二十七章 死ななきゃ英雄になれない? 爆笑の嵐を起こす手もある! 四
地平から陽の光が広がっていた。
「優勝から丸四日の昏睡じゃ。第五区間はもう開始されちょって、今は塔の中でメセムスちゃんに運ばれちょる」
目が覚めたばかりのオレはまだ意識がぼやけていて、声も出せなかったけど、少しずつ状況を把握しはじめる。
ラウネラトラの説明とモニター放送だけでなく、耳元の貝殻からいろんな人の報告を聞かされる。
中にはなぜか、騎士団と神官団のトップ密談の様子まであった。
「協力者はあちこちにおるんよ。んひひ」
どこかで話した気がする傭兵オッサンも熱心に語ってくれた。
「おんしの嫁も幅広いのう?」
まったく無関係に思える触手マニア会社員の身の上話まで入っていた。
「今のは……なんだったんかのう」
真日流さんが怒っていた。
「なにやら来ちゃったようじゃの」
気になることは多いけど、まずは自分の状態というか……
「ここは棺桶の中じゃ。鋼鉄製の特大で、いろいろ兼用じゃな。薬液風呂とか」
君が身動きするたびに触れる柔らかい感触はなに?
「とにかく無理せんことじゃ。はよう治らんといろいろ楽しめんぞ」
ラウネラトラがモニターの光を強めると、オレの体にぴったりくっつく長身グラマー体型の粘液まみれが見えた。
「わっちも無理を続けていたせいか、成長期がきちゃったんよ。おんしらの相手をできるサイズは何日もつかようわからん」
それより、お互いほとんど裸なんですけど?
生物兵器とか人体改造とか物騒な報告も受けた気がするけど、頭にほとんど残っていない。
「まあ、まずは休まんと。頭の中の整理だけでも大変じゃろ」
主には君のプロポーションのせいで。
しばらくは意識がとぎれがちで、なかなか話がつながらない。
その中で見た短い夢は特にややこしく、夜の赤い砂漠を駆けながら烈風斬を乱射して突撃する視界。
野営陣地に群がる何百何千いるかもわからない魔王軍の兵士がすべて視界の主を探し、追って来ていた。
馬車やテントや荷物の陰を跳んで引き離し、最も大きなテントへ潜りこむ。
中にはさらに布のしきりがあったけど、透けて見える大鬼の女のシルエットは背を曲げてギスギスした動き。
「お、お、お、ジャンガよ! たしかにいずれの捜索隊も無駄足であろうよ! なぜなら『風の聖騎士』は、すぐそこぞ!」
陰湿なガラガラ声が響いて布が爪で裂かれると、筋ばった体に目のくまが濃い白髪の大鬼がいた。
豪傑鬼と同じ衣装で体格も近いけど、しかめつらで四つんばいに飛びすさる姿はまるで別人。
でもアレッサを見て笑うと表情が明るくなり、目のくまも消えていく。
まるでふくらむように姿勢をただしたあとでは、髪もすべて赤茶に変わっていた。
「驚かせちまったな。魔王配下『八武強』が一角『豪傑鬼』シャンガジャンガでまちがいない。よくぞここまで来たもんだ」
額から頬にかけての大きな傷がまだない。
「『風の聖騎士』アレッサ、参る!」
おびただしい兵士の足音が迫る中、アレッサは斬撃を乱射しながら駆ける。
豪傑鬼は三メートル近い金棒『燕返しの物干し竿』を一瞬に三度振り、烈風斬を散らす。
最後の一撃は防がずに飛びこみ、肩を浅く斬られながら金棒を突き出す。
視界がゆれ、横にずれ、血が飛び散った。
アレッサの頬に大きな傷がつけられた一撃だ。
次の瞬間、アレッサは空中から豪傑鬼の首をめがけ剣を振り下ろしていた。
大鬼の金棒に顔をえぐられながら跳んでいたことになる。
豪傑鬼の視線は間に合わなかったけど、わずかに首を曲げ、角を刃へ当てた。
アレッサは床に倒れる。
豪傑鬼は髪の生え際からアゴ近くまで深く開いた傷を押えながら、立って見下ろしていた。
「ここまでやれる人間がまだいたとはな。姉様が教えてくれなければ、奇襲の一撃で首をとられていたかもしれねえ」
握った拳からすると、頭を割られながら反撃に殴っていたらしい。
兵士にとり囲まれていた。
豪傑鬼は顔から血をしたたらせてよろめくけど、足をふんばりなおし、真っ赤に塗れた腕を広げて部下を抑える。
「ここでつぶしていい腕じゃない……アレッサと言ったな。オマエは魔王に従うか、魔王に挑め」
豪傑鬼は出血の多さに息を荒げながら、笑って酒壷を頭の傷へぶっかけ、ついでにのどへ流しこむ。
アレッサは手の震えからすると、おそらくどこか骨折しているけど、豪傑鬼の顔を見たままだった。
「その目つきに似合いの舞台へ立たせるまでは客として……いや、オレの妹としてもてなす。オレたちの頭、妖鬼魔王シュタルガはまちがいなくそう望む」
視界がにじむ。
豪傑鬼はアレッサの顔も酒で洗って笑ったあと「やべ。頭、ひび?」とつぶやいて倒れた。
次の夢は鉄格子ごしに見下ろすレイミッサ。
たぶん競技祭の開始前にあった面会だ。
「騎士団を信じて抵抗を長引かせたばかりに、土地さえ捨てれば助かったみんなを死に追いやってしまった……私を笑いにきたのか?」
オレと出会ったころに時おりみせたトゲのある自嘲。
「せめてもの時間稼ぎに総大将と刺し違えるつもりだったが、皮肉にもその豪傑鬼が村の生き残りを守ってくれた」
視界がにじみかけて暗くなる。
「私は母さんのような騎士になりたくて剣をふるい続けたのに……頭骨にヒビが入ったまま私をかばう豪傑鬼は、騎士団の誰よりも母さんに似て見えた。それが悔しくて、それに絶望して、私はかばわれるままに死にぞこなった」
熱血硬派な騎士少女が、さめた現実主義者を装うしかなくなった過去。
オレは少しずつ意識を長く保てるようになり、多少の身動きで意志表示もできるようになる。
「アレッサちゃんは……とりあえずもうだいじょうぶじゃろ。なにがあったかは、もう少し順を追ったあとでな」
老練のヘンタイ女医はオレが興奮しすぎることを心配して、最初はごまかした。
「しかし状況は厳しいのう。おんしが起きてユキタン同盟のみんなはテンション上がっちょるが、ノリに同調しただけのみなさまは冷静に考えちゃうと……」
最弱凡庸ダメ男子が目をさましたところで、なにも変わらないと気がつくよね。
「あいや、そんな目で見るでない。おんしは死んどるほうが役に立つなんて思わんでいいぞ?」
そこまでは考えてなかったよ!?
ラウネラトラは失言に気がついたのか、肉体を押しつけたけしからん治療でごまかす……許す!
「ユキタは死んで英雄になるような男ではない」
聞いていたのかよクソメガネ。
「生きたまま英雄になっていい男だ」
「またずいぶんと買いかぶっちょるのう?」
「早死にが英雄になりやすい理由は、それが悲劇とみなされるからだ。生き続けて余計なことをするより、業績だけ残して早く死ぬほうが、悲劇として完成度が上がる」
「単なる成功者と英雄の違いは『ドラマ性』にある。人々が英雄を英雄として認識するのは、その背景に『物語』を見た時だ」
「歴史という物語の連載更新のために、世界から必要とみなされた登場人物が英雄だ。英雄が虚像かどうかなど、議論自体が無意味といえる」
「業績しかない者は、死にかたで悲劇性を加えなければ物語として成立しにくい。だから早死にしないと英雄にはなれない……だが貴様は違う」
だからなにをそんなに買いかぶっているんだよ。オレなんかに。
「貴様はこの先、どれほど不様な生き死にをしようが問題ない!」
絶賛だかケンカ売ってんだかわからねえよ?!
「そういった戦略的なことはともかく、個人的には今も生きていることに感謝したい」
肝心なことをおくゆかしくつけたすな。ただでさえ顔が整っているんだから。
別ジャンルに目覚めて、そのくちびるの傷をなめたくなるだろ。
通信をきりやがった。なにか感づかれたか?
「あばたもえくぼ状態じゃの~。しかし死なんでも英雄とは一体…………あ、そういうことか」
え。なに。そこくわしく。なんで目をそむけるの。
ごまかすために体を押しつけてくるのはうれしいけど、やっぱり気になるってば……カップいくつ?!
この時は見事にごまかされたけど、あとで思い出した。
オレがそんな会話を聞いていたころ、ユキタン同盟ビルはただでさえ苦しい防戦を続けていたのに、ザンナとミュウリームまで抜けていた。
そして地下中層の避難所は大騒ぎになっていた。
「うるせえ。まず黙って並べ。それもできない兵隊なんぞ使えるか」
ウェイトレス姿の鬼教官ナルテアはにわかに増えた志願スタッフをざっくり整理する。
清掃員クリンパは職業や外見などからざっくりと配置を仕分けしていた。
「姉御の人気なんだか、反魔王の不人気なんだか……障害物設置の作業員が何十人と増えたのはありがてえけど、騎士の相手は無理そうなのばっかりだな?」
クリンパの足元にいた巨大肉塊が三メートルほどの力士体型になって敬礼する。
「ワダグジも十四覇道の一角! ザンナお姉様に続いで魔王配下の矜持を示じまず!」
「オマエは頼りになりそうだけど、オッサンはここを動くな」
肉塊の横では父親のヒロスミ氏がシャドーボクシングでアピールしていたけど、クリンパにすらくぐりこまれてデコピンで倒される。
「ま、オレなんかでもドシロートよりはケンカ慣れしている」
清掃員がクズカゴをひろいあげて立つ。
ウェイトレスもモップを手に立つ。
「ま、私なんかでも並の騎士よりは戦争慣れしている」
増援の数十人が出ると、入れ代わりに数人の負傷者が運びこまれる。
馬の嫁こと護衛神官の女性は自身も重傷だけど、指揮に加わっていた。
「ここでも看護などの手伝っていただきたいことはたくさんありますから」
居残り組へ呼びかけると、さらに女性や老人の志願者が増える。
動かない大半の避難者も表情が変わり、非難の声はほとんど消えていた。
まとめ役のルクミラさんはモニターに映るキラティカの指の動きを見て手元にメモを書きとめていた。
「まあ……大変。セイノスケ様からの指示です。そのかたたちの配置は待っていただけますか? このビルには見取り図や権利書にはない十階より下があったらしくて……」
「首都移転に使う共有の管理区域かな? でも倒壊だらけだから、ここの全員でも脱出路を掘るには何日かかるか……いや、まさかそこから逆に襲撃が?」
ヒロスミ氏がくいつくけど、ルクミラさんは首をふる。
「いえ、全員……調理の用意を」
選手村はさらに追いつめられていた。
神官団兵士の大群が押し寄せ続け、武闘仙ピパイパの弟子もほとんどが戦えなくなり、逃げようにも選手村は騎士団に占拠され、砲台や戦車や飛空船が周囲へ砲撃を続けている。
そんな状態で宮殿地下の天井に穴まで開けられようとしていた。
でもピパイパの意識がかすかにもどり、地下の兵器格納庫でも最重要機密とされる収納庫の開錠番号を教えられた。
報道部のスタッフまで一時的に防衛へまわし、リフィヌとコカッツォが調達へ向かう。
「なぜ拙者が指名なのやら。重いなら獣人さんのほうが…………ああ、なるほど」
リフィヌは引き出された収納庫の中身を見て真っ青になる。
コカッツォも同様に、こわばった笑顔になる。
「たしかに戦況は変えられるけどよ……オレらはどうなっちまうんだ」
大部分をしめる中立勢力は動きを渋り、防壁の外へ逃げる数が増えていた。
反魔王連合の上層部とユキタン同盟が珍言奇行を競っていたので、全体の戦意が落ちている。
魔王軍は戦力的な不利もあって、守備に徹していた。
先にしかける損が大きい。
下手に動くとダイカたちが駆けつける。
少しずつだけど酔狂な協力スタッフも増え続けている。
抽選に当たってしまうと暴走ボケ勇者の刃でひっかきまわされる……アレッサはオレの復帰したあとから、またも逃げ回っているらしい。
というか「照れ隠し烈風斬」を乱射しながら土砂走行で跳ねまわる鬼神のごとき迷惑ぶりが急悪化しているらしい。
そして反魔王連合は上層の圧力で無茶を続けている。
なにより、静かすぎるシュタルガへの不安が増していた。
第四区間の決勝舞台となった初代覇者『王道の勇者』階層の最深部、塔の中心部には巨大な柱がある。
その内部は巨大な螺旋階段になっていて、最下部は塔を十二分割する各エリアのすべてが集まっていた。
そこまで到達できた東側の魔王軍は百数十名だけ。
ティマコラをはじめとした負傷者とその看護役、護衛役を置き去りにすると、シュタルガの護衛はほとんど残らなかった。
メセムス、人形師マキャラと魔女アハマハ、象獣人アモロファトンたち獣人戦士トリオ、それと騎竜隊の大鬼でも無傷だった兵士たち十数人。
あとは荷物と一緒にかつがれている侍従長ダダルバ、小人王女ズナプラ、オレ入りの鉄棺。
「後続部隊は戦力の回復と維持を優先。塔から脱出できない者たちも、可能なら昇って合流しろ」
シュタルガはそっけない表情のまま、反魔王連合の決起や首都陥落の勝利宣言にはまったく触れない。
騎士団長バウルカットは防壁の内部を逃げ回っていた。
「刺客が来ない場所を探さんか?! 待て?! そんな深くへ入ったら援軍まで来れないではないか?! ええい、なぜ部下は無能ばかりなのだ?! あんなガキどもをまだ殺せんとは……放送の背景でセイノスケとイヌ爆乳の位置は特定したはずだろう?! 四番隊の半数はなにをやっておる?!」
「報告が入りました! 砂漠を横切り襲撃へ向かった矢先、逆に奇襲を受けて壊滅していました!」
「なにい?! 投薬効果の出る前に?! 投薬タイミングまで読まれていたのか?!」
「いえ、先ほど泣きじゃくっていたアレッサの八つ当たりに巻きこまれたようです」
「ばかもん! ならばすぐ四番隊のもう半数を出し、そのアレッサを囲ませんかあ?!」
「もう半数はその前に負傷者を殺しまわる挑発工作をしていたら、ダイカを追っていた通りすがりのアレッサに出くわして……」
「な……なぜだ……アレッサは私にうらみでもあるのか?! あの狂犬に芸をしこんだヒギンズはなにをなまけておる!? 北と西はまだ動かんのか!?」
怒って愚痴ってビクビクあたりを見回しながら、通信まではじめる団長。
応答したのはニューノさん。
「準備中と報告したはずです。不用意に魔王軍へしかけて消耗したら、中立勢力を抑えられなくなりますから」
「ばかもん! 今、死体が必要なのだ! 死ね! 殺し合え! 私をねらう敵を減らせ! これは命令だ! ……というかヒギンズはどうした?」
「ヒギンズさんは体調不良で指揮権をぼくにあずけています。ところで確認したいのですが、この開戦は聖王様の承認を得ているのでしょうか?」
「はあ!? なにを言っておるか!? とにかく上官の命令には従え! はいつくばれ! 貴様、軍法会議にかけられたいのか!?」
バウルカットは真っ赤になって怒鳴りちらしたあと、ようやくモニター放送に気がつく。
北の砦の会議室が映され、会話がそのまま流れていた。
「かけられたくありませんので確認しています。聖王様の承認がない挙兵は反魔王連合への背任になりかねません」
ニューノさんは大きなソファーの上で、ヒギンズさんを物理的に尻へしいていた。
「きききき、貴様っ、なにを……?!」
バウルカットは反魔王側の子画面に映った神官長ファイグの抑えるしぐさに気がついてどうにか口をつぐむ。
ファイグは心配顔で丁寧に話す。
「どうしたというのだ『泉の聖騎士』よ。いやすまぬ。騎士団上層では珍しく高潔な貴様がそこまでの態度をとるのであれば、なにか連絡の不備があったのかもしれぬ」
ファイグにしても、聖王の承認がないまま決起を進めていることは後ろめたい要素だった。
「ガルフィース様はすぐにご意志をお示しになるはず。気がねなく準備を……それと事情はともかく、上官の年上男性をそのように扱っては……」
ファイグはそこまで言って、ヒギンズのしょぼくれ顔についた複数のキスマークに気がつく。
「これは別件ですから、お気づかいなく。それと聖王様の承認がない以上、反魔王連合の騎士は開戦前の状態を維持する義務がありますよね?」
開戦前だと魔王へ協力する側になってしまう。
「今、聖王様へ連絡をとっておる。早まらず……いや準備のほうは急いで……」
神官長はニューノの真意がわからずにとまどう。
連絡をきったあとで、頭を抱えて副神官長たちへつぶやく。
「あの者は頑固ながら、信用できるまじめな性分と思っていたが……やはりまだ、若すぎるのか?」
防壁西側の騎士団をまとめる本来の二番隊隊長『湖の聖騎士』スコナまでニューノに同調する。
「……で、いいかいジュリエル?」
通信をきったあとで、同隊で魔物嫌いの少女騎士に確認する。
ジュリエルは複雑に顔をしかめた。
「考えがまとまりせん……しかしスコナ隊長のことは信じています」
「買いかぶられても困るよ。私は騎士道よりも娘や旦那のほうが大事だ。騎士団が魔王側へついた時に消えていった連中ほどの骨はない」
レオンタは二番隊、および騎士団選手で最強だったけど、ふたりの間でおろおろしていた。
そんな西側盗掘砦の外ではロックルフが買収された魔王軍の中堅勢に囲まれていた。
「激化どころか引きはじめているではないか?!」
「騎士団長に従わぬそこの騎士どもを血祭りにあげれば、反乱軍における我らの地位も上がる!」
恐竜人トリオは第三区間で二番隊にぶちのめされていたので、特に激しくせまる。
「このまま騎士団まで内部分裂しては戦況が怪しくなる! 急ぐべきだ!」
直立大魔獣や赤巨人たちもつめ寄り、悪徳中年は困り顔で笑う。
「撤退は一時的な動きじゃ。しかもわしらは動きやすくなるから歓迎すべきで……」
「三巨頭も妖鬼魔王も裏切ったことがあるジジイの話を聞くのがまちがいだろ」
ロックルフの背後にいた全身鎧の大鬼たちのひとりが声を上がる。
「ぬはは。しかしくりかえし裏切れるということは、それなりに信用も大きいということじゃよ」
「で、今は時間かせぎをしているだけだろ? 反魔王連合に買収されたふりで」
ロックルフはふたたび背後から声をかけた大鬼へふり向き、ヒゲをなでたあとでニタリと笑う。
「だってわし、セイノスケくんたちにほれてしまったでなあ……君、鋭いのう?」
ロックルフを囲んでいた恐竜人や赤巨人たちは顔色を変えて襲いかかる。
モニターに塔内東側で魔王の何層か下にいる騎士団が映った。
「戦力の優位は変わりません!」
シャルラは全力で受け売りを叫ぶ。
「卑怯なデマや工作にまどわされず、冷静に判断しなさい! 実際の戦況を見れば、ただの苦しまぎれとわかることです! 魔王軍はその大部分の主力を……」
「『塔に入れた時点で勝負はついた』と考えてしまったわけだな?」
清之助の笑顔が隣の子画面に映る。
「さすがだシャルラ。貴様は期待を裏切らない。だからもう正解を教えてやろう。シュタルガは競技としての開始を強調することで、反乱のタイミングを操作しただけだ」
「え」
「その段階から『追加区間のルール』を読み間違えて動いてしまったやつらも、まだチャンスはないでもない」
「そ、そんな内実のない勝利宣言など誰が信じると思っているのです?! 反魔王連合はすでに首都も選手村も制圧して『残党殲滅』をはじめたところです! 双璧も豪傑鬼も間に合わない今、もはや……」
清之助は自分の上の子画面を指す。
防壁西側の騒ぎが映されていた。
赤巨人や恐竜人が一斉にロックルフを襲ったけど、大鬼の兵士たちが一斉に槍でつき返していた。
ロックルフへ声をかけていた大鬼の兵士は槍をかまえたまま笑う。
「鋭いのは俺じゃなくて俺らの大将だ」
悪徳ジジイは両勢力の間で動かず、大鬼たちの中心にいる特に大きな全身鎧を慎重に観察する。
「どうやらわし、また紙一重で首がつながったようじゃのう?」
「またその首をたたき飛ばしそこねた。まったく、どこまでも食えねえジジイだ」
大鬼の『大将』は女の声で笑う。
ロックルフの頭上から、買収された中堅勢力でも特に大柄な『魔獣王』ベベンモが飛びかかる。
格づけは八武強(自称)で、第四区間まで残った強豪(熱中症で脱落)だけど、飛び出した大鬼の大将に金棒で打たれ、白眼をむいて落下する。
大鬼の女は鉄かぶとを脱ぎ捨て、赤茶色の長い髪をふり乱す。
「潜伏部隊は全員出動! 魔王軍の兵士は俺のにおいがする隊長の指示に従え! 裏切りなおしたいやつは手土産を急げ!」
失踪していた魔王軍の総大将、八武強(公認)『豪傑鬼』シャンガジャンガが楽しげに指揮をはじめる。
「誰にも言わないで独りで消えたのに、こっそり帰ったらすでに潜伏部隊が編成されてやがった。さすがはオレらの頭だよなあ?」
豪傑鬼は魔竜将軍に次いで巨人将軍まで負けた時点で、変わる空気に勘づいていた。
脳内姉に相談して『消えるなら今しかない』と助言をもらっていた。
選手村は宮殿前の広場へついに大穴が開き、悪魔体型の神官たちが何十体も殺到していた。
「数分か数十分か、効果切れでこの体が息絶える前に殺す! 残りの報道部をかっさらう! ピパイパの弟子たちとリフィヌを引きちぎる! とびきりむごたらしく殺す!」
「耳ざわりである」
床穴が突如として爆炎を吹く。
「そのような行いに! 宣言など不要!!」
噴きあがった炎柱からさらに爆炎がばらまかれ、異形の神官たちは次々と燃え上がる。
広場にいた『波の聖騎士』モルソロスは鎧を着た老人とは思えない脚力で駆け逃げる。
「な、なぜここに?! この老い先なき身の上に、なにゆえかのごとき厄災が?! よりにもよって魔王配下ダントツの……?!」
いっぽう穴の下では『陽光の神官』様が爆炎の巻きぞえからみんなを守って半泣きでがんばっていた。
「早く脱出を! いつどこが崩壊するかわかりません! ……はうわっ、陽光脚うう!」
悪魔神官たちは丸こげになって倒れながら、次々に起き上がって飛びかかる。
「む。弱者の吠え声かと思ったが、その火傷をこらえるとは見事な根性。ならばこそ発言にも誇りをもたぬか!」
魔王軍筆頭『魔竜将軍』ドルドナが文字通りの必殺技『魔竜砲』の乱射をはじめ、悪魔神官たちの獣人じみた動きでも爆風爆炎に巻きこまれて次々と倒れる。
「身のこなしも人とは思えぬ鍛えぶり! ならばこそ恥と知れい!」
いっぽう穴の下ではキツネ娘コカッツォが目を輝かせてガッツポーズをとっていた。
しっぽの先がこげていたけど、気にならないようだった。
リフィヌは兵器収納庫を開けた時の光景を思い出す。
ドルドナが全裸で寝息を立てていた。
コカッツォが『魔竜将軍には起こしかたの作法がある』と言い出して自ら接近した。
危険を買って出る姿にリフィヌは尊敬しそうになったけど、キツネ娘の荒い息とよだれの量で気が変わる。
「……それはともかく、ご一緒に収納されていたのはなぜでしょう?」
リフィヌは背後へ声をかける。
コカッツォの目には入らなかったようだけど、眠るドルドナの両脇にはオレの同級生のンヌマリと加墨まで眠っていた。そちらは着衣で。
「もちろん清之助様の指示です」
「ンヌマリとカスミはドルドナにべんきょう教えていた」
ふたりは形状の特殊な異世界の銃をてきぱきと組み立て、弾倉を確かめる。
ユキタン同盟ビルへ突入していた騎士隊からの連絡が、突然に途絶えた。
広場にいた『花の聖騎士』クラオンは奇妙な微震に気がつく。
「大ミミズは少し前に制圧されたはず……」
つぶやいた部下を殴りつける。
「この程度の聞きわけもできないのか?! 砲をすべてユキタン同盟ビルの入り口へ向けろ!」
震動が急に大きく速くなる。
「この『足音』の速さ、こんな近くなるまで気がつかない身のこなしの……巨人部隊!」
ビル内に大きな影がわきあがり、砲撃が開始される。
第一射に間に合ったのは数台。
着弾の直後、玄関から一斉に駆け出した巨体の戦士たちは口々に怒りの声を上げる。
「寝苦しかった~!」
「巨人の体はジャイアント繊細なのだ~!」
「選手村の地下やら首都の地下など、ジメジメすぎだ~!」
第三区間のゴールを守備していた、体型バランスが良い青巨人たち。
第二射には十数台の砲口が向けられようとしていた。
特に大きくてバランスのよい巨体が、仲間の巨人戦士たちをごぼうぬきに突っこむ。
ほとんどの青巨人は砲の発射前に伏せて武器や盾に隠れたのに、突出した一体は巨体の構造強度を無視した高い跳躍で水平射撃をかわす。
「たあー」
七メートルのグラマー体型『巨人将軍』ゴルダシスはハンドボールのシュートのようにがれきをいくつか空中から投げつけ、そのひとつずつが大砲なみの爆音を上げ、中央の砲台を何台もなぎ倒し、十数人の兵士も巻きこむ。
両脇の大砲が角度を変えるより早く、短パンの巨体は一気に間合いを詰めていた。
「よっ、ほっ、たっ」
サッカーのパスのように騎士隊や砲台を蹴り分け、そのまますれ違う。
クラオンはすでに魔獣に乗って逃走していた。
部下のほとんども近くのビルや路地をめざして逃げていたけど、百人ほどは広場に残っていた。
「砲撃中隊はその場を死守! 少しでも数を減らせ!」
置き去りにされた部下は命令どおりに、火薬箱を抱えて走り、あるいは砲身のゆがんだ大砲にあえて装填する。
青巨人たちは武器や土砂を投げつけ、遠巻きに対処する。
「くっ、巨人に相性のいい兵器はモルソロス様の部隊に多いが……」
クラオンが見上げる首都広場モニターでは、選手村にある大量の砲台、弩弓砲、投石器などがオモチャのごとく魔竜に爆砕されまくっていた。
「そして配置が逆なら、こちらには捨て身で魔竜を消耗させる訓練をした者がそろっていたというのに……いや、この配置は最初から狙われていたと考えるべきか?」
魔王軍が一斉に士気を上げ、魔王側だったふりをはじめる勢力も続出する。
シャルラのがくぜんとした顔も映ってしまった。
「はじめから『本当の主力』は隠し運んで……私たちは『反乱分子のあぶりだし』にかかっただけ?」
「そうでもない」
「え」
隣の画面にいる清之助がそっけなく答える。
「魔王軍はようやく互角になったかどうかの苦しい状況だ。これほど手のこんだ奇襲をやるしかないほど、余力がない」
淡々と暴露するクソメガネの頭へ、ダイカは無言で片手の爪をたてる。
でも表情はもうあきらめ気味だった。
「神官団の保有している兵器は教えられていないのか? 貴様が『負けだけはない』と思いそうな品ぞろえのはずだが」
「そ…………そのとおりです! そんなことはわかっています! まだ計画の違いなど、犠牲者のケタの大小だけ!」
「それと、早いか遅いかの違いだけだな」
ダイカは無言でもう片方の爪も立てる。
シュタルガが鉄扇をパチリと鳴らし、カメラを要請する。
「それだけでは足りんなあ、セイノスケ。それだけでは済まんだろう?」
意地の悪い薄笑い。
「そろそろ肝心の、そして最悪のルールを教えてやらねば興に欠けそうだ」
「すでに茶番でなくなった『迷宮地獄競技祭』は、わしでも止めようがない」




