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二十六章 鬼とか悪魔と言いつつ格好だけかよ? 女神や天使もそんなもんだ! 三

 ザンナやセリハムのいる広間の天井穴から、熊獣人と魚人を中心にした十数人も降りてくる。

 その多くはボロボロで、自分では歩けない重傷も三人。

「リトライアンの傷が開いちまった。魚人二匹はもっとまずい。だがミフルクツとオレはまだいける」

 ヒグマ獣人グリズワルドは無傷だけど鎧はべこべこで、後頭部の毛皮も少しはげていた。


「いや、みんな集まったならちょうどいい。僕はもう、たてこもりに転じたほうがいいと思う。クラオン君ならばそろそろ、こちらの戦力も見抜くだろう」

 新郎聖騎士ガイムはビル内の図面を見直す。

「まだしかけは半分も使ってないのに、もったいねえなあ?」

 にわか養女ザンナは状況を聞き取って書きこむ。

「罠とはそういうものだよ。それに、この余裕は少しきな臭い。抜け道がまだ使えそうなら僕が様子見に出たいが……」

 暴力ウェイトレスことナルテア嬢が床穴から這い上がってくる。

「騎士どもが地上階のあちこちへ火をつけはじめやがった。避難者が騒ぎはじめている」

 良くも悪くもガイムの判断は当たり、みんなはたてこもりの打ち合わせをはじめる。


「人質救助のたてまえでやることかね~? とゆーか動けない同僚たちまで焼く気? ワタシたちで救助へ行く?」

 魚人姫ミュウリームは痛めた背中の包帯を巻きなおしながら、図面に数十は記入された『転がっている騎士』のマークを見る。

「いや、そのあたりも狙いのようだね。おそらくは動ける騎士部隊も退避してないし、本隊も入りはじめたと見るべきだろう。火災は煙だけ派手に出しているものと思いたいが、クラオン君は戦争を知っている世代より無茶するからなあ」


「それと塔に動きがあった。どう影響する?」

 ナルテアが概要を説明すると、ガイムはさらに階層を捨て、ほぼ地上の低さで守りをかためるように急がせる。



『無限の塔』の南側は魔王軍の大部隊が一気に駆け上がり、土偶の大群を避けることなく破壊しまくっていた。

 部隊は縦に伸び続け、無限にわきだす土偶に横からつつかれて被害は少しずつ増えていたけど、先頭の速さは衰えなかった。

 中世戦国五期の層では巨大な縦穴で大規模会戦になったけど、竜の群れは自軍の戦車や巨人まで引き離して突撃し、古代『不死魔王』の層へ一番乗りする。


「我らの誇り! 我らの魂! もはやこの先にしか残されておらぬ!」

 第三区間で巨人将軍に敗退した黄金竜ドルネオムエルと蒼刀竜イワハルブ、それに第二区間でザコ魔女に負けた緑碧竜ルジオアは名誉挽回にあせっていた。

 でも移動装置は丁寧に確認した。


 巨竜トリオ、別名『優勝候補筆頭トリオ』と言われた三匹と、それに近い体格をした同族の数匹は一丸となり、駆けるだけでゾンビ土偶の群れを砕き散らす。

『聖痕の勇者』階層の小型タコ土偶ごときは羽虫のようにまとめて払い飛ばす。

 その手に粘液がこびりついていた。


 蒼刀竜の手のうろこと爪がずるりと溶けはじめ、黄金竜は短く炎の息を吹いて粘液を焼き飛ばす。

「ぐおあっ?! ぐ……すまぬ兄者! まだ『妖魔グライム』が残っていやがったのか?!」

 蒼刀竜は焦げた片手を押さえながら、周囲を慎重に探りなおす。

「地面に穴をあけるほどの溶解液だ。すぐにぬぐわねば骨ごと落とされる」

 黄金竜は自分の爪についた粘液を足元に散らばる土偶の残骸へこすりつけて落とす。

 シャベルのような爪の中ほどがすでに溶け、穴から肉が見えていた。


 細い空中回廊の床下から、透明な粘液が竜ほどの大きさで立ち上がる。

 黄金竜は即座に巨大火球で吹き飛ばした。

 岩をも砕く魔竜砲ほどではないけど、木造家屋は無くなる威力。

「七妖公の格づけにしては不用意であったな。戦いようではこのドルネオムエルをもおびやかしたであろうに……」

 振り返ると、蒼刀竜も背後から迫る粘液山に炎を吐きつけていた。

「二匹だと? 不定形とはいえ、体積があきらかに増えて……」


 蒼刀竜の息も粘液をジュウジュウ焼き壊したけど、兄貴分ほどの破壊力はない。

 人や獣人なら絶命した火力だろうけど、グライム一匹をなかなか止められない。

 粘液がはじけて飛び散り、腕の刃を犠牲にはじくことになった。


 黄金竜が見まわすと、通路のあちこちから巨大な透明粘液が姿を現す。

「さきがけをもぎとった甲斐があったようだ。機密どおりあれが『天使』ならば、竜たる我らにこそふさわしき敵」



 東側塔内のシュタルガはモニターに映る南側の激闘を一瞥するだけで表情を変えない。

 アハマハはグライムを指差し数える。

「ありゃま大変……でも竜の息なら粘液の妖魔とは相性がいい。特にあの黄金竜どのは、竜で大学主席となったひさしぶりの逸材。体格と冷酷さも兼ね備えたいい戦士だ」

「そういうやられ役だな。長くはもつまい。それも承知で退かぬ矜持は見届けよう」

 魔王は静かな口調で先を見据える。

 冷淡なようで、なにかを耐えているようにも見える表情。


 モニターの黄金竜も正面衝突は避け、がれきや壁を盾にしながら、上の位置をとることに集中している。

 でもグライムも本気の戦闘をはじめていた。

 透明な体内へ次々と骨を作り出して組み立て、人や獣に似た姿となってすばやく動く。

 そうなると強酸をばらまきながら打撃や斬撃でひるまない体は対処が難しかった。


「あっちの終了フラグはあきらめたです。でもなぜこっちまで終了フラグはじまるです? 止めようとがんばりましたです。なぜ竜さんみたいに逆効果になっているです? しかもいまだに竜さんの血がまずいことに」

 小人王女ズナプラが朗読する聖神ユイーツの日記は、延々と失敗と穴埋めと愚痴らしき記録ばかり。

「二百年前、『闇の勇者』の時代に人類を滅ぼしかけた邪竜については『まずいことに』だけで感想が済んでいる」

 解説魔王がぽつりと不穏なコメントを残す。



 メセムスの乗るティマコラは東側の三層目、真っ黒な壁と忍者土偶の『闇の勇者』階層も難なく抜け、白い廃墟ビル群へ昇る。

 南の大部隊の陽動で土偶の数が減っている上、東の先導部隊は四日前に塔探索をしていた選手が多い。

 ちょうど『光の勇者』階層でオレたちと会った象剣士たちが、爆撃土偶を誘導する中心になっていた。

 清之助の助手をしていた無名選手たちは四日前からそれほど離れていない位置で正解の移動部屋を探り当てる。


 シュタルガは演出のつもりか、自分のいる階層に合わせて日記を逆順に読ませていた。

「あっちはだめな予測だけになったです。こっちを作っておいてよかったです。でもカミゴッドさんのばらまいた残念発明のせいで、終了フラグが消しても消しても増えるです。だからってぜんぶ壊す光の勇者さんもどうかと思うです。でも発展しないでも維持できるならマシかもしれないです」


「光の勇者による魔法文明の破壊も『マシ』と認めていた。しかも結果としては意味がなかったわけだ」

 魔王はそこだけ少し楽しそうに、西部魔術団の総帥アハマハへ視線を向ける。

「わしらの先代がたも、ずいぶんな理由でふりまわされたもんですな……しかし結局、この日記の作者さんはなにをしたいのやら。守り育てるというより、なにやら研究材料の保存のような?」

 魔王は小さくふきだして顔をそらす。



 移動部屋が上昇して壁色がカラフルになり、魔法文明の発達した近世三期でも全盛の『妖術魔王』時代の層へ。

「どっちもどうしていいかわからないです。いじるほど予測がひどくなるです。こっちはたぶんうまくいっているです。でもなぜか予測は悪くなるです」


 塔内東側でも「動き」があったのは次の『魔道の勇者』の階層。

 焼け焦げた先行部隊の馬車が縦穴から降ってきて、床で砕け散る。

 ティマコラが急斜面を駆け上がると、先行部隊が戦っていた。


 家具に似たオブジェが散らばる街のような地形。

 ちらほらうろつくスリムな羽根つき土偶は戦闘意欲がまばらで、通行人のように見える。

 その向こうで整然と隊列を組んで戦う大柄な人型の集団。


「ひとつ上の『傀儡魔王』層にいる大型マネキン土偶……じゃないねアレは。マキャ坊を起こしたほうが」

 老婆アハマハが木箱へ近づこうとして、鉄扇に抑えられる。

「あれに『人形師』の話術は通じない。接待用の土偶ではなく、防衛用の『魔法人形』だ」

「ですから見物したいだろうと」

「修理でこき使うから休ませておけ」



 メセムスは巨大弩弓をかまえるけど撃たない。

 先行部隊は後退しつつあったけど、善戦している。

 相手のシルエットは土砂装甲のないメセムスと同じで、二メートルを少し超えたマネキン体型。

 細さのわりに重い拳も同じで、直撃すれば鉄の板鎧がへこみ、獣人の腕もへし折った。


 それでも先行部隊は同じ十数人で互角以上に戦い、少しずつだけど数を減らして倒しきる。

 転がる人形の顔や体はメセムスに似ていたけど、軍事用の冷たいデザイン。

「聞いてはいましたが、下級兵の『石塁せきるいの魔法人形』でも我々ではギリギリです」

 大鬼の隊長格が報告している間にもあちこちから戦いながら後退する部隊が見えてきた。


「うぬお? ほかの部隊が相手にしているのは、もう少し楽な『瓦礫がれきの魔法人形』のはず……?」

 隊長の言うとおり、ほかの部隊の相手はひびだらけで、土偶ほどではないにしても動きが大雑把で、打たれ弱い。

「マキャ坊に聞いた『石塁の魔法人形』を簡易修復した機体かい。魔法人形時代と魔法文明中興の幕開けとなった一品だね」


 後退していた部隊のひとつが突破される。

 跳ねて転がる大鬼の兵士。

 殴り飛ばしたのは『瓦礫の魔法人形』だけど、一体だけ厚みが倍近くある。

 今までオレが見てきたメセムスの体型。

 さらにその背後から、倍近い背の『石塁の魔法人形』も現われる。

「大きさなりに動きがにぶい……ってことは『大地の小手』は持ってないようだけど、巨人に匹敵する体格と重量だけでも脅威だね。しかもダメージに動じない」


 シュタルガは鉄扇を通路のひとつへ向ける。

「いずれにせよ、戦力を集中するしかあるまい。探索経験者を優先して先行へ集めよ。しんがりは騎竜隊に任せる」

 部隊が一斉に集まり、ティマコラは鉄扇の示す通路へ駆け、メセムスもその先にいる大型人形へ集中して巨大弩弓を連射する。


 そしてまたひとつ、焼け焦げた馬車が吹き飛ばされ、壁で砕けた。

 上から見下ろす一体の魔法人形は金属に似た光沢を持ち、手先が赤熱している。

 さらにメセムスに近い容姿だけど、余計に冷たさがきわだつ顔。


「黄金竜にも匹敵する火力……貴様の原型となった機体か?」

 メセムスは背後のシュタルガへうなずく。

「ガガ……防衛ではなく殲滅用。『灰燼かいじんの魔法人形』は人形帝国でも制御が不完全デシタ。ワタクシ『傀儡魔王』が焼きつくしたとされる街の多くは。あの機体と交戦した跡デス」


「当時のワタクシ『焦土しょうどの魔法人形』デモ。複数相手では対抗不能デシタ」



 大量の魔法人形に追われて逃げる魔王がモニターに映る。

 スタジオのキツネ娘コカッツォは耳の細かい動きにとまどいが出ていた。

「今とはケタちがいの規模だった『覇道の勇者』の探索部隊も攻略しきれないで大帝国を衰退させたっていうからな。あんなのが土偶と同じペースで追加され続けたら、どれだけ数を入れようが……」


 カメラの裏ではオレンジ髪のネズミ娘が縛られていた。

「あの? 騎士団の大連合に乗ってくださるはずでは?」

 タヌキ娘コカリモはなにくわぬ顔でうなずきつつ、一度は恩知らずにも縛っていた師匠の恩人デューコさんと、密告者の白黒ネズミ娘の縄を解く。

「宮殿襲撃のタイミングを知りたかっただけだから」


「クソダヌキさんめ……七妖公もいないでどうにかなるとでも思っているのですか?」

「まぬけネズミさんのおしゃべりで規模もわかったのだけど、七妖公がいるとまずそうなくらいに騎士団も余裕なさそうだね」

 ネズミ娘はつい、横たわる『武闘仙』ピパイパを見るけど、重傷で意識不明のまま。「まさか」

 次にトカゲ娘デューコさんを見る。

 今は暗殺者ではなく、友愛団体の被害者……じゃなくて協力者。



 宮殿の玄関が爆破され、わずか十数人の護衛神官が突入した。

「あーきみたちー無断侵入はいかんなー」

 騎士隊の隊長たちは棒読みで注意しながら、動揺する部下には動かないように指示を出す。


 神官部隊は数倍の宮殿衛兵に囲まれたけど、数秒で蹴散らした。

 数人の神官が倍ほどの体格に膨れあがり、牙や角や尾や羽をのばしはじめていた。

「邪悪なる魔王の手下どもめ、この爪でえぐりつくしてやろう」

 狂気にゆがんだ笑い。

『邪神の臓物』を持つ者に特有の体色変化もはじまる。


「聞こえる……におう……放送スタジオにいるケダモノどもめ、下へ退避をはじめている!」

 数体のバケモノ神官は宮殿内へ散って駆け、残りの神官はふたりずつで追いながら連絡をとり合う。

「獣人どもなら長く楽しめそうだ。人より丈夫に生まれた不運を思い知るがいい! こっちだ! こっちからにおう!」

 血走る眼、腹までのびた舌からばらまく唾液。

 その姿を悲痛な顔で見つめる少女がいた。

 静かに立ちふさがり、ヌンチャクをかまえていた。

「第一区間では拙者を守っていただき、ありがとうございました」


 バケモノ神官の一体は眉の太さにかろうじて、かつての面影がある。

「リフィヌどの……隊長どの……あなたさえ我々を見捨てなければ、私は今ごろ魔竜や巨人王女の首を奪った功績で副神官長も確実に!」

「そのような意識では勝てない、そのように勝ってはいけない相手でした。それをもっと早くに悟れなかった小生の不徳が、このような事態を招いたものと悔いております」

 リフィヌは槍のような爪をかわした直後、先が斧のようになった尾ではじきとばされる。

 防いだヌンチャクに深い傷がつき、握る手がすりきれていた。


「きれいごとをぬかすな。家柄も人気もあるお前が、顔も頭もいいお前が、そういうどうでもいい気まぐれで俺の人生をめちゃくちゃにしやがった」

 やかましい口調だった眉太神官の声は低く落ち着いてくる。

「『邪神の臓物』の発動条件は憎悪です! そのままでは心も体も飲まれてしまいます!」

 リフィヌの声のほうが震えていた。


「飲ませているんだ。悪い気分じゃない。今度は俺のどうでもいい気まぐれが『陽光の神官』どのをめちゃくちゃにするんだ。能力も人格もくだらないザコだと思っていたんだろ? そうやってさげすまれて見捨てられた俺なんかが『勇者に仕える聖女様』をたたきつぶせる。悪い気分じゃない……おいオマエら」

 バケモノ神官が不意に、同伴していたふたりの神官を尾の斧で切り倒す。

「今、オレのことをバカだと思っただろ? キモいと思っただろ? その通りでも、そういうにおいを出すんじゃねえ」


 リフィヌの足輪が輝く。

「その積極性を尊敬しておりました。騎士物語ノリの熱さに好感を持っておりました。ゆえに拙者、微力ながらすべてをつくし、その魂をお守りいたします」

 涙を一粒だけで切り払う。



 コカッツォは廊下をのぞき、連続した陽光脚が玄関ホールまでバケモノ神官を蹴り飛ばした跡を見る。

 半泣きの金髪妖精人が落ちこんだ様子で引き返していた。 

「狭い廊下では足輪をかわせないじゃないですか……なんでもっと状況や相手を考えないのですか。いえ、拙者がもっと早くユキタン同盟へお誘いできていれば……なんでもっと健全な団体ではないのか……」

「わ、わかったから早く来い盾ボーズ」

 キツネ娘は便利エルフのえり首をつかんで運び、手榴弾のように投げつける。

「あいつら、オレらまとめてでもやばい!」


「拙者とて地形などの助けがなければ危ういですよ……陽・光・脚!」

 投げられた先には二体のバケモノ神官が暴れていた。

 その足元には六人の獣人が倒れていた。

 その内の三人は這って逃げながら、神官にからませた鎖をギリギリまで手放さない。

 リフィヌはバケモノ神官二体をまとめて蹴り飛ばし、獣人へ肩を貸して急がせる。

 まったく動けない三匹はコカッツォがまとめて引きずる。



 階段から地下室へ入るなり、厚い鉄扉が閉められた。

「どんな感じ?」

 コカリモがなにくわぬ顔で聞きつつ、コカッツォのつかみかかった爪を避ける。

「てめえだけ逃げてんじゃねえクソダヌキ! 助けにもどるくらいしろ! ……編集室はダメだ。ジジイのほうは持っていかれた」 


 獣人は連れてきた六人のほか、もう数人と、コウモリ獣人も何人か待っていた。

 ひとりはオレも会った中年紳士のドラキュラさんで、水晶がゴテゴテたくさんついた金属箱を光らせている。

「オルロック先輩はまあ……長生きしすぎたとよく言っておられましたから」

 ひどい後輩だけど、タヌキとキツネも顔色は変えない。

「じゃあいいか?」

「ディレクターの頭数の話をしてんだろうが」

 金属箱は放送を中継する魔法道具『知らぬが仏の玉手箱』のひとつで、感覚の鋭いコウモリ獣人でもかなり鍛えないと何十というコウモリモニターは扱えない。


 リフィヌはデューコの無事を確かめ、まだ昏睡状態のピパイパ、その横で血まみれになってうめくオレンジ髪のネズミ娘も診る。

「コカリモのしわざじゃないからね。そのネズミさんが神官に助けてもらえると勘違いして走って近づいたら、そういうことになったの」

 タヌキ娘は冷たく見下ろすけど、白ネズミと黒ネズミの姪っ子が手当てをするのは止めない。

「おばさまがたは頭が悪いですから」

「努力の方向を間違えていますから」

「そうなると思ってわざと逃がしたんだけどね。一応は連れて来てみた。チクってくれた礼になる?」



 ドラキュラさんはリフィヌを手招きして、水晶に浮かぶ各所の映像を見せる。

 そのひとつではユキタン同盟ビルがもうもうと黒煙を上げていた。

「少し前にちらりと見えた顔の感じでは、まだ余裕がありましたよ。私どものほうがまずい状況かもしれません。鉄扉も天井も、それほど長くはもちません。こちらへ」


 地下の奥の部屋は人間用のせまさ。

 武装した衛兵がどやどやと行きかい、少しずつ減っていく。

「お。リフィヌの姐さん、お疲れさまっス!」

 通路ですれ違った小鬼になぜか頭を下げられ、リフィヌは困り顔の会釈で見送る。

「もしや拙者はすでに魔王軍の幹部あつかい? ……あのかたたちはどちらへ?」

 コカコカは連絡に追われている様子なので、オレンジネズミをかついだ白黒ネズミに聞いてみる。

「片道切符の陽動じゃないですか? 塔に妖魔と魔法人形の群れが出てから、さらに雰囲気が変わりましたから」

 小鬼が出て行った小さな通路がいくつか、溶接されはじめていた。


 ドラキュラも忙しそうにスタッフへ指示を送っていたけど、視線と手ぶりだけでふたたびリフィヌを呼ぶ。

 水晶では何百という神官たちが宮殿へなだれこんでいた。

 ジジイふたりの演説は最高潮になり、ファイグ神官長がノリまくっていた。

「聖なる塔の怒りを見よ! あれぞ神の意志! 暴虐なる魔王への鉄槌! かの光景に目をさまさぬか! 今こそ教団と共に決起すべき時!」

「おお、まさに天の啓示! 神が騎士団を忍び耐えさせたるは、この時のためであったか! 真の騎士は誇りに震え、立ち上がらずにはおれまい! ましてこの老骨、なにを惜しんで……」

 こういう時だけ無駄にカメラばえする名ばかり剣聖。


「我らも剣聖どのに続くぞー」

 騎士隊の隊長たちも大根演技で指示を出し、選手村各所にある衛兵詰所の襲撃へ向かう。



 別の水晶では塔内東側の地上層にいるピンク頭が戦車の壁を殴っていた。

「どうなってんの?! 早くこっちを映しなさいよ! あれは私の役割だったはずでしょ?!」

「アホもたいがいにしろストリップ頭! カメラを半分しか抑えてねえから息の続かねえジジイどもが間を持たせてんじゃねえか! おとなしくふがむぐ……!」

 騎士団のクラオンが捜索していたはずのミラコの声。


 ドラキュラは手元の箱をいじり、薄く笑う。

「半分だけ放映できました。ミラコさんとわかるには十分でしょう。彼女たちを乗せていそうな騎士団の馬車は見えていましたが、すでにあそこまで移動していたとはさすが」

 最も大きな水晶では画面が四分割され、ジジイの演説、南の塔内、東の塔内、そしてピンク頭の戦車が映っていた。


「少し音声をつなげますよ?」

 ドラキュラが周囲へ静かにするように指で示す。

「シャルラどの、私の管轄のカメラでもよろしければ、お言葉をちょうだいいたしますが?」

「けっこうです! 今さらそんな媚びを売ったところで……私のカメラも来ましたし」

「そのようで」

 画面ふたつに別角度でシャルラが映り、その内のひとつはミニスカートぎりぎりのアングルを攻める。

「どうもオルロック老のカメラワークとは趣味が合いませんなあ。エロティシズムにしても、いま少し情念は秘めたほうが演出として……おっと、マイクのつなげ先を変えました。準備ができたことをリフィヌさんからユキタン同盟の広報部へ伝えていただけますか?」



 ユキタン同盟ビルの避難所にザンナがふらふらと入ってくる。

「ちょ、ちょっと休憩……お、ありがと」

 クリンパがすぐに水とおしぼりをさしだす。

「カメラをとられたらしいが、半分だけだ。姉御のダチの最強神官もまだ無事ってことじゃねえか?」


 水晶モニターではピンク頭の演説がはじまっていた。

「すべてはこのための布石だったのです! さあ、今こそ全世界の国家はこの『第三の異世界勇者』が記した啓示の通りに決断を! 魔王軍の増援をはばむのです! 詳しくは『ディスティニーディストーション』臨時最新刊の別冊付録を参照に……」

 カメラ角度が低すぎて、画面的には色気というよりギャグに見える。


「うわー。メセムスさんみたいのやグライムがいっぱい……あれに比べりゃ、こっちはまだマシかあ? アモロもルジオアも死なないだけで大変そうだ」

 ザンナはシャルラ閣下の熱演にも耳を貸さず、別の子画面ばかり見ていた。

「そういやこの演説の前、狙撃ボーズの声もちょろっと入ってたぜ?」

 クリンパはサンドイッチもすすめ、ザンナはフルーツサンドからつまむ。

「ま、わかっちゃいたけど。はじめから騎士団がかくまっていたんだろ」


 南の塔内を映していた画面が切り換わり、首都広場のクラオンが映る。

「教団の意志に従うは騎士として当然の責務! 我ら『花の聖騎士』の部隊もひとり残らずこの革命へ命を捧げましょう!」

 しつこいまでの決めポーズとカメラ目線。

「さあみんな、『魔王の手先』ユキタン同盟と、それに加担する者たちをひとり残らず討ち滅ぼすぞ!」

 立場は真逆になったはずなのに、やることは微塵も変わらない。



 騒ぐ避難者にルクミラさんたちが対応していたけど、なぜかサラリーマン中年ヒロスミ氏が間に入っていた。

「上のビルがもし火災で倒壊しても、つぶれるのは地上階までだ。そういう強度になっている。魔竜でも来ない限り、ここはまずだいじょうぶ」

「せ、説明どうも」

 アザラシ獣人が思わす頭を下げる。

「ただ、即死はないにしても閉じこめられる。というか……君たちユキタン同盟は、結局なにがやりたいんだ? まさかただ慈善事業で我々を助けているわけでもないだろう?」


 ルクミラさんをはじめ、避難所の指揮者たちがはじめて返答につまる。

「オッサンよう、ユキタンやセイノスケみたいなバカが人を助けるのに理由なんてあると思うのか?」

 小さな魔女が笑って答えた。

「アタシが便乗してひと稼ぎを狙うのも、やつらが使いでのあるバカだからさ。なんでみんな、こんなチャンスをみすみす逃すかねえ?」

 半分はウソとハッタリ。

 半分は期待と決心。



 クラオンのパフォーマンスが終わる。

 モニターの半分がシャルラの巨乳になり、ふたたび演説をはじめたところで、もう半分を犬獣人の爆乳が埋める。

「ユキタン同盟の代表代行、ダイカだ。オレは魔王と契約を結んだ。詳しい説明はコイツに……」

 緊張した話しかたで、すぐにマイクを手放す。

 受け取ったのはほほえむキラティカだけど、マイクを向ける先はふたりの肩へなれなれしく手をまわしているクソメガネ。

「広報部長の平石清之助だ。われわれユキタン同盟は第四回『迷宮地獄競技祭』の第五区間において、コース外では競技祭スタッフとして協力する」

「はあ? アンタ今さらなに言ってんの?」

 隣の画面のシャルラが珍しくみんなの気持ちを代弁し、クソメガネは満足そうにうなずく。


「指定されたコースは『無限の塔すべて』だ。したがって塔の外における戦闘行為はすべて阻止する。戦いたいなら塔へ入ってからにしろ」

 答になってない。

 呆れ顔のみんなが聞きたいのは『まだこれが戦争ではないと思っているのか?』だ。


「シュタルガとは『祭は楽しく盛り上げよう』という意見で一致した。シャルラ、もちろん貴様も大事な主役だ」

 あまりに意味不明な無茶でダイカ、キラティカ、ザンナ、リフィヌが同時にため息をつく。

 でも笑っていた。




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