甘い騙し合い
祖父が倒れたとの連絡を受け、隣町の病院に駆けつけた私を祖母が出迎えた。
ここにいるという事は峠を越えたのか。それとも、最悪の結果か。
「そんな顔しなくていい。今は病室で寝てる」
私の考えを見透かしたように祖母が告げる。
安堵の息を吐き出した私に祖母は苦笑した。
「それはそうと隆坊に頼みがある」
もう『坊』なんて年でもないのだが、私は了承の意を込めて頷いた。
「なんだい?」
「爺さんが酒を飲んだらーー」
てっきり、叱れと言うのだと思った私は続く言葉に眉を顰めた。
「強請ってくれないかい?」
数日後、祖父から金を託された私は祖母の待つ家を訪ねた。
「最初はやっぱり隆坊か、よく来たね」
小柄ながらも背筋の伸びた祖母が私を居間に通してくれる。
お茶を飲んだ後、私はちゃぶ台に祖父から強請った口止め料を置いた。
祖母はそれを一瞥してお茶を飲む。
「ばあちゃん、説明してくんないかな?」
「爺さんが酒を飲んだらあたしに十万、飲まなかったらあたしが十万」
賭けてたのか……。
「なるほど、じいちゃんから余分に取ったのか」
呆れた私に祖母は苦笑した。
湯呑みを優雅な仕草でそっと置くと祖母は首を横に振る。
「爺さんが酒を飲んだ事は最後まで知らん振りするつもりさ」
意外な答えに面食らう私を快活に笑い飛ばす祖母。
「あの人に飲むなと言ったところで聞くわけがないからね。飲むより先に元手を毟っちまえばいい」
なかなか怖いことを言う。
伊達に何十年とあの祖父を尻に敷いてはいない。
「退院祝いは豪華になるね」
封筒をのぞき込んで祖母はクックッと笑った。
本当は酒を飲んでいない祖父が「退院祝いは期待してる」と悪戯っぽい笑みを浮かべていたのを思い出す。
口止めされているので話せないこの話を祖母の愛猫に語って見ると、おはぎを舐めたような顔で縁側へ逃げていった。




