↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

E.L.F.『星間外交秘録』――黄金を捧ぐ者――

作者: LackRock
掲載日:2026/11/03

挿絵(By みてみん)


 宇宙で最も美しい種族に生まれた者には、果たすべき責任がある。


 リュシエルは鏡の前で、黄金の髪を肩へ流した。白い肌を縁取る長い耳も、仕立てのよい礼服も申し分ない。顎(あご)の角度を確かめ、満足して頷(うなず)く。


 これなら、この星の者たちにも安心してもらえるだろう。


 そうして訪れた代表府で、彼は門前払いを食らった。


「頭を清潔にしてから、もう一度お越しください」


 耳元の翻訳機は正常だった。


「失礼。私はエルフです」

「はい」

「宇宙で最も美しい種族です」

「種族を問わず、皆様にお願いしております」


 受付係は丁寧だった。硬い甲殻(こうかく)に包まれた丸い胴体で、太い触角(しょっかく)を揺らしている。

 リュシエルも、その6本の脚を見つめないよう努めた。異なる姿への敬意は、親善使節に欠かせない。


 彼の所属するE.L.F.(エルフ)――Evolutionary Lifeform Federation、進化生命体連邦は、この星との友好を目指していた。

 明日は上官が使節団を率いて到着する。今日の面会は、その下準備だ。


 代表と並んだ公式写真が、いずれ教科書に載る可能性もある。そのために、今朝も1時間かけて髪を整えてきたのだ。


「身支度に不足があるとは思えないのですが」

「ええ。ただ、その、頭のカビが」


 リュシエルは金髪へ手をやった。


「……これですか?」

「はい。ずいぶん密生しているので」


 カビの密生。

 一族の詩人は、これを黄金の滝と呼んだ。


「これは頭髪です。私の体から生えているものです」

「それは分かります。ですから、頭をきれいにしていただきたいのです」


 話は通じていた。話だけは。


 受付係は近くの美容店を教えてくれた。身なりを整えれば、予定どおり面会できるという。

 上官からも、現地の礼節を尊重するよう言われている。美を扱う職人なら、この髪の価値も分かるだろう。


 通りへ出ると、子供がこちらを指差した。


「あいつ、あたまにカビはえてる!」

「指を差さないの。ああなりたくなかったら、ちゃんと洗いなさい」


 毎朝、湯温を確かめて頭皮を洗い、髪を何束にも分けてすすぎ、柔らかな布で水気を取っている。

 その1時間が、よその星では親から子への戒めになっていた。


 ◆


「代表府の方に、ご紹介いただきました」

「あそこはねぇ、困ると何でもうちへ回すんですよ」


 ゴロと名乗った店主は、4本の脚で体を支え、残る2本で客の頭を調べ始めた。


「あらぁ、これはまた。ずいぶん育てちゃいましたねぇ」

「私はエルフです。宇宙で最も美しい種族です」

「役所には、そうおっしゃってるそうですねぇ」


 微笑みを保つため、頬へ少し力を込めた。


「この黄金の髪。この透き通る肌」

「その黄ばんだのは、いつ頃からです?」

「生まれたときからです。一族に代々受け継がれてきたものです」

「ご家族も、皆さん?」

「ええ。母も、美しい黄金の髪を……」

「……お母様も。そうですかぁ」


 一族ごと同情された。


「カビではありませんからね」

「ええ。そちらではカミと呼ぶんですねぇ」


 ゴロは壁を指した。艶々(つやつや)した甲殻生物の写真が、2枚並んでいる。


「施術(しじゅつ)前と施術後です」


 どちらも丸く、どちらも硬そうで、どちらにも脚が多い。


「……なるほど」

「分かります?」

「もちろんです」


 分からない。


「ほう。どのあたりが?」

「全体的に……シャープになってますね」


 店主の触角が、うれしそうに開いた。


「分かってくださるお客さんは久しぶりですよ」

「美に妥協は禁物ですからね」

「ええ、まったくです」


 初めて意見が合った。リュシエルは少しだけ肩の力を抜いた。


「日頃はどんなお手入れを?」

「毎日洗い、専用の油と栄養を、毛先まで丁寧に」

「ずいぶん大事に育てていらっしゃる」

「清潔にしていると、申し上げているのです」

「ええ。ただ、この星の者には、カビに見えるんですよ。お手入れの具合までは分かりませんからねぇ」


 壁の写真へ目を戻す。施術後の殻には、照明の白い光が映っていた。艶を出す腕は確かなのかもしれない。


「では、この星の方々にも、不潔に見えない仕上がりに」

「この写真と同じ、うちの標準仕上げでよろしいですか?」

「お任せします」

「変えてほしいところがあれば、遠慮なくおっしゃってください」

「お気遣いなく。どのような技法にも耐えうるのが、真の美です」


 少し大げさだった。だが、ゴロは感心した様子だった。


「いいですねぇ、その心意気。恥はかかせませんよ」


 訂正はしなかった。


 天井から半球形の器具が下り、頭を覆った。リュシエルは目を閉じる。洗髪から入るのは、どこの文明も同じらしい。


 シュイーンと何かが回る音がした。

 顔を上げようとした途端、額を押さえられた。


「動かないでくださいね。危ないですから」


 片方の前脚で押さえられているだけなのに、頭も首も動かない。ゴロはもう片方でスイッチに触れた。


「待っ――」


 ずぼっ、と頭の上で何かが吸い込まれた。


「はい、お疲れさまでした」


 器具が上がった。

 涼しいどころか、少し寒かった。


 頭に触れる。手のひらが、つるりと滑った。短い毛のざらつきさえない。


「……鏡を」


 手鏡を受け取り、顔の前へ持ち上げる。

 白い頭頂部(とうちょうぶ)に照明がくっきりと映り、長い耳だけが左右へ取り残されていた。

 壁の写真と同じ艶だった。


「わ、私の髪は」

「あ、返すね」


 渡された袋いっぱいの金髪が、手の震えで小刻みに揺れた。

 今朝、1時間かけて整えた髪だった。袋詰めには3秒もかかっていなかった。


「大事なものだとおっしゃってましたからね。捨てずに取っておきましたよ」

「……」

「すみません。この写真と同じでいいと、おっしゃったものですから。残してほしいところが、ありました?」


 あった。今となっては、たくさんあった。


 リュシエルは袋を膝へ置き、息を整えた。ここで声を荒らげても、髪は戻らない。連邦の品位まで失うわけにはいかなかった。


「接着剤はありますか」

「ありますよ」


 ゴロが髪をつまむ。その前脚を、リュシエルは両手で止めた。


「私がやります」


 10分後、鏡の中には、頭の周囲に金色のふんどしをぶら下げた男がいた。顔は隠れるのに、頭頂部だけが堂々と照明を浴びている。


「……よろしいんじゃありませんかねぇ」

「あなたの意見は、今は求めていません」


 前髪を整えると、毛束が手についてきた。頭へ戻すと、長い耳に引っかかった。

 しばらく見つめてから、それを外した。


「……剝(は)がすものを」

「ありますよ」

「貸してください。私がやります」


 薬剤の使い方は、最初から最後まで聞いた。

 髪を少しずつ袋へ戻す。最後のひと房を収めると、口を閉じるまでに少し時間がかかった。

 頭に残った接着剤を拭き取ると、再びつるりとした頭が現れた。今度は髪へ手を伸ばさず、鏡を伏せた。


 ◆


 ゴロは料金を受け取らず、持ち手つきの丈夫な箱をくれた。頭から生えていた頃には、必要のなかった配慮だった。


 代表府へ戻ると、受付係が席を立った。


「見違えましたね! 清潔感があります」


 通された部屋では、大柄な代表が、満足そうに頷いた。


「我々の礼節を尊重してくださったのですね」

「私は――」


 金髪を奪われたのだ。そう説明しようとして、口を閉じた。


「あなたの誠意に敬意を表します」


 リュシエルは箱を足元へ置いた。


「……相互理解こそ、我々の使命ですから」


 面会は成功した。通商の予備協議も決まり、あとは公式写真を残すだけだ。


「少し、撮る範囲を狭くできますか」


 画面に2人の顔が大きく映った。頭頂部の光まで鮮明になった。


「逆です。もう少し下を」


 今度は2人の頭が消えた。


「これでは、誰と会ったか分かりませんね」


 まったく、そのとおりだった。

 元の構図へ戻してもらい、顎を引く。朝、鏡の前で確かめた角度だ。


「では、撮ります」


 微笑もうとした。口の端が震え、眉(まゆ)が下がる。涙をこらえるほど、笑顔は引きつった。

 閃光(せんこう)が走った。


 頭頂部に反射した光が顔まで白く覆い、泣き出す寸前の表情を隠していた。


「光が強すぎましたね。もう1枚――」

「いえ、こちらで結構です」


 自分の頭が、最後の尊厳を守ってくれた。


 ◆


 宿舎へ戻り、本部の上官へ通信を入れた。画面に現れた上官は、肩の金髪を払い、そのまま固まった。


『……リュシエル、なのか?』

「はい」


 短い返事が、かすかに震えた。


『君の髪は、どうした』


 箱の蓋(ふた)を開ける。上官の視線が、箱と部下の頭を往復した。


『誰にやられた』

「美容師です」

『……美容師?』


 事情を聞くにつれ、上官は自分の金髪を胸元へ引き寄せていった。


『抵抗はしなかったのか』

「頭を押さえられました。片方の前脚で」

『片方で?』

「もう片方で、機械を操作していました」

『……恐ろしい星だ』


 ようやく理解してもらえた。


『明日の訪問だが、安全が確認されるまで、いったん――』


 そこへ代表府から、歓迎式典の予定表が届いた。各国代表が列席し、連邦へも中継される。見出しは『相互理解への第一歩』。

 予定表を上官にも共有する。式典の直前に、美容店の予約が入っていた。


『連邦の皆様に、この星で最も美しい姿を。リュシエル様と同じお店を手配いたしました』


『断れ』

「現地の礼節を尊重するようにと、伺っております」

『限度があるだろう』


 リュシエルは、自分の頭に触れた。


「どこまでなら、よろしかったのでしょう」


 上官は口を開き、何も言わずに閉じた。


『……髪は、そのままにしてほしいと伝えろ』

「私の仕上がりが、大変お気に召したそうです」

『だから、私の髪は――』


 リュシエルは箱の金髪を指先でそっと収め、挟まないよう、丁寧に蓋を閉じた。

 上官の声が途切れる。


 顔を上げると、口元にゆっくりと笑みが広がった。目は上官を見つめたまま、少しも笑っていない。

 上官が椅子ごと後ろへ下がった。


「ご安心ください」


 ようやく、声の震えが止まっていた。


「恥はかかせないそうです」


 人によって価値観は違う。異種族なら、なおさらだ。

 相互理解には、相応の代償が伴う。


 ただし、自分が何を失うかまで理解してもらえるとは限らない。


挿絵(By みてみん)

最後までお付き合いいただき、感謝いたします。


異文化を理解するには、相応の代償が必要です。

私も今回、多くを学びました。……失ったものの話は、お控えください。


楽しんでいただけましたら、下の「☆☆☆☆☆」から評価をいただけると幸いです。

皆さまの星が、私の明日を照らしてくれるでしょう。


……頭は、もう十分に輝いておりますので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最後を教訓みたいので締めるのが好きです。
まさかの丸坊主。 思わず、やりやがったと呟きそうになりました。 彼の髪は再び再生するのだろうか。 そこが気になって仕方がありません。 面白い作品でした。星5で評価させて頂きます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。