災厄に挑む隊長が見たのは『希望の光』でした
『Abyss』
混沌、虚空、深淵、深海、奈落……それは文明を担うものが引き起こした災厄の名。
時に富を、時に祝福を、時に繁栄をもたらしながらも、それを上回る破滅をもたらす終末の坩堝。
Abyss Ⅲ 深淵区域、虚影の街。
無限に湧き出る影を断つために抗う者達が、そこにいた。
132回にも及ぶ調査と犠牲の屍を踏み台に、しかしその背に期待の眼差しはなく。
第133回深淵調査隊、総勢23名。
彼らは蠢く影を見つめていた。
深淵区域、そう名付けられた地は影により黒く染まっている。
街を丸ごと1つ呑み込んだ影、その隣に位置する街に調査隊の前線基地は存在する。
「隊長!本日現れた影の撃破が確認されました!総数122体、異常個体なしとのこと!」
「そうか。引き続き異常事態に警戒しつつ監視するように。ただし、明日の突入には支障がないようにだ」
「了解です!」
報告を終えた部下が去っていくのを見て、隊長は一つ息をついた。
132回にも及ぶ深淵調査は、多くの犠牲とより甚大な災厄との引き換えにいくつかの真実をもたらした。
深淵区域の発生原因、それは精霊種による『祝福』が原因であること。祝福をもたらす際の莫大な発光、これが街の影を丸ごと1つ焼き付かせたことが全ての始まりであった。
焼きついた影が、その存在の拠り所を失うたびに……その影は自由に、荒々しく、本能的に動くようになっていった。影は朝と共に街の外へと現れては、実体と光を求めて無差別に襲い掛かり、夜の訪れにあわせて影の街へと帰っていく。
その数は日に日に増加し、被害も無視できないものとなってきた。
第1回調査隊は、そんな中で深淵区域内に人間が入れるかどうかの調査として結成されたのだった。
幾人もの調査隊員が命を落とす中、帰還した数名によって、長期的な調査は不可能ではないとの結果を持ち帰ってきた。
以来、定期的な影の間引きも兼ねて調査隊が派遣されることとなったのであった。
だが、調査隊は真実に踏み込んではいたが、解決の糸口を掴めずにいた。
故に、調査に関して誰も希望は見出さず、今を諦めるための慰めを求めるようになっていた。
(だが、発生に明確な原因があるのならば、解消されないことにも原因があるはずだ。間違いなく、この深淵は閉ざすことができる)
現隊長であるこの男は、今までの情報や実際に深淵を見つめてそう確信していた。
精霊の過度な祝福から始まったこの災厄、この深淵。光あるところに影があるかのように発生したのならば、影を生み出し続ける光がどこかに存在する。
それならば説明がつく。
調査隊が引き起こしてしまったさらなる災厄、より強い影を生み出してしまった失態にもだ。
(恐らく、深淵区域で絶命するとそのものの影も焼き付くようにできているのだろう。そうしてより強い影を取り込み、さらなる脅威をもたらしている…………)
深淵区域が何故そこまで力をつけようとしているのか、それは調査隊でもまだ解き明かせていないことだ。
だが、それは究極的には不明なままでいいこと。
「ただ、この深淵を閉ざすことができるのならそれ以上は望むまい」
例え己がこの影によって何も失っていないとしても。
己を支えるものが、影に涙し、怒りを飛ぼえ、苦しみを与えられているのならば。
この男にとって、武器を取る理由はそれだけで十分であった。
ーーー
第133回調査の目的は、深淵区域の果て……その探索にある。
今まで調査隊が派遣した中で、深淵区域の果てに辿り着いたものはいない。
正しくは、生還したものはいない、というべきだろうか。
果ての探索を掲げて突入した調査隊の中で情報を持ち帰ることができた者は誰一人いない。
そして、影を増やすばかりの結果となった。
とはいえ、決して無駄ではなかった。
調査を進めていくうちに、果てへの探索をしない限りは生還できる可能性が高いことと、確認がとれている影の最高脅威度より実力が上回っているものが行方不明となること、そしてより強力な影がその後生まれていること。
そのため、果てには非常に高い脅威度の存在がいると考えられており、今回の第133回調査隊は戦闘能力に秀でたものを中心に結成されていた。
そのことを隊長であるこの男もよくわかっていた。
この隊は、己を果てへと送り込むために存在するのだと。
朝日が再び昇り始める。
もうじき大地から陽光が溢れ出し、影を呼び覚ます。
この日のための準備はしてきた。
影と戦うための武器、正確に時刻を把握するための時計、深淵区域で方角を把握するための方位磁針、仲間と位置を把握し合うための鈴……。
「……役に立つといいが」
手の中にある小さく光る欠片を見てから、そっと握りしめる。
隊長としてもあまり持ちたいものではなかった。
この光の欠片は、他ならぬ当時実際に行われた精霊の祝福……その断片そのもの、つまりは元凶の欠片だったからだ。
だが、もし全ては光から始まったのなら、光が行く先を指し示す可能性が高い。
調査隊としても共鳴なり反発なり反応があれば、今後の調査参考になるのだから……そう無理を通して手に入れたものである。
「目的の達成か、悲願の成就か、どちらかは果たしてみせる」
そう呟き、隊長は仲間のもとへと向かった。
「今回の目的は深淵の果ての調査だ。知ってのとおり、深淵区域は日中のみ探索が可能である。従って、9時間後の日没までに離脱することは必須条件だ」
深淵区域は全てが影で構成されており、その中も暗闇に閉ざされている。
陽光に影が照らされる日中の間は暗闇より僅かに影が濃くなるため、探索と応戦が可能になる。ただし、光が失われた後は夜の闇と影が完全に同化してしまい脱出が不可能となる。
「特に刀剣や拳で戦うものは気をつけろ、影には本来物理的な攻撃は届かない。己の影を乗せる魔術を行使して初めて通るが、これも日中にしか通らない。深淵区域の中で夜を越すことは不可能と思え、未来に災いを増やしたくなければ日が空に残る内に必ず深淵区域を離脱しろ」
そう見回す中、隊長!と声を上げる隊員が一人。
「もし、果てに到達し、その場で深淵区域の解決が可能であればどうすべきでしょうか!」
「オレに報告しろ。だがもし報告が不可能な場合は撤退しろ。報告を持ち帰ることが最優先だ」
了解しました!と敬礼した様子を見て、隊長は一つ頷き、空を見た。
ゆっくりと日が昇り、光が差し込む。
影の街は、失ったものを求めるかのように、貪欲に影を生み出していく。
「作戦決行だ、総員眼前の影を撃破しながら区域内に突入せよ」
隊長の言葉を合図に、22名の隊員が我先にと蘇ったばかりの影に奇襲を仕掛ける。
決死の133回目調査がはじまった。
ーー
深淵区域にはいくつかの法則性が存在する。
一つ、区域外の天候がどうであろうと、深淵区域内の天候は常に一定に保たれる。
二つ、区域内の構造は常に不定であるが、果てと推定される位置は常に一定である。
三つ、撃破した影は当日中の復活は発生せず、復活までの時間は影によって大きく異なる。
四つ、区域内での死亡もしくは行方不明は己の影を残し、敵を増やすことと同義である。
闇と影の僅かな違いを見分けながら、調査隊は駆け抜ける。
外から見た様子は黒く染まった街に過ぎないが、実態はかなりかけ離れている。街の中では殆どの光が遮られ、深淵と名付けられたとおりに下へ下へと続いている。そんな中、影がどこからともなく現れては襲いかかってくる。
光を持ち込んで照らしてもいいが、照らされた影は色濃くなっただけ凶暴さが増す。
間引きが必要な理由もここにある。
街の住人と落命した調査隊の数だけ巣食っている影全てが陽光のもとに現れたとき、対処できるものは最早兵器の類だけだ。
……もし、兵器が影を残さないのならば、きっと容易に使われていたであろう。
「本ッ当に厄介なやつらだ!」
「全くだっての!常に影を武器に纏えとかしんどいっつーの!!……ま、訓練で散々やらされたけどな!!!」
「ずっと思っていたけど、なんでこんなにいるのに結界術が使用禁止なのよ!!!」
「影に侵蝕されるからと、影って透明な結界はすり抜けていくからって隊長から教わりましたよね!?」
「気をつけて!あいつら地面や壁から直接襲ってくるわ!」
「ヒィッ!!!外で相手したほうがマシじゃありません!?」
「馬鹿言うんじゃないわよ、あんな化け物を外で1000体も相手できるわけないじゃない」
文句を言いながらも、隊員も一人ひとりが十分な働きぶりを見せていた。
総員23名のうち、隊長を含めた9名は最短ルートで果てへの道を進み、残り14名は2部隊に分かれて援護と周辺制圧を行う。
それでも外へ溢れた影は、前回探索経験者の者たちが相手取る算段となっている。
1000を越す影を相手取る上で、かなりギリギリの人数でやりくりをしているが、これ以上となるとまず人数調達からして難しいところとなる。
調査隊が命を落とすたび、次の調査隊は前回よりも練度をあげなければならないことが非常に厳しい状況を生んでいた。
視覚はあまり頼りにならない、そもそも影を見極めるので精一杯の状況。聞こえてくる鈴の音が彼らの連携を辛うじて成り立たせていた。
「深度が増せば影の脅威も増す。覚えているな?」
「勿論です、隊長。闇の中でもより色濃く残る影はそれだけ強く焼き付いていると」
「そうだ。気を引き締め直せ、生きたければな」
地面が崩れたかのような、下へと続く荒れた道。
深淵区域が本来の空間とは全く違う様相であることを示していた。
ーーー
深度が増せば、暗闇はより濃くなる。
本来なら影もその分弱化するが、その弱化すら誤差にしかすぎないような影が集まっている。
少しずつ、見慣れた輪郭の影も現れるようになってきた。深淵に呑まれた歴代の隊員、その影だ。
「そこまでして何を守る、お前らの本能は何を命じている」
そう男が問いかけても影が応えることはなく、その実体を渇望するように攻撃は激しくなっていく。
より深く、深く、深く、深く深く、どこまでも深く。
鈴の音が少しずつ減っていくのを、隊長の耳は聴き取っていた。離脱者が現れはじめたのだ。とはいえ乱れ方からして緊急事態には陥っていないだろうと判断し、更に深度の増した場所へ足を踏み込んでいく。
共に連れ立っている先行部隊の隊員も、何人かは限界が近いのか、汗を拭いながら荒い呼吸を何とか整えようとしていた。
「此処から先の深度は隊長格の影が出現する。体力が尽きそうなものはここで離脱しろ。ついてくるものも怪我を負ったら速やかに離脱しろ」
「ですが隊長、ここで人数が削られたら」
「訓練中にも言ったはずだ、深淵区域で最もしてはならないことは区域内で死ぬことだ。お前達が生きて帰ることが何より未来のためになる」
沈黙が辺りを包んだ。
呼吸だけがその音を発することを許された。
「とっくに分かっているはずだ。深淵調査に希望を持つものはいない。皆が求めているのは希望ではなく諦め、調査の失敗だ。故にお前達がここで離脱し、帰還することを咎めるものは誰もいない」
そう言い放つ隊長の表情は、暗闇の中では判別の仕様がなかった。
「それじゃあ、隊長は何のために進もうとしているのですか」
ちりん、と鈴が鳴った。
「『今』のためにだ」
休憩は終わりだ、離脱する者は速やかに戻れ。
そう言い放つと、隊長は再び得物を構える。
「お前達も『今』のために動け。此処で命を落としたとき、お前達の影が真っ先に襲うのは仲間だ」
その言葉に覚悟が決まったのか、体力切れが間近な者や怪我を負ったものは来た道を戻り、まだ余裕があるものは隊長の後ろに続く。
それでも、一人、また一人と脱落していく。
鈴の音がまた一つ遠のいていく。
分かっていることだ、当然のことだ。
強い者が強い影となって襲いかかってくる。
分かっていることだ、当然のことだ。
(…………本当にそうか?)
歩みを止めて、最早ただの黒と化している上を見た。
ーーー
最深部近くまで来ると、太陽の光はほぼ届かない。
影が濃くなりにくく、その分影は弱化して誕生する。
生前の力量、影の性質と弱化を加味すれば、その脅威度は跳ね上がるまではいかないはずだ。
(だが、ここに来て急激に影の強さが増している。生前の強さがそのままに、影の本能が地上に出た個体より強いように感じる……)
一気に被害が増し、部隊員は安全を優先させて離脱させた。
男単騎で戦えてはいるが、それはこの男が歴代隊長の中でも圧倒的に強いからである。
強いからこそ、果てに辿り着いても帰還できるであろうと任命されたのである。
その強さが、戦い慣れた者特有の感覚が、この異変を見過ごしてはいけないと訴えかけていた。
(今までは法則性に則っていたものが、ここに来て変質した……ならば確実にここには何かがある。それも、先人達が命を散らすことになった原因の可能性が高いものが……)
あらゆる感覚を研ぎ澄ませながら、男は最深部を歩み始める。
1人分の鈴の音が、孤独を慰めるように鳴り響く。
ほぼ視認ができない影をも制圧しながら進んでいく。
突入から大分時間も経っていた。
最深部から帰還することを考えれば、そろそろ戻らなければ、深淵区域内は夜の闇に溶け込み、出口に辿り着けなくなる。
(……果てがあるとしたら、あともう少し先か)
あと10分程度なら調査の余裕があると踏み、暗闇を探る。
影の街は、大まかな建物の位置は同じだが、影である以上その歪みは深度を増すごとに悪化していく。
今までの調査によって作られた地図も、最深部に至っては帰還者がいないため作られていない。
一つ前の深度を参考に、慎重に、しかし迅速に調べていく。
「…………そういえばこの辺りは……ズレから鑑みて……祈祷所があるところか」
この世界にも信仰はあり、故に祈祷所も存在する。
どの街にも一つはあり、それは深淵区域となる前の街にも建てられていた。
進んでいく。
足を踏み出すにつれ、薄らぼんやりとした『光』が見えてくる。
「…………深淵に、光?」
持ち込んだ光の欠片も共鳴するように光が強まっている。
確認しなければならない。
ただの暗闇ではなく、そこに何かがあるというのなら。
調査隊として、調べる必要がある。
随分暖かい光だ。
きっと希望というものに姿を与えるなら、このように見えるのだろう。
これを見て、歓喜に震えた者がきっといただろう。深淵の果てにこのような輝きがあるなんてと。
「そんなわけが、あるものか……!!!」
湧き上がる期待をねじ伏せ、真実を直視するために踏み出す。
影の建物に囲われていたものが、目を横にやれば見える位置に来たときだ。
「っ…………!」
想像の何倍も強い光が、暗闇に慣れきった目に襲いかかった。
咄嗟に目を閉じたが、光の残像は強く残る。
それも少し経てば収まっていくが、動揺は未だ収まらなかった。
(祝福の光……!?深淵区域が開いた原因は確かに精霊種による過度な祝福だと聞いてはいたが、祝福の光そのものが深淵の果てに存在するだと……!?)
同時に、引き継いできた調査報告と実際にこの目で見てきた事実が結びついてきた。
そもそも、事の発端は精霊種の『祝福』。
『祝福』による光が、影を焼き付かせたというもの。
『祝福』が当たらなかった影の部分が綺麗に残り焼き付いたところで、実体となるものが失われると、影は実体と光を求めて蠢きはじめる。
それは、より影を濃くするためであるとされる。
日没後、深淵区域に影が戻るのも。
深淵区域の最深部付近の影が異様に強いのも。
そもそも、深淵区域最深部から誰も戻って来れなかったのも。
「光が最後の最後に感覚を全部狂わせたからか…………!!!」
これがただの光ならどれだけ良かっただろうか。
躊躇いなく消そうが壊そうが、ただの光ならなんとでもなる。
だが、これは精霊種による祝福の光。恐らくは大規模な祝福の、その断片。
そこに込められた力は凄まじく、生半可な壊し方では消え去らず、壊したとしてもその時に吹き出た力に 襲われるのは己の肉体だ。
それで死ねば、男の影という最も最悪な影が解き放たれてしまう。
しかし、帰るにはここから離れた上でもう一度暗闇に目を慣らし直してから一気に上へと昇らなければならない。
(今までの先人達はここまで辿り着いたが、感覚を狂わされて帰還できないまま復活した影に殺されたか……破壊を試みて失敗し、絶命したか……そのどちらかだろう。そして、俺もそのどちらの死を選ぶかに差し掛かっている……)
隊員がかなりの影を撃破したことを鑑みれば、暗闇に再び慣れるまでの最低30分を凌ぎきれば帰還の目はある。
その30分を乗り越えることが、隊長としての実力をもってしても困難であるということを除けばだが。
光の破壊は、恐らく帰還が困難と判断した歴代隊長が試みたことではあるのだろう。
だが、祝福の光を砕けば、込められていた力が至近距離で暴発し、無事では済まない。
それに、生半可な砕き方では破壊までに至らず、あっという間に修復してしまう。元から維持することに重きを置かれている性質のせいだ。
それに、破壊したときに落命すればその瞬間最も強い影が生まれる。
影は本能に従い光を集め、修復を手伝い、その後は光の番人として深淵を彷徨うことになる。
(光を持ち帰ってしまうか?いや、それは残っている影を引き寄せながら進むことになる、俺はともかく外へ帰還した後が非常に危険だ……)
あまり長く考えている時間はない。
とはいえ、進むにしても戻るにしても破滅の足音から逃れられない。
隊員達も今頃離脱しきっている時間だろう。
そっと、男の手が祝福の光に触れる。
光は、男に祝福の一つも与えない。
「土地への祝福か……道理で頑強な光なわけだ」
後ろを向けば、そこには己の影がくっきりと残っている。
どんな影よりも色濃く。
「…………」
いけるかもしれない。
一番大前提にしがちなものをひっくり返してしまえば、全てが解決する。
深淵をここで閉ざせる、己の影も解き放つことなく済ますことができる。
「教えたことは、俺も守る。どれだけ歪むことになったとしてもだ」
得物を振りかざし、光へと振り下ろす。
調査隊の中で最も強い者による一撃は、光をガラスでも扱うかのように、いとも簡単に粉砕した。
祝福が力と熱に転じ、炸裂する。
今までにない破壊のされ方をした光が、奔流となって深淵から溢れ出す。
日没も近い、夕暮れ時。
影の街から黄金の光が溢れ出し、一帯を包んだ。
そして静かに影の街は、深淵より照らす光を失ったことにより、静かに消え去っていった。
その様子を、誰もが呆然と見つめることしかできなかった。
第133回 深淵区域調査
生還 22名
行方不明 1名
深淵区域の閉鎖を確認。
これにて深淵区域の調査を終了する。
ーーー
かつて深淵区域と呼ばれていた場所に、一つの建物が建設された。
深淵資料館と名付けられたそこには、133回もの調査によって判明した真実と、数多くの過ちの記録が残されている。
光があれば必ず影ができるわけではない。
しかし、光を遮るものがあれば必ず影はそこに生まれる。
祝福も、恩恵を受けるものがあれば必ず割を食うものがあり、歪はどこかで必ず生まれるものだ。
例え歴史と過ちが繰り返されるとしても、この事実を残すことは、未来において何らかの意義となるのだと。
調査隊は復興支援部隊と名を変えつつも、未来への備えを残していく。
いつか深淵が再び開くことがあったとしても、果てへと再び立ち向かえるように。
日が高く昇る青空の下、影法師が一つ佇んでいた。
影はどこから伸びるわけでもなく、それだけがそこにあった。
影は建物をしばし眺めていたかと思えば、物音一つ立てずにその場を立ち去った。
もう、日が昇ることを恐れる必要はどこにもない。




