少しカッコいい生き方
何が「少し」なのでしょう。
タイトルを再度眺めていただくとわかりますが、決して「カッコよくなる方法」などとはいっていません。そんな方法があるなら、私が知りたいくらいです。
ただ、生き方という観点で考えるなら、ほんの少しだけ私も述べられるつもりです。
少しというのは、他人から後ろ指を差されない、といった程度の意味です。
結論からいいますと、タバコと酒と恋愛、それに賭け事は自分の金でやれ、ということです。
つまり、人から金を借りてまでやるな、といっています。
タバコと酒と賭け事は、やらなくても普通に生きていけますし、むしろやらないほうがよいことです。さらにいえば、これらを歴史的にみれば贅沢であり、お洒落の一環なんですね。金がある人だけの権利(=嗜好品)といってもよく、金のない人間が手を出すなどあり得ない話です。
こう述べると相当の誤解を与えてしまいそうなので多少補足します。
現代においてはタバコと酒は大衆向けなものになっています。ですから、一般市民が嗜んでも何ら問題はない。値上がりしてきているとはいっても、価格もその多くは庶民的です。だから、自分の生計を圧迫しない範囲でやれば良いのです。
ところが、これを借金してまでやりたがる人が非常に多い。
周囲の人間から金を借りようとする人もいれば、中には行政上の生計支援(あえてはっきりとは言いませんが)を受けつつタバコ、酒、賭け事にのめりこむ人もいる。ふざけているとしか思えません。
これらは「条件付きの権利」であるということを忘れてはいけませんね。
自力で働いて金銭を得た者だけが、その金銭をして取得できる権利です。
ここまでの件(くだり、と読みます)についてはもしかすると大きな反発を受けるかも知れませんが、しかし決して私個人だけの意見ではありません。知りうる限りほとんどの人が、若干の差異はあれ同様の意見をもっています。
ゆえに、強いて述べた次第です。
さて、恋愛。
恋愛は人類繁栄のためにやらねばいけませんが、かといって分不相応のそれをやろうとすると人間としてのボロが出ます。それゆえに、人の金でやってはいけない、というのです。
例えば、恋人が誕生日に五万円の腕時計をプレゼントしてくれた。嬉しいですね。
ところがその後、恋人の家に遊びに行ったら、プレゼントをもらった日の日付で発行された五万円の借用書を見つけてしまった。訊いてみると、プレゼントを買うために借金したと恋人は言いました。
――どうでしょう?
そこまでしてプレゼントしてくれた気持ちは嬉しいものかも知れませんが、決して気分は晴れやかにならない筈です。
プレゼントに限らず、恋人が身に着けている衣服や装飾品、デートの時の食事代等々、それらが全て借金でまかなわれているとしたら、それでも「ああ、いいよいいよ」って素直に思えますか?
わかりやすくいえば、金銭感覚はその人間の価値観やモラルをあらわす一つのバロメーターたりうるのですね。
高い物に手が出せなかったとしても、一生懸命に働いてお金を稼いで、そのお金でやりくりするから信用できるというものです。自分で働く、という行為そのものがその人間の「信用」であるといって差し支えないでしょう。
この「信用」があるならば、どんな男女も「少しカッコいい」と、私は思います。
顔立ちとかスタイルとか身なりとか、そういうものだけが人間のカッコよさ、スマートさを象徴するものではないのです。
そして、継続的に「少しカッコいい」でいられるなら、その人は「少しカッコいい生き方」が出来ているといっていいと思います。
最後に言いたい。
親や先生の目を盗んでタバコを吸ったり酒を飲んで意気揚々としている高校生(あるいは中学生)の諸君、君たちは全然カッコよくないぞ。
成人して自分で稼いだ金でやりたまえ。
それが大人の流儀だ。