第9話 神農(おっさん)
飢えと病に沈むオークの村。
族長補佐のジョコに導かれ、死の臭いが漂う広場へと足を踏み入れる。
二つの知恵が混ざり合ったとき、未開の地に小さな奇跡が芽吹き始める。
広場の一角、ひときわ重苦しい空気が漂う場所に、四人のオークが横たわっていた。
他の者たちとは明らかに「質」が違う。生気は薄く、呼吸のたびに喉の奥から嫌な音が漏れている。おそらく、この村で最も重症な者たちをここに集めたのだろう。
(……これ、試されてるな)
隣に立つジョコは何も言わない。だが、その瞳が「あなたの力を見せてください」と無言で訴えかけていた。やれやれ。
(こっちだってまだ体中ガタガタなのに……って、あれ?)
文句を言おうとして、自分自身の違和感に気づいた。
つい先刻まで、起き上がるのさえ億劫だった全身の激痛が、驚くほど和らいでいる。泥と血にまみれていたはずの傷口は、すでに薄い皮が張り、足取りには軽やかささえ戻っていた。
(……若返りの影響か? いや、それだけじゃない。この回復力……)
俺は左ポケットの「しなびた薬草(発光シダ)」を指先でなぞった。
だが、考えている暇はない。失うものは何もない。俺は腹をくくり、セシルに問いかけた。
(セシル、この枯れかけたシダで、今こいつらにできる最適解を出せ)
左腕が明滅し、数多のデータを表示する。成分解析、熱変性予測、吸収率のシミュレーション……。
『……検索完了。対象の生命維持指数は危険域です。物理的な外科処置は不可能。現時点での推奨は、薬草の有効成分を最大効率で抽出する「煎じ」による投与です。熱水を用いることで、乾燥により休眠状態にある薬効成分を強制再起動させます』
「……セシル、こいつら、もう手遅れじゃないのか?」
弱気に問いかけると、左腕のデバイスが短く明滅した。
『……否。彼らの主訴は重度の栄養失調、および不衛生な環境による二次感染です。発光シダを「薬茶」として処方し、経口摂取および患部への塗布を行ってください。直ちに調理の準備を』
セシルの指示は相変わらず簡潔で、情がない。俺はジョコに頼み、貴重な真水と土鍋を用意させた。
パチパチとはぜる焚き火の熱で、水が沸騰し始める。
『……指示。水を沸騰させ過ぎないように注意してください。薬効成分が熱変性を起こし、効果が著しく薄れる可能性があります』
「……分かってるよ。おっさんは、お茶を淹れる温度にはうるさいんだ」
セシルの神経質なナビゲーションに毒づきながら、俺は気泡が上がり始めた絶妙なタイミングで薬草シダを投入した。
澄んだ水が、じわじわと淡い青色に染まっていく。それだけで、周囲のオークたちが鼻をピクつかせ、期待に満ちた唸り声を漏らした。
(……だが、これだけじゃ足りねえ気がするんだよな)
俺の直感がそう告げていた。セシルの計算は完璧だろうが、今の彼らに必要なのは、ただの回復薬茶じゃない。「毒」を出し切り、「巡り」を良くするものだ。
俺は右のポケットを弄り、中身を探った。そこには、あの森を彷徨ってしっかり熟成乾燥させていた「ドクダミ」の葉が紛れ込んでいた。
『……警告。キド、何をするつもりですか。ドクダミの混入は現在の処方計算に含まれていません。成分の相乗効果は未知数、あるいは薬効を阻害する恐れがあります』
(おっさんの勘を信じろ。……「十薬」って言葉は伊達じゃないはずだ)
セシルの警告を無視し、俺はパラパラとドクダミの葉を鍋に放り込んだ。
独特の香りが発光シダの清涼感と混ざり合う。セシルの画面が「予測不能」を示す黄色に点滅したが、不思議と香りは悪くない。
「……まず俺が飲む! 問題なければこれを全員に配ってくれ」
出来立ての薬茶を、木製の器ですくってゆっくりすする。
「……ッ、あーーーーっ!!」
思わず声が漏れた。
喉から胃に落ちた瞬間、心地よい温かみが全身を駆け抜けた。
独特の香りが鼻を抜け、薬茶の清涼感が五臓六腑に染み渡っていく。
「笑っちまうくらい、美味い……!」
内側から力が湧き上がり、疲労が汗と一緒に毛穴から吹き飛んでいくようだ。
「……問題ない。ジョコ!」
俺の確信に満ちた声に応じ、ジョコは戸惑いながらも器を受け取り、四人の患者たちへ慎重に飲ませていった。
直後、彼らの瞳が大きく見開かれた。
四人の全身から、凄まじい量の汗が噴き出したのだ。それはただの汗ではない。濁り、悪臭を放つ「毒」を絞り出すかのような劇的なデトックスだった。ドクダミの強力な排毒作用が、薬草シダの再生能力を限界までブーストさせたのか?。
さらに俺は、鍋に残った薬茶を彼らの膿んだ足や外傷に直接振りかけた。
「……っ!?」
薬液が触れた瞬間、患部からシュワシュワと白い泡が立ち上がり、猛烈な勢いで洗浄が始まる。見る間に腫れが引き、開いていた傷口がまるで生き物のように蠢いて塞がっていく。
一人、また一人と重傷者たちに生気が戻ってくるのがわかる。
その様子を見ていた村人たちの野性的な咆哮が広場に響き渡った。
『……想定外の反応を確認。薬草シダの細胞再生効果が、ドクダミによる毒素排出と完全な同期を起こしています』
セシルのログが、驚きを隠せないように点滅する。
『……キド、あなたの非論理的な判断を、一時的に「有用なイレギュラー」として記録します。現在のあなたの脳内エンドルフィン値は、最高値を更新中です』
「見たか、AI生命体。理屈じゃねえんだよ、こういうのは」
セシルの負け惜しみに鼻を鳴らし、俺は満足げに空になった器を見つめた。
現代知識とおっさんの勘が合わさった「薬茶」は、病んだ村人たちを死の淵から呼び戻したのだ。
ドクダミと発光シダの相乗効果は、亜人たちにとって正真正銘の「神業」として映りました。




