悪いわボケ!」
「アレッサちゃんよう、技名はっきり叫んでいたよなあ?! ユキタンに病気でもうつされてんのかよ?!」
「そ、そんな行為はしてない! 一緒に風呂へ二度ほど入ったくらい……烈風斬!」
騒がしい神官トリオは自分の首を守ってかがむけど、ボケ勇者の次のねらいはンヌマリの鼻先だった。
「すまない! だがワイヤーが怪しい!」
跳ぶ寸前だったンヌマリはパチクリしたけど、セリハムが飛びあがり、角度を変えて先をのぞきこむ。
「うい。陰干し邪神がんばりんぐ……あち……こちゃい?」
ビル屋上の陰にひそんでいた青黒い肉塊が壁面のすき間から地上までつながっていることを指で示し、さらに別の壁面までなぞって目を丸くする。
「そちゃい?!」
神官トリオのすぐ足もとまではいよっていた流れをビシビシ指す。
アレッサが土砂走行で割りこみ、三人を抱えて飛びあがる。
「僕は自分でなんとかするさあ! そっちの嬢ちゃんたちを頼む……ぜ! ……ん?」
ウインクして『難儀の玉すだれ』ワイヤーで分離したポルドンスは空中でレイミッサの飛び蹴りをくらう。
「ごふぁがあっ?!」
跳び移ろうとしたビル壁にも青黒い肉がはいのぼっていた。
「蹴られなければつっこんでいたとはいえ、言葉で警告してほしいし蹴るのは顔面じゃなくてよかった気もするが『難儀』の補助をしてくれたってことにしておく……ぜ!」
すだれワイヤーを撃ちなおした直後、変更先のビル壁にまで陰から青黒い肉がわきでた。
セリハムも気がついて急降下し、ポルドンスのえりをつかんではばたく。
大柄マッチョではわずかに落下が遅くなるだけ。
それでも少しずらせた着地先……に道路からの巨体が盛り上がっていた。
「ああ、この待ち伏せの厚さは……いつの間にやら『綿雪』のダンナが仕切っていたわけですかい」
箱状に盛り上がった巨大邪神から箱のような角顔が出てくる。
殺戮神官コンビの片割れ『綿雪の神官』シジコフのシルエット。
「罰しないことは罪。処刑しないことは罪。それが子供ならなおさら。それが家族ならなおさら……」
ポルドンスをつかもうとした太い腕はンヌマリのぶっぱなした大口径ライフルと加墨の投げつけた手榴弾にひるみ、そのスキにすだれワイヤーがビル屋上までマッチョと鳥娘を引き上げた。
「ンヌマリも家族を殺したよ。おとうさんとおかあさん、あと小さな弟。ワタシにそうさせた人たちは、ワタシのせいだって言っていた。『そんなわけない』とか思わなかった。思ったら心が壊れちゃうから」
ンヌマリの体が屋上から何メートルも跳ね上がっていた。
回収途中だったワイヤーを邪神にたぐられ、ビルの谷間の邪神のふところへ落下をはじめる。
「ワタシはワタシが生まれなければよかったと思って、たくさん人を殺したよ。セイノスケが人の守りかたを教えてくれるまで。ワタシがおとうさんおかあさんに守られて生まれたことがわかるまで」
ンヌマリは落ちながら、アレッサに先へ進むように指で示す。
角顔邪神の胸へ飛びこむ寸前でほほえむ。
「セイノスケはすごいヘンタイでやさしいよ」
セーラー服を飲みこんだ邪神の動きが変わる。
広いあちこちで細かい肉鞭の撃ち合いがはじまり、それらは中心部の箱体型を長く細くしていく。
巨大な指はアレッサに示したのと同じ、塔の方向を指した。
くぐもった泣き声がひびく。
「セイノスケ。この世界も同じだよ。どうでもいい殺し合いをしたい人がたくさん。巻きこまれて、なんで生まれたのかわからなくなった人がたくさん。その人たちがまた、どうでもいい殺し合いをしたがるゾンビになっているの……」
のばした指先をすがるような手つきに変えて歩き出す。
「助けておにいちゃん」
くぐもる声にはウィウィリアやシジコフも混じっていた。
リフィヌは教団ビル屋上の鉄扉を蹴り破ったあとで一礼する。
「お邪魔いたします」
内部の通路に護衛神官が何十と押しかけてくる。
「時間がありませぬ。ポリドンスさんのおかげで『邪神の臓物』を受けた神官さんたちも多くは手当てを急げば助かる可能性があります。ゆえにここはみなさまの病院送りもやむなしで通させていただきます」
かまえるリフィヌは通路の奥から走ってくる巨体に気がつく。
「お師匠……ネルビコ様!」
「や、やあリフィヌくん。足でノックは僕の心臓によくないよ。あふう。まあ、玄関はお肉でふさがっているからしかたないのかな? ごめんね?」
太った中年男は汗だらけの笑顔で護衛を抑える。
「お話したいのです。ほかの副神官長さまたちは……?」
「ええ、ええ。まずはこちらへ。ああ、そちらの獣人のかたたち、すごい格好とプロポーションですねえ。実にもうしわけありません。いえ、こんな時ですから、普段は出入り禁止の獣人さんでも大歓迎ですとも」
手ぶりでうながして階段をいくつかくだり、会議室へ出る。
どこもかしこも護衛神官がひしめいていた。
「では私などでよろしければ、話をおうかがいしましょうかねえ」
「え……ポルドンスさんの手引きをしてくださったのはネルビコ様ではないのですか?」
「おうふ。内通者がいたのですか。それは……もうちょっと早くわかっていれば……」
コカリモのシッポがリフィヌのしりをぽんぽんたたく。
大きな円卓の作戦図には『非教徒全浄化計画』と書かれていた。
防壁より北へ向かったニューノたちの観測では、邪神はまだオアシスに到達してない。
「地下遺跡を使う様子もありませんね……広がる性質があるのに、分裂は嫌がるのでしょうか?」
邪神についての分析はモニターで公開議論されていた。
「邪神化した者が発動条件の『憎悪』を意識しやすくなっておるように『友愛』にも誘導が働いておるのかもしれん」
ロックルフはウォクジャバ社長の背に乗り、妖獣妃レキュスラの護衛を受けながら、清之助とは逆まわりに塔の東へ入っていた。
「しかし必ずしも単一の統合へ向かわないところがやっかいですなあ? アメーバ状に、あちこちへ中心部が現れては消えるとは」
ウォクジャバ社長は礼儀正しいけど楽しげ。
「妖獣のわらわが言うのもなんじゃが、おぞましいものよ。殺す目的だけで勝つ意志のない武器ならばいくつか知っておる。それすら使いようでは酔狂にもなろうが、誰が誰を殺すかもわからん兵器など、狂気の美学すら放棄しておる。いかにも下賎な無粋じゃ」
レキュスラ会長も常人には理解しにくい批判をする。
塔の南側入口に近づいている清之助は首をひねる。
「レキュスラ。あの肉塊はそれ以下だ。飲みこむだけで殺すとは限らず、助かる可能性すらある。兵器どころか、殺すかどうかの目的すらあいまいな集合装置だが、世界を滅ぼす機能だけはある。きわめて完成度の高い『最悪』だ」
クソメガネは理解した上で補足しやがった。
レキュスラさんはうなずきながらも完成度の高いヘンタイに呆れる。
陸上空母『迷宮地獄の選手村』の砲撃が息切れし、邪神の肉鞭につながれはじめた時、白いもやを全身にまとった巨人将軍ゴルダシスが跳びこんできた。
「あんまりさわりたくないけど……わりとひっさつキック!」
同化された砲台や砲兵ごと蹴り払い、電柱のような太さの肉鞭を何本かまとめてひっぺがす。
「ブーツごしだけじゃあぶなそうだけど……砂キック!」
今度は魔竜の力を引き出す竹馬を光らせないまま、足先で砂をすくってぶつける蹴り。
数本をまとめて切り払おうとして、四本目ではじかれる。
しかも肉紐が何本も反動で射出され、とっさに白もや砲でふっとばす。
「あぶな~。う~ん、これだとシャンガジャンガちゃんでもぎりぎりかな?」
豪傑鬼も魔獣に乗って出迎えに来ていた。
「やっぱりか。もう二回はじいたが、運がよかっただけな感じがする嫌な手ごたえだ。腕の立つ部下も何人か、いつの間にかやられてやがる。『暗黒の聖母』のやつらと違って、場所によって性格が変わりやがるんだ」
「ジュリエルちゃんのくれた報告でも、距離の影響が強いみたい。意外によわっちーとか思ったら、急にだれかが中心になってきびしーことやってくんの……とゆーかこの量になっちゃうと、もうドルドナちゃんでも……」
離れて爆音が響き、巨人将軍が豪傑鬼の背に隠れる。九割は隠れてない。
防壁内の南側、邪神の濁流が集まる中心に魔竜将軍が降り立っていた。
「腹ごしらえは十分である! このドルドナに挑む者は名乗りをあげい!!」
「オレはソフトマゾなんだああ」
ライオン頭の小山がキラティカ相手よりもにぶく盛り上がり、魔竜パンチでぶっとばされる。
「痴れ者が! そのキラキラネームは奇抜であるが! この魔竜へ挑むには気迫が足りぬ! 次!!」
ドルドナが求めるまでもなく、魔王配下ダントツ最強へ寄せられる憎悪と友愛は爆発的に盛り上がり、青黒いクレーターとなって囲む。
「貴様さえいなければ!」「魔竜め!」「味方ごと燃やすなんて!」「最高だ!」「空気を読め!」「ボケ将軍!」「爆撃バカ!」「暴走火薬庫!」
ドルドナの灼熱する拳は邪神の同化も寄せつけずに殴りぬける。
でもトラックを突っこませたような穴でさえ、ダムのように囲む邪神は一瞬でふさぎなおしてしまう。
「意気やよし! だが名乗らぬ者の戦に勝利などないと知れい! ……だが空気を読めぬボケ将軍に用がある者は、なぜ選手村へ行かぬ?」
邪神のあちこちからツッコミや喝采の腕がのびる。
「誰も勝利など望んでいません。誰もが弱く醜く怖がりのまま、あなたの強さ美しさ誇り高さを堕としめ、飲みこみたいのです」
くぐもる罵声に混じった少女のよく通る声はそれだけ言って途絶える。
ドルドナは次々と襲いかかる青黒い波に抗いながら、その声の一点だけを見つめる。
「シュタルガやユキタンとは真逆の意志を煽るか。だが貴様みずからは自信を持ちながら、弱者の群れに隠れまぎれるなど、この肉塊を統べるにふさわしい卑しさよ!」
「我々は意志も同化している」「この意志は私たちの総意」「オレたちは勝利など望まない。すべてが腐り堕ちればいい」「みんなも自分が誰かなんて、もう気にしていない」
くぐもった声のあちこちに、同じ少女の声が混じっていた。
「そう思いこみたい意志だけは統一されている。ゆえに統べる者の性根も伝わる! 貴様、異世界のまつりごとを知る者ならば、少しはセイノスケの誠実を見習え!」
肉塊ダムの一角にひときわ巨大な影が持ち上がる。
「あなたに私のなにがわかる……清之助様のなにがわかる?!」
あいまいなりんかくだけど、大まかには細めの巨乳。
オレは清之助の親衛隊のうち、軍事と科学に詳しいンヌマリと加墨を先に仲間にできたことは幸運だと思っていた。
でも今の邪神……兵士や観客、首都の住民を含めたみんなを制御する能力では?
シャルラこと青賀沙羅も言っていたけど、この世界では情報媒体が遅れている。
従姉妹の青賀麻繰はオレとは同級生の生徒会長で、政治に関しては清之助なみのバケモノ天才で、群集操作の専門家だ。あと巨乳。
第四区間の開始前に失踪して教団にいたらしい清之助親衛隊の残りふたりも、集団のあつかいに関しては専門家に近い。




