第20話:砂塵の狙撃手と光の道標
脳内の《マッピング》が、かつてないほどの「赤」で塗りつぶされていた。
視界に重なる透過地図の北端、空を突くようにそびえる『中央魔導制御塔』。
その周辺に密集する無数の赤い点。三角形のインジケーターはすべて施設の入口や重要区画に固定されている。
「マズいな。制御塔が完全に制圧されたか……」
窓の外、ルズマールを包んでいた美しい青色のドームが、霧が晴れるようにふっと消滅した。
直後、物理的な質量を伴った「熱」が、工房の隙間から一気に流れ込んできた。
「……ッ、熱い。サウナの中に服のまま放り込まれた気分だぞ」
前世で、真夏のデータセンターの空調が死んだ時のことを思い出した。あの時もサーバーが悲鳴を上げていたが、今の状況はその数万倍やばい。
「冷却結界が強制解除されましたね。現在の外気温は推定四十度弱……。テロリストども、市民のライフラインを人質に交渉を始める気です。システムに依存する社会ゆえの、脆弱な点を突かれました」
モニカが額の汗を拭いもせず、冷静に状況を分析する。その瞳には、実務的な怒りが宿っていた。
システムに依存しすぎた文明は、その供給源を絶たれた瞬間にただの箱庭と化す。
「やり口が卑劣だ。人命を盾にしてシステムを奪うなんてな」
俺は立ち上がり、背後の作業台を振り返った。そこには、魂が抜けたような顔で立ち尽くすリディアの姿があった。
作業台の上には、ローラによって無残なほどバラバラに分解された愛銃『アステリズム』のパーツが無機質に並んでいる。
「……リ、リクさん。私のアステリズムが、解体されています。これでは私は、生存権すら失ったエルフの抜け殻です。このまま熱波に焼かれ、砂の一粒となって消える運命なのです……っ!」
「落ち着け、リディアさん! 銃がないなら、別の獲物を使えばいいだろ! ローラさん、何か代わりになるもんはないか!?」
「あぁん!? 最新の魔導銃を予備で置いてるほど、あたしの工房は経済が潤ってねぇよ!」
ローラが油まみれのタオルで首筋を拭いながら、工房の奥にある重厚な木箱を乱暴に蹴り開けた。
「だが……武器なら、奥の棚に一つ、マシな代物があるよ」
放り出されたのは、最新の魔導兵器とは対照的な、木の温もりを持つ武骨な「長弓」だった。
弦には魔力を通す銀の糸が編み込まれているが、銃弾が飛び交う戦にはあまりに不釣り合いな骨董品だ。
「エルフの古弓さ。銃に比べりゃ射程も威力も話にならない。風の影響もモロに受ける。……だがお嬢ちゃん、あんたはエルフだろ? 弓がありゃ戦えんじゃないかい?」
リディアがおそるおそる、その弓を握った。
その瞬間、工房の煤けた空気の中に、淡い光の粒が舞い始めた。
「……わかります。世界が、私を呼んでいます。砂埃に隠れた街の『正しい形』が、風の声と共に聞こえてくる……」
顔を上げたリディアの瞳から、濁った迷いが消えていた。焦点の定まらないポンコツな目ではない。冷徹に獲物の命を刈り取る、超一流の狙撃手の目だ。
「よし。ローラさん、リディアの銃の整備、頼んだぞ!」
「任せときな、ボウズ。戻ってくる頃には、魂ごと叩き直してやるよ」
「……リクさん、私も行きます。現場で確認すべきこともありますから」
モニカが魔導スクロールを広げ、俺たちを包むように薄青い耐熱膜を展開した。
◇
街は、音を立てて溶けていくような錯覚に陥るほどの猛暑だった。
だが、弓を握ったリディアの足取りには、一点の迷いもなかった。
「リクさん、右です。三つ目の配管の下を潜り、ダクトの影を通ってください。精霊たちが、そこが最短ルートだと囁いています」
「……えっ!?リディアさんが道案内してる……なんで急に?」
「銃を持っていると、精霊達が銃を拒否して私の世界を歪めてしまうのです。ですが弓であれば、精霊は私に正しい道を教えてくれる。世界が、私を拒絶しないのです」
……マジかよ。世界が拒絶するって言ってたの、冗談じゃなくて銃を持っているせいだったのか。
アナログな弓を握っている間、彼女の感覚は本来の精霊との調和を取り戻し、街の構造を本能で理解しているらしい。
「リクさん、配分所が見えました。敵の視線は正面入口に集中しています」
俺は彼女の言葉を脳内のマップと照らし合わせる。正面入口に赤い点が六つ。三角形の向きはすべて道路側を向いている。
「リディアさん、左前方のクレーンの陰に三人。サブマシンガンを構えてる。正面からじゃ蜂の巣だ」
「了解しました。……リクさん、座標の指示を」
リディアは音もなく弓を引き絞った。
「三歩右へ移動して、天井の排気口の縁を狙え。そこから跳ねさせて背後を突く」
「はい。……光の精霊よ、道を繋いで……」
――シュッ!
放たれた矢は、魔導銃の爆音とは無縁の、風を裂く鋭い風切り音だけを響かせた。
矢は精霊の導きにより、急激に軌道を変え、遮蔽物の裏側へ滑り込み、三人目の男の肩を正確に射抜いた。
「な、なんだ!? どこから撃た――」
銃声が一切しない。どこから狙われているのか、どの向きから攻撃されているのかすら分からぬまま、敵は一人、また一人と「静かに」無力化されていく。
◇
配分所を制圧し、モニカが転がっている敵の銃を調べ、眉をひそめた。
「……おかしいですね。これ、安価な旧式モデルです。なぜテロリストがこれほど組織的に『規格の揃った武器』を装備しているのでしょう。この土地のテロリストは、スラム出身。武器を買うお金なんてないはずですが」
「背後に武器を提供しているやつがいる、ってことか……」
アルマラカンの時と同じだ。
不安を煽り、武器を売り、そして最後にはシステムそのものを食いつぶすハイエナの影。
「……不整脈が、加速しています」
リディアが地面に手を当て、深刻な顔で俺を見た。
ドォォォォォン……!
地下から、これまでで最も不気味な地響きが伝わってくる。
「このままでは魔導炉が臨界突破し、工業区そのものが吹き飛びます。リクさん、制御塔を叩くのが最優先です!」
俺はマップを睨み据えた。
煙を上げる制御塔。蠢く赤い点。そして、地下で爆発寸前のエネルギーの奔流。
「ああ、分かってる。……仕事の時間だ。これ以上の残業は御免だからな」
俺たちは、熱波に揺れる制御塔を目指して駆け出した。
ルズマールの冷たい秩序を焼き尽くそうとする炎を、今度は俺たちの「力」で消し止めてやる。




