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第九話

 手が震える。下唇を噛む。

 ルベルの呼吸に合わせて、周囲の温度が少しずつ下がっていく。

 眼の前のラットは雑草を食み、呑気そうに過ごしている。


 目を固くつぶってから、彼女は深く息を吐いた。

 集中する。いつもは制御できていない能力に温度を灯すように。

 

 彼女の足元が凍り始める。それは徐々に広がって、周囲に拡大していく。その様子を感じて能力を引っ込めようとする。

 しかし、氷漬けは止まらない。その理由は“ティルトがわざと調節を切った”と直感が告げる。


「……何で?」


 恐怖で顔がゆがむ。泣き出しそうになる。しかし、彼は腕を組んだまま動かない。自分に付着した氷だけを溶かし、それ以外は手を出さない。


 平原はドンドンと白くなっていく。ラットを巻き込むどころでは済まない。


 止めたいのに止まらない。この一帯が白くなってしまう。その恐ろしさが、ルベルの過呼吸を引き起こした。


「サシャ」


 ティルトの掛け声に、サシャは細剣を振るう。風が巻き起こり、街に向かっていた白い氷の波が綺麗に吹き飛んだ。

 街に届かなかったことに安堵して、膝から崩れ落ちた。


「うん、ラットは丁度五体は討伐できたみたいだね」


 ルベルの温度調整を再開したティルトが近づいてくる。彼が差し出したてを、彼女は握らなかった。

 代わりに涙目になって睨み上げる。


「何で止めてくれなかったんですか!?」


 その言葉に、しかしティルトは笑みを崩さなかった。


「止めてどうなるの? だって君は僕が調整してる前提で能力を動かすよね? それって、本当に成長してるって言える?」

「それは……」


 手が震え、涙がこぼれる。彼女の周りの草が再び凍っていく。

 溢れた涙が、氷となって地面に転がった。


「そんな甘えた状況で、君の制御が身につくと思うのかい?」

「ティルト、言い過ぎです」


 サシャが止めに入ろうとしたところを、彼は手で制止した。


「いいや言うね。ルベルは根幹からして勘違いしてるようだからはっきり言う。君は危険だ。討伐依頼が出るのも無理はない。それを自覚して、どう調整するかが課題だ」

「……でも、そんなことしたら街が……私には、そんなの耐えられません」

「あともう一つ勘違いしてるようだけどね、君の能力別にそこまで絶対的ではないよ? 環境変動を起こす。永久凍土を作る。確かに恐ろしいけどね“僕やサシャが防げた時点で絶対的ではない”」


 その言葉がなぜだか分からないが、彼女の胸にしみた。

 それを分かってるのか分かっていないのか、ティルトは続ける。


「確かに何も対策をしていなければ、ここら一帯はたちまち銀世界に変わってしまうよ。だけど、対策を講じていれば、制御は可能。そのうえで暴走を起こさせたとしても、リスクにはならない」


 ティルトの言葉は止まらない。


「むしろ、君の状態を知らんぷりして過ごすほうが危険。君が本気を出したらどこまで死の大地になるか分からないからね。だからこそ、日常で制御できる指標を作っておく」


 ルベルの意思を無視するように、ただ言葉を重ねる。


「君自身の力で制御できてこそ、君の生活は始まるんだ。僕の温度調整を頼りに過ごすのは制御ではなく甘えだ」

「……でも」

「あとね、もう一つ言うと僕たちは絶対に君に街を傷つけさせない。街を凍らせそうになれば、全力で止める。さっきみたいにね」


 その言葉は不思議と説得力があった。

 ルベルの過呼吸はいつの間にか止まっている。涙も収まっている。

 大きく深呼吸をして、彼女はティルトを見つめ返す。


 確かにまだ怖い。凍らしてしまったらどうしようという気持ちは、脳裏にちらついている。

 しかし、やってみなければ停滞したままなのはレベルでも理解できた。


 今まで凍っていた行動が、溶け出したような感覚だ。


「……わ、分かりました。少し頑張ってみます」


 ルベルの返答を聞いたティルトは、微笑みながら頷いた。


「まぁ、君が暴走したらサシャに斬ってもらうけど」

「……え!?」

「冗談だよ冗談」


 全然冗談には聞こえない。サシャの方を見ると、表情を変えずにたたずんでいた。

 なぜだが、本当に斬ってきそうな恐ろしさがある。そして、彼女にはそれを実行するための実力もある。


「が、頑張ります……」


 言葉尻が萎んでいるのは、いつの間にか死にたくないと思っているからだとルベルは気がついていない。


「取り敢えず、今日はお開きかな。討伐目標は一応クリアしてるからね」

「は、はい」


 ティルトがサシャに目を合わせると、彼女が素早く動く。

 ルベルの目の前まで来て、立ち止まった。


「手を出してください」

「えっと……はい」


 出された手に、ラットの耳を置かれた。べチャリとした感触と、生臭さに思わず固まってしまう。


「これ、報酬と引き換えになるので、なくさないでくださいね」


 生理的嫌悪感に体を震わせながらも、か細くルベルは返答した。

 そんな彼女を見て、ティルトがつぶやく。


「本当に危険なのは、自分の能力を制御できない者より、それを利用しようとする悪意なんだよね……」


 その言葉をすべて聞き取ることはできなかった。ルベルが聞き返すと、彼は首を横に振る。


「なんでもないよ」

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