二十九章 神とか出るとかえって安っぽくならね? 作者の器に比例している! 二
「とりあえず夕食までは生き残るってことですよ。そうしたらもう一度ピパイパさんを見られるかもしれないし」
マッサンは部下の発言に新たな不審点を感じたけど、ほかの部下も明るく盛り上がっているので笑顔で黙っておく。
「お前バニー派かよ。まあ、俺はネコミミ派だから、実はキラティカちゃんの誘惑に耐えているんだけどな。別の部隊に親父も兄貴もいるから迷惑かけられねえし」
「自分は実はシャンガジャンガさんに胸ぐらつかみ上げられて怒鳴られる展開に少し期待していたんですけどね」
マッサンは『若者の話にはついていけなくなってきたかな』と思ったけど、無理しない程度に合わせておく。
「じゃあ豪傑鬼に襲われたら、君が隊長ってことで口裏を合わせてあげるね」
「ありがとうございます!」
ところがその豪傑鬼はマッサンたちが通過した真東の砦の方へ向かっていた。
大鬼の一団は魔獣を駆って砂丘と砂オバケを飛び越え、防壁へ急行している。
防壁の真下では聖騎士の鎧を着た者同士が戦っていた。
ひとりは烈風斬を乱射する蒼髪の少女。
「レイミッサを返せええええ!」
清之助から逃げたアレッサは妹の捕縛に今ごろ気がついたらしい。
もうひとりは倍近い体格のバケモノで、羽模様の厚い銀鎧はちぎれて形がゆがんでいたけど、流線模様の入った特徴的な表面はマッサンも見おぼえがあった。
「貴様こそ『乱舞の銛』を返せえええい! それこそは三巨頭『海の聖騎士』ソトリオン様から従兄弟の我が祖父モルソロスへ受け継がれし一品! この『川の聖騎士』ブロングの宣伝戦略に不可欠のトレードマーク! 俺より使いこなすなど、なんの嫌がらせだシスコン狂犬?!」
「これは見物料……ではなく、堂々と決闘で勝ち取ったものではないか! しかしレイミッサは心優しくも『池の聖騎士』『峠の聖騎士』の魔法道具を返してやったというのに、恩を仇で返すなど、騎士にあるまじき所業!」
ブロングの説明的なセリフにアレッサが微妙に無関係な妹擁護で応対し、しかもその妹狂犬が騎士のくせに同僚を背後から斬った所業についてはふれない偏向報道にいそしむ。
ブロングの青黒い皮膚は革鎧を重ね着したように厚く硬く、烈風斬がまぶたに当たっても眼球まで届かないし、血すら流れない。
「時間稼ぎはムダだ! 俺の強化は体表へかたよらせて調整した長持ち仕様! 貴様に勝ち目はない!」
ブロングは両手に一本ずつ握った鉄槍を軽々とふりまわし、アレッサは『土砂走行』で逃げまわるばかり。
でも砂丘の向こうへ着地した直後、突然に引き返してくる。
「たしかに土砂の突撃は重いが……『乱舞の銛』を見慣れた俺に、その程度の軌道を見切れぬと思ったか?!」
ブロングの巨体は砂柱をひらりとかわして槍をふりおろす。
「思わない」
そう言ったアレッサの背後から長い金棒が飛び出し、ブロングの手にめりこむ。
笑う豪傑鬼が『土砂走行』の上に現れ、自分より一メートルは大きい巨体の鉄槍二刀流と打ち合う。
「なかなか歯ごたえのある野郎じゃねえか! こいつなら一対一で相手をしてやるかな! にわか巨体のわりには動きがなかなか……あ」
豪傑鬼が褒めている途中で、飛びかう『土砂走行』がブロングの横腹へ直撃し、ひるんだ頭に金棒もめりこんでしまう。
ブロングは白眼をむいて倒れた。
「おいアレッサ。オマエたまには騎士らしいケンカもしろよ」
シャンガジャンガがぼやき、アレッサは土砂走行で逃げ去る。
「い、今は急いでいるから……」
コウモリモニターは狂犬娘を追い、照れ隠しにとびこまれた東砦の混乱まで伝える。
「レイミッサは首都へ運ばれた! それ以上は知らないから、どうか……ここは私ひとりの首で済ませてくれ!」
床に座った隊長格の中年兵士がかぶとをはずして置き、アレッサはそれをあわててかぶせ直す。
「待て。私も塔の外での交戦は避けたかったのだが、ブロングは妹の居場所を教えてくれない上、私の殺処分が任務とかで、そっちの用件ばかり先に済まそうとするものだから、あくまでついうっかりの乱射で……いや、ありがとう。首はもっと大事に使ってくれ」
モニターを見上げるマッサンはブロングだけでなくアレッサの脳もなにか生物兵器の悪影響があるのか、真剣に疑った。
ブロングのほうは元の残念さがやや強まっているだけかもしれない。
彼が隊長を務めている五番隊は家柄のいい騎士がそろっていて、実質はコネ枠だった。
聖騎士なら誰であれ、騎士の中でも百以上の倍率に残った優等生だけど、最終段階の魔法道具の適性検討ではコネやワイロが大きい。
ブロングの評価は判断力などがやや低かったはずで、長所の戦闘力も聖騎士の中では平均に近い。
ちなみにシャルラはすべてを不正で通過したという噂があるけど、マッサンはそこまで手間をかける異常性はもはや才能の一種だと思って感心していた。
アレッサは対照的に騎士学校時代から戦闘能力がずば抜けていた上、筆記試験や作法実技なども含めたほとんどの評価でトップクラスの優等生だった。はずだった。
赴任先の村を騎士団の裏切りで滅ぼされて凶暴になったとは聞いていたけど、競技祭がはじまってみると、荒れ狂う猛獣でありながらボケたおす珍獣としても重症化を続け、いまやあのヘンタイ勇者たちすらツッコミにまわる奇行の第一人者だ。
異世界少年たちはまだしも目的が珍妙なだけとも言えたけど、今のアレッサは戦場にいる認識すら怪しく、ドルドナより理不尽な死因かもしれない。
マッサンとしては遭遇をなんとか避けたいけど、遠巻きに観賞したい気はする。
次の東南東の砦は五番隊つきの兵士たちがいるけど、残りふたりの聖騎士も出撃済みだった。
『峠の聖騎士』ワッケマッシュは『池の聖騎士』ノコイと組んでレイミッサを捕らえたあと、引き続きふたりで南へ向かっている。
『谷の聖騎士』クアメインも兵士のほとんどを率い、レイミッサを護送しながら南へ向かっている。
「みんな早いな。少し危ないけど、僕らもここから砂漠を横切るか」
魔王軍に忠告された新型邪神の位置も気になっていた。
味方の指揮官であるマッサンすら知らされていない。
「あの、もう少しゆっくりしていきませんか?」
砦に残された兵士は浮き足だっていた。
姉狂犬が南下ついでにこの砦を流血地獄にすることを恐れているようだ。
「直接に首都へ向かっているみたいだよ……あれなら僕らも追い抜かしてくれたかな?」
モニターには砂漠を飛ぶ大迷惑が映っていた。
マッサンは午後の焼けつく日差しの中を南へ急ぐ。
砂オバケのほとんどは動きを止めていた。
シスコン聖王が塔にダメージを与えた影響か、内部でも大気圏内の下層では土偶の増援が途絶え、魔王軍は各階でようやくひと休みを入れている。
世界の諸国もほとんどは様子見にかたむき、塔周辺の勢力ばかりゆっくり消耗……魔王軍が犠牲になって、反乱軍を孤立させている構図。
モニターのシュタルガは歴代覇者でもダントツの残念ぶりをたたみかけているだけなのに、政治上ではいつからか、邪神をはじめとした生物兵器から世界を守る責任を果たしていた。
世界終焉の混乱も今となっては驚異的に抑えられているとわかる。
伝えないと混乱する予備知識はすべてフィクション小説でばらまかれていた。
『虚構のふりという虚構』で潜在的な心の準備を進めていた。
伝えて巻き起こる混乱は塔周辺の戦闘に集約されていた。
追加区間の条件で戦場を誘導し、生物兵器の被害を砂漠で隔絶させていた。
競技祭を流用した報道で情報を拡散させていた。
競技祭の意地悪い報道操作に慣れはじめていた視聴者は、反乱軍の煽動にもかかりにくかった。
そこまでの準備をしていたシュタルガへ、期待が集まりはじめている。
そこまでの重荷を背負っていたシュタルガは、何重にも絶望的なはずの今も、希望をつなげている。
政治に興味がないマッサンでも世界のうねりを肌で感じている。
すべてに絶望してわずかな可能性の奪い合いをしていたはずが、その中でなおシュタルガの支配を信任するかどうかの争いになりつつある。
いつの間にか戦争というより、舞台の主役を争う即興群像劇になっている。
「いつからだろ?」
マッサンはコウモリモニターのシュタルガ一行が、すでに次の階層へ入っていたことに気がつく。
「大型の魔法人形がふたたび現れた時にはすでに移動部屋でした」
一見すると同じ背景だけど、立方体の閉鎖空間になっていた。
大小の立方体移動装置でひしめくスポンジ状の地形が『神の勇者』階層だった。
シュタルガ一行は一辺五十メートルほどの移動装置で荷をおろし、動いていない。
でも『生贄の手錠』による観測で、急激な上昇が確認されている。
たびたび壁のあちこちへ勝手に出入り口が開き、別の部屋とつながった。
つながる部屋の一辺は数十メートルから数百メートルで、シュタルガはなるべく守りやすく小さな部屋を選んだ。
つながった部屋からは当初、巨大な魔法人形が何度も出てきてメセムスが連戦することになったけど、その後は土偶しか現れなくなった。
形はウニ状とかジャングルジム状とか、前衛芸術ぽい。
ゆっくり近づいてくるけど、戦闘をしかける様子はない。
でもよくしゃべる。
「落ち着いて話し合いましょう」
シュタルガは残った護衛……メセムスと巨体獣人戦士トリオに命じて片っぱしから破壊させた。
「話くらい聞いてあげようよ」
話しかできない凡庸勇者がふ菓子を食いながらダメ出しする。
「記録音声ごしの相手などしてたまるか」
シュタルガが答えた直後に新しい入り口が開く。
護衛たちはみがまえるけど、シュタルガは鉄扇で抑え、自分で歩いていった。
そこには土偶でも魔法人形でもなく、先の丸い触覚をはやした灰色肌の女の子が立っていて、もみ手で会釈したけど、巨大鉄扇でたたきつぶされた。
「おい今の、本人だろ?」
凡庸勇者が謎のダメ出しをする。
床には灰色の粘液が飛び散っていて、女の子は頭から片腕までがゴッソリなくなっていたけど、断面は粘土のように単一の成分だった。
残ったもう片方の手が動き、シュタルガを指さす。
「そうデス! あんまりデス! 直接におひきとりをお願いに……」
非難の声をあげる灰色の断面に大鉄扇が何度もふりまわされ、残りの部位もすべて床に飛び散った。
「ふん、セイノスケも気がついていたか。わしは『神頼みの計算機』を使った兄上の分析でようやく特定したが」
灰色の粘液は床に染みて消えていった。
「映していたか? 今のがユイーツだ。見かけた者は破壊しまくれば捕らえられるかもしれんぞ?」
シュタルガは粘液のついた鉄扇を捨て、新しい鉄扇で視聴者を指す。
「本当かよ?」
オレはユイーツの外見なら清之助のメモにあった触覚女子の絵で知っていたけど、能力とかは知らない。
「すでにここまでの侵入も防げん消耗をしている。塔の機能を父上が混乱させ、兄上が破壊しまくったおかげだ」
「物騒な親子だな」
「物騒だがあわれな父親で、物騒だが最高の兄上だ。兄上は最高だ」
「とことんどうしようもない一家だ」
「ざまあみろ。と言いたいところだが、まずはユイーツを追いつめてやらねばな。なにか手段は用意しているか?」
「なんでそんなかわいそうなことするんだよ。スライムでもなんでもかわいい女子じゃないか」
「わしの兄上はかっこいい男子だった。だがあのような呪わしい生まれになることはユイーツが予測して誘導したものだ。この世界の『無難な幕引き』のために作られた存在だ。だからわしが……なんの役割も持たずに生まれたわしが、兄上が追いこまれるはずだった『最後の覇者』の座を奪うことにした!」
「魔王様の目的は、おにいたまの報復だけかよ!?」
「そのとおりだ! 兄上にあのような運命を背負わせた上、うっかりミスで父上やカミゴッドのような大失敗までばらまいたエセ神に嫌がらせの限りをつくし、たとえ神もどきが死ぬことのない存在であったとしても、徹底して破滅させる! それが兄上への手向け! 兄上への返礼!」
勇者の温かい拍手で奇怪なコントが終了する。
そのころ塔の最初の螺旋階段では一時退避していた神官団でもまだ動ける一部がふたたび昇りはじめていた。
ボロボロの内壁は自動修復が進んでいたものの、移動装置は回復しきっていないらしく、疲れきっていた。
それでなくとも聖王の鬼ヘンタイぶりは脱力で済まない衝撃なのに、各研究機関の分析では『あとの祭の絵日記』とシュタルガの新世紀小説の正確さばかり判明し続けている。
信仰していた神が自分たちを世界ごと見捨てようとしていて、魔王にもみ手で会釈した上に殴りつぶされ、放心を通りこしてトゲトゲしい薄笑いを浮かべる者までいた。
そんな護衛神官のひとりが薬瓶を開け、もうひとりが止めていた。
「おい、やめろって。飲んで数十分で発現、オレたちでは長くて数時間……まだ先がどれだけあるかわからないだろ」
「どうせ世界ごと先がないなら、この塔の制御に賭けたほうがいいじゃないですか。寿命を決めたり、不老不死の魔法道具を作れるような施設ですよ?」
「誤解デス。ほとんどは誘導しかできないデス。そんなクスリでひっかきまわした体を治すような技術があれば苦労しないデス」
ふたりの背後にいつの間にか、灰色肌の触覚もち少女がいた。
「新しい道具を作る余力なんてとっくにないデス。それに寿命はあとから変えられないデス。それに無理な延命はカミゴッドさんみたいに精神が……」
薬を飲みかけていた神官が鎖鉄球で灰色少女をめった打ちにまき散らす。
「お、おい! そのおかたは……?!」
止めようとした同僚は異常な気迫でにらまれ、息を飲む。
「こんなのが神様のわけがないでしょう? こんな慈悲と寛容のかけらもない、空気の読めないクソガキ妖魔が神だなんて、学校でも教団でも教わりませんでしたよ? 俺が何枚レポートを提出したと思っているんですか? 肉体派部署に入ったのだって、塔の探索さえできれば勲章ものの論文を書ける神学知識の自信があったからですよ?! 専攻は聖神伝承ですよ?!」
灰色の粘液が染みて消えたあとの床まで打ち続ける顔は投薬前でも十分に悪魔だった。
「父さんは教団のために戦って邪鬼王の軍勢に処刑され、母さんはユイーツ様に背けないからと『暗黒の聖母』をこばんで家に火をつけたのに……こんな! こんなのが!」
同僚が周囲を見まわしても聖神撲殺を非難する表情は見当たらず、驚く顔に混じって冷淡な黙認も多かった。
マッサンは砂漠を横切って直接に真南、移動首都が突き崩した防壁をめざしていた。
その行軍は無視された南南東の砦から、三百メートルほど離れて見える。
この砦にはシャルラの買収に早くから飛びついた魔王軍が何部隊か残っていた。
かつての予定では、神官団の決起と騎士団の反乱に中立勢力の同調も広がれば流れが決まり、ここで残党狩りを楽しめるはずだった。
でもあちこちで動きがにぶった上、双璧の出現で流れが変わりはじめて『やっぱ魔王側だったことにしておこうぜ』で砦内部の意見が一致した。
「うぬう、あの程度の軍勢であれば手ごろなのだが。いくら魔王様が裏切りに寛容といえど、手土産ばかりは必須」
魔王配下十九羅刹の一角、武者鎧の大鬼シャビは四日前にアレッサが刻んだばかりの全身に包帯を巻いていたけど、元気に歩いていた。
「つうか、このままだと下の連中が俺らを手土産にしようとか考えそうじゃね?」
第四区間までチームを組んでいた獅子獣人ベイチャノもいた。
スポンサー契約で着ていた西南妖獣社の通気加工フルプレートを脱ぎ、短パンにランニングシャツでうちわをあおいでいる。
「ここに残党は来ない。どこか出撃したほうがいい」
忍者装束のトカゲ人ガリドもいたけど、日陰に置かれた大きなたらいの水風呂でじっとしていた。
「ふぬう、虫人博士らと話をつけてくるか」
シャビに続いて武者姿の鬼や小鬼が数人続き、ベイチャノに続いてアロハシャツのコヨーテ獣人やスパッツだけのヤマアラシ獣人たちも砦に入る。
砦の中には大きなたらいがたくさんならんで爬虫類獣人が一匹ずつ入っていたけど、みんなへばっていた。
「君らはいいから。日暮れからがんばってくれれば」
砦内部には同じく第四区間まで進んでいた虫人トリオが配置されている。
シャビたちより格づけが少しだけ上で、罠による待ち伏せが特技。
「っておい、ガリドのやつは来やがれっての。待ち伏せされていたら斥候はやつの専門じゃねえか」
「よせい。虫人といえどそのように露骨に疑われていると知られては……気にせんか」
「そうそう。仲良くなったところでモーションなしに裏切るし……お。よかった」
暗い地下通路に虫人の集団が見え、ベイチャノは顔をゆるめる。
「姿を見せているってことはしかける気はないよな? ちょっと場所がえしようぜ? 隣の南砦じゃ神官団のやばいブツがうろついているらしいしよう」
先頭の三博士はじっと動かなかった。
ひとりだけ腹に重傷を負っている蜘蛛人イジェムエがモショモショと口だけ動かす。
「異存はナイ。だが動けナイ。手伝えるカ?」
三博士の背後は通路いっぱいに糸まみれで、助手の虫人たちも繭のような中でうごめいていた。
「それ一体、どんな罠を作ってたんだよ? 自分ではずせねえの?」
「はずせナイから手伝いがイル。でもオマエたちでは無理だ。そして手遅れのヨウダ」
鬼と獣人の内、鋭い数人が飛びのく。
「ふぬ?! この異様な気配やいかに?!」
繭が引き裂かれ、虫人が何匹も倒れる姿を見せ、その半身は青黒い肉につながれていた。
「な、なにその斬新なデザインの罠? 今年の流行?」
「同化が速い。コレでは防げナイ」
遅れて数人の獣人が後ずさろうとして、足にへばりついていた青黒い肉紐に引き止められる。
肉紐をたどって何本も肉鞭が飛びかかり、片足をとらえると一気に繭へ引きずりこむ。
「教団の邪神かよ?! そういうのは最初に言おうぜ?! アンタがたにメリットなさそうでも社交辞令としてさあ?!」
最後尾まで下がっていたベイチャノは一気に後方へ跳ねるけど、それを追って大ミミズのような青黒肉が飛んだ。
隊列の中央にいた武者鬼シャビは巨刀『冷蔵庫斬り』で大ミミズを切断したけど、直後にミミズの先端から触手が乱射され、獅子獣人ベイチャノの背から足にへばりつく。
「うひあああ~?! 斬って! 早く斬りはずして?!」
「心配なかろ~! 我らは慈悲と寛容の教団であるからして~!」
切り離されたミミズの先端がジジババ神官の上半身を形づくる。
「うっそだあ! ニューノちゃんが『邪神の臓物』の発動条件は『憎悪』って言ってたじゃん?! その大きさで、そんな速く動ける強度なんて、ガチ発動じゃん?!」
ベイチャノは肉塊を引きずりながら階段へ這うけど、ジジババ神官の上半身はズルズルと触手をたぐって背中にはりつき、腰を共有する。
「不勉強だの~お!『絆の髪』のほうは『友愛』が発動条件だからして~! このつながりこそは魔物どもを深く憎む正義感と~! それすら自らの肉体へとりこみ救済してやろうという、教団の理念そのもの~!」
「いやだあ! ジジババはいやだあ! のまれるならコカリモかキラティカがいい! オレはソフトマゾなんだあ!」
短パンの獅子獣人は錯乱しながら手をのばして助けを求めるけど、シャビは巨刀を振り上げたまま立ちつくしていた。
周囲の部下たちはすでにひざまで肉塊に飲まれ、その体から射出された肉紐が十数本もシャビの全身につながっている。
大鬼の巨体は青黒肉がへばりついて厚みが三倍ほどになり、顔の位置にはジジババ神官の顔が浮かんだ。
「ほ~う! 君は毎年、豪傑鬼へチョコレートを贈っては殴り割られておるのか~あ! みんなとりこんでやればよいぞ~! 憎かろ~! 愛しかろ~! 体を共有すれば思いも通じる! 口へなにをつめこもうがこばまれぬ~!」
騒ぎを不審に思って階下をのぞきこんだトカゲ人の忍者部隊は武者鎧の巨体ジジババから乱射された肉紐につながれる。
上にいたトカゲ人たちも、階段をもどってきた同僚の異常に気がついた時には遅かった。
選手だったガリドだけは助けを求めて防壁からマッサンめがけて飛んだけど、空中で青黒いロープを足へ撃ちこまれ、そのままカメレオンの舌のように砦の中まで引きずりこまれた。
マッサンの部下のひとりが遠くかすかに目撃している。
「どうかした?」
「トカゲ人がバンジージャンプしていたように見えたんですけど……」
「きもだめしみたいな暑さしのぎかな? まあ、僕は先に待つ双璧のことを考えるだけで十分に背筋が冷えるけど」
部下のひとりが急にモニターを指す。
「豪傑鬼です! 豪傑鬼様がいますよ?!」
「う、うん。配置は団長の指示によるから、期待しすぎないでね?」
選手村からはモルソロスと神官団上層が首都へ逃げ、ドルドナも首都へ移動し、悪魔神官たちもそれを追いかけていった。
それでもまだかなりの数の神官団と騎士団が残っていて、魔竜災害に乗じて巻き返しはじめた魔王軍を抑えていた。
そこへシャンガジャンガの軍勢が到着し、選手村と宮殿を圧しつつある。
「おらネズミども、どっちにつくか今すぐ決めろ」
クマのように大きな緑色の魔獣が金棒でたたきふせられ、笑う豪傑鬼の足の下でだんだんとしぼんでネズミ娘になる。
モニターに映る黄色髪ネズミ娘が汗だくで愛想笑いしていた。
「やだなあ、アタシは最初から魔王様の側で……」
切り換わった画面では青髪ネズミが倒れた恐竜人たちを踏みつけていた。
「アタシはもう裏切り者を討ちましたよ! でもまさか、悪徳傭兵や聖騎士二番隊のみなさんまで同じ狙いで潜伏していたとは!」
こわばった笑顔で汗だく。
豪傑鬼は笑顔のままうなずく。
「ま、そいつらは別に味方ってわけでもないんだが……手土産が足りねえ。首はもういいから、虫のばらまかれた地面を掃除しておけ。あとで砂を口につっこまれてもいい程度に」
「そ、それって例によって比喩ではなくて……その、何杯ほど?」
「そりゃあ、オマエらの首を引っこ抜きたいと思っているやつの数によるだろ」
このころ、飛竜を撃墜されてもしつこく生きていた赤ネズミ娘ヤラブカは『やっつけ仕事のやっとこ』を手に「これで巨人将軍をはさんで討伐の補助になれば整理券が……」なんてことをつぶやきながら首都へふらふら歩いていたけど、同じくしつこく生きていたリス娘イーヴァックが正気にもどった上に自分の魔法道具が奪われていたことに気がついて追いつき、みっともない身内ケンカの末にダブルノックアウトしていた。
宮殿前広場にいたシャンガジャンガは通信をきってから周囲で乱戦中の部下数人を呼び寄せる。
「そろそろ投降へ誘導して被害を抑えますか?」
「いや、やっぱ強引でもいいから制圧を急がせろ。なにか妙だ。旗色のわりに裏切りなおす連中が少ないというか……どっちつかずの様子見にしてはかたよりがある」
防壁の南側で大量の部隊が失踪しはじめていたけど、豪傑鬼の勘もまだそこまでは届かない。
「あいつらは関係していますかね?」
部下はあちこちのテント陰に潜んでいる人影をコッソリ指す。
「あれは動きが妙なだけで……『洞の聖騎士』の暗殺部隊か? 毒だけ気をつけろ。どうせあの団長なら『世界が滅ぶなら協約違反もやり放題』とか野暮な考えをする」
豪傑鬼は自分の周囲にいた部下たちをわざと宮殿へ向かわせて手薄にさせる。
バウルカット配下の大柄軽装の兵士たちが一斉に詰め寄り、持っている武器に薬品を塗りたくって笑う。
「悪く思うな! 世界が滅びる時に協約もクソもないと団長も言ってたからなあ!」
「お、おう」
豪傑鬼は予測どおりすぎる敵の恥ずかしさに気まずく返す。
豪傑鬼のすぐ近くにいた部下は宮殿へ向かっていたけど、離れていた部下は一斉に集まってバウルカット配下を囲んでいた。
「軽装の人間がそんないそいそ大鬼の前に出てくるかあ? まあ、腕はいいほうだから気をつけろよ」
気乗りしない顔で金棒を振り回して暴れはじめるけど、視線は打っている敵の向こうの景色や、モニターなどへ向いている。
「広場は百対三百……まあ互角か? 宮殿へ増援する余裕はねえが……」
不満そうな顔を不意に上げ、太陽へ跳び上がって一閃する。
「ちっ! さすがにやりますわね?!」
ふたりの少女騎士が空中で大鬼の金棒をまともに剣で受けきる。
ふたりとも身長に近い大剣を片手で握っていて、ひとりは光る凧を持ち、ひとりは持っているコマを光らせた。
宙にいた三人が急落下し、着地点にいた大鬼二匹が大剣に斬り倒され、騎士ひとりが豪傑鬼に踏み倒される。
「『池の聖騎士』ノコイ、参る!」
「『峠の聖騎士』ワッケマッシュ、参る!」
ふたりは大剣を短剣のように軽くふるい、大鬼を小鬼のように薙ぎ、獣人のような速さで同時に跳びかかる。
豪傑鬼は跳びさがってノコイひとりに相手をしぼったけど、激しい連撃に圧され、金棒と腕甲を使っても受けるいっぽうだった。
「攻撃だけなら俺より上か? 寿命を捨てた強化改造ってやつなら、効果時間中に相手をしてやらねえとな」
満足そうに笑いながら、崩れたテントを盾にワッケマッシュの挟撃をギリギリによける。
すかさずノコイがコマを振り上げて光らせたけど、豪傑鬼は狙いすましたようにごく低い姿勢でとびこんでいた。
今度はノコイが受けるいっぽうになって体勢を崩しかけるけど、一瞬で三度ふられた金棒が防がれてしまうとシャンガジャンガもすぐに跳びのかないとワッケマッシュの大剣に斬られる寸前だった。
「ははっ、こいつはやっかいだ!」
褒めた直後にふたりが砂の波に埋められる。
「こ、これは別に、貴様に助けられた礼などではないからな!」
蒼髪のボケ貧乳が照れたように顔をそむけていた。
砂の中から凧を光らせた黒髪ツインテールが飛び出す。
「アレッサ! ようやく屈辱をはらせる時が……!」
ワッケマッシュは異様な大きさの剣を盾がわりに異常な身のこなしでとびこむ。
「え。いや、心配するな。きれいだった。私の貧相な胸と違い、貴様のめりはりある体型ならば放映しても迷惑にはなるまい?」
アレッサは異様なセクハラ発言に異常な照れ笑いで烈風斬を乱射しながら逃げまわる。
豪傑鬼はノコイが砂から顔を出してから打ち合いをはじめてあげるけど、アレッサに呆れて手が止まっていただけかもしれない。
「まあ、妹の居場所を吐かせに来たならしかたねえかあ」
「え。レイミッサを捕らえたという聖騎士は貴様か?! 脱衣烈風斬!!」
なぜあえてその技名。
土砂走行で急ターンしつつブレーキで目つぶしという細かい芸当もしていたのだけど、烈風の刃は正確無比……ということもなく、わりと荒っぽくワッケマッシュの胸甲をちぎり飛ばし、達人級の反応で体をそらされていなければ胸の脂肪までゴッソリ落としていた気もするけど気のせいだと思いたい。
『大地の脚絆』がダンスのように踏み鳴らされて広場の石床が細かく立ち上がり、蒼髪の切り裂き魔が変則的な激しい動きでまとわりつく。
ワッケマッシュの大剣と脚力は『嵐の聖騎士』の猛攻もギリギリ防いでいたけど、先に精神がやられた。
狂犬勇者の恐るべき戦闘センスとボケセンスに圧されて顔がゆがむと、憎悪が薄れたのか手足が急に鈍重になって床石の突撃を受けてしまう。
ふりかえるとノコイもすでに倒れていた。
「そちらはすでにしとめていたか。さすがは豪傑鬼……ん?」
シャンガジャンガは眉間にしわをよせて『乱舞の銛』をアレッサに押しつける。
「これがいきなりそいつの足をひっかけて金棒が当たっちまったんだが?」
「いやその、私も三つ同時の連続発動は無理があったので、かなりぞんざいに飛ばしてしまって……すまない!」
ボケ娘がふたたび飛んで逃げ去る。
「ユキタンとセイノスケとアレッサは魔王に宣戦布告して双璧に勝ち、実質の優勝もして魔王の権威を落とし、反魔王連合が決起する機運を高めた勇者ですよね?」
「実績だけ見るとそのはずなんだけどね」
マッサンはモニターを見ながら選手村を避けて首都へ向かっていた。
ずっと貝殻で連絡を続けている。
「そして今は世界が消滅に向かっていて、どれだけ生き残れるかもわからなくて、聖神ユイーツ様も開祖カミゴッド様も我々を救ってくれそうになくて、聖王様にいたっては魔王崇拝者だったという絶望的な状況で……あいつらなにやってんですか?」
「ユキタンは魔王を称賛する付属部品みたいになっているね。セイノスケは各勢力の要人と混浴水着大会について熱心に協議しているね。アレッサは謎の照れ隠しを妹探しにぶつけてそれ以外の状況をまったく気にしてないように見えるね」
あと魔王は残念な方向に絶望的で、神官団の上層は邪神化している。
「……あいつら、なにやってんですか?!」
「いくら勇者でも勇敢すぎるよね」
これでいいんだよ。
「でも僕たちの事情を知ったら、何度も謝っていたよ。まるで本当に平凡な学生さんが必死で大人へ合わせているような感じだ」
「隊長……さっきから誰と話しているんです?」
このころのオレはまだラウネラトラ様の包帯と触手とマッサージの世話になりっぱなしで、リハビリに軽い運動をはじめたばかり。
シュタルガがユイーツ様をたたきつぶしてからはふたたび巨大魔法人形との連戦になり、メセムスに限界が来ていた。
「いよいよじゃな~……という時におんし、そんな長々と誰と話しとるんじゃ?」
「清之助に連絡してきた聖騎士さんと話すように言われて。ろくな答を返せなかった気がするけど、いろいろ情報を教えてくれて……あ、すみません。まだ、だいじょうぶですか?」
オレは貝殻を握ったまま頭を下げる。
「清之助が勧めるとおり、逃げられるなら逃げるのが一番だと思います。いえ、オレたちへの協力はしなくてもだいじょうぶです。シャルラの言う整理券みたいなものをもし作ることになっても、同盟への貢献とかでは考えません。オレはとにかく殺し合っているのがつらいんで。かわいい子もたくさんいるのに。女の子なら殴られるだけでも見たくないですよ。でもバタバタ倒れているんで。嫌なやつを消すより、助かる人を増やすほうが気持ちも軽くなってうれしいです」
「……それが一番わからないんですけど、戦争は相手を殺しまくっても勝ちにはなりませんよね? たたきふせるだけじゃ解決や利益にはならなくて、外交としてまとめる方向性が肝心ですよね? 今の教団みたいに手段のはずの攻撃を目的にしたら『勝ちだけはない』結末へ向かいませんか?」
「オレなりに、この世界の消滅が決まってもまだ意味がある目標を考えて、みんなが直感的にわかりやすい形を探しているんですけど……混浴水着大会よりマシな案を誰も言ってくれないんですよ」
「オレがまいたタネですか。そうですか。あの、怒っています? ほめている? 良くも悪くも? でも首都へ向かう? やっぱり怒っています?! 近くでサボる? ありがとうございます! はい、もうなんでも! え。デッサンモデル? いえ、善処します。前くらいに太いほうが好み……なるほど……あの、気のせいか先ほどから息が荒いのは……カメラを?! まあ、この際、オレなんかのでよければ……違う? そちらへ?! オレはそういう嗜好はちょっと……違う? え……逃げそこねた?」
モニター子画面のひとつが首都上空に切り換わる。
カメラが不意に、首都の東のはずれへ向きを固定した。
その中央に騎士団の団旗が小さく映っている。
注目させる効果しかない『認識の旗』を槍に改造した武器。
壊れた大型土偶の関節に刺して固定され、あごひげの中年男がしがみついていた。
「もっと早く話せていたらよかったのだけど」
足にからみついて同化している肉鞭は移動首都がつっこんだ防壁の断面まで伸びている。
「部下はみんな持っていかれた。僕をかばって、というか君の話を止めたくなかったらしくて……いてて。引っぱる力が強くなってきた……意識も頭に流れこんできている……でも焼けた砂の上はさすがに邪神も苦手なのかな。のびきるとあまり力がでないみたいだ」
マッサンの表情がだんだんうつろになり、ふんばっていた両手から力が抜け、引きずられてゆく。
「部下たちの意識がまだ残っているらしい。それも伝わってくる。会話はウケていたみたいだ。あとみんな……なにをそこまで混浴水着大会に期待して……」
コウモリが肉鞭にたたきつぶされてしまった。
オレはまだ話を続けたかったのに。
戦争はもっとラノベみたいに、メルヘンチックなやつを見せてほしいです。
命の虚しさばかり強調したリアルすぎる戦場なんて、優しいご都合主義の敵です。
もう主張や勝敗なんか、ほとんど誰も気にしてませんよね。
とっとと終わらせてほしいだけですよね。
大げさな兵器なんか使わないで、ジャンケンや一騎討ちで済ませればいいのに。
それで納得できないなら、殺し合いをやりたい連中だけ集めて代理戦争の娯楽番組でも作ればいいのに。
それが混浴水着大会に変われば、つぶしあいや競争より協調の維持でしあわせを探すようになるだろうに。
多様性は正義だよ。ラノベヒロイン設定の常識だよ。
なんでそんな当たり前の価値観が非常識みたいに扱われているんだこの世界は。
元の世界もだけど。
やっぱオレたちが勇者になるしかねえよ清之助。




