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三章 花といっても肉食かもよ? 触手もあれば文句なしだ! 二

 治療しながら歩くラウネラトラに合わせ、メセムスもゆっくり歩いていた。

「ティマコラとの距離に余裕は無い。コースの端では敵が減るが、道は整備されてないし遠回りになりやすい……」

 ダイカが先行して巨大ツル草の森を切り開いていた。

 昇りはじめていた青白い月の光が頼りで、コースを示すたいまつは時々遠くに見えるだけ。


 ダイカが足を止める。

 突然に切り立った崖が広がっていた。

 何十メートルも下にミニチュアのように森が広がっている。

 家サイズのツル草は複雑にからみ合いながら、静止した滝のように流れ落ちていた。



「う……もう、大丈夫だ」

 メセムスから下ろされたアレッサは自分で手足をもんで感覚をなじませる。

「繰り返すけど、わっちの治療は体の中を整理するだけよん。『二個分』認定のレアもん魔法道具『癒しの包帯』だってそれを早めるだけ。休める時に普段よりしっかり栄養と睡眠をとらんといかんよ。使えるのも日に一回が限度と思ってね」


「二個分て?」

「魔法道具の評価だ。『風鳴りの腕輪』や『大地の小手』などは標準だが、ごく大雑把に言えば一人の一生や店一軒くらいの価値や効果がある」

 ボクと同じくこちらの世界へ来たばかりの清之助くんが整然と説明をはじめやがる。

「それら二個分の価値があるのが『癒しの包帯』だ。そして『虚空の外套』には四個以上の価値があると俺は見込んでいる」


 ダイカが翼竜使いから奪ったバッグをあさりだす。

「ちょうどいい。ここで戦利品を確認しておこう。慎重にたぐればユキタンでも問題なく降りられると思うが、他の選手に出くわすと厄介な地形だ」



 最初に取り出したのは、クシャクシャの服のようなもの。

 それは広げると、紺色の女子用スクール水着に酷似していた。

「内側に縫いつけの説明書きがあるな……『透視の水着』だとお?」

 ボクは思わずガッツポーズをとる。


「これを着用した状態で念じれば……」

「水着が透けるのか?!」

「お、落ち着いて清之助くん、そんな無駄な効果を望むのは君だけだよ。でも念のためアレッサさんが……」

「……衣服程度のものが透けて見える」


 ボクは瞬間に、女子用水着をいかにさりげなく男子が着こなすかに思考を走らせる。

 服の下に着れば外見上の問題はクリアできそうだ。

 倫理的な正当化も『敵の手の内を探るため』とか言えば……

「……視界は水着の生地ごしの範囲」


 夜更けの森に沈黙が流れる。

「着用した状態で、生地ごしに見る……?」

 アレッサが首をひねる。

「つまり肩紐か胸元を顔までひっぱり上げれば問題ないわけだな」

 すでにズボンを脱ぎ、学ランより先にトランクスに手をかけていた変態をボクは必死で押しとどめる。

「その姿が大問題なんだよ! 人としての尊厳に関わるレベルで!」


「そもそも透視程度のために、そこまでの格好をする手間がありえないだろ。区間ゴール用だな。念のためアレッサが持っていろ」

 アレッサは迷惑そうに指先でつまむ。

「使いづらい『影絵の革帯』や『ぬかるみの木靴』は『半分』の評価になるが、これはそれ以下の、いわゆる『クズ魔法道具』だな。しかし区間ゴールでは質の低さを問われない。それまでは私が預かっておこう」


 アレッサがチラとボクへ疑いの目を向ける。

 すみません。でもひどいです。

 たしかに悪用も考えちゃいましたが、実行に移すかは別ですよ。

 きっと実行前に罪悪感で思いとどまったはずですよ。


「そうだ! 逆さにして頭からかぶればすべて解決……」

「しないよ! むしろすべて台無しになるよ! 君だけじゃなく、ボクたちの世界全体の信用とかが!」

 アレッサさんが慌てた手つきでベルトの後ろへ巻きつけて隠していた。



 次に取り出したのは琥珀のような板。

 薄茶色に透けるマーブル模様の……B五サイズ下敷きに酷似した物体。

「念じると光るが……お、側面に彫りこみがある。『自分の身にさすり……』……ちょっと離れていろ」


 ダイカが下敷きで腕をさすると、模様にそってバチバチと放電の火花が走る。

「使えそうじゃないか……『雷撃』!」

 車のタイヤがパンクしたような音と共に雷電が散り、ダイカがそっくり返る。


「あつ……つ?!」

 すぐに起き上がり、ケガはなさそうだった。

「その効果は……『雷獣の下敷き』と呼ばれるクズ魔法道具のようだな。相手と接触して巻きぞえに感電させる」

 アレッサもしょんぼり顔な残念アイテムだった。


「あの翼竜使いが嘆くわけだ。自爆が得意なユキタンへ持たせるにしても『ぬかるみの木靴』と甲乙つけがたい使いづらさだな。どうするアレッサ?」

 ダイカはあちこち逆立ったままの体毛を舌でつくろう。

「どちらも味方を巻きこみかねないが、まだしも下敷きのほうが発動や範囲を制御しやすい点で初心者向きだな」


 下敷きは翼竜使いのバッグごともらい、肩へくくりつける。

「使う時も、革帯からなるべく離すといい。魔法の鍛錬を積んでいないと、使う意志に他の品まで反応して、余計に体力を消耗しやすい。身につける部分、効果の違いを意識するのが複数所持の基本だ」

 気まずい低性能だけど、とにかくボクに使える魔法がまた一つ増えた。



「翼竜使いの持ち物はそれだけだが、その前に手に入れた物で……」

 ダイカはマントの縫いつけから石のような材質の指輪を取り出し、ラウネラトラに渡す。

「みんなの治療代だ。『封印の指輪』は魔法の発動を止める効果がある。輪を通した指先で触れる必要があるから、一般には使いづらくて『半分』の評価だが、指の長さをのばせるなら価値も違うだろ?」


「ほっほう。アレッサちゃんみたいな相手じゃと、わっちが指先一本からませるだけで詰みにできるわけやね」

 ラウネラトラがジットリとニヤけ、アレッサは苦笑いで距離をとる。



「競技中だから仕方ないな。ダイカは自分に使われても困らない道具を渡す必要がある。……しかし、指輪を渡した上に取り分は木靴だけでいいのか?」


「差し引きで個数を減らさずキラティカを治療できるならオレは十分だ。あとの配分はセイノスケと調整するんだな。そういえば、セイノスケはなにか魔法道具を手に入れてないのか?」


「メセムスの持つ『大地の小手』と愛と欲情だ」

「その内の二つは。魔法道具ではアリマセン」

 無骨な無表情が怒って見える。

「メセムスさん、殴りたい時は殴っていいんだよ」

 ボクは真顔で教えてあげる。


「それとメセムスの体だな」

「セイノスケ。その表現は。誤解を発生させマス」

 人口的な声が心なしか震えている。

「メセムスさん、今ならみんな正当防衛を認める。ひと思いに……」


「はっはっは。妬くなユキタ~ン!」

「寄るな変態ぃ!」

 頬ずりしてきたクソメガネを必死で押しのけるボク。


「魔法人形と呼ばれる魔法道具がいくつかある。その中でも自律判断と戦闘力を併せ持つ高度な部類のようだな」

 アレッサさんは解説しながら、ちらちらボクたちを盗み見ていた。

 なにその期待顔。


「体のほとんどが土だから『大地の小手』との相性は人間の比ではない。土石をまとい体とすることこそ自然なのだからな」

 ボクがつき放した変態は、すかさず巨大人形の腕に頬ずりをはじめた。


「あとなにか二つくらい奪ったが、欲しそうにしていた女にくれてやった」

 アレッサがボクを羽交い絞めにする。

 ボクはいつの間にか友人の首を全力で絞めていた。



「誰かくる! 雷撃が目立ったか?」

 ダイカさんの爪と体毛が伸びはじめる。

 ラウネラトラは手足のツル草をのばし、患者を抱えて樹上へ逃げる。

 アレッサも前に立ち、ボクと清之助くんはメセムスの背後に隠れる……情けない現実として、ボクが前に出ても足手まといでしかない。


 トラックのような勢いでツル草をはねとばして突撃してくる牛頭の巨体。

「グファファ! 探したぞダイカ! 兄貴の仇! 我こそは魔王配下十九羅刹の一角、爆砕闘王キテフビ!」

「仇……? ダイカは魔王軍に属してないのか?」

 アレッサは風鳴りの腕輪をかまえるけど、ツル草が射撃の邪魔になっていた。

「歯向かう気はない。だが国や軍は性に合わん。気ままに流れて賞金稼ぎや用心棒で稼いでいる。仕事のなりゆきで恨みは買いやすいな」

 ダイカは一本ずつが厚いナイフのような爪を低くかまえる。

「ダイカちゃんは西の獣人でも名の通った賞金稼ぎよん」

 ラウネラトラが樹上から逆さに頭だけ出していた。


 牛男は姿勢を低くして、さらに急加速する。

 ダイカはかろうじて跳びかわすけど、地面に背を打ってうめく。


 牛男の凄まじい突進は腕ほども太いツル草をまとめてちぎり飛ばし、なおも速度が衰えない。

「まずは挨拶がわ…………り?」

 あり余る勢いで崖の先の空中まで飛び出していた。


「……グモオオオォ……!」

 悲鳴がはるか下まで遠ざかったあと、重い音が小さく響く。



「今のアレも西では大物で、格闘場でやり合えば手ごわい相手のはずだったが……獣人はどうしてああいうのが多いんだか」

 ダイカは楽に拾えた勝利よりも、近縁種族の不様に顔が浮かない。

「獣人にも優れた学者や役人はいるだろう?」

 アレッサは気づかいながらも呆然と崖下を見ていた。

 撃ちかけていた蒼い光が急速にしぼむ。


「しかし街育ちでも大半は学校に行かなくなる。獣人は個人の戦闘力に頼りすぎなんだ。独立を保ちたいなら、もっと学を養えばいいものを。種族や部族で細かく分かれて誇りだなんだとわめいてばかり……」

「とか愚痴りつつ、部族間の仲介や就学希望者の紹介もしちょる名士がダイカちゃんよう。その辺は獣人よりむしろ、魔王さんのほうがまともに評価しちょるねえ」


 やはりというか、ダイカさんも有名人らしい。でも……

「いつの間にかコウモリがいないね?」

 ティマコラの近くでないと、こんなものか?

「オレは近寄るとたたき落としていたから、コウモリ女に嫌われている。遠巻きに一匹くらいは監視に潜んでいるだろうが……まあ、それくらいは残しておかないと、かえって面倒になりかねない」


 アレッサは勇者だ聖騎士だと大騒ぎで送り出されていた。

 清之助くんは有望幹部候補の天才児。

 メセムスは魔王お気に入りの有望幹部。

 ラウネラトラはレア魔法道具の使い手。

 これだけのメンバーが集まっていても、扱いはこんなものなのか?

 目をつけられないほうがいいのだけど、このメンバーでこの扱いなら、ボクが活躍するなんて無理がある。


……もっとも、ボクはハーレム作りに異世界へ来たわけじゃない。

 ようやく自分で動けるようになったし、生きられる見込みが出てきたなら、帰ることを考えないと……でもなぜか、こちらへ来たばかりで一身に集めた注目が懐かしい気もしてしまう。


 この一見ダメそうな魔法道具どもに意外な使用法でも見つければ、体力知力に劣り特技も専門知識も人徳もないボクにも活躍の機会が……無いことも無いだろうけど……この世界にボクは、必要あるのかな?




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