第八話
ルベルは改めて銅のプレートをネックレス型にして首から下げた。
ギルドから貸してもらった革の防具と剣を身に着けて、街の外に出る。
冒険者として初めての依頼を受けた。依頼内容は、街の外にいる弱い魔物を狩るというもの。
ルベル的には失せ物探しのほうがよかったのだが、ティルトとサシャの二人に止められた。
ルベルが能力を暴発させるときは、決まって感情が揺さぶられたときだ。魔物討伐のほうが、彼女の感情が発露する可能性が高いからだという。
暴走するのは嫌だと言った。しかし、ティルトはちゃんと調整すると約束する。
「じゃあ、ラットを五体討伐しましょう。良いですね?」
ラットは言ってしまえば、鼠が魔力で以上進化した魔物だ。街周辺の草原に生息している。
大量に繁殖する上に、放っておけば農作物に被害をもたらす。
「少しすばしっこいですが、動きは直線的です。ちゃんと見てれば問題ないはずです」
「……わ、分かりました」
剣を握って構える。重さですでに腕がプルプルと震えていた。
その様子を見てか、ティルトが少し吹き出している。しかし、ルベルには気にしている余裕はない。
ラットはすぐに見つかった。灰色の巨大鼠は、赤い目を向けると、威嚇するように口を開けた。
齧歯類の特徴である前歯が、鋭く尖っている。あれに噛まれて指を無くした人間もいるそうだ。
「たぁ~っ!」
なんとも気の抜けた掛け声とともに、剣を振り上げた。
足はふらふら、手も震えている。真っすぐ進もうとして、足を引っ掛けた。
「うべっ!」
そのまま顔を地面に擦る。剣は少し遠くに放り投げてしまう。
その情けない姿に、ラット自身もどうしたらいいかわからず立ち尽くしているほどだ。
負けずと起き上がり、剣を拾う。
再び高く掲げて、今度こそとラットに目掛けて振り下ろした。
剣はかすりもせずに、地面に刺さった。
「無理です……」
自分の情けなさに、肩が震えて涙が出そうになる。感情が膨れて、空気が一段階冷えた。
「仕方ないですね」
サシャがため息混じりに近づいてくる。腰に提げた細剣を抜く。
「私が見本を見せます。下がっていてください」
言われた通り、ルベルは剣を収めてから下がった。
サシャは構えたまま静かに呼吸して佇んでいる。大きく息を吐くと、彼女は地を蹴る。
風が通り抜ける。ルベルの前髪を大きく揺らした。
気がつけばラットが五体ほど細切れになっていた。綺麗なサイコロ型になって、地面に転がる。
その様子を見て、ティルトがまた吹き出していた。
こちらを向くサシャは自信満々の微笑みを見せている。少し輝いて見えるのは気のせいだろうか。
どこか誇らしげな彼女は胸を張りながら、ルベルを見据える。
「さて、今の要領でやってみてください」
「…………無理です」
今度のルベルはただ真顔で答えていた。
ティルトはついに我慢できなくなったのか、腹を抱えて笑い始める。
「何がおかしいのですかティルト? ルベルさんは真面目にやってるのですよ?」
「いや、僕が笑っているのは君に対してだよサシャ」
「……私、何かおかしいことしました?」
ルベルに対して答えを求める瞳は、本当に分かっていないようだった。
無自覚って本当に怖いんだなって改めて思う。
「まぁ、剣術には徐々に慣れていったらいいと思うよ」
ティルトがサシャの肩に手を置いて彼女を下がらせる。咳払いで喉の調子を整えながら、ルベルの前に出た。
下がらされたサシャは、何が悪かったのか首をひねりながら素振りをしている。そのたびに軽い風が巻き起こっているのだが、ルベルは気にしないことにした。
「毎日の努力が重要だし、今の君には早急すぎるね。まぁ、あんなふうな天才はまた違ってくるんだけど」
彼は苦笑しながらも、サシャを指差した。何か悪口言われてると思ったのか、彼女はムッとした表情で振り返る。
そんなサシャを無視したまま、ティルトはルベルに対して続けた。
「そもそも、ルベルの今の武器は剣術じゃないよ」
「……私の武器ですか?」
「そう。君の武器は、君が最も恐れているものだよ」
確信をつくような言い方が、ルベルの心の中に落ちる。
彼女の恐れてるもの、それは言うまでもなかった。すべてを凍らせてしまう体質だ。
「でも、無理です。そんなことしたら、みんなが……」
「何のために僕がいると思うんだい? それに、徐々に使っていかないと、慣れることは一生できないよ」
「でも、私──」
ルベルの視線が泳ぐ。思い出すのは昨日のこと。
それだけじゃない、“ルベルのせいで真っ白になった故郷の大地”のことも過ぎる。
自分の制御を間違えれば、すべてがああなってしまうのだ。
「君は優しいよ。危険なほどにね」
その思考に割って入ったのは、ティルトの言葉だった。
「生命を殺さないように努力しようとしてる。でも、それは君自身の強みにも蓋をしてしまう行為なんだ」
ティルトはルベルの手を取り、持ち上げた。彼女の手のひらを新たなラットに向けさせる。
まるで照準を定めさせるように。
「倒すべきは倒す。それもまた、誰かを傷つけさせないために必要なんじゃないかな?」
彼は優しく彼女に微笑みかける。




