三章 花といっても肉食かもよ? 触手もあれば文句なしだ! 一
くねり絡まるツル草の茂みは、近づくと数階分の高さがある。
遠くでは紐のように見えた一本一本も、電柱のような太さがあった。
その隙間から半馬人の戦士たちが勇壮に躍り出てくる。
「我らは魔王配下百二十八柱神の……これはメセムスどの、お通りくだされ」
そしてそそくさと逃げていく。
二人の胴には岩石パンチの跡がついていた。
ダイカは巨大ツル草の森に入ると、真っ直ぐには進まず、横へ横へとそれていく。
「ひらけた場所では翼竜とか羽のある選手が有利だから、このあたりに隠れて弱小選手を狙うヤツも多い……待て! 誰かいる!」
先の樹上から飛び降りてくる重そうな人影。
「我こそは魔王配下二百五十六聖帝の一角ツカントですから命だけは見逃してくださいい!」
ブタ鬼にしてはやや大柄なモヒカン戦士が、泣きながら地面に頭をこすりつけた。
ダイカは無言で蹴り飛ばして先を急ぐ。
ねじまがる太い幹に、腕や指ほどのツル草がまばらにからみ合い、周囲は見えるようで見えづらい、通れるようで通りづらい場所が多い。
ダイカの爪でナタのようにツル草を斬り飛ばして進んでいなければ、どれだけ時間が余計にかかったことか。
「治療の魔法道具の使い手は、ラウネラトラという名の樹人だ。こういう場所で待ち伏せられると、オレ一人で仕留めるのは難しい」
犬獣人の耳や目が、しきりに周囲を警戒しはじめる。
「知り合いじゃないのか?」
「仲間とは言ってない。前もキラティカと二人がかりで取り押さえてから話をつけた」
「それはむしろ、うらまれていないか?」
アレッサは話しながら、ダイカの落ち着きない様子を不思議そうに見ていた。
「……そういう性格ではないな」
ダイカが足を止め、手ぶりでアレッサを制す。
「本体は鈍いが、とにかく手数が多い。できる者から接近してくれ」
「近くにいるのか? 私には気配など……」
「樹人の気配を追うのは獣人の耳や鼻でも難しい。だが競技中なら、待ち伏せをかけやすい条件を頼りに場所を絞れる。アレッサ、烈風斬を周囲のツル草に……」
ダイカが言い終わる前に、アレッサの真横からツル草が何本も飛び出してきた。
「烈風斬!」
アレッサは跳びのきながら両腕の手刀で切り払う。
ところが二本の切り残しが足にからみ、それを斬った直後には別方向から数本のツルが片手にからみついていた。
「切りまくって引きつけてくれ! 本体はオレがおさえる!」
ダイカはツル草の伸びてきた方向へ飛びこむ。
メセムスはボクたちを抱えたまま後退をはじめる。
しかしツル草はメセムスの真横、アレッサとは逆方向の茂みから飛び出す。
「メセムス! ボクを投げて!」
「ユキタンの判断を的確と認めマス!」
巨体メイドは褒めながらも容赦ない勢いでボクをツル草の群れへ投げつける。
ガショガショとボクの全身にツル草がからみつく。
メセムスは空いた片腕でツル草を引きちぎってまわる。
「やはり背後か……狙いどおりだ! もう少しだけ『両手』を頼む!」
ダイカの声は樹上から聞こえ、メセムスの頭上を越えて着地すると、来た道を引き返して斜めに飛びこむ。
「うひいい。なんでダイカちゃんにはわかっちゃうんかなあ?」
気の抜けるような女の子の声。
「な……に?!」
ダイカは足腰をツル草にからまれて宙に放り出されていた。
飛び込んでいた茂みから、小さな女の子が顔をだす。
ねぼけたようなたれ目の幼い顔。
胸元のだらしないローブ。
薄緑色のふわふわした髪は大きな花のように盛り上がっている。
髪先と指先は緑色のツル草となって伸びうごめいていた。
「でもわっち、髪も鍛えたんよ」
色白の顔がにへらと笑う。
眉やまつげ、それに瞳が淡い緑色だった。
ダイカは地面に落ち、ツル草を爪で切り裂きはじめる。
「おりゃー」
たれ目の女の子は気の抜けた声でノタノタ前進する。
太ももまで露出した素足の指先から根が長くのび、自由になりかけていたダイカを押さえつける。
「うふふふんふ。足も少しね。どっちも腕ほどには使えんけど、押さえつけるくらいにはね」
髪と根の動きは『両腕』のツル草に比べると単調だったけど、ダイカが斬るよりも速くたたみかけている。
「ちっ、ぐうたらのラウネラトラが努力していたとは!」
「持っとるもん全部よこせば、治療はしてやんよう。んひひ」
メセムスは片腕が自由だけど、胴を念入りに縛られていた。
「魔法人形ちゃんは小手を接地させなければ『土石装甲』を使えんよな?」
アレッサは片足をつかまれ、いつの間にか遠くへ引きはなされていた。
「アレッサちゃんの『暴走烈風斬』も、あんくらい離れとれば怖くない。むしろ見たい」
ダイカは髪と足先にからまれ、タレ目少女の前で宙吊りになってもがいていた。
「ほれ、無駄に疲れる前に、はよ降参せい。わっちも三人の相手はしんどい」
「そうかあ。三人はしんどいかあ」
ニヤつく清之助くんがメセムスの背から腕をのばし、キラティカを包んでいた金色のマントをはがす。
「ダイカのケツぅ!!」
突然にイケメンエリートの絶叫が響く。
宙吊りにされたダイカさんのケツ……ではなく、銀色のマントから全裸男がボトリと落ちた。
「セイノスケは。最も正確に想像できる転移先を。念じたと推定されマス」
変態メガネは嬉々とした顔で樹木少女にとびかかる。
「ラウネラトラ! 名刺がわりに生まれたままの姿を受け取れえ!!」
「ひえええい?!」
ラウネラトラは変わった悲鳴をあげ、抱きつかれる寸前に髪でおしとどめる。
変態メガネは髪に巻きつかれながら、にじりよって不敵に笑う。
「いい絞めつけだ……髪でも俺の体を感じることができるなんて、いい女だぜ……」
ラウネラトラの視界は気色悪い怪人にふさがれ、アレッサとメセムスを間断なく襲っていたツル草の動きが鈍る。
しかしすでにそれどころではなかった。
「いや~あ! ダイカちゃん助けて~え!」
根から解放されたダイカは即座に変質者から絞め落とす。
「ありがとうよセイノスケ。だが一族の家宝を痴漢行為に使うな」
ラウネラトラのツル草がしぼむ。
自分で踏みながら引きちぎり、手足の指先、髪先から一メートルほどをひきずるだけになる。
「うはあ。残念ながら降参やね。まずユキタンから動かそうかね。たるんどるけど、普段いいもん食っとるだろ。ケガもないから早く済む」
ボクは幅広の厚い包帯に全身を巻かれる。
そして這い回るツル草が服にもぐり、全身をまさぐりはじめた。
「動かんようにねー。変なところに入っちゃうよー」
「うへは?! どこ握って……そこはっ?!」
たれ目少女の頭にガシリと獣人の爪が食いこむ。
「急げ。キラティカは重傷とわかっているだろ?」
「うふは。やだなあ痛いようダイカちゃん。わっちも急いどるから、つい手がすべっただけで……ほんとほんと」
糸のように細かいツルが枝分かれしてのびだし、さらに髪の毛のように細い糸が無数に分かれて肌に突き刺さってゆく。
「いたった?! これっ、だいじょぐぶふぉ?!」
「ふひひ。おとなしゅうせんかい」
「あうぉ……?!」
「元気とか健康をもどすんは、火の細うなったランプに油を注ぎ足すようなわけにはいかんのよ。わっちにできるのは、全身に残っとる活力の調整とゆーか、しぼり出し。そのために全身をいじくりたおすのは仕方ないんよねー」
たれ目の少女はスケベオヤジのごとくニヤニヤしながら、震えて泣き崩れるボクの頭をなでて説明する。
「でもほれえ、次に悶絶するんはアレッサちゃんの番……」
ボクの目に瞬間的に精気がみなぎる。
「回復したな? では離れていろ」
アレッサは無情にも鉄靴でボクを蹴り転がす。
「ぱごべぐぶばらっ?!」
全身に複雑な激痛が走った。
「お、おい?! 治したんだろうな?!」
「アレッサちゃん、どエスやねー。全身の細かいところまで根をつっこんでかきまわしたばかりじゃから、しばらくはおとなしゅうしとかんと、筋肉痛と関節痛と足のしびれみたいのがいっぺんにきたよーになるんやけどねー」
「す、すまんユキタン!」
ゆすらないで意識がとぶから。意識……が……
目がさめると、おぼえのある震動に揺られていた。
メセムスに抱えられている。
「んう……んうう……」
押し殺したような高い声。
包帯で巻かれたアレッサが向こうわきに抱えられていた。
「ふ……んん……」
苦しげな表情とツルの這いまわる位置から、包帯の下でなにをされているのか想像がついてしまう。
汗をかきながら真っ赤になって耐えている姿は……
「お、起きたかユキタ。見ろ、アレッサがエロいぞ」
並んで歩く変態メガネが指をさして笑う。
「んんぐぐ~!!」
聖騎士様は半泣きでボクと清之助くんを交互ににらむ。
変態な友人ですみません。でも今の表情も最高です。
「こら。暴れるな。暴れさせるな。アレッサちゃんは鍛錬しとる分、自分で体力をしぼりだせちゃうんよ。残りちょこっとを引き出すには、ユキタンよりも時間をかけてエロ責めせんと……」
へらへらニヤつく変態医者の頭に、サクリと獣人の爪が食いこむ。
「すまん。治療だ。もちろん治療をしちょる。その様子をどう見るかは個人のいた仕方ない主観というものであって……」
さらにグリグリと爪を押し込むダイカさんに、アレッサさんは感謝の眼差しを送る。
王子様によって変質者から救い出されたような表情。
「んんっう?! んうー……!」
不意に、ずるずると全身のツル草がひきもどされてゆく。
「あ、すまん。今しがた終わった」
アレッサは降ろされて包帯を解かれるとグッタリへたりこむ。
「ユキタンもそろそろ動けるのではないか? 歩く程度に軽く動いたほうがなじみも早い」
言われて動かしてみると、節々にビリビリした感覚や違和感はあるけど、痛みはひいている。
「ありがとうメセムス。ボクはもう歩けそうだから、アレッサだけお願い」
久しぶりに自分で立つ地面。交代に持ち上げられるアレッサ……あ。
「ぴきゃぐはふぁっ?!」
荒療治の直後だった患者さんが全身をビクビクとはねさせた。
「ユキタンどエスやねー。キッチリ仕返しっちゅうワケかー」
「ご、ごめんなさい! ついウッカリで!」
「ユ、ユギダン貴様ぁ~」
「では次は俺の全身をまさぐってもらおうか。治療後はみんなの好きにしていいぞ」
いそいそとズボンから脱ぎだす変態を手で制すラウネラトラ。
「それも楽しげじゃけどね、先にキラティカちゃんを診んと。一番の重傷なんよ」
それならなんで最初に治さなかったのか?
ボクの表情を見て、ラウネラトラは大人びた苦笑いを見せる。
「残酷かもしれんけど、ここは戦場なんよ。ユキタンは早く治るし、アレッサちゃんは元気になれば戦力として大きい。いつ他の選手に出くわすともしれん前提での順番やね」
「わかってる。医者としては信用している。戦略の堅実さもな」
ダイカは背を向けて周囲の警戒を続けていた。
「安心せい。キラティカちゃんも命には関わらん。特に体の火傷や打撲はもうたいしたことない。人間なら致命傷かもしれんが、さすがは獣人の回復力やね」
猫耳少女には頭部へ集中して何重にもツル草と包帯が巻かれた。
「ただ、頭の中のケガは回復時間を読みにくいんよ。このまま治療しながらの移動をどこまで続けられるかが問題やね」




