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二十八章 王様のほうが悪者ぽくないか? 目立たない所にリアリティが必要だ! 四

 教団の副神官長は巨体小心ネルビコ、格闘型守銭奴ショインクのほかに四人のジジババがいる。

 四人とも顔体がたるみきったしわくちゃで、区別は難しい。

 ネルビコさえジジババが身につけている魔法道具を見てから声をかけていた。

「これは……エイノー様。もう手術を終えられたので? ずいぶんお早いですな?」


『まどろみの帽子』は眠気で発動して眠気を誘う。

 エイノーは常に操れる適性があった。

 しかし完全に眠ってしまうと発動もできなくなるし、眠いだけで行動可能なら敵の行動力も奪えない。

 ジジババでも常に眠たがりのお偉いさんに名誉だけで預けられた飾りの魔法道具だった。


「ネルビコく~ん! すばらしい気分じゃよ~! ファイグどのが強引に薦めたのも実に~もっともじゃ~!」

「ははあ。またずいぶんと元気になられましたな。するともしや昼食も用意いたしましょうか?」

「それなんじゃが~、敵はどこかにおらんかね~?」

「はい?」

「異教徒を殺したくてしかたないのじゃよ~! 裏切り者や処罰者でもかまわんのじゃが~!」

 新しい教団本部の会議室で、ネルビコは十数名の護衛神官と作戦の打ち合わせをしていた。


 部屋の奥の扉が開き、別のジジババ副神官長も顔を見せる。

「エイノーどの~! 残念ながら~、ソノットどのとアオーズどのに先を越されましたぞ~! 裏の窓から~飛び出しておられたようじゃ~! ひっはは~!」

「してやられましたな~! では~、次の番を待ちながら研究を深めましょうぞ~!」


『怒涛の尿瓶』は尿意によって食器一杯くらいの水を作り出して操れる。

 ソノットは常に操れる適性があった。

 炎、射撃、衝撃などの威力を軽減させたり、顔へぶつけて牽制にできる程度の効果。


『放心の湯のみ』は放心することで身近な水分の温度を上昇させる。

 アオーズは常に操れる適性があった。

 生物体内の水分は対象にできない上、適性が上がるほど機転が苦手になる傾向がある。


 ソノットとアオーズが連携しても有効射程と火傷の威力は槍以下で、尿瓶から熱湯をかけられる精神ダメージのほうが大きいと言われていた。


 護衛神官たちはジジババたちの大声と活発さに驚いている。

「さ、さて、ファイグ様の指示を実行へ移すために、綿密に準備をしましょうか」

 ネルビコは笑いながら脂汗を流し、青ざめていた。

 奥へもどるエイノー副神官長の首に、青黒い筋が腕ほどの太さで波打っているのが見えた。

 扉の向こうの副神官長は顔しか見えないけど、ローブの形が人間には見えないふくらみかたをしていた。


『忘却の引き出し』は自分にかけられる魔法を無効化できる。

 ただし対象の魔法道具の知識を一度は学び、さらに忘れている必要がある。

 副神官長のフクシンカンチヨは多くの魔法を対象に使える適性があった。


 教団でも四大トップ老廃物と言われ、静かに消えることだけを望まれていたジジババ副神官長たちが教団存亡の危機に立ち上がり、世界滅亡の混乱に拍車をかける。



 表側から若い護衛神官が入ってきて、ネルビコに耳打ちする。

 ネルビコは十数人のほとんどを連れて屋外へ出る。


 首都のビル街の一角で、建物には『カミゴッド教団・首都会館ビル』と書かれている。

 正面だけでも百人近い護衛神官が槍を手に整列していた。

 すっかり日も昇ったまぶしさの中、ビルの脇の狭い暗がりへ案内される。

 そこだけ青黒い粘液が広がっていた。


「私は副神官長らしきかたたちが窓から落ちてくるのを見て駆けつけたのですが、ここにいた十五名の守衛をお連れになった、というか……『引きずっていった』ように見えたのですが……その……」

 守衛の若い神官はなにかを言いかけ、ネルビコに肩をもまれた。

「いやいや、大変でしたねえ? ではまず落ち着いて、遅い昼食の注文でも決めましょうか。不思議なこともあるものですね~」

 ネルビコはそのままぐいぐいビルまで押しこむ。



 そのころ北北東の盗掘砦は『浜の聖騎士』マッサンに任されていた……と聞いても、オレはその名前から顔や活躍を思い出せなかった。

 騎士団選手の三番隊にいたらしい。

 現場指揮の本隊、戦闘で最強の二番隊に次いで重要だから三番。

 機動力に特化された部隊で、連絡、偵察、補給、救助、必要なら他勢力の誘導や交渉もして、急ぎの移動があれば先行して道を開く全体連携の支点。


 家柄やコネのない実力者がそろった渋いメンバーで、隊長のハシゴ使い『岸の聖騎士』ペキンパーからして傭兵部隊からの引き抜き。

 重力コマ使い『池の聖騎士』ノコイは没落貴族の娘ながら優等生で、第四区間までの臨時編成では二番隊の補充員から隊長代理にまでなった。

 ノコイの代わりに入ったレイミッサも『騎士団の裏切り者』アレッサの妹という苦しい立場だったけど、個人の戦闘ではトップクラスの実力者。

 マッサン氏はそんな同僚と一緒に熊獣人の選手を倒したり、殺戮神官コンビの襲撃から逃げのびる様子が放送されていた。


 第三区間で隊長ペキンパーは全身火傷の上、脚を刺される重傷。

 マッサンも『口裂けの鎌』に頬を切られ、片脚を『惨劇のノコギリ』にえぐられ、隊長を護送しながら一緒に棄権した。

 やや副作用の怖い軍事薬は使ったけど、怪しい『特殊治療』は断った。

 少しは戦えるけど、あまり無理はできない。

 第五区間ではヒマそうな配置へ送られた。

 一時期でもレイミッサと組んだことで、騎士団上層が理不尽に疎んじてもいた。


 ペキンパーが隊長を解かれたのも、棄権したあとでレイミッサをかばったことが大きい。

 いかに勇敢で献身的であったかを弁護し、自分が責任のすべてをかぶると断言して推したから、第四区間のあとで気まずいことになった。

 第五区間から聖騎士は元の編成にもどったけど、三番隊の隊長はマッサンに代わる。


 マッサン自身はヒマでもよかった。

 辺境自警団の腕利きだったけど、家柄もコネもなく、大戦末期の人材不足で騎士になった。

 騎士団が魔王側へついてからは理想や信念を持っていなかったことがさいわいし、能力や性格も含め『無難で安定している』という地味な理由で聖騎士に選ばれる。

 自称でない日和見小役人という自信があった。

 重傷や死亡は避けたかったし、投獄されたり、過度にうらまれたり、逃亡生活もしたくない。

 休日に趣味の絵を描いたり、友人や親の様子を見に行って茶を飲む暮らしを続けたい。


 そんな興味で戦況を見ていたのに、世界の消滅に真実味が出てきて、反魔王連合の象徴である聖王が魔王じみた変態シスコンとわかり、魔王は勇者じみた残念ブラコンとわかり、いかれた異世界勇者どもはテンションを上げ、勇者崇拝の教団は沈黙した。

 どこからつっこんでいいかもわからない突発最終戦争の空気も投げっぱなしに『無限の塔』探索は『天の勇者』階層に踏みこんでいる。



 インパクトが強い前階層の森林遊歩道からは一転、ふたたび地上層や『巨人魔王』階層のように透明モザイクの機械的な内装。

 土偶も球型で浮遊している以外は特徴がない。

 厳密には浮遊ではなく、壁との接触面が極端に小さいだけ。

 天井や壁ぞいをなめらかに動き、ピョイと跳び移るため、浮遊のように見える。

「ここは立ち入り禁止区域です。すみやかにおひきとりください」

 どちらかといえば、襲う前に警告してくる普通の会話が特徴的。


 ただし探索がはじまって間もなく、地形の面倒な特徴が判明する。

 階層全体をぶちぬいた巨大な立体迷路になっていた。

 しかも浮遊土偶や天使の利用しか考えていないのか、平然と縦穴だけで上下をつないでいる。

 そして迷路を構成する十メートル四方のブロックはあちこち気まぐれに動いていた。


 マッサンは自分が攻略するわけではないものの『長引きそう』という気がかりができる。

 あの複雑な地形で、追っている騎士団部隊の指揮がピンク頭ではまともな統率をとれそうにない。

 圧倒的な人数差で迷路を埋めて魔王を追いつめる可能性だってあるけど、勝敗はどうでも決着が長引くほど地上は無理をすることになる。


 国や企業は世界消滅の話題で騒いでいるけど、マッサンにとっては明日まで、あるいは夕食まで生き残ってから考えるべきことだった。

 今は魔王軍の襲来が怖いし、騎士団上層の血迷った命令も怖いし、血迷った狂犬勇者の襲来も怖い。

 部下はまじめな者ほど世界消滅や聖神様のイメージ崩壊や聖王様のイメージ爆砕で苦悩している。

 使命感をあおろうにも、暴君シュタルガまで芸風を激変させて脱力をふりまいている。

 希望を持たせたくても、異世界勇者どもの悪化を続けるキワモノぶりが混迷に拍車をかけている。

 中立勢力どころか反魔王連合の内部にもヘンタイ邪教のにわか狂信者が増えていて、いつ誰が残念な奇行に走るかわからない。



 すでにニューノが怪しい。悪い意味で勇者くさくなってきた。

 最もまともで頼れると思っていた北の騎士団部隊が団長命令を拒否して、西の騎士団まで同調している。

 マッサンは位置的に、物騒な東の騎士団との板ばさみ。

「頼むから巻きこまないでくれ。勇者やその従者なんて、モニターごしに眺めているだけで十分なんだ。僕はそういった夢を十代のころに捨てたから出世できたんだってば」

 壁へ愚痴っているところを部下に見られてしまい、コーヒーまでいれてもらえた。


 聖騎士本隊の三人はかつての三巨頭のような華やかさはないけれど、それでも目立つ。

『第四の三巨頭』とも知られる伝説的な傭兵『砂の聖騎士』ヒギンズ。

『騎士団の頭脳』と呼ばれる『泉の聖騎士』ニューノ。

『第三の異世界勇者』を自称する『渦の聖騎士』シャルラ総隊長も一応は騒ぎの中心にいる。

 ピンク頭の中身がどうでも、人気作家として大国の要人とコネがあり、節操のなさで騎士団上層の連中とも気が合う。

 双璧と豪傑鬼の参戦で地上の戦いが厳しくなった今、本人の能力はどうあれ、率いる千人以上の兵力が妖鬼魔王(ついでに庶民勇者)を倒して戦況を打開する希望になっている。


 聖騎士二番隊は三人とも重傷から回復してないのに、それでも西の砦を任されるような豪傑ぞろい。

『滝の聖騎士』レオンタはひとりでアレッサ・リフィヌ・セイノスケ・メセムスというユキタン同盟四強とその他二名をひとりで相手にできたバケモノで、第三区間に残っていれば二番隊だけでも巨人将軍に勝てた可能性がある。

『沢の聖騎士』ジュリエルは新人ばなれした気迫で、アレッサや巨人将軍を相手に期待をはるかに超える働きを見せた。

『湖の聖騎士』スコナ隊長は戦闘に限らず、そして二番隊に限らず聖騎士全体の重鎮で、上層がクズだらけ、あとは若手と引き抜きだらけの騎士団をまだしもそれらしく見せる要になっている。


 マッサンは三十代になって体力も落ちはじめ、本隊や二番隊メンバーのように派手な名声を得られるとは思ってないし、ほしいとも思わない。

 でも判断を迫られていた。



 聖王の死はいろんな意味でイタすぎたけど、連合の規定によれば、聖王の権限は神官長が臨時に代行する。

 ニューノは『聖王の承認がない』という理由で命令拒否していたから、ともかくも騎士団の足並みがそろうきっかけに……ならなかった。

『騎士団の頭脳』様が今度は兵器使用の条約違反を理路整然と並べはじめた。


『餓鬼条虫』が反魔王連合の工作である証拠の解説をはじめ、魔王と西南妖獣社の対策準備がなければ致死率八割の重度感染者が現時点で首都の半数を超えていたであろう見積もりまで披露。

 さらには『邪神の臓物』について暴露。

 常人では寿命を数分や数時間で使い切るかわり、十傑衆クラスの能力を得られる禁忌の術。

 マッサンも『闇の勇者』時代の『邪竜』や前大戦の『暗黒の聖母』の恐ろしさは聞いていたけど、その元が同じ生物兵器であることは初耳だった。


 しかも聖王が死んで静かになったと思っていた教団は、騎士団上層よりひどい無茶をはじめていた。

 ニューノがまだ調査中の情報によると『邪神の臓物』の新型まで投入されているらしい。

 よりにもよって前大戦の世界的トラウマ『絆の髪』の性質が加わっているらしい。


『暗黒の聖母』教団が使った『絆の髪』は肉体を強引につなげて同化し、支配する。

 教団の大幹部ともなれば接着部位を破裂させて攻撃できた。

 部隊の全兵士が体をつなげられ、自分たちの設置した罠にとびこむような惨劇も多発した。

 さらに恐ろしいのは時間をかけた同化だった。

 多くの教団幹部は肉体強化のため、そして教団が理想とした『全生命の統合』をめざして多くの動植物や人間をとりこみ、見るに耐えない姿になった。


 ただし、同化には限界がある。 

 巨人や巨竜のような大きさになると末端部分の壊死が速くなり、消耗をうわまわる吸収は困難になる。

 動きもにぶり、思考力があるほかは大ミミズと大差がない、大喰らいなだけのバケモノになった。


 教祖マブダリアだけは巨体から無数の『絆の髪』を射出して操り、対抗薬を塗った軍勢さえ肉鞭の嵐で薙ぎつくす運動能力があった。

 その肉体強度の秘密は『邪神の臓物』の併用にある。

 表面部分の『肉』だけ邪神化させて使い捨てることで、本来の自分の肉体部分は消耗を抑え、寿命をのばしていた。


 マブダリアは肉を使い捨てる『貼り換え』手術に膨大な費用と時間をかけている。

 安定させたまま、より簡易に、より速く吸収する研究を重ねていた。

 研究はなぜか秘密裏にカミゴッド教団へ引き継がれていたようで、首都近辺で副神官長らしきふたりが『何人もの肉体をとりこんだ姿』で目撃され、しかもそのぶよぶよした醜い巨体は獣人じみた速さで駆け去ったという。


 ニューノは『感染する邪神化』という新型の『さらなる最悪』の性質をつきとめた。

 でも昼すぎの段階だと、その感染力までは分析が進んでいなかった。



 ともかくもニューノは反魔王連合……正式名称『カミゴッド教団諸侯連合対魔王軍外交会議』の根本となる使命『人類の安全のため』を理由として引き続き命令を拒否。

「『暗黒の聖母』教団と『光の邪神』教団の狂った所業が同時に行われているのですから、その対策を最優先にします」

 それどころか同じ理由で『独自の対応』を宣言。

 実質、騎士団長バウルカットと神官長ファイグへの宣戦布告。

 それにすかさず西のスコナたちまで同調した。


 マッサンにしてみると、立場的に逃げられない現場で『餓鬼条虫』とは別の死亡フラグ『新型邪神』まで追加された上、板ばさみがいきなり激化した。

「ニューノくんの言うことは筋の通った正論なんだけどさー。今それで僕たちが同調しちゃうと、バウルカットさんの性格からして、弱い僕たちから先に見せしめにしそうだよねー?」

 どうしようもなくなって、思わず部下たちの前でつぶやいてみる。

「すみません。実は自分、マッサン隊長が不審なら団長へ報告するように命じられていたのですが、もうそれをやっていいのかもわかりません」

「君も君で大変そうだねえ。……あ、やっぱり団長から連絡きた……『接近したら迎撃』か……」

「まだ『討って来い』よりはマシですかね? それでも十分に無茶ですが」


「ここの兵力だと砦の維持だけでも難しいからねえ。ニューノくんたちがこっちに来ないことを祈るしかないねえ」

「あとヘンタイ同盟とか、豪傑鬼とか、まりゅ……いえ、考えないでおきましょう」

「うん。なにか来ちゃったらそれから考えよう」

「それまではもう、混浴水着大会の妄想でもして……あ、いえ、邪教信者のまねです、まね……ハハ」

 部下の自暴自棄な笑いかたはどこかの異世界勇者に似はじめていた。



 マッサンだって、ニューノとシュタルガとユキタン同盟が手を組むなら同調に賭けてもいい気はする。

 ニューノには高い戦略眼があり、性格は徹底して慎重、堅実、クソ真面目。

 従っていると抜けがけみたいな旨味は減りそうだけど、生き残れる可能性は高そうだった。

 第四区間の終盤までは。

 今の笑顔の怪しさはどこか『自爆が特技の色情狂』に似はじめていた。


 それでも双璧を避けられるなら、それだけでも意味は大きい。

 シュタルガの陰険性悪は有名だけど、現実的な安定志向らしき面もわかりはじめていた。

 聖王様のぶっちゃけまでは。

 今はブラコンだけを原動力に覇者になったという、無限の不安要素を抱えている。

 やはり諸悪の王であり、魔竜という世界最強の非常識を飼うだけはある。


 モニターの妖鬼魔王一行は『天の勇者』階層の巨大立体迷路で浮遊土偶と連戦しているけど、シュタルガはどこか呆けた表情で、緊張感が抜けていた。

「てめえ、なにひとりだけボケてやがる?!」

 マッサンはもっと言ってやれ、と思うけど、包帯に巻かれて転がっているだけのやつが言うのもどうかと思う。

「おにいちゃんを失ってからがブラコンの真価だろ?! ここで手を抜いてどうする二流ヘンタイ女!『兄上に捧げる』とか気色悪い独白しながら暴れまわれよ!」

 マッサンは異世界文化の奥深さに感心しつつ、仮にも勇者なら少しは世界の希望や人類の救済にからめて話をしてほしい気もする。

「なんのためにオレがここにいると思っていやがる?! そんな間抜けな顔したオマエよりはオレのほうが魔王にふさわしい! ドルドナとゴルダシスをよこせください! あとピパイパさんと……」

 シュタルガはうなずくかわりに無言でヘッドバッドを四発いれ、きっちり宝冠の角部分を髪の生え際へ当ててブタヤロウの顔面を血に染める。

「わしのかわいい手駒どもを誰によこせだと? 兄上のため、神を虐げ世界を苦しめ続ける算段に終わりなどない。貴様ごときの気づかいなど無用だが、これはまあ、激励への軽い礼だ」

 マッサンは異世界勇者のあんまりな活躍ぶりに生存戦略を忘れかけたけど、はたと我に返る。


 代表があの全方位底辺男子では友愛同盟に賛同する理由は見出しがたいけど、黒幕が万能天才セイノスケであることは早くから知られている。

 万能変態セイノスケも挑発じみた奇行はくり返しているけど、交渉の内容はごく正攻法。

『目の前に死がせまれば正気なんぞ保てるか。勝負はその先だ』

 という言葉まで放送させていて、夢想癖の平和主義者にも思えない。


 でもマッサンにとって最も大きな問題は、そのニューノ・シュタルガ・セイノスケの三者に協調する気が薄そうなことだ。

 ユキタンはシュタルガと殴り合って聖神ユイーツを奪うとも言っている。

 ニューノも行動理念は依然としてカミゴッド教団にもとづいているから、信仰対象へ虐待やわいせつ目的で近づく連中とは対立するしかない。



 それならやはり、騎士団上層に従っておくほうが安全かというと……

『騎士団長』こと『洞の聖騎士』バウルカットは「死ね」と「殺せ」を連呼するばかり。

『名ばかり剣聖』こと『波の聖騎士』モルソロスは持ち場を放棄した上、逃げ途中で暴漢に斬られて負傷。

『騎士団の看板男』こと『花の聖騎士』クラオンはそのふたりと比べても部下になりたくない上司の筆頭だけど、現状ではもっとも善戦している。

 厳密に言えば、彼の部下である精鋭数百名が命知らずの奮戦を続けている。


 ユキタン同盟ビルを陥落の一歩手前まで追い詰めていたし、巨人将軍と青巨人戦士団が襲来しても首都へ散開して遊撃し、よく持ちこたえている。

 ただ、クラオンの悪い面が出てしまっていた。

 戦後育ちのクラオンが今までに経験した小規模紛争であれば、敵味方を容赦なく殺す早期終結ねらいも有益な面は多かった。

 そうできる戦力差と政治背景と報道体制もあった。

 今は冷酷な指揮が裏目になり、戦力と信用の消耗が早まっている。


 最初は地形と体格差を活かし、狭い屋内を逃げ隠れするモグラ戦法をとることで渡り合えていた。

 巨人も不意に撃たれる大型の弓矢などを警戒して慎重になり、体格まかせの突撃をできなくなる。 

 ところが青巨人戦士団の腰ポーチから斥候部隊の森小人たちが飛び出て広がると、状況が変わる。

 機動に特化した装備による身軽な索敵で位置を伝えられてしまい、騎士部隊は身を潜めていた壁ごとたたかれるようになる。

 突然に通路へがれきを放りこまれたり、行く先で通路が崩壊したり、ユキタン同盟が待ち受けていたりする。


 そんな首都の窮状へ現れたのが老剣聖モルソロスだった。

「こちらへ巨人将軍が現れたと聞き、クラオンくんの救援に参った! だが魔竜の爆撃をくぐっての兵器運搬は困難を極め、便乗したならずものに不覚をとる始末……魔竜と同時の相手でなければ一刀に斬りふせていたものを!」

 ザ・ものは言いよう。

 それでもクラオンはモルソロスが連れてきた重兵器部隊を見て、部下の再編成をはじめる。

「さすがは騎士九割の師匠たるモルソロス様です」

 ちなみに全体練習を何十秒か見学しただけで『指導した』ということになる。

「この老骨めは一刻も早く魔竜との再戦へもどって決着をつけたいが……」

「はいはい。しかしここも私などでは身に余る戦況。魔竜の足止めは私が引き受けますので、どうか残って指揮をとっていただきたく……」

 クラオンは敗走した老廃物を保護して配置換えを引き受ける。


 モルソロスの重兵器部隊はビル群を走り回り、乱射をはじめる。

 巨人部隊がいそうなビルをかたっぱしから標的に、中に味方や住民がいることもおかまいなし。

 でも間もなく、自部隊が順調に減っていることに気がつく。

 路地に残されていた大砲は砲身がたたきつぶされ、馬車には兵士が何人か突き刺さっていた。

「モルソロス様。魔竜が複数の地点で目撃されています」

「ぬ、な?! それでは、私は、選手村へ……」

「しかし魔竜将軍にしては静かすぎます。第二区間のような『恐怖の壺』や『昇竜の竹馬』による誤認の可能性もあります」

「そう。だから私みずから真の魔竜めを倒しに行きたいところであるが、ここが偽者ごときにうろたえているのであればしかたあるまい、指揮に残って……」

 そんな部下との会話の数分後に部隊と兵器の被害は数倍に広がっていた。


「やはり魔竜は本物のようです。なぜか襲撃後に逃げていますが」

「ほ、本物?! それならばそれで、遭遇した者から順にたたみかけ、消耗させておるのだろうな?!」

「しかし魔竜将軍がこっちを避けてしまうことには……」

 ドルドナはノリだけの無駄撃ちをやめるだけで攻略難度がはねあがる。

 そして逃げ隠れされてしまうと、さらにケタ違いにやっかいだった。

 派手な花火大会が見えていれば回避もしやすい。

 攻撃を誘える程度の戦力を小まめに投げこみ続ければ、魔竜でも体力の限界に達する。

 でも弾丸のような機動力で逃げられ、どこからともなく鉄壁怪力の爆撃魔が現れるとなると……対策のたてようがない。


「クラオン様も引き返していますが、外周部で巨人戦士団に足止めされています」

 モルソロスの目の前にあったビルの裏口の鉄扉がモギャリとつぶされる。

 開き戸なのに真横に引かれ、もどされ、溶接によって強引に閉じられる。

 長身朱髪の美女はそのまま兵士を無視して迫り、淡々と大砲の砲身をひと殴りしてまわる。


「剣聖。魔竜と決着をつける好機ですよ」

 部下も人生の終わりが迫ると好き勝手を言えた。

「おのれ不意打ちとは卑怯な! しょせん竜王といえど、魔王の下僕に成り下がりし恥知らずか?! まだ惜しむ誇りがあるならば、勝負は別の機会に預けてやろう!」

 老廃物の好き勝手も最高潮。

「このドルドナは妖鬼魔王という卑怯陰険ブラコンの主人を誇る竜! 出し惜しみなど我が嗜好ではないが! シュタルガの望みとあらば、屈辱的な命令であろうともやや興奮気味に従う!」

 魔竜将軍はいつでも好き勝手の極致。

 鋼鉄の戦車を片手でふりまわして大部隊をまとめて殴りちらす。

「よかろう、では決着を……まずは私の若き弟子たちからつけてもらおう!」

 部下の九割を捨て駒に逃走する剣聖もどきが厳然と言い放つ。



 ……という状況の首都へ向かうよう、マッサンへ団長命令が下る。

「この砦が手薄になってしまいますが?」

「問題ない! やつらはいまだに競技のつもりでいるのだ! 砦は防衛に専念して閉じこもっておれば攻撃されん!」

 マッサンは通信をきったあとで部下を集める。

「敵の良心を信じて出撃させる判断もどうかと思うけど、もし本当に攻撃されないなら閉じこもっていたいよねえ」


 マッサンが見上げたモニターに映る世界のメインキャストは活き活きと好き勝手をしているけど、その誰もが自分と部下たちを救ってくれそうにはない。

 どれも同じ、自分たちを地獄へ囲いこむ迷宮の壁だった。


「エア水着よりはフンドシのほうが見た目にさわやかで好きなんだけどなあ」

 部下にギリギリ聞こえてしまうような声でつぶやく。

 マッサンもだんだん、戦場の血だまりに倒れて虫の息で混浴水着大会に挙手賛同した兵士の気持ちがわかってきた。




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