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第六話

 世界が遠のく静けさを表したような凍りついた部屋の中で、ルベルはただ座っていた。表情はなくなっている。

 中空を見つめる瞳は、ただ一点から動かない。


 やはり自分は街で暮らすことはできないんだ。そう思ってしまうと、涙が漏れてくる。

 目から溢れる水滴は、床に落ちるとそのまま凍ってしまった。


 凍る男たちを見て、自分はなんてことをしてしまったのだと自責の念に埋もれる。


 そんなとき凍りついたドアが溶け始めた。


「これまた、すっごいやらかしたね」


 ため息混じりにティルトが入ってきたのだ。彼は、氷を溶かしながら近づいてくる。


「大丈夫?」


 伸ばされた手を、ルベルは掴めなかった。


 恐怖から引っ込めかけた手を、ティルトは無理矢理握って引き寄せた。


「……あ」


 小さな声が漏れる。また、凍らせるかもしれないと暴れようとした。

 しかし、ティルトの体温に包まれてその気持ちが溶かされていく。

 

 部屋の氷は溶け切って、床や壁は濡れている。気がつけば、あの男二人も解凍されていた。

 彼らは震えながらも、尻もちをつく。生きていたことにルベルは心の底から安堵した。


「君たち、ちょっとおいたが過ぎたかな?」


 ティルトに睨まれて、二人は震え上がる。


「ま、待ってくれ! 俺たちはその娘の情報をぼ──」

「言い訳は無用だよ? “誰が君たちを唆したにしても、犯行に及んだのは君たち”だ」


 ティルトは右手の平に炎を作り上げる。その熱い揺らめきを見た二人は、お互いに抱き上げるように悲鳴を上げた。


 それを見せつけるように、彼らの前へ持っていく。

 炎は決して男たちを焼こうとせず、ただそこにある熱さを伝えてくる。


「覚悟は良いね?」


 その後、裸に剥かれた男たちは、手を縛られたまま屋敷から追い出される。

 彼らは不審者として捕まったのは、また後に聞くことになった。



※※※※※※※※※※



 ルベルの前髪から水滴が落ちる。湯船に張られたお湯に落ちた。波紋のように周りに広がり、湯船に吸い込まれていく。

 

 彼女は大きなため息をつく。ティルトが用意してくれたお風呂に浸かりながら、暗い顔をしていた。


 不健康と思われそうなほど白い肌は、彼女自身の特性だ。体温調節ができないために、肌色が抜けてしまっている。

 何百年も生きてる割には線が細く、胸などの発育も悪い。ここら辺は、女の子として思うこともあったが、最近では気にしなくなっていた。


「凍らない……」


 お湯を掬いながら眺める。その指先は少し冷たさがあった。

 手の上で波打つ水たまりは、彼女の指の間をすり抜けて少しずつ湯船に落ちる。

 しかし、少しルベルが意識して力を込めると──


 音を立てて凍りついた。

 それを見て、深くため息をつく。


 今回は彼らを殺すようなことはなかった。しかし、これから先も同じように助かるとは思えない。

 酷ければ街一つ丸ごとも凍りつけてしまえのではないか。そう思ってしまうとドンドンと気持ちが沈んでいく。その気持ちを表すかのように、ルベルは顔を湯に沈める。

 彼女の呼吸に合わせて、空気の泡が立った。


「ルベル、湯加減はいいかい?」


 唐突に話しかけられて、思わず背筋を伸ばす。ティルトがドア越しに声をかけたのだ。


「は、はい大丈夫です!」


 沈んでいた心の声を隠すように、明るい声を出す。

 しかし、返答を聞いたティルトからは少し間があった。


「……大丈夫ならよかった」


 それだけ言うと、気配は消える。


 きっと彼は自分が取り繕ったのには気がついている。ルベルでもそのくらいはわかった。


「私、本当にここにいていいのでしょうか?」


 その質問は、湯気の中に溶けて答えるものはいなかった。



※※※※※※※※※※



 ルベルが体を乾かしてから、ティルトが用意してくれた下着とシャツに袖を通す。少し大きくて、シャツだけで体全体が包み込まれる。

 歩くと、彼女の動きに合わせて裾が大きく揺れる。

 白い太ももを見え隠れさせながら、裸足でぺたぺたと床を歩く。


 リビングに行くと、いい匂いに包まれた。ティルトがご飯を用意してくれたらしい。

 嗅いだことのない美味しそうな匂いに、ルベルは一瞬目を細めた。頬を撫でるような温かさは、彼女に一滴の安心を与えてくれるようだった。


「待ってたよ」


 ティルトの声に反応して、顔を向ける。

 机には彼のほかにもう一人見慣れない人が座っていた。銀色の髪に特徴的なエルフの耳。そして、鋭い光を宿す翠色の瞳。

 目が合うと彼女は軽く頭を下げる。ルベルもつられて頭を下げた。


「……あ、あの」


 少し怖くなり、自然と距離をとる。


「大丈夫、彼女は敵じゃないから」


 そうは言っても、迂闊には近寄れない。

 また、凍らしてしまうから。


 そんなレベルの様子を察してか、エルフは立ち上がった。


「私はギルドの副マスター、サシャ・ローグワットです。よろしくお願いします」


 近寄って差し伸ばされた手を、彼女は握り返すことができなかった。また、凍らせてしまうと思ったから。

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