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第七話

 ルベルはゆっくりと目を開けた。布団のぬくもりが体に伝わってきて安堵する。

 窓から差し込むのは朝陽。耳を澄ませば元気な鳥たちの声が聞こえてきそうだ。


「……凍ってない」


 自分の冷たい指先を確認してから、ゆっくりと握りしめた。

 鼓動は昨日の事件を思い起こさせて、速くなる。ルベルの頭の中は、いまだに揺れていた。


 やっぱり街の危険になるのは、彼女自身の本意ではない。


 ゆっくり起き上がって、欠伸をする。ボサボサの頭に手櫛を入れようとしたところで、隣で寝ている人間の存在に気がついた。

 恐る恐るベッドのシーツをめくり上げると、サシャが小さく寝息を立てていた。銀色の髪が太陽の光に当たって煌めいた。


 ここで初めて、彼女が下着姿だと気がつく。そして頭の処理が追いつかず、思わず身を引いて小さく悲鳴を上げた。


 パチリとサシャの目が開いた。彼女は体を起こすと、そのまま深々とルベルに頭を下げる。


「おはようございます。よく眠れましたか?」

「ね、眠るか眠れないかと言えば眠れましたけど……なんで、サシャさんが私と一緒に寝てるんですか?」

「あれ、昨日言いませんでしたか? ルベルさんの監視と護衛のためです」


 確かにその話は聞いた。

 一瞬で周りを凍らせる能力を放ってはおけないということで、副マスター直々に監視することになった。

 

 幸いなことに被害はこの屋敷だけだった。持ち主のティルトが訴えなかったため、大ごとにならずに済んだ。しかし、見て見ぬふりはできないと判断したらしい。


 それは理にかなっているし、ルベルも納得する。


「だ、だからって……一緒に寝てるのはなんでなんですか!? しかも下着で!?」

「護衛である以上、寝食をともにするのは当然かと思います。……その下着なのはすみません、エルフは大抵薄着なもので……習慣ですね」


 そう言われて、ルベルはハイそうですかと納得はできない。


「もし、凍っちゃったらどうするつもりだったんですか!?」


 もう自分は人を傷つけたくないのに。そんなルベルの心の叫びが現れたようだった。

 彼女の手は微かに震えている。吐く息は、空気が凍りつくほど温度が低い。


「ティルトさんは性格はあれですがの能力は信頼しています。実際、私は凍っていません。それは彼がきちんとあなたの調節をしてくれてるって証明になるんじゃないですか?」

「ですが……」

「私は率先してあなたの安全性を示さなければならないのです。だから、凍るくらいは何とも思っていません」


 その翠色の瞳にまっすぐ見つめられて、あうあうと言葉が萎んでいった。

 項垂れる彼女に向かって、サシャこう続ける。


「あなたの冷たさは心地よかったです。夏は快適になりそうですね」



※※※※※※※※※※



「お楽しみだったね」


 ティルトがニヤけたような顔を見せてくる。そんな彼に、サシャが鋭く睨みを利かせた。それでも関係ないと言うように肩をすくめながら笑う。

 

 ティルトってこんな人だったっけ? と、ルベルは首を傾げた。しかし、テーブルに並べられた料理の美味しそうな匂いに、思考は溶けてしまう。


 昨日、彼の晩御飯を食べたが、ルベルがいつも作ってるものよりも美味しかった。

 なんか、長年の独り身で培った家事技術が負けた気がして悔しい。しかし、しっかりと食べてしまうのがさらに悔しい。


「それでは昨日の話の続きですが」


 朝食を囲みながら、サシャが口を開く。


「正直な話、ルベルさんをこの街から出すわけにはいきません」

「……どういうことですか?」

「あぁ、誤解しないでください。詳しくいうなら、“ギルドが管理していない状態に放り込むことは出来ない”ってことです」


 彼女の言い回しが分からず、ティルトの顔をルベルは見る。

 彼は苦笑しながら、答えてくれた。


「つまり、元の生活には戻れないってことだよ」


 それが意味することは、また凍らしてしまう可能性を孕んだまま過ごさなければいけないということ。そのことに彼女の呼吸が浅くなる。

 昨日は家だけですんだ。あの人たちも生きていた。しかし、次に起こった場合は、この街ごと凍らしてしまうかもしれない。


 もしかしたら、この周辺を雪一面の大地に変えてしまうかもしれない。


 そんなのは──


「そんなのは嫌です……! 私は誰も傷つけたくないです……!」


 その言葉を聞いたサシャは大きくため息をついた。いつの間にか首元に剣を突き立てられている。


「だったら、死ぬしかないですね……」

「ど、どういうことですか?」


 ルベルの瞳が揺れる。体から冷気が漏れ出した。

 しかし、周囲の温度低下よりもさらに冷たい眼差しでサシャが見つめてくる。


「ギルドはルベルの討伐依頼を受けているらしいんだ」


 いつにもなく真面目な声でティルトが言った。


「討伐……依頼?」

「地元で起こっていた永久凍土減少。一定地域には近寄れないほどの寒波。環境変化によって生態系の変化。これ、すべてはルベルが引き起こしていたもの。人間たちは自分たちのより良い暮らしのために“君を殺すこと”を選んだ」


 彼の言葉を理解するごとに、ルベルの瞳が大きく揺れる。彼女座っている椅子が凍りつく。床にも徐々に氷の範囲が広がっていく。

 湯気の立っていた料理は、いつの間にか冷めきっていた。


「で、君はどうしたい?」


 試すようなティルトの瞳に目を固く閉じる。覚悟を決めるように喉を鳴らす。

 冷気は徐々に収まっていく。


「……だったら、私を殺してください」


 その言葉を聞いた二人は、静かに息を呑んだ。


「静かに暮らしていても誰かに迷惑をかけるくらいなら、私は死にたいです。でも、自分で死ぬのは怖いので、殺してください……」


 手の震えを抑え込むように握り込む。頭を上げて、弱点の喉元をさらした。


 剣を握るサシャは大きくため息を吐く。そのまま剣を収めてから、椅子に座り直す。


「どうして……? 私の討伐依頼が出てるんでしょう?」

「……ルベルさんは殺すべきではないと判断したまでです。それに、迷惑をかけたくないから死にたいって言うのが気に入りませんでした」


 彼女の言い分に首を傾げる。翻訳を頼むかのように、ティルトの顔を見つめた。

 彼は笑いながら口を開く。


「サシャは迷惑をかけたくないなら、迷惑をかけないように努力しろって言ってるんだよ」


 その発言を誤魔化すように、サシャが咳払いをする。

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