綺麗な悪役令嬢
衛兵は困っていた。
今夜の舞踏会で王子がやらかすはずだった「断罪婚約破棄イベント」がバレ、公爵令嬢にトンズラされたからだ。
だがそこまではいい。
最悪なのは、王子が「俺は来賓の挨拶で忙しいから、お前が探して連れてこい」と無茶振りしてきたことだ。
そしてようやく隠れ家の山小屋を見つけたと思ったら、まさか令嬢が湖に飛び込むなんて誰が予想できただろう。
あんな重いドレスで泳げるはずもなく、彼女はもがきながら、湖の底へとあっという間に沈んでいった。
正直に話せば、彼は殺人犯として絞首刑になるかもしれない。話すべきか墓場まで持っていくべきか、それが問題だ。
激しく苦悩していたその時、湖から大量の泡が噴き出し、女神が現れた。その傍らには、見たこともない絶世の美女が佇んでいる。
「衛兵よ。お前が落としたのは、この綺麗な悪役令嬢か?」
衛兵はゴクリと喉を鳴らし、思わず言葉が漏れた。
「……とっても美しいです」
「そうであろう! この綺麗な悪役令嬢は妾の最高傑作だからな!」
女神は得意げに胸を張る。
衛兵はうつむきながら顔を真っ赤にして答えた。
「その……女神様が……」
女神は衛兵の好みにドストライクだったのだ。
「えっ!」
女神は顔を真っ赤にすると、大慌てで捲し立てた。女神には真偽が丸見えなのだ。
「しょっ、正直者には褒美をやろう! この『綺麗な悪役令嬢』と、ついでに『慈悲深い悪役令嬢』をお前にやるんだからね」
そう言うと、真っ赤な顔を扇子で扇ぎながら、逃げるように湖の底へ消えていった。
足元に残されたのは、きょとんとしている二人の悪役令嬢である。
衛兵は慌てて湖に向かって叫んだ。
「行かないで、美しい女神様! ふたりとゴキブリのようにジタバタしながら沈んでいった、公爵令嬢と交換してください!」
しかし、湖は静まり返り、冬のバラードのように冷たい風が湖面を渡るばかりだった。
仕方なく衛兵は舞踏会場にふたりの悪役令嬢を連れて行き、王子にことの顛末を話した。
王子はしばらく何事か考え込んでいたが、やがて満面の笑みで「でかした!」と叫んだ。
「衛兵よ、お前が公爵令嬢にかかっていた呪いを女神の力で解いたのだな?」
衛兵は違うと言いたかったが、王子の目が「わかってるだろうな」と脅しをかけている。
彼は引きつった顔で「その通りでございます」と答えるしかなかった。
両手に花の王子が、さっそく壇上でスピーチを始めた。
「皆の者聞いてくれ! 今宵、私の婚約者の呪いが解け、こんなに美しく、しかも慈悲深い令嬢に生まれ変わったのだ! 私はここに宣言する。このふたりを近い未来、妃に迎えると!」
王子の宣言に、会場は割れんばかりの拍手に包まれる。
男爵令嬢の「婚約破棄して私と結婚する話はどうなったのよ!?」「 それに公爵令嬢がふたりって明らかにおかしいじゃない!」という真っ当な突っ込みは、無情にも拍手にかき消された。
拍手にうれしくなったふたりの悪役令嬢は言いました。
「「歓迎に感謝して、皆様の健康と美を少しだけよみがえらせます」」
ふたりが祈り天に手をかざすと宙に天使たちが舞い、金色の燐光が会場に降り注ぐ。
次の瞬間、奇跡が舞い降りた。
「戦争の古傷が痛まない」
「嘘っ!額のイボが取れたわ」
「頭がチクチクすると思ったら、不毛の頭皮に奇跡が!」
「愚息が立った!」
「「未来の王妃様バンザイ!」」
会場は奇跡への感動と熱気に包まれた。
そうした興奮を他所に、会場の外の衛兵は死刑にならずに済んでよかったと胸をなで下ろしていた。
そして俗物王子のことを、案外ああいう人物が民衆から名君と讃えられるのだろうと彼は妙に納得した。
更に、本物の公爵令嬢はどうなったのだろうとチラリと頭をかすめたが、やぶ蛇だから、もう考えないことにした。
その頃、女神はテンパって渡しそびれた公爵令嬢をどうしたものかと考えていた。
いっそ巻き髪縦ロールのカエルにして、湖に住まわせようかとも思いあぐねた。
「そうだ、次に湖に落とし物をして嘘をついた愚か者に、残念賞の報酬だと公爵令嬢を押し付けてやろう」と心に決めると、女神は悪役令嬢のように「おーっほっほ」と扇子片手に不敵に笑った。




