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二十九章 神とか出るとかえって安っぽくならね? 作者の器に比例している! 三

 クラオンの部隊がユキタン同盟ビルを離れ、多くの避難者がビル内の消火や再防備を手伝っていた。

 ナルテアやクリンパは追撃に出て、夜どおし戦闘や指揮をしていたメンバーはようやく交代で仮眠や食事をとっている。

 避難所は少し人が減り、長テーブルが持ちこまれていた。

 巨人戦士団が出撃前に腹へつめこんだおやつの残りが豪快に残っている。


「……アイツら、なにやってんだか?」

 十二獄候に昇進した『闇の魔女』ザンナ。

「ユキタン代表はまあ、元からなにもできませんし、身内を亡くされたシュタルガ様の気をまぎらわせておりましょう。それのどこが勇者の使命かはわかりかねますが」

 同じく十二獄侯の放送ディレクター蝙蝠人ドラキュラ。

「コカリモは世界がいつどんな風に消えるなら混浴水着大会に必然性が出るのかを問いつめたい」

 同じく十二獄侯で武闘仙の高弟タヌキ娘コカリモ。

「目的がわけわかんねえくらいは目もつぶるけどよ。アレッサのやつはそれ以前に、オレらが近づいてもだいじょうぶなのかよ?」

 十三怪勇で同じく武闘仙の高弟キツネ娘コカッツォ。

「照れ笑いで脱衣烈風斬とか、異世界勇者じみてきたよね」

 同じく十三怪勇の魚人姫ミュウリーム。


 リフィヌ様は競技の格づけだと七妖公で、勇者崇拝教団の最強神官だけど、魔王軍でも十傑衆に次ぐ上位幹部だらけの食卓で中央に座り、杏仁豆腐をどんぶりで食べていた。

「あんなブタヤロウ様をかつぎあげてしまった私たちこそなにをしているのやら。クソメガネ様も騒動を楽しんでいるくせに『傍観するだけで楽しめる番組でもない』とはよくぞ好き勝手に押しつけてくれたものです。伝説の大ボケ様もどうせふりまわすなら婿様か本妻様だけにまとわりついていただきたいですねえ」

 砂漠に入ってから容赦ない陽光の笑顔も魔王配下大幹部級。


「ヘイ神官服の魔女ちゃん。そのボケちんと騎士団しょんぼりオールスターズがかまってもらいにカミングスーン」

 飛びこんできた鳥娘セリハムは報告しながら寝袋にもぐり、言い終わると目をつぶって手をふる。おやすみ。

「楽しく巻きこまれるしかないようですねえ。あと拙者、聖女とはもうしませぬが、善良な小市民のつもりで……ええまあ、もはや魔女と呼ばれたほうがなじむ気もしますが」

 早まるな。

 君はやさぐれると本格的に怖いから。ザンナと違って。



『花の聖騎士』クラオンは選手村へ魔竜退治に向かい、すれ違いに気がついて首都へ引き返し、その外周近くで巨人戦士団にはばまれていた。

「だが連携は知れた。巨人将軍が魔竜の巻きぞえにならない位置をとっているならば……モルソロス様の部隊もこちらへ移動するようにお伝えしろ!」

 ゴルダシスはビルの影で首をふる。

「おたがいのためにそれはやめよーよ?」


「ほう。このモルソロスと同じ判断にいたるとは成長したものだ」

 伝令より早くドルドナから逃げて来ただけの老廃物が重々しく声をかける。

 クラオンが来てほしかったのは付属の重兵器部隊だけど、それもあとから追ってきていたので営業用の会釈を返す。


 前後をはさまれたゴルダシスは左右方向にも別の騎士団部隊がまわりこんでいることに気がつき、あわてて部下を集める。

「あれだけはやいと、だんちょーさんかな?」

 部下の足元には『雨の聖騎士』ガイムも混じっていた。

「巨人将軍どのは大戦でバウルカットどのと手合わせした経験が?」

「ぼこりあってはいないけど、ほかのひとたちとどんぱちしているといつのまにかのぞき見しているの。あのストーカー集団さんに毒や銃や生物兵器を使われると、うちの小人さんたちでもあぶなそー」


 遅れて集まったジュエビーたち地方貴族トリオは小人の負傷者を抱えていた。

「あの看板男の下僕だけでもしんどいのにのう?」

 青巨人のひとりが負傷者を受け取り、ランドセルのような背負いかばんにいれる。

 中はきゅうくつだけど医療器具と白衣の小人が入った救急室になっていた。

 ほかにも数人の負傷した小人が巨人のポシェットに入っている。


「ドルドナちゃんが怖いけどみんなでどーん、でいい?」

 巨人将軍が一点突破を提案するけど、ガイムのうなずきは少しだけ遅れる。

「臆病な団長どのも出てくる勝算が数として見えないことは怪しいが、ここにとどまって囲まれても得はなさそうだ」



 ゴルダシスを中心に巨人戦士団が中央広場の方向へ駆け出す。

 ガイムやジュエビーたちは小脇に抱えられていた。

 飛び出しながら重兵器部隊へがれきを投げつけ、指揮車両を集中的に狙ったけど、剣聖モルソロスの人望(の低さ)で統率はたいして乱れない。

「あの部隊は中間管理職のみなさんがめきめき優秀だね~」


 広場へ着く前にビルの間を高速で飛び交う人影がばらばらと飛び出してくる。

「うわちゃ。びっくり神官さんたち、まだ元気か~……うん? こんどはびっくり騎士さん?」

 数十の悪魔は異様に大きな鎧と剣で武装していた。

 巨人兵士たちは次々と指や耳を斬られ、反撃は当たりにくく、当たっても直撃でなければすぐに起き上がってくる。


 そのころ、ドルドナを追っていた神官着の悪魔たちは多くが広場近辺で倒れていた。

 半数ほどは打撲や焼け焦げの跡があり、残りは無傷のまま苦悶の顔で地面をかきむしっていた。



「みんな、ふせ!」

「毒が塗ってあります! 王女様は先へ!」

 そう叫んだ巨人兵士は自分のあちこちについた傷にもかまわずゴルダシスの背を守って走り続ける。

「いいから、ふせ! めーれー!」

 ゴルダシスが強引にしゃがみ、巨大ブーツの側面についた棒を少し下げる。


 巨人兵士たちが一斉にしゃがむのと入れ違いにゴルダシスが立ちあがり、両腕のグローブをボクシングスタイルにかまえる。

「あたらしー奥の手、『きょじんほー』」

 左右のブーツの側面につけられた棒が光り、ゴルダシスの口から白いもやが高速で射出される。

 顔へ飛びかかっていた悪魔騎士が真後ろに飛ばされてビルにたたきつけられた。


「ぼえぼえぼえぼえぼえぼえ~」

 もやが射出されまくる。

 乱射で倒れた悪魔騎士はもう三匹だけで、残りは一斉に広がって的を散らし、全方位から高低差もつけてゴルダシスひとりへ同時に飛びこむ。

「そして新ひっさつ『きょじんせんぷーきゃく』」

 オレが以前に見た、常人みたいな蹴りでもゴルダシスの巨体では無茶に思えたけど、スケート選手のような空中スピンをして一瞬に足を三回転させた新ひっさつ技は無茶苦茶すぎた。

 十数匹の悪魔騎士が一斉にビルへめりこむ。

「う~ん……ひっさつすぎた」


 まだ半数以上の悪魔騎士が残っているけど、ジュエビーは口をあけっぱなしで巨人将軍ばかり見ていた。

「じゃあほどほどに……かならずしもころさないパンチ! かならずしもころさないパンチ!」

 妙な技名を連呼しながら、十秒で数十発のジャブを放ちながら部下のまわりを三周。

 ジュエビー視点では道路の石畳をまき散らす青い竜巻の中心で、悪魔の群れが片っぱしからビル壁へめりこむ光景だった。


 ガイム氏の薄笑いもさすがにひきつっている。

「魔竜の力……なるほど。レオンタくんの使っていた『昇竜の竹馬』か」

 竹馬に乗っているとは言いがたい姿だけど、ゴルダシスのブーツの棒は少し下げられて地面につき、足をのせる板はかかと部分の穴へはめこまれていた。

「発動条件の『向上心』も、その体格を使いつくす巨人将軍どのならば魔王軍最高峰」

 悪魔騎士たちをけちらしたゴルダシスが困り顔でふりかえる。

「まりゅーとかいっちゃだめ。ぜったい聞かれちゃだめ。ドルドナちゃんに目をつけられちゃう」


 巨人兵士たちはしゃがんでいたわずかな時間にも傷口から毒を吸い出し、えぐり捨て、小人たちもそれを手伝っていた。

「いたそーにはれてるね……ゆびのしびれと脈拍は?」

 最も傷の多い巨人兵士が指の曲げのばしをしてみせる。

「少しだけ。脈もあまり変わりませんが、熱っぽさが広がっています」

「う~ん。じゃあたぶん、だんだんしびれが強くなって息もしにくくなるから注意してね」

 口調ではわかりにくいけど、巨人族の将来を心配し続けたゴルダシスは医学・生物学・スポーツ科学の権威だった。



「ふはっは! ほかの部隊が集まる前に巨人戦士団全滅の功績を独占してしまえ! その体型は惜しいが、抱けぬ女に用など……ん?」

 ビルの屋上に騎士団長バウルカットがさっそうと姿を現したけど、道路にうずくまる巨人戦士団のまわりに悪魔騎士たちまで寝転んでいることに気がつく。

「なになになにがあった?! ストライキか?! いや、とにかく働かんか?! 巨人どもが弱っている内に殺せ! 私が攻撃される前に部下の貴様らが先に死ね! 選手村のふたりもすぐに呼べ! クアメインはなにをやっておる?! ブロングとマッサンは……役立たずだったな?!」

「ノコイとワッケマッシュは豪傑鬼とアレッサに討たれたようです」

「またアレッサか?! なぜだ?! ブロングまで討ったくせにまだ気が済まないのか?! ではレイミッサを人質に使うしかないではないか?! クアメインはどうした?!」

 団長様の指揮がこんな有様でも大柄軽装の部下たちは迅速に従い、ビルの屋上のあちこちからわきだしてライフル銃をかまえる。


「ぼえぼえぼえぼえぼえぼえぼえ~」

 巨人将軍は白もや大砲の乱射で牽制し、巨人兵士たちも石畳に使われていたブロックを投げつける。

「首狩り豪雨」

 いつの間にか巨人の腕を離れていたガイムは、ビルの路地から飛んできた悪魔騎士を一瞬で何度も打つけど、勢いを止めきれずにはじかれる。

 ゴルダシスも気がつき、小さく正確なローキックで悪魔騎士をビル路地の奥へ蹴りもどした。

 ガイムは道路を転がり、ニヤニヤ顔に大きなすり傷をつけて立ち上がる。

「やれやれ。僕では一体だけでも厳しい相手だ」



 モニターにはクラオンの部隊が次々と魔竜に殴られてビルへめりこむ姿が映り、バウルカットが青ざめる。

「なな、なにをやっておるかあ?! ひとりあたり数十秒はもつはずが……連携がなっとらん?!」

 金銀エルフ娘がキツネ娘とタヌキ娘の補助も受け、クラオンを執拗に追いまわして指揮を乱していた。

「いかん! クラオンが魔竜を引き受けている間に巨人王女をしとめねば! 魔竜が私を狙いだす! 私の守りが減るのはいやだが、貴様も行け!」

 バウルカットの背後にいたフードを深くかぶったマント姿が震えながらうなずく。

「モルソロスどのも……もう部隊をたてなおして到着してもいいころだが? とにかく勝てるぞ! 私が危険な目に合わなくても! 魔竜化の魔法なんぞを使い続ければ、巨人王女といえど長くはもたん! もうすでに追いこんでおる!」


「うわ~。ばれてる~」

 ゴルダシスが苦笑いして、ほかのみんなはもっと深刻な困り顔。

 悪魔騎士の残りがまだちらほらとビル影にうろつき、倒れている中からも少しずつ起き上がりだす。

 それらがまとわりつくせいで小人も弓矢で銃兵を狙いにくく、戦士団も直接たたきに行けない。

 最高速度の悪魔騎士に反応して打ち落とせる巨人はゴルダシスだけで、あとはガイムがかろうじて足止めできるだけ。

 ジュエビーも目だけは追いつくけど、止める手段がない。

「ちなみに動体視力の低い私にはまったく見えません」

 カタツムリ男のいらないひとことに返事をする余裕が誰にもない。

 ガイムは巨人将軍の急消耗をかばって足止めだけでも積極的に動き、決定打は巨人兵士へ任せる連携をしながら、急速にボロボロになる。


 悪魔騎士たちにまぎれ、フードつきマントの騎士が赤く光る斧をふり上げて飛んでくる。

 巨人兵士のひとりがふり向いた時には肩まで近づかれていて、防ごうとした棍棒ごと親指を切断される。

 ゴルダシスがすぐに反応し、握りこんだ石板を斧使いへたたきつける。

 とっさに尻ポケットから抜いていた『氷葬の墓石』は光ってないけど、魔法道具の強度なら『酔いどれの斧』でも切断できない。

 斧使いはビル壁へめりこんだけど、花びら状の障壁に守られて傷はなく、すぐにまた飛びかかってくる。

「えーと……クラオンくんのトレードマーク『恥じらいの造花』も借りていたのかな?」

 ゴルダシスは墓石でぎりぎりに斧を受ける。


 斧使いは改造された速さに加え、異様な身軽さで巨人たちの足元を細かく跳ねまわって斬りまわる。

 ゴルダシスのローキックすらかわし、その足首を狙って斧をふった瞬間、もや砲弾が当たってふっとばした。

「うむ。恥じらいを意識できないタイミングだったようだな」

 ガイムがゴルダシスのかかとを狙っていた悪魔騎士をはじく。

「レイミッサちゃんほどは斧を使いなれてないけど、身のこなしは改造がなくても同じくらい……」

 ゴルダシスがパスを受けたように悪魔騎士へシュートを決め、ガイムはまた別の悪魔を転ばせる。

「ホージャックくんか」

 ふたりの答が重なった時、もや砲でマントを引きはがされた銀髪の騎士が起き上がる。


「や……いやあ! ぼくを見ないで!」

 かわいい顔を真っ赤にして涙ぐみ、シャルラとおそろいのミニスカ鎧を着ていた。

「ホージャックくんか?」

 首をひねるゴルダシス。

「うん。彼でまちがいないよ?」

 薄笑いでうなずくガイム氏。

「おそらくは趣味だろうが、少しは発動の補助も兼ねているかもしれない」

「逆ですよガイム隊長?!」

 涙ぐむしぐさの女子力が尋常でない。

「少しは趣味も兼ねているんだ?」

 ホージャックの訂正にすぐうなずいてあげる巨人将軍。


「うああああ?! やっぱり魔王軍はぼくのこんな姿を笑いものにして生放送する気なんだあああ?!」

「そのかっこうで中継カメラの前にとびこんできたのはきみだよ?!」

 完成度の高い女装少年はふたたび高速で細かく跳ねまわる。

 てれ隠しにしては付属の『酔いどれ乱舞』が凶悪すぎ、巨人兵士たちの足がどんどん赤く染まる。


「君が今なお団長どのに義理だてする信条は尊重するが、誤解はよくないなあ?」

 ガイムはかつての部下とあえて刃を交えるけど、脚力がまるで追いつかず、斧は受け流しても腕がしびれる。

 ゴルダシスの石板がわりこんで助けていた。

「かわいー顔にうすく『邪神の臓物』による変色。ひたいに『亡者の苔』の初期症状もみられます」

 ホージャックの色白肌は薄く青紫がかっていて、ひたいの両脇は薄く緑色になっていた。

「ふむ。催眠暗示で魔王軍への『憎悪』を強めたか。亡者の『強欲』は彼の趣味と繊細さにつけこんだ『恥ずかしい姿を見られたくない欲求』だろうか?」

「それって欲求かなあ?」

 という会話の間にも周囲のビルの屋上から銃撃が続いていて、悪魔騎士は減ってきたけど巨人兵士たちも負傷や毒でにぶり、牽制や防御が難しくなっていた。


「ザンナくんに聞いたのだが、レオンタくんと交際をはじめたそうじゃないか。彼女のおおらかさであれば、その姿は問題なく楽しめるはずだよ。クク」

 ガイムは斧に腕脚をかすられながらホージャックに追いすがる。

「ガイムくん、そのふくみわらいは逆効果になってない?」

 ゴルダシスは竹馬をほとんど使わなくなっていた。汗と息切れも目立つ。

「レオンタさんの家は大貴族だから、こんなぼくをみんなに見られたら……」

 飛びかうホージャックへ、突然に土砂の波が襲いかかる。

「かわいいから問題ない!」

 乱入したアレッサは問題のある発言をしながら笑顔に迷いがなさすぎる。


「レオンタだって騎士団内部試合の応援は女子だらけだった! 負けずに対抗すればいい!」

 ボケ勇者は力説しながら烈風斬を乱射して銃兵を牽制する。

「ユキタンもレイミッサも必ずそう言う!」

 勝手に巻きこむな。

「というかそれはシャルラが着せたのか?! バウルカットか?! いずれにせよサイズまであつらえた善意を疑うな!」

 自分の邪念を疑え。

 ホージャックは起き上がっていたけどフラフラと真後ろに倒れ、ガイムに支えられる。

「ふむ? どちらか発動が解かれたのか?」

「はずかしさが限界こえちゃっただけじゃないかな~?」

 複雑な改造は斜めあさっての方向から攻略されてしまった。



 モニターでは重兵器部隊の車両が土砂まみれで何台も横転し、大鬼の衛兵部隊や魚人や鳥人の襲撃を受けていた。

「似合うくせに恥ずかしがってんじゃないわよ……!」

 ブヨウザが指揮とは関係ないつぶやきで闘志を高めていた。


「通りがかりのアレッサに隊列を乱されたところを狙われたようです」

 バウルカットの部下が指した道路の先から、モルソロスの指揮車両だけが逃げて来ていた。

 バウルカットは部下を連れてビルの屋上づたいに逃走をはじめる。

「アレッサ貴様……まさか私が嫌いなのかあ?!」

「いや、今はそれほどでもないのだが。職務の区切りとしてとりあえず斬ってみたい」

 無茶に無茶で返して追いかける切り裂きの魔女。

「村の件は私の頑迷も責任が大きかったと思いなおしている。それに自分の臆病を暴力でまぎらわす快感におぼれ続けて、貴様の気持ちも少しはわかってきたつもりだ。烈風斬! まだ貴様を斬る意味があるのか、剣を交えればわかりそうな気がするのだ」

 悪化している。


 装甲馬車から老騎士が立ち上がる。

「我が弟子アレッサよ。騎士同士で争っている場合ではあるまい。今や世界が滅びようとしておる。このモルソロスも老いたるとて騎士であるから……死にたくない」

 この人もひどい。

「教団の信仰もゆらぎ、若者たちは迷走しつつある。だがこのモルソロスも今この時ばかりは、それらを断固として……なんとかしてほしい。そのようにこの若者も願っておる」

 もったいつけて降参するのかと思ったら、一度だけインタビューでカメラに映ったアレッサのお兄さんに刃物をつきつけていた。

「彼も貴族の一員として、妹の不始末は自分の身でつけたいとこのモルソロスに請うているのだが、その覚悟が不憫でならず、いま一度の機会を……」

 アレッサ対策でひそかに準備していた人質交渉の途中、ビル影からモップとヤカンを持ったウェイトレスが突撃していた。


「はじめましてお兄様! 私、アレッサ様にお世話になったナルテアともうします! どうぞ安らかにお眠りくださいませ!!」

 ヤカンから熱湯が勢いよく噴き出し、モルソロスはとっさに底の抜けた柄杓ひしゃくを取り出す。

 熱湯の軌道は柄杓の底へ向かい、そらされてしまう。

 その名も『底なしの柄杓』は攻撃を穴へそらして誘導する効果で、モルソロスが戦場で決して手放さない一品。


 いっぽうナルテアはモップで棒高とびをしながら回し蹴りを放ち、つま先は柄杓へ誘導されたけどひざは老人の顔にめりこんでいた。

「そんなもん知ってんだよ! っしゃおらああー! 運がよかったですねお兄様! 同盟ビルにでも逃げこんで保護なり埋葬なりされてアレッサ様を安心させてあげてくださいませ!」

 ナルテアはアレッサのお兄さんをモルソロスとは逆方向へ蹴り落とし、馬車内の兵士も始末しようとモップをふりあげる。

 その体がいつの間にか鋼線に巻かれ、動けなくなっていた。

 ビルの屋上にいたはずのバウルカットが背後にまわっていた。

「ナルテア貴様~、まさか村にいた『アレッサの副官』が貴様だったとは~?! 報告書を読まなければわからんようなややこしいまねをよくも~!」

 読め。



 そこへさらにクラオンが魔獣に乗って駆けて来る。

「おのれアレッサ! 我が親友クアメインの両目をえぐった報いを受けてもらうぞ!」

「おお、ついに魔竜へとどめを刺せたのだな?! このモルソロスが十分に弱らせておいた魔竜を!」

 ウェイトレスに蹴り落とされたモロソロスが起き上がり、腕の軽傷(カニ男による犯行)を誇らしげにかざすけど、クラオンは目をそらした。

「いえ、あと少しのところで逃げられてしまい、追跡中で……」

 部下は十数人しか連れてない。


「ドルドナさんは昼飯に行っただけだ。会いたいなら方向が逆だぜ?」

 ザンナとリフィヌがコカリモとコカッツォに運ばれてビルの屋上づたいに追って来ていた。


 そこへさらに数台の装甲馬車が路地から飛び出し、バウルカットとモルソロスを囲んでとまる。

 中から現れたガッシリ体型の騎士は重そうな板鎧で全身を固め、かぶとの奥の片目に包帯が巻かれ、もう片方もまぶたに大きな治療跡がある。

「来てくれたのかクアメイン!」「間に合ったか『谷の聖騎士』よ!」「おお、よく来た!」

 騎士団トップのクズ三人が顔を輝かせる。

 クアメインは捕縛したレイミッサを連れていた。


 アレッサがなにか叫ぶ間もなく、クアメインはナルテアをひったくって逃げる。

「な、なにをやっておる? 後でレイミッサを好きにしていいと言っただろうが。交換したいなら私にそっちの……」

 レイミッサは縄をあっさりほどき、クアメインはナルテアの鋼線を斬り散らしてアレッサへ預ける。

「もうやめてください叔父上! このような戦いを続けては騎士団の魂が滅びてしまいます!」

 クアメインは刃をバウルカットへ向ける。


 五番隊『谷の聖騎士』クアメインはクラオンの友人で、やっぱり一応はモルソロスの弟子で、ついでにバウルカットの甥だった。

 レイミッサが競技成績によっては交際を認められるはずの相手だったけど、豪快に裏切られている。

 しかも第三区間ではアレッサに両目をつぶされて棄権していた。


 アレッサはめまぐるしい展開についていけずに周囲の顔をおどおど見くらべ、かばっているつもりのナルテアにまで心配されていた。



 装甲馬車はバウルカットの指示もないのにじりじり後退する。

 レイミッサがノコギリと短剣を手にせまっていた。

「クアメイン?! 貴様、またこりもせずに、そのアバズレにだまされおったのかあ?! だから童貞など早く捨てろとあれほど……」

 クラオンが魔獣を駆ってその間へ割りこみ、演技には見えない叫びをあげる。

「クアメイン、君は純粋すぎるんだ! おのれレイミッサ! またも我が親友を……」

 クアメインは静かに首をふる。

「競技前、私へ近づいたレイミッサの意図には気がついていたが、アレッサさんを守るために話を合わせていた」

 クラオンとアレッサが口を開けたままになる。


「アレッサさんは騎士団の未来に必要な、騎士の模範ともいうべき人だ!」

 力説するクアメインの背後でアレッサはおびえ顔をぷるぷるふっていた。

「そのアレッサさんが騎士団にどのような仕打ちを受けてきたか……!」

 そのアレッサさんが君の両目をつぶした指を隠すように握りこんで縮こまっている。

「叔父上、クラオン、どうしてもアレッサさんを斬ると言うならば、私の首から先に!」

 アレッサは第三区間で彼から奪った『地割れの根付』がまだ自分の腰にぶら下がっていることに気がつき、あわててはずして握りこんで……そっと返せないかと探っている顔までナルテアに見られているし、カメラにも映っているぞ。


 クラオンは顔を蒼白にしてゆがめ、剣を抜いて駆け出す。

「私は君のために……バウルカット様の甥なのになぜか高潔で誠実な君のために、どんな汚れ役も引き受けて支えになろうと……どうにも地味な君のために!」

 クアメインがレイミッサをかばって前に出て、涙ぐむ親友へ剣を振りかざす。

「その気持ちは騎士団をただすために使ってほしかった! それと私は女性にしか興味がないから……」

 突然に土砂の波がふたりを襲い、クラオンはホージャックに貸しているはずの『恥じらいの造花』の花びらバリアーを発動させる。


 細かい解説をするなら造花のコピーをとった『まがいものの粘土』が騎馬魔獣の鞍の中に入っていたけど、今の戦況には関係が薄い。

「あきらめるなクラオン! それほどの気持ちで、そこまでのことをしてきなら……そんな簡単に逃げていいのか?!」

 涙ぐむアレッサは精神攻撃でクラオンの剣を止めていた。

「彼のために汚れてきたと言うならば! 今さらであろうと、騎士の模範としてふるまう恥もさらしてみせろ! ……私が言えた義理ではないが……」

「そんなものはもう、どうでもよいのだ! はじめからクアメインの気持ちは……」

 アレッサが美形男の顔を平手打ちする。

「見返りがなければ失せる程度の気持ちか?! あの気恥ずかしい看板キャラを続ける努力が並大抵でないことくらい、私にだってわかる! それほどの思いの強さを……そんな風に捨ててほしくないのだ!」

 アレッサがボロボロと涙をこぼしはじめ、クラオンは動けなくなる。


 ビルの屋上から降りていたザンナは「棚ぼたで人質がまとめていなくなって、ボーナス袋だたきタイムだよな今? なんであのクズヤロウと青春ドラマごっこやってんだ?」と小声を出す。

 リフィヌは「クズヤロウさんが親友さんとどうなるかだけは確かめましょう。それは慈悲と寛容の精神であって、決して拙者の個人的な趣味嗜好ではなく……」と目をそらす。


「姉さん……」

 レイミッサがアレッサの肩にそっと手をおき、足もとで生き埋めになって力つきようとしているクアメインの腕を指す。



 クラオンは半狂乱でクアメインを掘り出して救出したあと、クアメインに投降した。

 バウルカットはその前に装甲馬車で逃げていた。

 モルソロスはそれよりずっと前に、いつの間にか消えていた。

 クアメインはニューノの指揮下に入り、首都の騎士部隊をまとめはじめる。


「団長側の騎士部隊はもう崩れるいっぽうだろう。マッサンくんを防壁で襲ったという新型邪神は気がかりだが、まずは治療や休養をとらねばな。巨人将軍どのとブヨウザどのの部隊はいったん退いている」

 ガイムもズタボロで、交代にやって来た援軍へ報告を済ませると、アレッサへニヤニヤと手をふってから立ち去る。


 アレッサは道端に正座していた。

「いや、ちょっと話を聞きたいだけだから」

「そのようにかしこまらないでください」

 ザンナとリフィヌが優しくほほえんでいた。


「あのその、戦略に迷った判断ミスのようなものをくりかえしたというか……」

 アレッサの視線の泳ぎかたが激しい。

「そもそもなにと戦ってんだか。あんなあつくるしい説教たれたんだから、オマエこそもう逃げないで向き合え」

「ま、待て。そんなことより世界の消滅や邪神兵器を先に……」

 アレッサの肩にそっとリフィヌの手がおかれる。

「聞き捨てなりませぬ。『そんなこと』こそ、アレッサ様が世界の重大事をあさって方向へ放りまくってでもご執着なさっていることでは?」

 リフィヌ様の鬼気せまる笑顔で騎士団の勇者は汗だくになる。

「い、いやまさか、私はそんな……」

 ザンナまでアレッサの肩にそっと手をおき、耳元で清之助の言葉をささやく。

「『この世界にもう、ユキタがいないとしたら』?」

 アレッサの顔が真っ赤になり、『大地の脚絆』まで全開に輝き、正座のまま空高く射出されて妖精さんたちをけちらしながら緊急脱出する。




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