わたしの役目を代わった妹が幸せそうで
つらい
わたしは侯爵令嬢として生まれたけれど、両親に期待され、今思えば虐待と思えるほど、勉学と淑女教育を詰め込まれていた。
わたしにとって両親は、どんなに学んでも叱責してくる敵だった。
両親に遊んでもらった記憶など無い。小さい頃、褒めてもらいたくて会いに行っても、仕事から疲れているからと断られていた記憶しか無い。ある程度物心がつくと、『まだその程度なのか』『もっと学びなさい』というだけ。
少しでもサボったりしようとすると、感情に任せて長時間の説教が始まる。内容は、わたしへの不満と爵位への執着。わたしが大人になったら、第3王子と結婚することで侯爵家は公爵家へと階級を上げ、王家の遠縁という地位を得ることができる。そのためにわたしは生かされていた。
『大人になったら、領地の経営はお前がするのだ。休めるなどと思うな、未来の公爵家としての地位を守れ、親に従え、夫になる第3王子と王家に従え。そうすれば侯爵家は爵位があがり、わたしたちはもっと富をえられる』
要約するとこんな内容だった。できが悪いと、同じ事を怒りにまかせてなんども怒鳴りつける。
過度な勉学と気まぐれに叩きつけるような感情にまかせた説教。道具としての興味しか持たれていないわたし。
どこまでも知識を求められ、どこまでも優秀さを求められる。政略結婚後も続く地獄。親のいつまでも満たされる事の無い過度な期待は、わたしを椅子に縛り付ける時間に変換される。
「もう嫌、勉強なんてしたく無い」
小声で、絞り出すように声が出る。無意識だった。ハッとして家庭教師の方を盗み見るけど、どうやら聞こえていない様だった。
「お父様とお母様が厳しいのは姉様に期待しているからです。わたしがかわってあげたいわ」
一緒にお茶をしていた妹に聞かれていた。
いつだったか、鏡を見ているときに、気がついた。ああ、ヒロイリアンと同じ目をしていると。
そうか、ヒロイリアンも、絶望しているんだと。その時気づいた。
今日も、行儀よく笑っているけど目の奥が死んでいる。わたしの妹のヒロイリアン。両親はヒロイリアンへは無関心だ。
絶望、そして、家族としての情と、両親に関わりを持つわたしに対する憎悪がある事を気づいてから、ああ、姉妹なんだな、と思った。
「⋯⋯期待、ねぇ。ねえ、そこにわたしの幸せってどこにあるのかしらね」
大人になっても幸せは無い事はわかる。
ずっと頭が痛い。胃が痛い。この些細なお茶の時間でさえ、家庭教師に見張られて、優雅さが欠けると思われたら後でふらふらになるまで歩行と動きの練習をさせられる。
「姉様は公爵家を継ぎたくないのですか?」
継ぎたいなんて思った事は無い。生まれたときからの義務で、道具として使われるだけ。継いだ後も侯爵家を公爵家にする道具として使われる。
政略結婚後もこの家に縛られる。
継ぎたい、継ぎたく無い、などと考えた事はなかった。わたしは継ぎたく無いのだろうか。継がなかったらどうなるのだろうか。ヒロイリアンと同じ政略結婚の駒となるのだろうか。今よりマシのように思えるけど、幸せでは無い気がする。
「家を継ぎたく無いというより、何ていうのかしら、自由に生きたいわ」
ああ、妹の後ろにいる家庭教師の眉間にシワが寄ったわ。今日は何時間重しをつけながら歩く練習をさせられるのかしら。早く終わってほしい。少しでもふらつくと、きつく見え無い部分をつねられる。
「そうですか」
ヒロイリアンの瞳が揺れる。どこかゾッとするような、敵を見る目。でも、死んでいるよりは、マシかしら。
その日から、ねだられるままにヒロイリアンに使い終わった教科書をすべてゆずった。ヒロイリアンは優秀で、解らないところは教師に聞き、実践を繰り返し身につけていく。隣で見ていても、わたしと変わらないぐらい厳しい内容をこなしている。お父様とお母様は相変わらず興味が無い。あんなに頑張っているのに。
わたしが褒めると、ヒロイリアンは嬉しいような後ろめたいような変な顔をする。気にしなくていいのに。
その頃からわたしは、ヒロイリアンが家を継いでくれないか、と考えるようになった。
「はじめまして、小さいレディ。第3王子のクリフトだ。よろしくたのむ」
「お初にお目にかかります、殿下。ヒロイリアンと申します」
わたしと同レベルの礼を返すヒロイリアン。
目を見る事ができ無いけれど、きっと強い瞳をしている。ずっと頑張ってきた事を知っているから。
本当に頭のいい子。わたしよりも印象が良くなるように動いている。でも、悪意をみせたりするような隙は見せ無い。
もし第3王子がヒロイリアンになびけば、それはわたしがヒロイリアンに負けて、この家と両親をヒロイリアンに押し付けるという事。
もしヒロイリアンになびかなければ、それはこの家からわたしが離れられないという事。
ヒロイリアンに勝ってほしいと思う心と、この家を両親を押し付けていいのかと迷う罪悪感に揺れる。
こんなにまっすぐで頑張っている妹を、ここに残していいのだろうか。
罪悪感から勉学と第3王子との交流を表面上はできるだけ努力してこなす。
それでも、わかっていた。こんな気持ちじゃ、本気になったヒロイリアンの相手にならない事を。
そして、結果は出た
「すまない、俺は⋯⋯君の妹のヒロイリアンが好きになってしまった。このまま婚約を続ける事は不義理になる」
「⋯⋯いいえ、わたしが殿下を繋ぎ止められなかったのです。ヒロイリアンは魅力的ですもの。そして、家を任せられるほど優秀です」
ごめんなさい、ヒロイリアン。
「すまない」
でも、わたしはわたしが幸せになる為に、今の状況を使うわ。
「一つ、お約束してほしいのです。わたし、侯爵家を継ぐ事は無いでしょう。けれど、この16年間、貴族として勉学に励み、楽しみも少なく過ごしてきました。どうか、自由がほしいのです。侯爵家、王家と関わりの無い地で、ゆっくりと過ごしたいのです」
「シュネーリア⋯⋯」
「そうしていただければ、わたし、殿下とヒロイリアンとの仲を祝福して送り出す事ができます。1ヶ月間、公式の場で家を挙げて祝福しているとして公の場に出る事もやぶさかではございません」
この程度の事では、正直、ヒロイリアンに申し訳が無い。でも、だから、できるだけの事はしたい。ヒロイリアンが苦労しなくてもいいように。
「いいのか、シュネーリア。それでは君が、」
「わたしは、自由になれるのであれば、社交界で視線にさらされる事など、些細な事ですわ」
本当に些細な事。やっと、⋯⋯やっと、自由になれる。
それでも表情を繕って、憂いを帯びた表情で言い切る。
大っ嫌いな社交の表情で。
宣言通り、わたしは社交界で1ヶ月間、延々とヒロイリアンと殿下を許し続けた。『妹に婚約者を取られた姉』と言われようと、笑顔で『殿下とわたくしでは、歩みたい人生が違っていたのです』と答え続けた。心の底からの本心だった。
ヒロイリアンと侯爵家を蹴落としたい人々は肩透かしをくらい、予想よりも早く『姉の婚約者を奪った妹』、という噂は『姉が愛の前に身を引いた美談』として語られるようになりホッとした。
約束の1ヶ月が過ぎると、侯爵家が購入した屋敷に移動した。護衛とメイドを1人ずつつ伴って移動した。護衛とメイドは特に仲がいい人では無いけれど、傍目から見て実家の身分が低く、侯爵邸で肩身が狭そうにしていた人を選んだ。
第3王子のクリフトが良心の呵責からか、両親に畑の利権を進言してくれたのは助かった。
侯爵家からの援助の代わりに、生きるのには困ら無いよう畑の利権を持たせては、と言ってくれた事から、経済的にも両親と切れる事ができた。
平民と比べても裕福で、貴族としては普通の男爵家程度の生活ができる。無一文で放り出されるか、なんだかんだ言いながら政略結婚の駒にされるか警戒していたので、望外の結果だった。
今後の関わりの取り決めは、わたしとヒロイリアンが決めたとおりになった。
・わたしから侯爵家に援助を求め無い事を
・侯爵家からは、時候の挨拶以外はあまり連絡は取ら無い事。もし侯爵家から呼び出しの手紙が来ていたとしても、強制では無い事。
・わたしの婚姻に侯爵家は関わら無い事
・侯爵家からわたしの動きを探る事を禁止する事
事実上の絶縁がなされた。両親がわたしに関わる事はもう無いだろう。
すべてが終わって、わたしは自由を手に入れた。
侯爵家を出て、色々と、本当に色々あったが、どうにか今まで生きてこれた。
何も知らず、冒険者登録をして持った事も無い剣を振り回したり。冒険者の夫を捕まえてからは、少しずつ、何が幸せか、嬉しいもの、楽しいものがわかるようになった。ちゃんと感情を外に出す事ができるようになった。
今では、子供に恵まれ、子育てと冒険で忙しい日々を送っている。
わたし自身も少し変わった気がする。もう、人形のように道具として生きる令嬢はい無い。今は、わたしのようになら無いように、子供たちをできるだけのびのびと育てようといろいろと考えている。礼儀作法や教養は、いつか使うかも知れないから、嫌がられない程度に教えているけれど。
そんなときに、1年ぶりに屋敷に戻ると、ヒロイリアンから手紙が届いていた。時候の挨拶だけではなく、会わないかという誘いだった。
少し落ち着いてからは、 ヒロイリアンと侯爵家の情報をこっそり集めていた。大丈夫そうな事はわかっていたけれど、どうしても顔を見たかった。
何年ぶりだろうか。筆をとって返事を書いた。
『せっかくだし、甥や姪達に会いたい、わたしも家族を連れて行く』と。
「久し振りね、ヒロイリアン」
「お久し振りです、姉様。その、えっと⋯⋯?」
ヒロイリアンが驚いた顔でこっちを見ている。ちょっといたずらが成功したような嬉しい心持ちで見つめ返す。ヒロイリアンも少女から大人の女性になっていた。どこからどう見ても、貫禄のある公爵夫人だ。
「冒険者になったのよ。こっちはわたしの夫と子供たち。A級冒険者なのよ?」
「どうも」
「はじめまして、ミュラーと申します」
「はじめまして、リオンです」
子供たちが礼を返す。うん、よくできている。後で褒めよう。
「丁寧にありがとうございます。わたし、あなた達のお母様の妹のヒロイリアンといいます。こっちは息子のリックと、娘のミュリゼと、ラーシェ」
「はじめまして、リックと申します」
「はじめまして、ミュリゼです」
「はじめまして、ラーシェです」
ヒロイリアンの子供達が行儀よく礼を返してくれた。姪を見ていると、幼い頃のヒロイリアンを思い出す。
屋敷に入り、子供たちは庭で一緒に遊び出した。
わたしたちは温室でお茶を飲む事になった。
ゆっくりと向き合うと、なんだか、記憶より少しヒロイリアンの雰囲気が柔らかくなっているような気がする。
もう死んだ目をした妹も、憎悪に燃える妹もい無い。
「びっくりしたわ、冒険者と結婚していたのね。しかもA級だなんて」
「全員A級なの。わたしも、子供たちも」
「一家でA級冒険者って、まさか、『雪の旅団』?」
「ええ」
「えぇ⋯⋯知らなかったわ⋯⋯」
「知らせなかったもの」
「大丈夫なの、怪我とか」
「うーん、なんかこっちに才能があったみたい。今のところ負けなしね。あと、1箇所にとどまるとなんかむず痒いっていうか、旅がしたくなっちゃって。今まで年1回は家に帰っていたんだけど、今回は隣の大陸まで行きたくて。しばらく連絡取れなくなると思うから、顔を出しとこうかなって」
「そうだったの」
「わたしに、侯爵令嬢は向いていなかったのよ」
そう、向いていなかった。自分の地位を誇れれば。両親のような欲があれば。貴族である事に執着していれば。策略を巡らせる事が好きであれば。もしかしたら侯爵令嬢や王子妃になれたのかも知れない。
でも、わたしの望みも、幸せも、自由にしかなかった。
「そう⋯⋯」
「お父様とお母様の事は気にならなくなった?」
聞かなくてもわかる。もうヒロイリアンは大丈夫だ。それでも言葉にしてほしかった。
「⋯⋯うーん、そうね⋯⋯親だし、気にならないわけじゃ無いわ。ただ、昔よりは意識しなくなったわね⋯⋯気がついていたの?」
「そりゃあね。わたしがきっついぐらい叱られているのに、それを羨ましそうに見ているんだもの。⋯⋯わたしからしたら、両親はどんなに努力しても認め無い敵だったのだけれど」
「⋯⋯そう」
「ヒロイリアンは、今、幸せ?」
「ええ、幸せだわ。姉様は幸せ?」
「ええ、幸せよ」
顔をあわせて微笑む。
確かにわたしは貴族としては負けて、侯爵家から逃げた。妹に押し付けた。でも、逃げただけではなかった。選んで、いくつもぶつかって、なんとかより良い方へ向かう為にあがいていた。
「ごめんなさい、姉様」
「わたしこそ、侯爵家を押しつけてごめんなさい、ヒロイリアン」
ごめんなさい、弱い姉で。
あなたに背負わせてしまった。それでも、幸せを願っていた。
ヒロイリアンの表情から、こわばりがほんの少し、とれた気がした。
わたしの代わりに侯爵家を継いだ妹が幸せそうで、泣きそうなほど嬉しい。
生きるのに必死で、守ることができなかった。
侯爵家と両親を押し付けてしまった。
それでも、妹を心配していた。
自分から会いに行かなかったのは、負い目があったから。
『蹴落とした姉が幸せそうで』の姉視点です。よかったら、妹視点もどうぞ
https://ncode.syosetu.com/n7395ml/




