酒の話
ここしばらく、かなり酒を控えています。
禁酒、ではなく減酒です。
飲む機会があっても、自分で定めた上限でぴたりと止めます。
上限は、自分で自分を分析してみた結果「気分が高揚して楽しくなりかける」程度の量を定めました。
楽しくなりかける、というのがミソでして、つまり安全圏をキープしているのです。
酔うのはその日の気分や体調にもよりますから、あまり好調でない場合(本当は飲まないのが一番いいのでしょうが)であっても十分に自律意識を保てるようにしてあるのです。
こう書くと、何やら過去に泥酔して大失敗したような印象を与えてしまいますが、何度か気持ち悪くなって居酒屋のトイレに籠城したくらいのことしかありません。いつでも冷静な飲み方をするよう努めてきたつもりです。ゆえに、よく周りから「強いね」と言われますが何のことはない、自分を失うことのないようにセーブしているだけの話なんですね。
さて、なぜ減酒を始めたのか。
これを語るには、とある友人の存在を出さなくてはなりません。
同い年のこの友人、私とは対極の人生を歩んできた人間で、時々ぞっとするような思い出話を聞かせてくれます。明らかに法律に抵触しますが、十代の半ばには車の運転もし、酒も喫煙もやってきた。
それだけならただの不良かツッパリでしかないのですが、この友人は一本の太い筋が通っていて、親が金銭にだらしないために高校の頃から自立に努めてやってきたのです。だから、現在この友人は職場(私とは別の会社にいます)ではなくてはならない人であり、生活も実にしっかりしている。豪傑、という言葉がありますが、まさしくこの友人にあてはめてよいかと思います。
ただ、この人の特徴でもあり大きな欠点は――大酒飲みなんです。
ジョッキ十杯超は当たり前。
翌日が休みともなれば、延々朝まで飲み続けてへべれけになることも珍しくない。
最近はよく私に向かって「これでも飲まなくなった方だよ。今だって控えめにしてるし」なんて言いますが、その時点でジョッキの五杯は軽く空けちゃってます。いつぞや一緒にビアガーデンにいった時など、白昼から大ジョッキ(ピッチャーサイズ)をしょっぱなから注文し、私は度胆を抜かれました。
酒に対する免疫が(多分強制的なのでしょうが)十分に構成されているだけあって、ちょっとやそっとで酔態が悪化するということはありません。むしろ、テンションが目にわかるほど上がっていって、楽しくさせてくれたりします。
ところが。
私も最初はわからなかったのですが、どうやらハイテンションラインを突破すると、途端に人格が豹変します。
決して暴れたり泣きわめいたりするのではありません。
どうなるのかというと、途端に目がすわり、心もちうつむいて暗い表情をするようになる。
それまでのハイテンションがウソのようです。
しばらく黙りこくり、ふと顔を上げたかと思うと、やにわに人生についての議論を吹っかけてくるのです。
付き合い始めてしばらくの頃は私も一緒になって飲んでいましたから、当然酔っている。
だから、議論をもちかけられればその勢いで真っ向から応戦してしまいます。
悪いことに、友人も私もなかなか譲歩しない、というより自分を曲げない部分が多々あります。
それで議論の果てにどうなるかといえば、ケンカ別れです。
が、酔いが醒めて冷静に戻れば、前夜の醜態を拙かったと思い、お互いに話し合って関係を修復する。そんなことが何度か続きました。
しかしながら、ある晩同様の事象が発生した時に、私は友人に対して決して言ってはならない一言を吐いてしまったのです。
これにはさすがの友人も、これ以上の付き合いはできないと思ったらしく、絶縁寸前に陥りました。
その後明け方まで話し合って何とか収めたものの――やはり数日は多少のしこりが残ってしまいました。
上の一件に関しては、私に大きな非があると考えました。
ゆえに、二度と同じ過ちを繰り返さないために減酒の決意をするに至るのです。
ただ。
このことは友人には言ってませんが、そもそもそれ(言ってはならない一言)を私に言わせるきっかけをつくったのはこの友人なんですね。好きなだけ酒を飲んで勝手に酔っ払い、挙句私を狼狽させるような議論を吹っかけてきた訳ですから。
リミッターさえ外れなければ、本当に良い友人です。
しかし、一緒に酒を飲んでいればそういうことが起こりうる。
さらにいえば、この友人は大酒を飲めることを自分の売りにすらしていますから、改善しようという気はさらさらない。いつか健康診断で引っ掛かる日を待つしかないのです。
それで私は思ったのです。
いつなんどき友人のリミッターが外れて心外な議論をもちかけてこようとも、慌てることなく冷静に受け止めることができるように、自分が酒を控えていこう、と。自分も飲んで酔ってしまえば、どれだけ冷静であろうと努めても、我慢の限界を超えてしまう可能性が高いわけです。
実はこの決意は、友人に伝えました。
聞いた瞬間は面白くなさそうな顔をしましたが、すぐにけろりとして
「まあいいよ。自分は飲むけどね」
などと言い放ちました。
本当に、どうにもならん友人です(笑)
ただ、一つだけいえることは、そういう面があるのせよ、付き合うだけの値がある人だということです。
長くなりましたのでそろそろこの話を終わらせたいと思います。
上記友人の存在は例外中の例外です。
率直にいいますが、大酒が飲める、というのは何の自慢にもなりませんし、健康にとってもマイナスです。さらに突き詰めれば、経済的にも大きな損失につながります。
周囲にもし大酒を飲めることを得意としている人がいたら、酒の場での付き合い方を十分に考えた方がいいでしょう。
また、周りにいる者達はそれを煽ってはなりません。
上記友人は職場の人からも煽られ、それを気持ちよく思っているようですが、いつかはそのことで失敗する日がくるのではないかと心配でなりません。周りからいいように言われて大酒を飲み、仮に失敗したり健康を害したところで誰一人、責任なんかとっちゃくれないんですから。
この文章を目を通してくださった方へ、経験者からの忠告です。